第37話 狂った台本

ライト視点


2人の姿を確認した瞬間、俺の体は動いた。


「フラインンンンンンンン!!」


フラインに斬りかかるが、背後にジャンプして躱される。


「ライト、ライトぉぉぉぉ!!」


泣き叫ぶエレン。

エレンを抱きしめ、辺りを見回す。


裸同然の格好に泣き顔のエレン。

身体は震えており、力はこもっていない。

おそらく何か薬を盛られている。

はだけた服装のフライン。


そして——床にしたたる血。


この状況から察するに…


「お前は…1番やってはいけないことをした…」


外道。拉致し、薬を飲ませ、犯す。

これ以上に残虐な行為が他にあろうか。


そして…床の血から察するにエレンは…


泣きじゃくるエレンを見て、

俺の中の血が沸騰していく気がした。


身体中からコイツへの殺意が溢れる。


「やってはいけないこと?君に言われたくないな。人の婚約者を奪おうとしてさ。」


「…黙れ。」


もうコイツを喋らせたくない。

今すぐにでもぶん殴りたい。


人をこれほど嫌いに思ったのは初めてだ…。


「「ライト!?エ、エレン様!?だ、大丈夫か!?」」


ラインとレインが遅れて教室に入ってくる。


「…邪魔者が来たね。じゃあ僕はここで退散させて貰うよ。」


そういうと、フラインは窓から教室から出て行った。


「エ、エレン様大丈夫ですか?」

「エ、エレン様どうかしましたか?」


2人が声をかけるも無言。


「…間に合わなかった。すまない。」


俺の言葉とエレンの服や教室の状況から察したのだろう、2人が黙り込む。


「ライト…どうしてここが分かったんだ?」


ラインに聞かれる。


「犯人から逆算しただけさ。昨日、少しフラインと一件あってな。フラインが犯人だって俺は確信してた。」


「ならどうしてそれを言わなかった!!」


「すまない。焦ってた。」


「まぁ待てよ兄貴。続きを頼むぜライト。」


「…あぁ。フラインが犯人だとして、そこからどういう行動をとるか。そんなの、選手登録を考えればすぐに分かった。」


「選手登録?」


「あぁ。フラインは選手登録をしてあった。つまり、試合に出るつもりだったんだ。」


「「はぁ!?!?」」


「アイツの性格上、エレンだけでなく、他も全て取ろうとしたんだろう。強欲とはまさにこれだな。しかし、そうなると一つ問題が発生する。」


「問題とは?」


「ズバリ距離。エレンと既成事実を作ったのち、試合に行かなくてはいけない。戻ってもまた試合に行かなくてはいけない。エレンがいつ逃げ出すかわからない、誰に見つかるかわからない。故に、ちょくちょく確認する必要があったんだ。だから遠くには隠せない。最長でも試合間で往復できる距離だ。」


「なるほど。それで校舎と…」


「ビンゴ。しかも予選と違って校舎は空いてないからな。予選の時はクラス全員参加だったから校舎解放は仕方なかっただろうが…、本戦は各クラス3名ずつ。開放する意味がないからな。灯台下暗しってやつだ。通学途中に拉致されて、校内を探す奴は居ないだろう?。」


「で、でも、大会自体中止になるんじゃないのか?」

「そ、そうだな!王女が居なくなったら流石に大会は…」


「いいや。やるさ。やらなきゃいけない。」


「「なぜ!?」」


「もしフラインが黒幕じゃなかったとすると、今回悪いのは警護をサボった政府側だ。学園は関係ない。」


「「で、でも…」」


「それに、昨日の大熱狂の様子を見ただろう?もし、杜撰な警備体制で王女が誘拐されたって世間に知られてみろ。あちこちで暴動が起こるのは目に見えてる。よって、学園側が取る行動は、エレンを棄権扱いとして、王室側に責任を全渡するしかないんだ。まぁ無論、教授方は全力で探すだろうけどな。」


「「なるほど…」」


2人が呟いた時、


「エレン!」

「ライトくん!!」


教室に入って来るマリーとロイド。

ライトが扉を壊したときの音で気がついて来たのだろう。


「お、お母様…!!」


エレンの目に再び涙が溜まる。


「エレン!!」


マリーは叫ぶと、

泣きながらライトごとエレンを抱きしめた。


「マ、マリー様!?」


慌てるライト。


「お母様…っ!ライトがぁ!!…ライトがぁ…!!」


よほど怖かったのだろう。エレンはマトモに喋れていない。しかし、


「分かってるわ。ライトくんが助けてくれたんでしょう?」


「お母様…!!」


泣き合う親娘。やがてマリーは離れ…


「ありがとうライトくん。またエレンを救ってくれて。君には感謝しても仕切れないわ。」


ライトに深々と頭を下げた。

王妃の一礼に一瞬ライトはたじろぐ。


「いいえ…すみません。貴女がお礼する理由なんてありません。俺は…、間に合いませんでした。」


自分がもう少し早く事態の異常に気が付いていたら、もう少し早く真実に辿り着いていたら。エレンを守れたかもしれない。彼女の心を守れたかもしれない。


結局のところ自分は何も変わっていない。

ギリッと悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「…ライトくん、君には事情を聞く必要がありそうです。エレンさんとマリーさんはこちらで預かりましょう…。よろしいですか?」


ロイドが尋ねる。


「…はい。わかりま「ダメ!!」


ライトの返事を遮り、ライトにしがみついたエレンが声をあげる。


「嫌!ライト!行かないで!傍に居て!!」


瞳に大量の涙を浮かべ、エレンが叫ぶ。

ライトの服を握る腕の力はか細く、恐怖で震えている。


(あぁ…同じだったんだな。俺たち…)


普段、周囲を見下し、威圧してきたエレン。しかし、その本性は誰よりも脆く繊細な少女。

周りからの期待、羨望、嫉妬。圧倒的な才能と美貌を持つ彼女に、今までどれほどの重圧がかけられたか。いつしか、本当の自分を封じ込めてしまっていたのだろう。


今自分の目の前にいるのは…、

最低な王女ではなく恐怖で震える1人の少女。


そんな彼女に自分ができることは——


ライトはエレンを抱きしめた。

壊物を扱うように。どこまでも優しく。


「大丈夫。『僕』に任せて。」


そう言うと彼女の目尻の涙を指先で拭う。


本心を押し殺し、王女に徹するエレン。

過去に囚われ、人格を変えたライト。


自分自身を殺しながら生きてきた2人。

そんな2人がくっつき、離れる。


他の教授達も続々とこの教室に集まってきている。


偽りの仮面を被り直し、再び役者は動き出す。


「ロイド先生、行きましょう。」


「…えぇ。」


ロイドとライトは歩き出し、ラインとレインが後に続く。


そんな彼らの背中を、王女はずっと見つめていた。






「…そんなことが!」


ライトから事情を聞き、ロイドが驚愕の表情を浮かべる。


「えぇ。しかし、これでフラインも無事では済まないでしょう。」


ライトは悔しそうに俯く。その時、


「そんなことはないぞ。ライトくん。」


「ニック学園長。」


声のした方を見るとニック学園長がいた。


「どういうことです?ニック学園長。」


ロイドが怪訝そうに尋ねる。


「…先程、フラインくんから、自身の婚約者であるエレンくんがライトくんに強姦を受けたと訴えられたんじゃ。」


「「「「は!?!?」」」」


予想外の学園長の言葉に驚愕の声を上げるライトとロイド、ライン、レイン。


「…その様子だと、やはり嘘のようじゃな。安心せい。ワシもお前たちの味方じゃ。じゃが、我々も教師として、どちらか一方の主張の肩を持つことはできん。真実を確かめん限りな。しかし、フラインの家、クレザーノ家は第一公爵家。こうなった以上、たとえロイドくんでさえ、迂闊に手出しは出来ん。」


先手必勝。訴えが2つあった場合、公平のため、事実を確認するまで、教授達はどちらの味方にもなれない。だが、第一公爵家次男と一平民。家柄の差でライトが圧倒的に不利になるだろう。権力によって事実なんていくらでもねじ曲げ、捏造できる。かといって、あの状態のエレンを頼るわけにもいかない。

頼みの綱のロイドの動きも封じられた。


屑がっ!!!


ライトは歯軋りする。

ロイドも同様だ。苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「ライトくん。…この件は私に任せなさい。君は本戦出場者じゃろう。ラインくんとレイン君も待っておる。行きなさい…。」


そう言うとニックはロイドを連れてどこかへと去って行った。


取り残されたライト、ライン、レイン。


「…お前らとりあえず行こうか。」


「お、おう。」


「そうだな。」


ライトはそう2人に言うと、3人で会場へと向かって行った。



第一試合は接戦の末、3期生の意地を見せ、A3がS2を下した。

白熱した勝負に、会場は大盛り上がりだ。


そして第二試合S3と A2の闘いは—


「そこまで!A2全滅により、勝者S3!」


倒れ伏すA2の生徒達。

それを見下すのはS3の3人。この学園のトップ3だ。

圧倒的な実力差を見せつけてS3が完勝した。


歓声が会場を包み込む。


「キャー!フライン様ぁぁぁぁ!」

「さすがフライン様!!」

「カッコいい!!こっち向いて〜!!」


黄色い声援に笑顔で手を振るフライン。


(本当に虫唾が走る。)


ライトがフラインを睨むが、向こうは気が付かない。


『お知らせ致します。第三試合、S1対E1はS1の棄権によってE1の不戦勝と致します。』


ザワザワザワ。会場全体が揺らぐ。


「何かあったんだろうか?」

「さぁ?あーあ、エレン様楽しみにしてたのに。」

「俺はあの少年がどこまでエレン様に喰らいついて行けるのか見たかったのになぁ…」


残念がる観客達。


(まぁ流石にあの状態のエレンを出場させるわけにはいかないだろう。)


不穏な空気が会場を包み込む。


「さあ、ライト=ファーベル。君には僕直々地獄を見せてあげよう。」


そんな中、1人微笑む『悪魔』がいた。

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