第6話 西のテラード
テラード・グリフィス。生徒会に属し、赤茶色の髪と瞳を持つハリアード王国西のグリフィス侯爵家嫡子。
彼には「前世」の記憶がある。
「前世」のテラードはゲーム製作会社に勤めそこでシナリオライターをしていた。
時代の流れが据え置き機から携帯機、スマホアプリと変わり中小企業だった会社は経営難から解散する事になった。
社員達は最後になるのだからと作品を好きなように作り、売り上げを少しでも退職金に上乗せしようと出来上がったのが「恋愛ラプソディ〜恋の祝福〜」。
ストーリーは自由奔放なヒロインが貴族学校へ入学し、攻略対象とイベントを起こして仲を深め、それぞれのルートでのエンディングを迎えるベタなもので、「身分差」「略奪」「監禁」「逃避行」「ヤンデレ」「悲恋」「激甘」「幼馴染」⋯⋯社員達の性癖を詰め込んだ作品だった。
バッドエンドは存在せず全てのルートでヒロインは(どんな形の愛でも)愛されるエンド。
この辺りはタイトルを付けた同僚が「攻略対象の周りの女を蹴落とすんだから幸せなんじゃない?」とジョッキをあおりながらドヤ顔で語っていた。
舞台はハリアード王国、ハリアード学園。
十六歳から十九歳までの三年間をハリアード学園で過ごしながら目当ての攻略対象者と恋愛する「ゲーム」だ。
また、攻略対象のルートを全て終わらせた後、好感度「好き」状態からスタート出来る「ネバーエンディングモード」が解放されて自分好みのシチュエーションを簡単に発生させる事が出来るようになり、本編ではシナリオ上全員の好感度を「愛してる」にはできないが「ネバーエンディングモード」では全員「愛してる」にする事が出来て逆ハーレムエンドを迎えられる「おまけ」があった。
攻略対象はハリアード学園の生徒会五人。もちろん美形揃いでそれぞれにライバル令嬢が存在し、ヒロインの邪魔をする。
攻略対象者の一人、西の侯爵と呼ばれ気さくで誰にも優しく軟派に見えるが思慮深いテラード・グリフィス。今の自分。それを思い出した時には思わず笑ってしまった。
テラード攻略のライバル令嬢はべヨネッタ・ムードン。
子供の頃に出会いテラードに想いを寄せていた所に現れたヒロインに嫉妬して邪魔をする。
容姿は設定資料で知っているが今の時点で知り合っていない。
もう一人が東の侯爵と呼ばれ真面目で冷静、物腰柔らかい紳士だが一途さを持つレトニス・トレイル。レトニス攻略のライバル令嬢は先日会ったキャラスティ・ラサークと、リリック・スラー。一方的に二人はレトニスに想いを寄せて幼馴染の立場を使いヒロインの邪魔をする。
しかし、先日の様子を見ると想いを寄せているのはレトニスの方に思えた。
自分が「作った世界」と「生きる世界」は自分とレトニスの状況だけでも違いがある。
テラードは「夢」で「前世」を見る度にそれをこの世界では誰も解読できない「日本語」で書き留めていた。
「何だそれ。何処かの古代文字か?」
「ああ、ずっと昔のな。俺の研究の一つだよ」
声を掛けて来たのは北の侯爵と呼ばれるシリル・ソレント。
銀灰色の髪、藍色の瞳。冷たい外見とは反対の熱血漢で思い込みが強い。
シリル攻略のライバル令嬢は彼の妹クーリア・ソレント。兄を取られたく無い一心でヒロインの邪魔をする。クーリアはシナリオでは学園に通っているが身体が弱く北のソレント領で過ごしている。
「レトニスも会長もまだ来てないみたいだけど今日ってなんの招集?」
「さあ? なんだろうな」
退屈だと伸びをしたのは南の侯爵と呼ばれるユルゲン・ベクトラ。橙色の髪と瞳。陽気な外見をしているが気分屋。
ユルゲン攻略のライバル令嬢は隣国からの留学生で伯爵令嬢フィナ・ロージア。ユルゲンに一目惚れしたフィナは近づこうとするヒロインの邪魔をする。が、今のところ留学して来ていない。
「悪い、遅れたか?」
「レトニス遅いー。って言いたいけど会長はまだ来てないよ」
「おかしいな、先に教室を出ていたんだけど」
「あらかたどこかで囲まれているのだろう。レトニスも遅れたと思うくらいどこかで時間を取られてたんだろ?」
シリルが「他人事では無いが」と声を掛けるとレトニスは一瞬口元を緩めそうになったのを堪えた目でシリルではなくテラードを見た。
──なんで、そこで俺を見るんだよ。
レトニスの言いたい事はそれだけで理解した。この中でレトニスがここに来るまでに会って来た人物を知るのはテラードだけだ。
──ああ、今日は会えた訳ね。解りやすいんだよ⋯⋯本当に。
「用事があったんだよ。俺はお前らみたいに目立たないさ」
──嫌でも理解したよ。
「⋯⋯自覚ないのか、レトニス⋯⋯」
──他のご令嬢が目に入らないくらいだもんな。
「何? 何? この間も用事があるって帰ったじゃん?」
──ユルゲンの観点は合ってる。
レトニスは仔犬のような目でテラードを見た。
その視線は助けを求めるものなのに口元が嬉しそうだった。
──だから、俺を見るなって。
テラードはこの世界に生まれ変わっても魂が同じだからだろうか「前世」の性格が受け継がれているのだろう。困ってる人を見捨てられないのだと苦笑する。
「まあまあ、そのくらいにしてやれ。解る時は解るんだろうし」
「えー。テラードは気にならない?」
「気にならない訳じゃ無いけどな。絶対に言わないだろう? レトニスだぞ」
「それもそうだな」
こんな時はそれぞれの性格設定を知っている事を有難く思う。同時に友人達に対して設定だとかキャラクターに当てはめている罪悪感も湧く。
「遅くなってすまない。揃っているか?」
「やっと来たー。退屈してたよ、王子様」
「⋯⋯王子様は止めろと言ってるだろ」
遅れて来たのはメインヒーローの王子アレクス・ハリアード。ハリアード王国第一王子。メインならではの金色に輝く髪、金色の瞳の美丈夫。威圧的且つ他人を寄せ付けない雰囲気を纏う自信家だが、内心不安定なものを抱えている。
アレクス攻略のライバル令嬢は王家の血筋を持つ公爵令嬢レイヤー・セレイス。アレクスに付き纏いヒロインに身分が違いすぎると嫌がらせをしたり冷たく当たる。
ところが、レイヤーは確かに居るが貴族としての付き合いしかしておらず、アレクスに付き纏うどころか関わっていない。
「ゲーム」でアレクス攻略だけは他のライバル令嬢との友好度が必要となり、ベヨネッタ、キャラスティ、リリック、クーリア、フィナの誰かの友好度を「親友」にする必要がある。
──「ゲーム」とは結構違っているんだよな。
「始めるぞ。遅くなってしまう」
「遅れてきたのアレクスじゃないか」
遅れてきたのに急かすアレクスをユルゲンが揶揄う横でテラードはパラパラと配られた資料を捲り、その内容に手を止めた。
「シリルは身内だから知っているだろう。来月から数名、編入がある」
「クーリアか、先週からこっちに来て準備しているよ」
「⋯⋯シリルの妹君に留学生、男爵令嬢」
「みーんな女の子だね」
今まで居なかったものが一気に投入される。これは「シナリオの強制力」の一部かとテラードは苦笑を零した。
「フィナ嬢は貿易相手のフリーダ国からニ学年からの編入。クーリア嬢は一学年から。
⋯⋯ランゼ嬢はセプター男爵の令嬢で二学年からだ」
「セプター男爵? ああ、最近貿易で成長している商会のか」
「ああ、今までフリーダ国に居たそうだが拠点をハリアードに変えたそうだ」
「あれ? 僕に入ってる情報だとセプター男爵に子供は居なかったと思うんだけど?」
「よくある事だ。私生児か養女をとったんだろう」
今度編入するランゼ・セプター。「ヒロイン」のデフォルト名だ。
「ゲーム」のランゼは「祝福」の力を持つ「祝福の乙女」。彼女からの愛情を受けた者は思い通りの「幸福」を手にする。
本来の「ゲーム」開始から一年経っての「ヒロイン」の登場。テラードは「ゲーム」を知っている為、不本意なイベントは回避する事が出来るかも知れない。けれど、友人達はどうだろうかと見回した。
「作った」側から見てもランゼは自由奔放で破天荒。ランゼの全てが貴族の彼らには好意的に新鮮で心惹かれるものとして映る。
「ゲーム」の中の彼らはランゼに妄信的になって行くが目の前にいる友人達とライバル令嬢には「心」がある。それが良い方向に向かって欲しい。
テラードは「シナリオの強制力」よりも「心」が強いものであって欲しいと願った。
それでも彼らの「心」がヒロインを求めるのなら止める権利も邪魔する道理もなく、何ら問題もないのだから。
「面倒事が起きなけりゃいいけどな」
「⋯⋯テラードは何か気になる事でもあるのか?」
テラードは無意識に呟いた。シリルから訝しげに聞かれ、他の三人からも驚いた表情を向けられる。
しかし、まだ知らぬランゼが自分達に影響を及ぼすかも知れないなど説明のしようがない。
「⋯⋯いや、杞憂だろう。面倒事を処理するのも俺達の仕事だしな」
テラードはへらっと誤魔化す。自分達が違っているようにランゼも違う可能性がある。楽観的に構えて油断は出来ないが現時点でやれる事は無い。
「連絡は以上だ。何も無ければ解散にするが」
「はーい。僕、気になる事があるんだけど」
「なんだ、ユルゲン」
「最近、レトニスの「用事」が増えてるみたいじゃん? 昼だって殆ど居ないし、会合にも遅れて来るようになったしさ。僕達で手伝えないのかなあって」
「──っ!?」
ユルゲンの発言にレトニスが紅茶を飲み込めず咽せた。
テラードもなぜか動揺して目を見開いた。
挙動のおかしくなった二人をニヤニヤとユルゲンは眺めながら「アレクスなら何とか出来るんじゃない?」と逃げ道を塞ぐ。
「レトニス、何か問題でも抱えているのであれば話してもらえないだろうか」
不安気に眉間を寄せたアレクスは普段は王子然として振る舞うが内心は常に自己否定を抱えている。
だからこそ自分が受け入れた相手には誠心誠意尽くしてしまう危うい部分を待ち合わせる。
そんなアレクスを支え、補佐をするようにとテラード達は教育されて来た。
「個人的な事だよ。問題なんてない」
「だが⋯⋯」
「テラードは知ってるっぽいよねー」
「確かにアレクスが来る前からテラードは事情を知っている風だな」
──ごめんキャラスティ嬢、これ無理だ。
うまい言い訳とうまい助け舟が出せず、ただひたすらテラードは心の中でキャラスティに謝り続けていた。
これは確実に彼女に興味が向けられるのは避けられない。このレトニスが執心する存在を彼らが見逃す訳が無い。
「⋯⋯⋯⋯親戚の、事だよ」
「その親戚がどうかしたのか?」
「何? 何? 迷惑でも掛けられてるの?」
「それならばお前の家から忠告出来るだろ」
小さく溜息を吐いただけの事に勝手に「迷惑を掛けられた側」として話が進む。
このままではキャラスティが悪人になってしまうとテラードがやっと助け舟を出した。
「逆だよ。レトニスが気に掛け過ぎてる方だ。俺から見た限り「あちらさん」は、お前の立場に気を使ってるように思えたぞ?」
「彼女の方が気にし過ぎなんだよ」
「彼女!?」
三人の目が驚きと興味の色に変わった。
腹が立つほど美形でどんなにカッコつけていても中身は年頃だとテラードは微笑ましく思う。
「思ってるような関係じゃ無いよ。知らない人に警戒しなかったり、俺に言えない事があったり⋯⋯心配になるだろ?」
「ほう、そう言えば、お前の幼馴染が二人、学園に居たな」
「この間の可愛い子ともう一人居るの!? ズルイ」
「⋯⋯で? どんな子なんだ?」
──本当、ごめん、マジ、ごめん。
テラードは三人から矢継ぎ早に尋問されているレトニスを見やる。
貴族、それも上級貴族であれば早々に婚約者を決めているものだが、自分達は少し事情が違う。
王都を中心とした東西南北の砦と呼ばれる領地を持つ侯爵家の跡取りだ。
政治的にも他の貴族達の権力関係にも影響が出る為「婚約者候補」は居ても学園を卒業し本格的に国の運営に関わるまでは特定の「婚約者」は決められない。
王子にも同じ理由で立太子されるか王族、王子として国の運営に関わるまで「婚約者候補」は居るが「婚約者」は決められない。
そんなモテるわりに「慣れていない」年頃の彼らにはレトニスが隠す「女の子」は恰好のネタだ。
彼らがキャラスティの名前を聞き出すのもそう時間は掛からないだろう。
それもこれもレトニスの所為だから恨むならレトニスを恨んでくれ。
「さあて、俺は帰るかな」
「おいっテラード! こいつらを止めてくれ」
テラードは助けを求めるレトニスにヒラヒラと手を振って「無理だ」と答えた。
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