第16話 王女の命を狙う者 2人っきりで

ワイバーンデビルを倒した後、

ライトはその場を動かなかった。

今自分はルシファー召喚した影響、正確にはルシファーが禁忌魔法を使ったため、かなり疲労していたからだ。もし、今、下手に森を出て教授達との戦闘を終えた敵と鉢合わせすれば間違いなく殺される。


故に、最優先にすべきことは自分を少しでも回復させ、戦闘準備を整えることだ。


近くに召喚士が居ることは確定している。おそらく、ルシファーのオーラで気絶しているだろう。しかし、いつ目覚めるか分からない。


日は既に沈んだ。月が雲に隠れ、辺りは闇に包まれている。泣き疲れたのだろうか、エレンは目を閉じてスヤスヤと寝息を立てている。


ライトは僅かに回復した魔力を使い、

火の玉を作り、辺りを照らす。

そして、エレンを抱えて歩き出した。


「…行くの?」


エレンが尋ねる。


「すまない、起こしたか?

…あぁ。ここだと目立ちすぎる。前方に木が全くないからな。」


木どころか土地ごとないんだが。

あるのはどデカいクレーターだ。

助けてくれたのはありがたいんだけど、ホントに余計なことはしないで欲しかった。


そう心の中でルシファーに文句を言う。


「…そう。」


そういうとエレンは再び目を閉じる。


暫く行くとワイバーンデビルとの戦いの際、斧で抉れた所を見つけた。

地面に対しほぼ垂直に入ったのだろう。入れるスペースは充分ある。幸い、周りの木も全部は倒れていなかった。


ライトは魔術の明かりを消し、エレンを縦向きに抱き締めると背中から飛び込んだ。

最深部に到達する前に狭くて引っかかる。


エレンは一瞬ビクッと反応した。

驚かせてしまった。

安心させるように、ライトは優しく彼女の頭を撫でた。


「…ここは?」


「ワイバーンデビルの攻撃でできた窪みだ。気休め程度だが、隠れるにはここしかないだろう。動けないが、どっちにしろ俺は暫く戦えない。少なくとも夜が明けるまではここでやり過ごそう。」


「…うん。」


やけに素直なエレンが頷く。


「狭くてすまないな。

俺の魔力が回復したら少し穴を広げよう。」


「広げなくていい。大丈夫。

…寧ろずっとこのままが良い。」


意味がわからないがそうさせてもらった方がありがたい。


もう限界だ…疲れた。眠ろう。


ライトはゆっくり目を閉じた。






「……んっ…。んっ、んっ…。」


息苦しさにライトの意識が覚醒する。

辺りは光が溢れている。朝だ。


何かが鼻をくすぐる。そして、唇に柔らかい感触と、口内で動き回る暖かい何か。


たまらず目を開けると、美しい金髪。


なるほど、鼻をくすぐっていた正体はこれか。


何回か瞬きをすると徐々に視界がハッキリしていった。


そして—

エレンの綺麗な顔がドアップで映し出された


ライトは瞬時に状況を理解して固まった。


(…何で俺、コイツにキスされてんの?)


違和感を感じ取ったのか、エレンの瞼が開き、中から綺麗な青い瞳が現れた。


彼女とライトの目が合い、

口内で動いていたモノの動きが止まる。



見つめ合うこと数秒—。



「んっんっ…。」


何事もなかったかのように彼女の舌が再び動き出す。心なしかさっきよりも激しく動いて、ライトの舌に自分の舌を絡ませてくる。


「ちょっと待て。」


無理矢理エレンの身体を起こし、

彼女の顔を遠ざける。


「…何?」


エレンは不満そうに声をあげ、

ライトを睨んだ。


「いや、「何?」じゃなくてさ…。

普通さ?こういうのって目があった途端、

気まずくて離れるもんじゃないの?

ていうかまず、何してんの?」


「一気に質問しないでくれる?

答えたくなくても、答えられないわ。」


答えたくないのかよ。


「うん、何してんの?」


「……。」


エレンは頬を赤くして無言で俯く。

やがてか細い声で呟いた。


「…だって美味しそうだったから……。」


うん、なるほど。わけわからん。


意味不明なエレンの返答を聞いて、

ライトは考えるのをやめた。


「…とりあえずここから出ようか。」


そうエレンに提案するも、


「嫌。」


即答で断られた。


「いや、今の状況お前も分かってるだろ!!

いつどこで誰に狙われるか分からない状態なんだ!こんな身動き取れないところに居たら危険すぎる!」


断られるとは思っていなかったため、

驚きで声が荒げる。


「……教授達が探しに来て、入れ違いになるかもしれないわ。」


「いや、来ないだろう。」


「どうして?」


「まずお前らが森に入る際、止めなかった時点で教授達に何かあったことは確定してる。明らかに規則違反だからな。そう考えると、教授達も俺達と同じく襲撃された可能性が高い。もし、ワイバーンデビルと同程度の敵が教授達を襲撃した場合、教授達が勝てる可能性は限りなく低いだろう。ハッキリ言わせてもらうが、もう既に死んでる可能性が1番高い。運が良くても重症で、こちらに来る余裕はないと思う。」


「じゃあ、教授達を倒した敵がすぐ近くにいるかもしれないってこと?」


「確証はない。が、少なくともワイバーンデビルを召喚した敵は近くにいるだろうな。」


「でも、アンタが守ってくれるんでしょ?」


エレンはさぞも当然のように言う。

この様子だと昨日の恐怖は既に残っていないだろう。彼女はもう大丈夫そうだ。


「…もちろん守るが、そのためにはとりあえず地上に出ないとどうしようもない。

上に跳び上がれるか?」


ライトはエレンに尋ねる。


「…仕方ないわね。先に上がるわよ……いや、やっぱり無理。」


そういうとエレンはライトに抱きつく。

昨日の恐怖がぶり返したのだろうか、エレンはライトにピッタリとくっついて動く気配はない。


「はぁ…。仕方ないな。」


ライトはため息を吐くと、自身の両足と両腕の指に力を込め上に跳び上がる。

空中でエレンを横向きに抱き変え、地面に着地する。そして彼女を優しく地面に下ろし…、下ろし…、下ろしたいのだがエレンは離れない。


「…おい?離れてくれないか?」


「嫌よ。このまま行けばいいじゃない。」


どこまでも我儘なエレンにライトはイラっとするも、いつも通りな彼女に安心した。


「両手が使えないんだが?」


「足は動くでしょ。アンタ腕で歩いてんの?」


「うん、そういうことじゃない。この状態で敵に襲われたら反撃しようがないだろう。」


「…そうなったら、またあの魔神を召喚すればいいじゃない」


「お前はこの世界を滅ぼしたいの?」


ライトは軽い口調で突っ込んだ。

しかし、彼の心中は穏やかではなかった。


(…やっぱりエレンは覚えていたか。

出来れば昨日のショックで忘れていて欲しかった。たとえ覚えていたとしても、平民である俺にそんな能力なんてないと疑ってくれた方がまだ誤魔化し様があった。エレンと『今』の俺とでは魔力量に差がありすぎる。忘却魔術で忘れさせるのは不可能だろうな。言い逃れはできない。真実を話すしかないか…)


「…終わったらちゃんと説明しなさい。」


エレンは『何を』とは言わなかった。

だが、ライトはちゃんと分かっている。


「あぁ…。」


ライトはエレンを抱き抱えたまま歩き出した。






















「ちょっと待て。なんかシリアスな雰囲気で流されたんだけど、いい加減下りてくれない?」


「嫌。」


本日何度目か分からない彼女の拒絶の声が響いた。

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