冷徹執事は邪智暴虐、無知蒙昧、厚顔無恥な幼馴染令嬢の背中をいつも密かに狙っている
富士隆ナスビ
【一話完結】冷徹執事は邪智暴虐、無知蒙昧、厚顔無恥な幼馴染令嬢の背中をいつも密かに狙っている
セント=ライエン地区一番の豪族であるプライズ家の一人娘
《ハルキュイア・プライズ》
彼女はこの屋敷に勤めている執事やメイド、そのすべてから嫌われている。中には彼女のことを殺してしまいたいなどと言う不敬な輩も居るほどだ。しかもそれがこのプライズ家の執事長だというのが、何も知らない傍観者達の背筋すら凍らせる。
しかしその執事長 《ミザリー・ヴァイグル》 の境遇を知れば誰もが『彼女』に同情するだろう
ヴァイグル家とプライズ家では代々主従関係を結んでおり、長男は執事長に、長女はメイド長になることが両家の間で交わされた
しかし、次代の当主となるべく産まれてきたハルキュイアはとにかくワガママ放題好き放題のオテンバお嬢様だったと噂されている。品行方正、頭脳明晰、容姿端麗の三拍子が揃っていた先祖の血が脈々と受け継がれてきたにも関わらず、このハルキュイアといえば…
-15年前 セント=ライエン地区 プライズ家の本館-
後の執事長となるミザリーは、その白く長い髪が自慢だった。母と同じく腰まで届くほどの長髪、父譲りの端正な顔立ちは成長してからも
ミザリーがこの屋敷でハルキュイアと出会ったのは彼女たちが6歳の日の事だ。
「お父様、ハルキュイア様は私の事を気に入ってくださるかしら…?」
「あぁもちろんさ!ミザリーは父さんの小さい頃より何倍も優秀なんだから、きっとお嬢様も善き忠臣として迎え入れてくれるだろう」
面通しが許された日の親子はこれほど胸を高鳴らせていたのだ。なぜならこのプライズ家での境遇に不満を持った事など、従者として仕えて以来一度たりとも無かったのだから。
「ねぇパパ~?この老婆のような髪色をしたみすぼらしい子供は誰なの~?」
「こらこらハルキュイアよ…今朝も伝えておいたであろう?彼女がそなたの代でメイド長となるミザリー・ヴァイグルだ。そなたと年の頃も近いそうだ、仲良く出来るな?」
「えぇ~!!ヤダヤダヤダーー!!私は執事がいいのーー!!かっこいい執事とじゃないとイヤだー!!当主なんかやりたくないーーー!!!」
ミザリーと父は唖然とした、これがこのプライズ家の次期当主だと?このライエン地区でもその気位の高さを知らない者など居ないと言われている程の名家、プライズ家の?
しかも当代のメイド長となる娘を前に、脈々と受け継がれてきた契りすらも無下にしようとしている。これは我がヴァイグル家に対する冒涜でもあるのだぞ?父は内心怒りに震えていた。しかし自分にも立場というものがある、ここで次期当主に刃向かおうものなら、自らもこの姫同様の無礼を働くことになってしまう。ただただ奥歯を噛み締めることしか出来なかった
そんな父の様子を傍らで見ていた娘も、ただ自分が嘲笑されるだけならまだしも、尊敬する父や祖父までも愚弄するのか?当代の当主に仕え、今もなお立派に勤め上げている父とは違い、内から湧き上がる怒りをまだ幼い理性は抑えてはくれなかった
父の腰に携えられている短剣を抜くと一歩前に進み出て、自らの長い髪を束ねると迷うこと無く切り落とした。ミザリーはその
「お嬢様、これよりミザリー・ヴァイグルは貴女だけの『執事長』となる事をここに誓います。生涯、貴女に仕え生きていくと誓いましょう」
この場にいるすべての男が震えた。わずか6歳の娘がここまで見事な口上を述べると誰が想像したか?父は先程よりも大きく震えていた。しかしそれはハルキュイアに向けられた怒りなどではなく、愛しの我が娘が何よりも愛していたその長い髪をあんなにもあっさり切り捨てた勇ましさと、この娘に対してなんと
「ふーん…気に入ったわミザリー!あなたに私の身の回りの世話を任せるわ!少しでも情けない姿を見えるようなら、今度は髪だけじゃ済まないわよ!!」
「仰せのままに…」
この場を収める方法はこれ以外になかっただろう。ああでもしなければ両家の間に少なからず不和が発生し、今後の
しかし、この日ミザリーが誓ったのは決して彼女への忠誠だけではない
7歳のミザリーはハルキュイアの背を追っていた。ただでさえバカなのだから、家督を継ぐための勉強を逃げられてしまっては我が家の存続にも関わるのだ。ハルキュイアは運動も不得意だったため直ちに家庭教師の元へ連れ戻された
8歳のミザリーはハルキュイアの湯浴みを手伝っていた。自分が切り落とした長い髪を、この無能で傲慢なだけの娘が持っていることが憎くて仕方がなかった。髪を洗っている間も無くした自らの髪を思い出すかのように念入りに、今は叶わない湯上がりの手入れを自分の髪かのように行った。
9歳のミザリーは大声で泣くハルキュイアの傍らに居た。飼っていた猫の寿命が尽き、動かなくなってしまったのだ。こんな娘の傍から離れることが出来たのだから嬉し涙を流すのはこの猫の方だろう、死骸から病が
10歳のミザリーは執事やメイド達と同じ業務を任された。使用人たちは口々に次期当主ハルキュイアの陰口を言っている。これはいい、将来自分が執事長となった時に使える駒は多い方がいいと考え、今すぐにでも自分の働きぶりをこいつらに見せつけておく事にした。他人に話せる文句なんか星の数ほどあるにも関わらず、黙々と一人で業務をこなした。当主にはその働きぶりを褒められたのだが、願うことならあの陰口にも参加したかったと当主の前で口を滑らせてしまった。
11歳のミザリーはハルキュイアの教育係を命じられた。学力は人並み以下、やる気も有るわけがないこんな娘の教育係など拷問以外の何物でもない。すぐにサボろうとするので菓子で釣り、問題を一問正解する毎に口に菓子を詰め込んだ。問題を解いている最中も菓子欲しさにずっと口を開いたままにする間抜けっぷりに思わず笑ってしまった。そんな私を見てこの娘も嘲笑った、本当に性格の悪い女だと改めて思う。
12歳のミザリーは泥に塗れた服を洗っていた。誰かが自分の着替えを雨の日の庭に放り投げたようだ。わざとらしく自分も泥だらけになって執事服を拾ってきたハルキュイアには吐き気を催し嗚咽を漏らした。普段から厳しく躾けていることがそんなにも気に食わないのか?この娘にしては巧妙にやっているんだろうがバレバレだ。一緒に洗い物までしてくる所を見ると罪の意識は感じているのだろうか?その後同伴した湯浴みの際にも慣れない洗髪を自ら行っていた事で疑念は確信に変わった。もどかしい手付きにイラついたので代わってやる。当主として君臨する日までは大人しく従うしか無いのだから。
13歳のミザリーはハルキュイアと共に中等部に通い出した。豪族であるプライズ家のはからいで執事長となる予定のミザリーも特例として同じ中等部に通うことが出来た。表向きは友人という名目でだが、本来の目的は違うだろう。他の名家に次代の当主は無能であると思わせないため、ミザリーに付き人を命じたのだろう。しかし余所のお嬢様たちは輝いて見える、本来であれば自分もあの様な方々のお傍で働いているはずだったのだと思うと、今の自分が情けなくて、繋いでいる手にも自然と力が入った。
14歳のミザリーは勉学に勤しんだ。中等部を卒業すれば晴れてこの屋敷の執事として、正式に雇われることが決まったからだ。ハルキュイアを自らの手で殺した暁には、今までの功績から考えて私が次代の当主に選ばれるに違いないだろう。あの日味わった屈辱は今も忘れない。その時のために今もあの日の髪型のまま、疑われる事が無いようにあんな無能の傍で忠臣を演じているのだから。今に見ていろ…と野心を燃やし、名家の淑女が用いる作法をすべて履修した。ハルキュイアに試させるとなんともぎこちなく滑稽に見えた。やはりこいつは当主の器ではないのだと口元に笑みを浮かべながら。
15歳のミザリーは家を出る準備を進めていた。これからは屋敷の中で執事長として暮らすことになり、休みなど数えるほどしか無いだろう。それでも父も歩んだ道だからこそ、今度は私が成さねばならない。憎きハルキュイアに成り代わって私が当主になる日まで、この家には帰らないと覚悟を決めた。これで飼いならしているつもりなのだろうか?ヴァイグル家には多額の金品が届けられ執事長として迎え入れられた。この身果てるまで、このプライズ家に安寧など訪れないだろう事を考えると思わず顔には笑みを浮かべてしまった。それを見ていたのかハルキュイアは嬉しそうに手を振っている。そうだ、これくらいバカでいてくれるのなら私の野望にもすぐに手が届くのではないかと自信が持てた。
16歳のミザリーは眠るハルキュイアの傍に居た。今すぐにでもこの首を掻き切ってやりたい思いだが、どうも現当主の体調が
17歳のミザリーはハルキュイアと共に涙を流していた。ハルキュイアの父でもあった当主がこの世を去った。昨年の体調からは信じられないほどの回復を見せたと医者は言っていたが、老体故、元々の体力が落ちていたのだろう。自分たちが病床に向かう暇もないほど呆気なく息を引き取った為、余計にハルキュイアは悲しんだ。私も今はただ、隣で一緒に涙を流すことしか出来ない。
18歳のミザリーは殊勝にも礼儀作法を学ばんとする当主のハルキュイアに、過去自分が学んだすべての作法を叩き込んでいる。以前からしっかりと学んでいればこんな事にはならないのだが、彼女にはそんな当然のことも分からないのだろう。すぐに投げ出して家出でもしてくれれば私の手を汚さずに済むのだが…前当主の葬儀の際に父が余計なことを言ってしまったばかりに、迂闊にこちらから手出しが出来ない状態になってしまった…『君の隣にはミザリーが居るんだから、一緒に頑張るんだよ』そんな事を言っても当の本人がこんな有様なのだから、私に出来る事と言えば精神的に追い込むくらいだろうか?シゴキの手を緩めること無く泣き言を言う彼女の尻を蹴り上げた
19歳のミザリーは来年の成人するタイミングで正式に家督を継ぐ事になったハルキュイアの隣りに居た。出産と同時にこの世を去った母を思い星を眺めているようだ。もしも自分の隣に母のような存在が居たら、もっと自信を持って当主になる事が出来ただろうか?なんて弱音を吐いている。しみったれた空気はもううんざりだったので適当に励ますことにした。悩んだって答えを見つける頭なんかないんだから考える必要はないと言ってやろう。最近は無能なこの娘を狙い、名家から後釜を狙う輩が増えてきている事も重荷になっているのだろうか?この娘が商売を安定させるまでの間は私がそちらをケアし、なんとかこの家の地位を守り抜かなければ。自分が当主になった時にすかんぴんなんてお笑い草だ。
20歳のミザリーは継承式典を控えるハルキュイアの手を握っていた。頭抜けた経済力を誇っていた先代の頃から比べると少し資産は失ったが、それでもこの娘なりによくやっている方だ。まぁ私であれば更なる隆盛を誇っていたと胸を張って言えるが。この式典には国の王族すらも参列する程、この地域において重大な意味を持つ大舞台だ。こんな所でプライズ家の格を落とそうものなら、将来当主となる自らの首を絞めるに等しいので、ハルキュイアには何度も繰り返し努めて冷静に段取りを復習させる。もう大丈夫だと落ち着いたふりをしているが10年以上の付き合いである自分には分かるのだ。オレンジ色に輝き風になびくその美しい髪をとかしてやり、整った顔立ちにも関わらず不自然に引き攣った頬をほぐしてやると会場に向け背中を押した。転んでみっともない姿を見せないようにと手を引いてやりながら。
21歳のミザリーは執事やメイド達に
数年前から笑顔を見たことがないと言われるほど冷徹なこの執事長は、今日もプライズ家の令嬢を背後から狙っている。
-Fin-
冷徹執事は邪智暴虐、無知蒙昧、厚顔無恥な幼馴染令嬢の背中をいつも密かに狙っている 富士隆ナスビ @nasubi_hujitaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます