第25話 前門の剣聖、後門の王女(withお弁当)

10日後、学園敷地内、日が高くなる頃—



「はぁ!はぁ!はぁ!…」


汗だくなライトが肩で息をする。


「はぁ…はぁ…、ふむ。本日はここまで。」

ライトほどではないが、少々息が切れているフォルトが告げ、その場から去る。

その途端


「ぢーがーれーだー…。」


糸が切れた様にライトは寝転ぶ。


フォルトの授業が開始して早1週間が過ぎ、

この10日間、平日は毎日お昼頃から日が暮れるまで、休日は逆に早朝からお昼時まで、毎日フォルトとの特訓が繰り広げられていた。



ライトは毎日フォルトの動きを真似して真似して真似しまくった。その結果、何とかフォルトの息を切らす程度まで達することができていた。


ライトは己の成長を師と共に喜んでいるが、その師匠本人はそれ以外にも…



(2週間も経たぬうちに基礎をほぼ全て体が理解しおった。やはりコイツは逸材。ニックたちから聞いたところでは商人に成りたがってあるが、そんな所に費やさせる才ではない。フフッ、今は焦るときではない。このフォルトが手塩にかけてじっくり育ててやる。ゆくゆくはこの国史上、いや人類史上最強の剣士になるだろう。そして此奴は純粋無垢。ワシとの授業最後に、記念に名前を書かせるフリして、王宮の剣士の志願書に名前を書かせてやるわい。)


と、何やら怪しげなことを考えていることをライトはまだ知らない。


「…すごく疲れた…。村での修行の何倍も辛いや。冒険者だった頃を思い出すなぁ…。」


そうライトがしみじみとしていると…


「…ね、ねぇラ、ライト!」


声をかけられた。

声の方向へ振り返ると、水色のワンピースを着たエレンがいた。

とても緊張している表情だ。


「…何か用ですか?王女様」


ライトはあまり関わりたくなく、とりあえず簡易的な挨拶はしておいた。


「…元剣聖に一対一で剣を教えて貰えるなんて良い身分ね?第一なんで剣聖と闘ってるのよ。」


「職業別授業だからだ。表向きは俺は剣士だからな。全然おかしくはないだろ。」


「おかしいわよ!!相手は元剣聖よ!?剣聖!!この国の地位トップの人じゃない!!それをあろうことかこんなところに呼び出して剣の修行なんてバカじゃないの!!!!!それなら城でやれば良いのに……」


最後の方はゴニョゴニョ言っててあまり良く聞こえなかったが、面倒臭いのでとりあえず無視した。


「…で、何の用?」


「でって…、まぁ私の寛大な心で許してあげる。今日の私の気分に感謝しなさい?」


「はぁ…用がないなら、もう行かせてくれないか?腹が減ってるんだ。」


「!!そ、そう!お腹空いてるんだ!ちょ、丁度偶然偶々何故かここにお弁当あるのよ!そこまで食べたいなら食べさせてあげても良いわよ!?」


「遠慮します。」


「な、何よ!私のお弁当が食べられないって言うの!?」


「何入ってるか分からんしな…ってちょっと待て、今私のって言ったか?」


「い、言ったけど!?」


「お、お前が作ったのか…!?」


「え、えぇそうよ。悪い?作っちゃ。まぁそんなに?私が作ったお弁当食べたいなら食べさせてあげても良いわよ?」


ライトは絶句した。何故か?

あのエレンがお弁当を作ったから。

普段の彼女からして見れば想像もつかない。


「べ、別に食べたくないなら良いわよ。私が食べるから…。」


自分で自虐的に考えて、涙目になるエレン。

ライトの心が抉られる。


(いや、これ明らかに俺に作ってくれたものだよな…?これ、俺食べたくないですって言えないパターンじゃん!!)


食べたくない気持ち半分、

食べなきゃいけない気持ち半分でライトの心がせめぎ合う。


迷うライトにエレンの表情が一層暗くなる。

もう今にも泣き出しそうだ。


(いくら相手がエレンでも断れねぇ!!!!よし、俺だって腹くくる!!!!)


「えっと…エレンさん?もし、よろしければお弁当食べさせてくれないか?僕、オナカヘッテハラペコダー。」


心に流れる、食べちゃダメだという警告音を無視してライトが声を掛ける。


途端、エレンはさっきまでの表情と一転、満面の笑みで


「え!嘘!やった!!じゃなくて、ゴホン。し、仕方ないわね。今回だけよ今回だけ!!ど、どうぞ!」


そう言ってお弁当をライトに手渡す。


「あ、ありがとう…。」



(エレンってもしかして俺のこと…いや無いだろ。身分も違う、それにエレンには想い人(ガニス)が居たはず。となるとこれはまさか実験…か?いやでも、ガニスは退学になってるし、エレンは本当に俺のこと…)


引きつった笑みを浮かべ、困惑するライト

だが、内心ライトは普通に喜んでもいた。

何せエレンは王女。

しかも性格以外非の打ち所がない女性。

さぞかし立派なお弁当なのだろう。

今まで食べたことのない高級料理の数々を想像して、グゥーっとライトのお腹が鳴る。


「やっぱりなんだかんだ食べたくて仕方ないんじゃない!!私に感謝して食べなさい?」


今はエレンの小言も聞こえない。

ライトはウキウキで宝石箱(=弁当箱)開けた。


宝石箱(=弁当箱)の中にあったモノは…


ハンバーグ、ポテトサラダ、スパゲッティ…etc


定番のオカズと白いご飯。


人が手作りしたと言うことがわかる。

所々拙いが、一つ一つが丁寧に思いを込めて仕上がっているのが良く伝わる。


「おぉ…。」


思わずライトは感嘆の声をあげた。


(やっぱりエレン…俺のこと…)

妙に勘の冴えているライトがエレンを見る。


「は、早く食べなさい!」


エレンがライトを捲し立てる。


「ほいほい。美味そうだな。いただきます。」


ライトはそう言うとハンバーグを口に入れた…途端、固まる…。


(何だこの味…?俺ハンバーグ食べてんだよな?これ、焦げてないのに何で苦いの…?)


吐き出しそうなのを必死に堪え、ハンバーグ的なモノを飲み込む。


エレンに文句を言おうとしたところー。


「ど、どうだったかしら。そ、その、や、やっぱり美味しくなかったんじゃない?別に気遣わなくて良いわよ…。口に入れた途端固まってたし…。」


ライトの表情を察したのか、エレンがまた涙目になる。


ライトの心が再び抉られる。


(言えねぇ!!!!不味いの『ま』の字でさえ言葉に出来ねぇ!!!!この様子だと、何でか知らんけど本当にコイツ単純に俺に料理食わせたいだけだろ!?な、何があった!?)


さっきまでの勘の良さは、エレンの料理によって吹き飛んでいた。


「す、スマン『美味しすぎて』固まっちまった。」


無駄に美味しすぎてを強調するライト。


「え!本当に!?やった!!!!!!!

まぁ!!当然よね!!!この私が一生懸命作ったんだから!!!!!!」


満面の笑みで答えるエレン。


「ほ、ほらこのポテトサラダなんか自信作よ?」


「お、おう食べてみるわ。」


(今さっきの味は幻想幻想幻想幻想…)

ライトは自分に言い聞かせてポテトサラダを食べる…も、


(何でこれ無駄に超甘いの…。もうわけわかんねぇ。何でコイツ料理をここまで変化させられるんだ?)


「ど、どう?」


「…ゴクン。う、美味いよ…。」


「そ、そう!!良かった!!感謝しなさい?次はこの……」


(あぁ…お願いします、神様仏様国王様。

我に慈悲を恵みたまえ…。)


諦めた表情でライトは祈る、が、

その内の一名は既にエレンの味方である。

そんな願いは当然聞き入れられるわけはなく


「次は……これも自信作で……これも食べてみて……これ凄い時間かかったのよ……」


天使の様な満面の笑みを浮かべた悪魔(エレン)がライトをさらに地獄へと導く。



全て食べ終わる頃には

すっかり魂を抜かれたライトと、

想い人に手作りのお弁当を完食してもらえて嬉しくて仕方がない様子のエレンがいた。


(やべぇ…何だこの兵器。胃袋を掴まれた(物理的に)感じがする…。)

吐きそうなのを気合で堪える。


「フフッ!!完食するなんて、そんなに美味しかったのね!!仕方ないから明日からも『毎日』作ってあげるわ!」


「え!?いや、そのそれは遠慮…」


「フフッじゃあね!!」


満面の笑みで去るエレン。


「いや、ちょ、待って…。」


剣聖との修行で肉体的に、天使の表情をした悪魔のお弁当によって精神、肉体内部的にやられたライトは追う余裕もなくその場で力尽きるのであった。


(やった!美味しいって言ってくれた!!!もうライトの胃袋を掴んだ(精神的に)も同然ね!!お母様、ありがとう!!)


と、心の中で満足そうに母へと礼を言うエレンであった。

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