第19話 決意

王女襲撃事件から数日後—。

とあるアパートにて


ドンドン!!


ドアを叩く荒々しい音で目が覚める。

時間は早朝。


「…ったく何だよ。こんな朝早くから」


そう文句を言いながらライトは玄関へ向かう。


ドンドン!!


「今開けますから叩かないでください。」


そう言うと、鍵を開け、ドアを開く。


そこにはー。


薄いピンクの綺麗なドレスを来たエレンがいた。後ろには数人のメイドや執事達もいる。


「やっと出たわね!遅いわよ!私自ら来てあげたんだからすぐに…」


バタン。


ライトはエレンが言い終わる前にドアを閉め

ガチャリ。再び鍵を閉めた。


ドンドン!!


「ねぇ!!なんで閉めるの!?そんなに私が嫌い!?ねぇ!答えなさいよ!!」


怒鳴るエレンを無視し再び寝ようとすると、


ドバアアアアン!!!!


壮絶な音が鳴り響く。


嫌な予感がして振り返ってみると。

ドアは粉々に砕け散っており、そこには顔を真っ赤にして涙目で震えるエレンがいた。


「何してくれとんじゃ己はぁぁぁぁぁ!!」


神速の初動でエレンへと近づき、彼女の肩を掴み、抗議する。


「改修に幾らかかると思ってんの!?

バカなの!?アホなの!?」


物凄い剣幕でエレンに詰め寄るも


「あぁ…ライトに抱きしめられてる…。幸せ…。」


顔を真っ赤にしてニヤけるエレンには届いていない


断じて抱きしめてなどいない


「はぁ…。」


抗議するのも疲れたライトは彼女の肩から手を離し、


「要件は何だ?」


彼女に尋ねる。


「決まってるでしょ?」


そう言われてライトは険しい表情をする。

おそらく遺跡調査でのことだろう。

彼女には真実を話すしかー。


「貴方、私のモノになりなさい。」


違った。


「全力でお断りさせて頂きます。」


「どうして!?そんなに私のことが嫌いなの!?」


エレンは幸せそうな表情から一転、涙目で怒鳴る。

他の住民や通りすがりの人など、周囲に人が集まってきている。

このままここで話すわけにもいかない。


「…とりあえず中に入って。」


「ねぇ!聞いてる!?答えなさいよ!!」


こっちの台詞です。


ライトはその言葉をかろうじて飲み込む。

仕方がないので右手でエレンを自分の横っ腹にだき、部屋の奥へと入る。その際


《錬金 アイアンウォール》


ドアがあったところに鉄の壁を生成する。


「キャッ!!こら!!私を抱き抱えるならお姫様抱っこにしなさい!!この姿勢結構辛いわ!!聞いてるの!?ねぇ!!」


ギャーギャー喚くエレンと粉々になったドアの破片を見て、ため息を吐く。





「…不味いお茶ね。それに狭い部屋。よくこんなところで生きてられるわね。」


とりあえずエレンを下ろし、お茶を出した、が、文句しか言わない。


「逆にどうして生きていけないのかがわからない。」


そうライトは呟く。


「ていうか、離れてくんない?」


エレンが座っているのは椅子の上ではなく、ライトの膝の上だ。


「嫌。」


エレンは即答する。


「いや、「嫌」じゃなくてさ、」


「だって離れたらアンタいなくなるでしょ。嘘つき。ずっと傍に居るって言ってたじゃない。」


「断じて言ってません。」


「…話してくれないの?私に。」


「………。」

ライトは無言で俯く。


「ねぇ。話しなさいよ。アンタのこと。そんなに私のこと、き、嫌いなの?」


ライトは何も返さない。


「お願い…。話してよ。私にだけは隠し事、しないで…。」


か細い声でエレンが言う。


ライトは意を決して重い口を開き始めた。


「召喚士は知っているだろ?」


「えぇ。勿論。」


「実は俺の職業は『剣士』じゃなくて『召喚士』なんだ。」


「どうして剣士になっていたの?」


「俺がルシファーしか召喚出来ないからさ。学校の授業でルシファーを召喚するわけには行かないだろ?」


召喚士は魔獣との契約を維持するために常に魔力を消費している。また、魔力量さえ足りれば何体とでも契約することができる。召喚士は自分の意思で各魔獣への魔力の量を調節したりすることはできない。一度契約したら最後、契約を解除するまで常に一定量の魔力を消費し続ける。


契約を解除することは決して難しくないが、


「ルシファーは俺と契約していることで、どうにか制御できてるんだ。契約を解除してしまったら誰にも止められない。」


それがライトが魔術を上手く使えない理由。

ルシファーとの契約によって常時膨大な量の魔力を使用している。残された雀の涙ほどの魔力でどうにか魔術を使っている状態だ。


「ルシファーとの契約で変化したのが今の貴方のあのステータスってこと?」


「厳密には違うな。召喚士は魔獣と契約しててもステータスには魔力量の変化は示されない。まぁ俺が今使える魔力量と殆ど変わらないけどな。俺のステータスが低いのは学園長たちが俺が目立たないようにステータスを偽造してくれたからだ。まぁ、結局悪い意味で目立っちまってるけどな。」


その言葉を聞いた時、エレンはドキリとする


「……ゴメンなさい。」


「…別にいい。お前1人だけじゃないしな。」


そう言うとライトはエレンの頭を撫でる


「でも…、でも私…。」


「後悔してるなら次からやるな。俺もいちいち痛がってるフリするのも疲れるんだ。」


「…ねぇ。どうしてあのとき助けてくれたの?貴方にとってこの秘密は、絶対に知られちゃいけなかったはずでしょ?…なのに、貴方に酷いことをした私なんかのためにどうして使ったの?」


「…まぁぶっちゃけ言うと、お前のことは、お前らのことは大嫌いだ。お前を含めた学園の生徒たちによって毎度毎度、俺は散々な目にあわされた。上から目線で弱い者を虐め、自分以外の人間を下僕としか思ってない。」


ライトの一言でエレンの胸は締め上げられる。彼女の目に涙が溜まる。


「…だが、こっちはそれで見捨てられるような都合の良い性格してないんだ。…俺の死んだ友人との約束でもあるしな。

お前を助けた理由なんて、簡単だ。

俺が守るって決めたからだ。」


そう言うとライトは恥ずかしそうに笑った。





エレン視点


ライトに言われた言葉の一つ一つが胸に沁み渡る。


彼の口から「大嫌い」って言葉を聞いた途端、私の頭の中は真っ白になった。涙が出るのを堪えられない。


だけど、その後の言葉で私の心はスゥっと晴れていった。


俺が守るって決めたから。


胸が暖かい。

やっぱり、私の心を満たすのは彼しかいないんだろうな。


彼は誰よりも、どこまでも優しい。

だからきっと、あの場所にいたのが私じゃなくて他の人でも、彼は助けたんだろうな。


嫌だ。


私以外に優しくしないで欲しい。

私だけを守って欲しい。

私だけを抱きしめて欲しい。


傲慢な独占欲。彼は誰のものでもないのに。



でも、誰かに取られたくない。

他の何よりも、誰よりも、彼が欲しい。



あぁ。私ってどこまでも醜い。

でも、今までみたいに嫌な感じはしない。




「そう。面倒臭い性格ね。お友達に似たのかしら?」


「…かもな。」


「今日は帰るわ。ドア、悪かったわね。後で直させるわ。」


私は立ち上がり玄関へ向かう。


「あぁ。マジで頼む。このままだとここを追い出されそうだ。」


彼は付いてきてはくれなかった。

やっぱり私のこと嫌いなんだろうな。

また涙が出そうになる。


「あら?なら直さない方がいいかしら。私のところに来る?」


それに堪えて私は精一杯の虚勢をはる。


「ふ ざ け る な」


彼に怒られちゃった。


「…冗談よ。そんなに睨まなくてもいいじゃない。」


「…はぁ。お前と話してると疲れる。」


「褒め言葉として受け取っておくわ。」


私が玄関へ着いた時、鉄の壁が消える。

彼が魔術を解除したのだろう。


引き止めて、ギュッと抱きしめて欲しい。

愛の言葉を囁いて欲しい。


そんなことを言う資格は私にはない。


でもー、


「ねぇライト!!」


「…どうした?」


「私、諦めないから。」


「は?」


私は振り返り、

キョトンとするライトの元に近づいて、



チュッ。



彼の唇に優しくキスした。


「え、は?」


呆然とする彼に向かって私は言う。


「絶対貴方を私のモノにするわ。覚悟しなさい!」


ニコッと笑うと家の外へ出る。

鉄の壁がなくなったから、私の従者達も見ていたのだろう、唖然としている。そりゃそうね。今までどんな男にもなびかなかったこの私が、あんなに上から目線だったこの私が、あんことをしたんだもの。


照れ臭くて頬に熱が集まるのを感じる。

でも、今はそれさえも心地良い。


そして私は呟いた。


「さて、どうやって彼を落とそうかしら。」





おまけ


ライト視点


何が起こったか分からなかった。

気がついたらエレンにキスされていた。


そして—


「絶対貴方を私のモノにするわ。覚悟しなさい!」


瞳に薄く涙をため頬を赤くした彼女が笑う。

その表情は、普段他人を見下している彼女からは想像もつかなかった。



ただただ、幻想的なまでに綺麗だった。



ライトは思わず手で顔を覆い、蹲る。


「はぁ…。本当にわけわからん。」


眠気が嘘のように消えてしまった。


とりあえずドアのあった部分へ再度錬金術で鉄の壁を作り、朝食を取ろうと動き出す。


そんな彼の横顔は、耳まで真っ赤だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る