第36話 消えたエレン

ロイドとマリーが他の教授へと知らせにいき、辺りは騒然な事態となった。


消えた王女エレン。


長期休暇での襲撃事件から早数ヶ月。

護衛ももう大丈夫だろうと、ひと段落着いた途端これだ。


誰もが最悪の事態を想像する。


エレンは学園に来る途中、何者かに襲われ、連れ去られた可能性が高い。

そう誰もが思っていた——が

ライトは、とある人物に心当たりがあった。


フライン=クレザーノ。


エレンに対し、狂気とも呼べる言動をする、生徒会長。

先程から選手の登録場所に奴の姿が見当たらない。

昨日の一件もあり、ライトの中では奴が犯人で間違いないという確信があった。しかし、


(ハッキリ言って俺の勘でしかない。おそらく、ほぼ全員、長期休暇中の襲撃事件の続きだと思っているだろう。それに、フラインはこの学園の生徒で、自称かもしれないがエレンの許嫁で、第一公爵家の次男。挙げ句の果て生徒会長と、表向きは非常に良い。教授たちに言っても信用はされないだろうし、何も始まらない。)


故に、フラインを見つけるのはライト1人だけだ。魔力もない、かといってルシファーを呼ぶわけにもいかない。呼んだところでマシな働きもしないだろう。

頼れるのは己の頭脳のみ。


複数人の教授たちが異常に気付いてから、ずっと王都内を契約魔獣で調べまくっていた。

無論、通信魔術によって門番やギルド等、外部に漏れるところは既にチェック済みだ。


(幾らでも抜け道なんてある。あげだしていたらキリがない。どうする?考えろ…。)


フラインが行きそうなところ、

城(エレンの自宅)からの通学ルート。


色々なところを考えるが、イマイチ確信が持てない。


(どこだ?どこにいる。エレン!!)


焦りだし汗が頬をつたる。

やがて顎から落ちる。

ライトは無意識にそれを見た。

自身の影によって暗くなった地面へと落ちて行く汗を…そのとき——


『ねえ、ヨ◼︎◼︎さん!向日葵って大きくて綺麗だよね!』

『そうだな!だが、見てみろ!向日葵が大きい分、影も大きい。何か一つを極めるってことは他の何かを犠牲にすることに等しいかもしれないな!!』

『そう言われてみればそうかも…』

『ハッハッハッ!落ち込むな!お前の名前は何だ?』

『僕の名前…?ライトだけど?』

『お前にぴったりの名前じゃないか。何故なら——』


懐かしい思い出から意識が現実へと戻る。

そして、一つの希望の光が見えた気がした。


(ありがとう…◼︎◼︎ンさん。)


そう心の中で亡き友へと感謝し、


「レナード先生!!『エレン以外』の生徒はみんな登録済みですか!?」


「あぁ。来てないのはエレン嬢ただ1人だ。」


「やっぱり!!なるほど!!」


レナードの言葉を聞いた途端、走り出すライト。


「ど、何処へ行く!?ライト!!」


「ライン!レイン!ついて来い!!」


「「は!?ちょ、待ておい!」」


驚きながらもライトに続くラインとレイン。

そして…


ガシャーン!!


ライトは窓ガラスをぶち破り校舎の中へ入る。


(何処だ!?何処だ!?何処だ!?)


全力疾走で廊下を駆ける。


そして…とある教室の前で急に足をとめた。


扉についたガラスから中の様子を見渡す。

『何も変哲のないただの教室のみ』が写っている。


通常、ガラスというのは一定数自分の姿を反射する。しかし、それがない。まるで作られた映像のように—


「見つけた…」


そう呟くとライトは木刀を構え…


ドゴオオオオオオ!!


壮大な音を出して扉が粉々に砕け散る。

そして中へと入って行く。



そこにいたのは…

上半身の服が破けている泣き顔のエレンと、

エレンを押し倒すフラインだった。




エレン視点


本戦当日の朝、私は学園へ一番乗りすべく、歩いていた。

考えているのは想い人のライトのこと。

彼に勝ったらなんでもお願い事を一つ聞いてくれることになった。

ライトは強い。魔術無しとはいえ、人類最強の剣士である剣聖に剣を教わっているんだから。多分私が負ける確率の方が高いだろう。

でも、勝機はあると思う。今回、大将を落とすのみが勝敗だったとしたら私たちに勝ち目はなかっただろう。けれど、全滅というルールになって勝ち筋が見えて来た。


昨日、通信魔術を使って他の2人と話した。


「明日、優勝するわよ。」

「エ、エレン様!?まじですか?」

「しかし、上級生にどう立ち向かうか…」


あぁ、もう分かってない。

私たちの最大の敵はライトなのよ。

ぶっちゃけライトを倒せれば他の上級生も倒したも同然。故に私たちの命運は初戦にかかっている。まぁこの2人にそのことを言っても変わらないだろうけど。


「…その前に初戦よ」

「初戦は楽勝っすよ!平民のアイツがいるんだし!」


その言葉にイラっとする。

明日会ったら消しとこうかしら。


「…でも、ライト?でしたっけ。彼はかなりの実力ではないでしょうか?」


うん。この子はよく分かってる。だけど、私のライトに近付いたら即行消すから。


「え〜そうかぁ?」


「…初戦から油断はいけないわ。」


「は、はい!エレン様!!」


「まずはライトを倒そう。3人がかりで。私が主に闘うからサポートお願い」


「了解しました!エレン様!」

「分かりましたわ!」


「うん、じゃあ問題無し、会議終わり。」


「え!?ちょ、エレン様!?他に…」


プツン。


私にとって正直初戦以外どうでもいい。優勝するより、ライトにお願いする方が大切。


お願い事。

それは…彼に…彼からキスしてもらうこと。

彼とは何回かキスをした。私のファーストキスも彼だ。


でも、それらを振り返って思ったのだ。

彼からキスして貰ってない!

ワイバーンデビルの時?あんなんキスの内に入らないわ!


彼ともう一度キスしたい。

とはいえ今、彼に頼んで、もし断られたら…

想像すらしたくない。


だから私は彼が逃げられないようにして!堂々とキスするのだ!!


恥ずかしいけど、勇気ださなくては、彼は一向に落とせない。少しでも意識させてそこから一気に落としてやるわ!


そう決意して、学園への道を歩いていた。


しかし、突如、


バチィ!!!


身体に電撃が入り、

私の意識はそこで途切れた。





目が覚めたとき、

私はどこかの教室に入れられていた。

手足は縛られていない、けれど思うように動かせない。痺れている。


「目が覚めたんだね。」


聞きたくない悪魔の声が教室内に響く。


「何でフラインが…?」


私は状況を一瞬で理解した。フラインが私を誘拐し、ここへ閉じ込めたのだ。


「何でって…心当たりがないのかい?」


心当たり?あるわけがない。


「はぁ…、君は本当に彼に騙されている。可哀想に…。」


騙されている?誰に?ライトに?


「君は僕のものだ。幼い時からずっと。これまでも、そして、これからも。」


何を言っているの?理解できない。


「けれど!それを彼は邪魔をした!あろうことが君を僕から奪い取ろうとした!それは許されることではない!!」


急に怒り出すフラインに私はビクッとなる。


「…ゴメンゴメン。怖がらせちゃったね。大丈夫だよ。僕がついているから。」


そう言ってフラインは私にキスをしようとする。私は咄嗟に避けた。


「あぁ、どこまで彼は君を洗脳したんだろう。許せない。許せない。許せない!!」


目を真っ赤に充血させてフラインが拳を握りしめた。拳からは血が床に滴り落ちる。


「…だからね?君を僕が救ってあげる。僕のものになれば、彼ももう手出しはできない。安心して。君は僕が大切にするよ。」


そういうと、私を押し倒し、服を破く。


これから何をされるのか理解して、

身体から血の気が引いていく。


「嫌!嫌!やめて!来ないで!」


精一杯の悲鳴をあげて抵抗しようとするも身体に力が入らない。何か薬を盛られたんだろう。


「大丈夫。怖がらないで。僕が貰ってあげる。」


嫌!嫌!嫌!


アンタなんかにあげたくない!


人を見下して、暴力を振るってきた私は、

これから変わろうって努力してきたんだ。

彼を手に入れるために。

彼に私を手に入れてもらうために。

やっと彼と話せるようになってきたのに。

私だって私だって!初めては…初めては!!

ライトに…あげたい…。

こんなところで汚されたら、もっとライトに嫌われちゃう…


嫌だ嫌だ嫌だ!!


「やめて…くだ…さい…」


絞り出した最後の声は…


「大丈夫。僕が救ってあげるから。僕を『信じて』」


目の前の悪魔には聞こえない。

涙で視界がぼやける。


助けて…お母様…お父様…ライト……


助けて…


悪魔の手が私の下半身へと伸びていく。

もう少しで触れる…そのとき


ドォオオオオオン!!


壮大な音と共に教室の扉が吹き飛ぶ。そこから入ってきたのは…








愛しくて、愛しくてたまらない



私の…私だけの、王子様。

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