第26話 悪魔の幼女と元貴族のゴリラ

「うぅ…、調子悪い…。」


夕方、ライトはそう呟きながら市場からを歩いていた。

お昼に食べたエレンの弁当を思い出し、吐きそうになる。

気分を良くするため、先程食べ歩き用に市場で買ったリンゴを食べる。


「うめぇ…。」


リンゴをこれほど美味しく感じたのは生まれて初めてだった。


(何も調理されてないのにこれだけの味なのに…)


どうして調理して味があんなに変になるのか

ライトの頭脳を持ってしても分からなかった


(ていうかアイツ明日も持ってくるとか言ってなかった…?)


去り際のエレンの台詞を思い出し戦々恐々とする。しかも明日からは修行は午後。

つまりエレンのお弁当食べてから行う。


その事実にライトは意気消沈し、

明日からの地獄の日々を前に


(村に帰りたい…)


1人ため息を吐いた。


「ヒック…ヒック…。」


か細い泣き声でライトの意識が現実へ戻る。

声のした方を見るとそこには5歳くらいの金髪の小さな女の子が地面に蹲って泣いていた。


「どうした?何かあったのか?」


ライトは声を掛ける


「…誰?変な人?それとも悪い人?」


「犯罪者前提で話すんじゃねえ…。」


初っ端からめちゃくちゃ警戒された。

仕方ないので持っていたリンゴを食べやすい大きさに変えて幼女へあげる。すると


「ん!甘い!おいしい!!」


すんなりと餌付けができた。

これなら話が聞けそうだ。


「こんなところで泣いててどうした?迷子か?」


「うん…。エリね。ママと逸れちゃったの。」


「仕方ない、お兄ちゃんが探すの手伝ってあげようか?」


「いいの!ありがとう!お兄ちゃん!!」


満面の笑みで返された。


そこから2人で手を繋いでエリの母親を探した

がー。


「ライトおにぃちゃんアレ何!?」


「アレはパイナップルだな。」


「食べたい!!」


「アレは何!?」


「ソフトクリームだな。」


「食べたい!!」


探すというより食べ歩きになっていた。

ちなみに全てライトの自費である。

無論こんな小さな子の純粋無垢な要望にライトが抗う術など無く、思いっきり甘やかしてしまっていた。


「ねえおにぃちゃん、」


「どうした?今度は何が食べたいんだ?」


「おトイレ行きたい。漏れそう」


「なるほど……。

もっと早く言えやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


そう叫ぶとライトはエリを抱いて全速力で公衆トイレへと走った。

トイレに入る時も


「おにぃちゃん、怖いから着いてきて」


と、ねだるエリを無理矢理トイレの中へ押し込み…ライトはひと段落着くために近くのベンチに座った。


「はぁ…疲れた。」


エリのお母さんさっさと見つけて、

早く帰って寝よう。そう思っていた時、


「やっと見つけたぜ?ゴミが…」


憎悪のこもった声に反応して見ると、

そこにはニヤニヤとするガニスがいた。

身なりも汚く、貴族の面影はもはやない。


「今度こそ殺してやる…。俺から全部奪いやがって…平民風情が……っ!!」


血走った目でライトを見る。


「あー、やべぇなぁ。ここで闘るわけにはいかないし、なんとか穏便に…」


そうライトは呟いていた


そこへ—


「おにぃちゃぁぁん!」


元気いっぱいに走って来て

ライトへ飛び付くエリ。


「ちょ!?エリちゃん?今ちょっと、お兄ちゃんお取り込み中で…。」


「…テメェの妹か?ヘッヘッヘ…ソイツも道連れにしてやるよ」


「ねぇ、おにぃちゃん。

赤い毛のこの動物は何?新種のゴリラ?」


エリが容赦なく爆弾を落とす。

ライトは吹き出しそうになるのを必死に堪える。そんな様子を見て…


ぷちん。ガニスの血管が弾けた。


「テメェらぁぁぁあぁ!!死ねェェェェェ!!!!!!!」


火の玉を容赦なく放射するガニス。


「やっぱこうなるのかよ!!!!!」


ライトはエリを抱えて逃げる。

街の人々を盛大に巻き込んだ鬼ごっこが始まった。





「きゃーーーー⭐︎!!!」


エリの楽しそうな声が響く。


「ちょっとエリちゃん!?叫ばないで?舌噛むよ!?」


そんなエリを抱き抱え、ライトは駆ける。

その後ろを


「まてぇぇぇぇぇええええ!!」


鬼の形相をしたガニスが魔術を放ちながら追いかける。

魔術はそこら中へぶつかりまくる。


「おにぃちゃん凄い凄い!!きゃーー!!

逃げろー!ブサイクな鬼から逃げろー!」


「こんのクソアマがぁぁぁぁ!!!!」


エリは自覚なくガニスを煽り怒らせる。


「エリちゃん!?もう貴女少し黙ってて!?」


ライトは涙目でエリに抗議するも


「おにぃちゃん!!もっと速く走らないと追いつかれちゃう〜!!ゴリラさんに捕まっちゃう〜!!!」


興奮したエリには聞こえていない。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」


ガニスはもはやライトよりエリに憎悪を向けていた。


「もうやめてエリちゃん…」


ライトの悲痛な声は爆発音にかき消された。






「はぁ!はぁ…ちょこまかと…っ!!」


どれくらい逃げ続けたのだろうか。

ガニスは既に汗だくになっていた。

ライトは涼しい顔だが…。


「ねぇおにぃちゃん。」


「どうしたエリちゃん。」


「またおトイレ行きたくなっちゃった。」


「うん。我慢できない?我慢してお願い」


「漏れそう」


「……。」


沈黙…、


「あぁぁぁぁ!!

もうどうにでもなれやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


何かが吹っ切れたライトは全速力でエリを再び公衆トイレに連れて行き、とりあえず押し込む。


「はぁ…面倒臭いな本当に」


そう呟くと掃除用具入れからデッキブラシを取り出す。

そこへライトとエリを追ってガニスが到着する。


「テメェ、殺してやる。」


そう言うとガニスはライトに向けて《ファイアボール》を放つ。が、


ズバッ!!!


魔術で強化されたデッキブラシが炎を切り裂く。

それに怒ったガニスがまた《ファイアボール》を発動させ、ライトがまた切り裂く。


(もう嫌だ…。どうしてデッキブラシ持って公衆トイレ背にして闘わなきゃいけないの…?)


しかも相手は貴族。下手に危害を加えれば、自分たちの村がどうなるか分からない。故にライトが出来るのは、憲兵が到着するまで時間を稼ぐことだけだった。


「おにぃちゃぁぁぁん」


小さな悪魔がトイレから出て来た。


「頼むから下がってて、危ないから。

お願い。」


ライトのそんな願いは叶うはずもなく


「ねぇ、どうしておにぃちゃん、そんな変な物振り回してるの?それ楽しいの?」


悪魔の言葉がライトの心をさらに抉る。


「平民風情が調子によりやがって…テメェのせいで…テメェが俺のエレンを奪いやがって…っ!!!!」


エレンはお前のものじゃねえだろ…


言いかけた言葉を飲み込む。


「おにぃちゃん、エレンって誰?」


「エレンっていうのはね、この国のお姫様だよ。あのゴリラさんは振られちゃったんだ」


「えー!そうなの!エリ、お姫様に会ってみたい!!ゴリラさん、元気出して!!ゴリラさんにもきっと!良いゴリラさんが見つかるよ!!」


「俺は振られてねぇぇぇぇぇ!!エレンは俺のものだぁぁぁぁ!!!」


さらに勢いを増すガニスの魔術。


「はぁ…。」


それを冷めた目でため息を吐きながら切りまくるライト。


目の前には顔を真っ赤にするゴリラ。足元には金髪幼女の姿をした悪魔。背後には公衆トイレ。手に持ってるのはデッキブラシ。何この状況。


「テメェのせいで…テメェのせいで!!俺は家を勘当された!!そして、エレンを!!エレンを!!俺のエレンを返せぇ!!!!!」


叫ぶゴリラ。


「ねぇおにぃちゃん。かんとうって何?」


尋ねる悪魔。


「勘当っていうのはね、家を追い出されちゃうことだよ。」


「え!じゃあゴリラさん、お家追い出されちゃったの!?かわいそう。バナナ食べる?」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


さらに怒り狂うゴリラ。


もうやめて。ゴリラのライフはもう0よ。

って、ん?ちょっと待てよ。エリちゃんにさっき何て言ったっけ?ゴリラさんは家を追い出された?

てことは……


なんだ。


ライトの中で何かが弾け飛んだ。

その瞬間、足元にいるのは悪魔じゃなく天使になる。


「エリちゃん、良い子良い子。」


ライトはここぞとばかりにエリを褒め、頭を優しく撫でる。


「えへへ♪エリ、良い子良い子♪」


エリはご機嫌だ。


「テメェらぁぁぁぁあ!!」


その様子が気に食わなかったガニスがまた魔術を放とうとするが、刹那、超速でライトがガニスの懐に潜り込み、そして


「ガハッ!!!!」


鳩尾に一発。ガニスは吹き飛ばされ、そのまま壁にぶち当たる。


「て、テメェ…平民ふ、風情でこの俺様に…た、ただで…済むと思うな…よ…」


そう言うと気絶するガニス。

しかし、ライトは涼しい顔で答えた。


「だってお前、もう貴族じゃないじゃん」

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