第34話 自称婚約者

「さぁ、食べ終わったことだし、君たちは上級生の試合を見て来なさい。」


ニック学園長がライトとエレンに言う。


「しかし、片付けがまだ…」


「私たちがやっておきますよ。さあ、今日の主役たちは敵情視察です。お行きなさい。」


「で、では…」


「ほら、早く行くわよ!ライト」


ロイドに促され、ライトとエレンが会場へと向かう。その背中に


「頑張ってぇ!おにぃちゃぁぁん!おねぇちゃぁぁん!」


エリが笑顔で手を振った。




「はぁ…疲れた。」


ライトがため息をつく。


「あら?流石の貴方でも疲れた?無茶し過ぎなのよ。」


「いや、肉体的じゃなくて精神的になんだが」


「?わけわからないこと言ってないでさっさと行くわよ。」


エレンがライトの手を取り走る—も


「ちょ!何でどさくさに紛れて私の手を繋いでんの!?」


「いやお前が繋いだんだろうが!?」


すぐに喧嘩が始まる。

…何故か手を繋いだままで。


そこへ一閃。青い光の電撃がライトの頭目掛けて…


バチッ!!!


「っ!?」



それを躱すライト。そのまま背後の木を貫く


「これは、《ボルトショット》!?」


電撃を集中させることで、高い貫通力を誇る、雷の魔術の一つだ。


「おやおや。外しましたか。まぁいいでしょう。」


「誰だ!?」


これの主へと声を荒げるライト。

ボルトショットは基本の魔術の一種だが、先程のアレは頭にモロに食らえば即死だった。


「こんにちは。」


悪びれもせず眼鏡をかけた緑色の髪の少年が挨拶する。背はライトと同じくらいだろうか、髪の毛はサラッとしていて、いかにも優男という感じだが…


「お前、今の一撃、当たれば死んでたぞ?どういうつもりだ?」


「ええ、知っています。それが何か?」


狂っている。一言で言えばそれに尽きる。

ライトが絶句していると


「おやおや。そんなにビックリしないでください。いくら僕のことを知っているからといって…」


「いや、知らん。誰だ。」


今度は少年が固まる。


「…さすが平民。僕のことを知らないなんて…」


「まぁ興味ないからな。というか他の知り合いのキャラが濃過ぎてあんまり他の人は印象に残らないんだわ。会ってたのならすまんな。」


「……っ!?貴方は人を怒らせるのが得意のようですね。…まぁいいでしょう。」


こめかみに青筋を何本も浮かべ、少年はライトに向かって言う。


「僕の名前は、フライン=クレザーノ。我が王国第一公爵家クレザーノ家次男。この学園の生徒会長で、そこにいるエレン=ルイ=ファマイルの婚約者です。」


「婚約者だと?」


ライトが聞き返すが—


「ち、違うわ!!」


答えたのはフラインではなく先程まで黙っていたエレンだった。


「…違う?何が違うんだい?エレン。僕と君は幼馴染で、将来を誓い合った恋人じゃないか。」


「…だ、そうだが?」


「ち、違う!ただ、小さい時に何回か食事をしただけ!それにアレは親同士が勝手に!…っていうか、お母様もお父様も認めてない!」


「いいえ。ちゃんと正式な場でのお見合いでしたよ。それに、そこから何度も貴女に会っているじゃありませんか。これを恋人と呼ばずに、なんて呼ぶんだい?」


「こ、恋人なんかじゃない!貴方たちが勝手に寄ってたかって来ただけ!!」


(…なるほど。エレンは納得してないし、親同士の話ってのも2人の話を聞く限り曖昧だ。要するに、形式だけの顔合わせみたいな感じなのをしたんだな。王女という立場上、断れなかったんだろう。だが、エレンにその気は無くても、相手側はエレンレベルの美少女が相手だ、舞い上がってしまうのも分からないでもない。要するに、コイツが一方的に言い寄ってるってことだな。)


ライトは瞬時に2人の関係を理解する。


形式だけのお見合いと社交辞令の挨拶。

それを本気にしてしまった男と、

それ自体を忘れてしまった女との間に食い違いが発生している。


「エレン…貴女はその下民に騙されています。目を覚ましなさい。さぁ、僕の元へ戻っておいで。」


そういうと、フラインはエレンの手を取ろうとするが—


「触らないでっ!!」


バチンッ!


エレンに振り払われる。


「…エレン。どうしてだい?なぜ、恋人であるこの僕が君に触れられず、その下民は君に触れられるんだい?」


「そ、それは!」


エレンがチラッとライトの顔をみて、頬を赤く染め、俯く。


「…さっきから黙って聞いてりゃ人のことを下民下民って。平等の精神崩壊してるぞ?いいのか?第一公爵家の次男ともあろうお方が」


「…へぇ、身なりも悪ければ口も頭も悪いんだね。口の聞き方から学び直させた方がいいかな?」


「……俺がどんな口調で喋ろうと勝手なことだろ。」


一瞬、ライトが少し暗い表情をする。


「…それに、僕の婚約者に群がるゴミのことを貶して何が悪い?さあ、エレン、お遊びはおしまいだ。僕たちの未来について話し合おう。」


そう言ってフラインはエレンに近づくが、

エレンを背中に隠すようにしてライトが立ち塞がる。


「エレンはお前のことを婚約者じゃないって言っている。一方通行の愛は、気持ち悪いだけだぞ。」


ライトの言葉にエレンがビクッと反応する。


「…僕からしてみれば、婚約者を無理矢理取ろうとする下賤なネズミの方が気持ち悪いけどね。」


「無理矢理取ろうとしてるのはどっちだ。さっきから婚約者婚約者って言ってるが、立場上、それはお前が決めることではない。エレンが決めることだ。」


「何度も言わせないで欲しいな。僕とエレンは幼馴染で、婚約者だ。この事実は変わらないし、変える気もない。」


「それが根本的に間違ってるって気がつかないのか?生徒会長サマ?」


激しく言い争うライトとフライン。


「…ではエレン。貴女はどう思っているのですか。」


「…え、えっと…」


自分が婚約者だと信じて疑っていない、狂気の目をしたフラインにエレンはたじろぐ。

身体は恐怖で震えている。


「まぁ…、良いでしょう。そろそろ僕の出番も来ますし。…エレン。」


どこかへ行くと思いきや、不意に声をかけられ、エレンがビクッとする。


「…僕がきっと貴女を救います。信じてください。」


そういうとフラインはどこかへ行ってしまった。


「…アイツ、かなりヤバいな。」


ライトが先程のフラインの様子を見て呟く。


ガニスやゲイルなんて比にならないほどの狂気の持ち主。

しかも、第一公爵家次男かつ生徒会長。

フラインには絶対に権力を持たせてはいけなかっただろう。


「ラ、ライト…ありがとう…私、私…」


震えながら素直にお礼を言うエレン。

それほど怖かったのだろう。


(変だな…どうして王女であるエレンがアイツにビクビクしているのんだ…?)


立場はエレンの方が上なはず。しかし、エレンにはいつもの威勢が全く感じられなかった。


「あぁ…大丈夫だ。だが…とりあえずアイツとはもう関わらない方が良い。何をするか分からない。何かあったらすぐに言え。」


そう言ってライトはエレンの頭を優しく撫でた。





エレン視点


私が『彼』と出会ったのは7歳くらいの時。

両親に連れられてパーティに行ったときだった。


私より年上の彼は、なんだか、怖そう


最初はそんなイメージだった。

彼はパーティ最中、食事を殆どせず、ずっと本を読んでいた。


私も食べたいものがあまりなく、暇を持て余していたので、声をかけてみた。


「ね、ねぇ!」


「何?僕に何か用?」


「そ、それ、なんの本?」


「…これ?魔術の本。君も聞いたことあるだろう?」


「…うん、知ってる。」


私は当時、魔術のお勉強を少ししていた。

彼の見ている本の内容は全然分からなかったけど。


「君、名前は?」


「え、エレン!!」


「僕の名前はフライン。よろしく。」


「よ、よろしくね!」


私はその時、彼と友達になれたんだと思い、嬉しかったのを覚えている。


その後、私の両親と彼の両親が私たちのやりとりを見て、お見合いを決めたらしい。


数日後、私の家で再び彼と再開した。

そして一緒に食事をしたんだけど…、


「エレン!この魔術すごいんだ!これが…」

「う、うん、そうだね…。」

「そしてね!こうするとどんどん威力があがって…」

「そ、そうなんだ、ね、ねぇフライ…」

「それでね!ここをこうすると…」


一方的に捲し立てる彼の事を苦手に感じてしまった。

それから。彼の他にも婚約者を名乗ってくる人たちとの食事会が何度もあった。私のお母様もあまり乗り気では無かった。


そして——


いつしか私は、媚売ってくる男たちを見下し始めていた。




フライン視点



僕が彼女と出会ったのは9歳の時。

親に連れられて行った食事会だった。


僕は人と関わるのが嫌いで、いつも本ばかり読んでいた。その日もそれは変わらず出された豪華な料理など殆ど口にせず、本を読み続けた。そんな僕に、彼女は話しかけてきた。

最初は鬱陶しかった。けれど…。


「よ、よろしくね!」


そう言って笑った彼女が、どこまでも美しくて愛しくて…僕は彼女に恋をした。


それから、お父様が彼女とのお見合いを決めてくれた。


彼女に再びあった時、僕は嬉しくて沢山喋りかけた。今までの僕じゃないみたいに。彼女も僕の話をずっと聞いてくれて、やっぱり彼女も僕のことが好きだと確信した。


何度も彼女に会った。彼女も僕に夢中になっていったはずだ。

そんなとき、他の男たちも彼女の魅力に気がつき、接近し始めた。


許せない。彼女は僕のものなのに。

彼女の全ては僕のためにあるのに。


それからは彼女のために動いた。

暇なときは通ったし、彼女の願いも全部聞いた。


なぜなら——


僕は婚約者だから



エレンは誰にも渡さない。

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