不滅の聖杯 ~白き獣と虹の玉座

獅子堂まあと

第一章 フレーゼ家騒動顛末記(1)

 村の見張り台から警鐘が鳴り響き、その音は近隣の村へ、次々と伝わっていく。そんな中を、村と村の間に広がる畑のあぜ道を、数頭の馬がけんめいに現場を目指して駆けている。

 先頭で手綱を取るのは最低限の防具だけを身に着けた少年、後ろに続くのは、この辺り一帯を治めるフレーゼ家の兵士たちだ。

 既に村の端では火の手が上がっている。大事な家財や赤ん坊を抱えて右往左往していた村人たちが、少年の姿に気づいて助けを求めるように駆け寄って来る。

 「ノエルの若様! 早く、早くあいつらを…」

 「何人だ?」

 「五人です! 先頭にいたのは、い、いつもの…あの赤黒い奴ですよ!」

 「分かった。」

少年は、ついてきた兵たちに手で合図を出し、念のため弓を構えさせた。「いつもの」ということは、いつもこの辺りを荒らしまわっている例の傭兵に違いない。汚れているりか地毛なのかも分からない、赤黒い髭に日焼けした顔。それに――あの厄介な宝刀。

 少しでも早く、と、すぐに動ける者だけを連れてきたのだ。残りの兵たちは後から来る。だが、いつもの連中なら本隊が到着する頃にはとっくに姿をくらませているだろう。今も、ノエルたちの姿を遠目に見るや、略奪と放火を止めてさっさと撤退しようとしている。放った矢は、ぎりぎりで馬を掠めるか、掠めないかくらいの距離。

 「逃げるのか、卑怯者! いい加減、おれたちと勝負しろ!」

 「へっ、やなこった。お坊ちゃまはそこらで、大人しく水汲みでもしてやがれ。ばーか」

あからさまな挑発とともに颯爽と駆け去っていく馬の背中を、ノエルは、歯ぎしりしながら見送った。追い付きたくとも、今からでは追い付けない。――本当を言えば、追い付こうとしなくとも、先回りくらいは出来るのだが。

 賊の隠れ家は。ただ、そこに直接乗り込んで決着をつけるだけの兵力が、こちら側には無い。当主の許可も降りていない。

 結局はこうして、毎日のように繰り返される嫌がらせと挑発に耐え、襲われた村々を後追いで回って、文字通りの「火消し」をしていくしかないのだった。


 こんな状態が、もう、半年近くも続いている。

 領民たちからの苦情も、兵たちの疲労も、もう、限界だ。

 村の被害状況の確認を兵たちに任せて、ノエルは、苛立ちながら館に戻った。フレーゼ家の現当主であり、彼の従兄弟でもあるリュキアに、何十回目かの陳情をするためだった。


 「おい、リュキア。」

ノックもせずに扉を開け、ノエルは、ずかずかと執務室に入っていく。

 「また例の傭兵が村を襲ったぞ。巡回を増やしても隙を突かれて意味がない。いつまでこんなことを続けるつもりだ」

 「分かっている」

当主のリュキアは、溜息まじりに机の上に肘をついた。

 怒鳴り込んでいた少年とよく似た顔立ち。同じ色の髪と瞳。まるで兄弟のように見える、それが、この家の現在の若き当主、リュキア・フレーゼだった。

 父を亡くしてまだ一年あまり。当主と言ってもまだ十代の半ばで、ノエルとは同い年だ。頭は良いが、やや気弱なのが玉に瑕――それでも、父に指名された正当な後継者であり、この家、いや、この小国、フレーゼ男爵領のれっきとした指導者なのだった。


 ここ、リギアス連合国では、各家が統治する領地がそれぞれ小国として独立しており、それらが同盟を結ぶことによって一つの共同体を成立させている。

 元は自領や荘園を持つ貴族たちだったのが、百数十年前の内戦で大国ハイモニアから独立して「連合国」を作った。王をたてる代わりに、自らが小国家の王として独立することを選んだのだ。

 フレーゼ家は、かつて男爵の称号を持っていた。それゆえ、ここは今は「フレーゼ男爵領」という小国として成り立っている。

 独立した小国である以上は、内部の問題も自力で解決することが求められる。外国に攻め込まれたなら他の領地に救援要請も出来ようが、今回はそれも出来ない。何しろ、傭兵を雇って嫌がらせをしているのは身内――リュキアにとっては「腹違いの姉」なのだ。家庭内のもめ事を仲介してくれるほど親しい大人は、親族にも、周辺諸国にも居ない。

 彼らは年若くして、この困難な問題に自力で対応せねばならなかった。


 「…こちらも、傭兵を雇うことにしたんだ」

溜息まじりに、リュキアはそう言った。「もう、そのくらいしか思いつかなくて」

 「傭兵…って、"斡旋所"に依頼を出したのか?」

 「ああ。腕利きの傭兵に来て貰えれば、姉上の雇った傭兵を倒してもらえるはずだ」

 「どんな奴が来るかも分かったもんじゃない。大丈夫なんだろうな」

 「多分――。」

自信が無さそうなのは仕方がない。傭兵を雇うなど初めてなのだから。

 もっとも、それはノエルのほうも同じことだった。

 「斡旋所か…。」

大陸中に情報網をはりめぐらし、各地に窓口を持つ傭兵の斡旋元。依頼を受け付け、難易度に応じて請負人たちに紹介していく仕組み。

 大国ハイモニアが滅びてから、この百年以上、大陸ではあちこちで頻繁に小競り合いが起きている。その戦いに効率的に戦力を送り込む、今や、無くてはならない機関でもある。

 「金さえ積めば戦力は雇えるんだろ? そこ。幾ら出したんだ」

 「二十マルクだよ。それだけあれば、多少の荒事でも引き受けてくれる者が雇えるって。…そんな顔するな、並みの兵の十人分だ、高いのは分かってる。そのぶん、強い人が来てくれれば…。」

 「せめてあの、厄介な宝剣使いだけでも始末してくれればな」

執務机の端にもたれかかりながら、ノエルは呟いた。

 「あいつさえ居なくなれば、残りはザコみたいなものだ。おれでも何とかなる」

 「無茶はしないでくれよ、ノエル。お前に何かあったら困る。」

 「分かってる。無駄死にはしない」

ぽん、と従兄弟の肩に手をやって、彼は笑顔を作った。

 「見回り、行ってくるよ。」

何も出来ない自分がもどかしかった。

 リュキアの力にはなりたかったが、少し剣術を習った程度でろくに実戦経験もなく、おまけに母に似て体格も華奢だ。リュキアのように頭が良いわけでもなく、何一つ取り得が無い。そんな自分が情けなかった。

 せめて一つでも、人より秀でた、誇れるものがあれば良かったのだが。




 斡旋所に依頼を出して数日、請負人が現れたという報せが一番近い斡旋所から早馬で届いた。

 請負人は西の国境に近いベリサリオの街で依頼を請けて、移動中だという。フレーゼ領はリギアスの中でも南東の海に近い場所にあり、ベリサリオから随分と離れは場所から来るものだ。

 手っ取り早く稼ぐには幾つもの依頼をこなすのが最善で、依頼を請けるなら依頼を出した場所から近いところで活動する傭兵であることが多いはずだ。仕事を請けた傭兵は、何故わざわざこんな遠くの依頼を選んだのだろう。それに、早馬を使ったとはいえ、そんな遠くの情報を瞬時に届けられる斡旋所の仕組みも謎だ。

 だが、斡旋所を利用して依頼を出すのは初めてのリュキアやノエルは事情に疎く、あまり深く考えを巡らせるほどの知識は無かった。


 報せから遅れること数日、雇った傭兵は、思っていたより早く姿を現した。真っすぐに馬を飛ばしてやってきたのだろう、疲れ切った馬を厩に預けると、男は、その足でリュキアのところに挨拶にやって来た。

 ちょうどノエルも見回りから戻って来たところで、興味津々で執務室に同席していた。二十マルクも払ってやって来たのは一体、どんな傭兵かと思ったのだ。

 しかし予想に反して、その男はずいぶん小ぎれいで、その辺のお茶会で貴婦人でも口説いていそうな細身の優男だった。荷物は皮袋が一つだけ。腰に提げているのは、ありふれた剣が一本。まだそれほど年は取っていないように見える。筋骨隆々の大男を想像していたノエルは、少しがっかりした。

 「この度はご用命ありがとうございます、フレーゼ殿。私はヴァイスと申します」

見た目通り優雅に、軽く頭を下げて挨拶したあと、男は少し声色を変えて付け加えた。

 「と、まあ、上品に振る舞うことも出来ますが、もしお気に障るようでしたら、もっとざっくばらんな対応も可能です。」

 「どちらでもいいよ」

と、リュキア。

 「依頼の内容は? どこまで聞いている」

 「提出された内容でしたら、窓口での契約の時に、全て。こちらの領内で、対抗勢力が雇った傭兵が嫌がらせのために暴れ回っている。その者を捕縛、ないし戦闘不能にすること。可能であればアジトまで乗り込んで仲間も一網打尽にすること。ただし首謀者については無傷で捕えることを希望。――で、合っていますか?」

 「そうだ」

若き当主は、重々しい表情で頷いた。

 「問題の傭兵は、ゴランと名乗っている。雇ったのは…、…恥ずかしい話だが、ぼくの腹違いの姉、ファリダだ。」

 「ほう。差し支えなければ、詳しくお聞かせ願いたいのですが」

 「ぼくは父の再婚後の子供でね。ファリダの母親は父の子供の頃からの婚約者で、ラフェンディ大公家の縁戚に当たる名門、レイナス家の出だ。だが父には、どうしても結婚したい想い人がいた。それで、婚約者との結婚生活はすぐに破綻して、ぼくの母と再婚することになった。

 姉のファリダは離婚された実母と一緒に実家に戻って、それきりほとんど会うことも無かったんだが、一年前に父が亡くなった後、血統的にも、長子であるという意味でも、自分もこの家の財産の相続権がある、と言い張って、大胆にも財産の半分を求めて来たんだ。」

 「なるほど。良くある話ですね」

ヴァイスと名乗った傭兵は、訳知り顔で頷いている。「で、あなたは断り、姉君は要求を飲ませるために嫌がらせをして脅しをかけている。…と、そういうところですか」

 「ああ。」

 「事情は了解しました。では、早速仕事に取り掛かることにします。」

 「え? 今から?」

驚いて口を挟んだのは、隣で聞いていたノエルだ。「到着したばかりなのに?」

 「こら、ノエル。…ああ、すまない。こちらは、ぼくの従兄弟でノエルだ。うちで雇っている兵たちの取り纏めをしてくれている」

 「ほう。なら、道案内もお願いできそうですね。ご同行いただけると助かるのですが」

 「構わないよ。」

許可を得るようにリュキアのほうに視線をやってから、ノエルは頷いた。この男がどれほどの腕前なのかも気になるが、傭兵というのが、どのように依頼をこなすのかにも興味がある。

 「では、失礼します、フレーゼ殿。またのちほど」

あくまで優雅さを演じた態度のままで、男は、ノエルとともに執務室を後にした。


 「馬を貸してくれますか? ここまで乗って来た馬は、だいぶ疲れていますので。」

部屋を出るとすぐ、厩のほうに向かって歩きだしながら、男はそう言った。

 「ああ、いいよ。だけど――あんた、何でそんな、もったいぶった口調なんだ? 傭兵なんだろ」

 「傭兵と言っても皆が皆、ぶっきらぼうにやってるわけじゃない」

少し砕けた口調で答えると、少し口元に笑みを浮かべる。

 「ま、商売上の必要技能ってやつですよ。オレはお偉いさんたちの依頼を選んで請けることが多いんです。リギアスの他の国の当主、とかね。そのほうが金になるし、依頼の内容もわりとやりやすいものが多い」

 「やりやすい? これで?」

 「ああ。要するに向こう側の厄介な傭兵ひとりぶちのめせば良いだけだろ。残りの雑魚は何十人いようが大した問題じゃない。戦場で混戦の中を駆けずり回るのに比べりゃあ、ぜんぜん楽勝だ。」

 「へえー…」

ノエルにとっては未知の世界だ。少年の素直すぎる反応に、男も苦笑している。

 「ま、若様には一生、縁のない世界でしょうがね。さて、どの馬を貸していただけますか」

歩いているうちに、いつの間にか館の裏庭に出ている。厩と兵舎、それに炊事場などが集まった、使用人たちの使う一画だ。

 「そこの馬具をつけてるのを使ってくれ。何処へ行く?」

 「まずは、嫌がらせの状況の確認だ。いちばん最近、襲われた場所を見せて下さい。それと、目標の傭兵がいる拠点を。」

馬を引き出すと、二人は、揃って裏門から館を出た。


 館を取り囲む町を出て、近隣の村へ続く道に差し掛かると、巡回の兵たちとすれ違った。

 ヴァイスは目ざとく、その姿に視線を留める。

 「あの巡回は、定期的に決まった道を辿っているんですか?」

 「ああ。三人ずつひと組で、この辺りの村の間を順繰りに回らせている。とはいえ、向こうも隙を突くのが巧い。襲撃前に見つけることは難しくて…、近頃では農夫に扮して、馬車に積んだ干し草の中に隠れて襲ってきたりもする。嫌がらせのためにそこまでするんだ。まったく、在り得ない」

 「まったくだ。そんな手間暇かけるくらいなら、異母弟を暗殺したほうが早い」

 「あ、暗殺?!」

 「斡旋所には、そういう依頼も出て来るんですよ。誰かの暗殺とか、誘拐とか。――ま、合法的な依頼だけじゃ無いってことです。傭兵の仕事ってやつは」

 「……。」

ノエルは、思わず考え込んだ。今まで、そんな可能性は想像したことすら無かった。

 「まあ、安心して下さい。今のところそんな依頼は出ていないし、それで済むなら最初からそうしている。わざわざ手の込んだ嫌がらせをするからには、その、ファリダってお嬢さんは、どうしても弟に"自分から"財産を譲る"と言わせたいんでしょう。体面か、自尊心のためかはともかく…貴族連中には良くあることですね」

 「詳しいんだな、あんた」

 「言ったでしょう? お偉いさんたちの依頼を選んで請けてるって。そういう依頼が多いんですよ、残念なことに。」

畑の間の道を辿って、やがて馬は、つい前日に襲われたばかりの村に辿り着いた。火をかけられた厩舎と、焼け焦げた地面。それに、香ばしい香りがまだ、かすかに残されている。

 「今回は馬が一頭と、子牛が二頭、攫われた。抵抗した母牛の一頭がここで斬り殺されていたんだ。」

と、ノエル。

 「人的被害は?」 

 「ないよ。奴らは人間は殺さない。ただの山賊のふりをして、少しばかり暴れ回って家畜や食料を奪っていくだけ。ファリダがそう命じてるらしい」

 「そいつは、山賊にしてもずいぶんと紳士的だな。ふうん…、一応は体面を気にしているのか? まあしかし、こんなやり方はさすがにバレバレだが」

ヴァイスは、面白そうに被害の痕を眺めやっている。

 「この規模の襲撃なら、せいぜい数人、ほんの十分もあれば可能だ。少数で短時間、気力と体力を浪費させるだけの作戦…か。ま、せこい方法だが効果はある」

男はにやりと笑う。

 「あとは領民が反乱を起こすか、領主殿が音を上げるのを待てばいい。家督の全ては奪えなくとも、カネで折り合いをつけるくらいは十分あり得るだろうな。」

 「リュキアが折れるっていうのか」

 「現に今回、オレを雇うのに大金を支払っただろう? もしこれで駄目なら、次は、向こうの要求を一部だけでも呑んで、カネを払うかわりに襲わないでくれと懇願するくらいしかないだろう」

 「……。」

言い返すことも出来ず、ノエルは黙ってしまった。

 確かに、そうかもしれない。

 傭兵を雇うのは最後の手段だ――少なくとも、最後に近い。それに、ここのところ、リュキアの表情は日に日に暗くなっていくばかりだった。

 「ま、心配しなくていい。この件ならすぐに解決する。次は――」

馬を巡らせ、立ち去ろうとした時だ。

 「あ、若様!」

ノエルの姿を見つけた村人が駆け寄って来る。

 「見回りですか? ご苦労様です」

 「領主様はお元気かね。この間焼かれた納屋は、領主様のご支援のお陰でなんとか建て直せたよ」

 「今日は怪しい奴はまだ、見ていないよ」

通りすがりの村人たちが気さくに声をかけてくる。

 「ほう、顔が売れているんですね」

 「毎日見回りをしていれば自然にね。それにこの村は、もう何度も襲われてるんだ。リュキアはそのたびに自らやってきて、被害状況を確認して、損失額を補填して村人たちの愚痴を聞いている。それで、皆に顔を覚えられてるんだ」

 「成程。」

村人たちと軽く挨拶を交わしたあと、馬は、村を離れて領地の端の、岩山が立つあたりを目指して走り始めた。その辺りには、鬱蒼とした森が残されている。

 「あそこが、襲撃してくる連中のいる場所だ」

ほどよく距離を置いた場所で馬を止め、ノエルは、忌々しそうに岩山を眺めた。

 「中腹に洞窟があって、そこを根城にしているんだ。森を突っ切っていくのは簡単だが、上からは丸見えで待ち伏せされやすい。常に十人ほどがいて、問題の傭兵が統括している」

 「なるほど。確かに山賊団みたいなものですね」

 「本当は、あそこまで兵を率いて攻め込みたかったんだ」

少年は、悔しげに手綱を握りしめる。

 「だけどリュキアがどうしても駄目だと、兵を貸してくれなかった。相手が十人いたって、二十人連れて行けばなんとかなるかもしれないのに…こんな近くに居ながら、見ていることしか出来ないなんて」

 「懸命なご判断ですよ、それは。あなたが出向いて、人質にでもなろうものならその瞬間に全てが終わってしまう。領主殿は、従兄弟の命ごいのために莫大な身代金を差し出すしかなくなる。――そうでしょう?」

 「……。」

 「あの分かりやすい根城は罠でしょう。襲撃の許可を出さなかった領主殿も、特攻しなかったあなたも、正解だった。」

言いながら、ヴァイスは、何故か山の周囲を見回している。

 「――で、ファリダ嬢のお住まいはどちらですかね? まさか、あの洞窟で山賊どもと汗臭い宿をとっているわけでもないでしょう」

 「ファリダ? 彼女がなぜ関係があるんだ。あの山の向こうだよ、レイナス家の別荘地がある」

 「目標の逃亡先を知りたかったんですよ。追い詰めれば依頼主のところに逃げ込むはずでしょうから」

 「逃亡…?」

それは、戦う前から自分が勝つ、と確信している者の口調だった。

 「ずいぶん自信があるんだな。ゴランはただの傭兵じゃない。あんたの二倍は体格があって、しかも、火を出す魔剣を持ってるんだ。あれのせいで簡単には近付けないし、捕まえることも出来ずに手を焼いてる」

 「依頼の前提条件に但し書きがあったのは見ていますよ。その剣、魔法道具アーティファクトでしょうね」

 「魔法道具アーティファクト?」

 「かつて北の山脈の合間にあったという、今はもう滅びた魔法王国イーリスの品ですよ。百五十年前、その力を使ってハイモニアは大陸全土を支配下に置いた。もっとも、その時にイーリスが滅びたせいで、新しいものは作られなくなってしまいましたが。なに、今となっては珍しい代物ですが、誰も見たことが無いようなものではありません。対処法さえ知っていれば、ただの骨董品だ」

さも当たり前のように言って、男は、あっさりと来た道のほうを振り返った。

 「さて。確認すべきものは確認した。戻りましょう」

 「もう、いいのか?」

ほんの小一時間ほどの視察だ。こんな僅かな時間でいいのだろうか。

 二頭の馬は、館のある街を目指して走りだす。

 「そういえば、今日は襲撃が無いな。いつもなら、このくらいの時間にはもう、何処かから報告が来ているんだが」

 「今日は様子見でしょう。」

と、ヴァイス。

 「領主が傭兵を雇ったという噂が流れているはずだ。相手はどんな奴で、何人くらいか。どこかから見ているんでしょう。で、たった一人と分かれば、安心して明日はいつもどおり襲ってくるつもりでしょう。」

 「……。」

なるほど、手の内はすべてお見通しということか。それが同じ傭兵同士だからなのか、この男特有の経験値なのか、ノエルには分からなかったが。

 「もっとも、明日の襲撃はありませんが。――この馬、明日ももう一度貸して貰えますか? 明日の朝、日の出とともに根城に先制を仕掛けますよ」

 「こちらから行くのか? あんた一人で」

 「ええ」

 「さすがにそれは――」

無謀、としか思えなかった。

 だが、男は冗談などではないというように、不敵な笑みを浮かべている。しばし考えこんだ後、ノエルは言った。

 「なら、おれも行く。兵を連れて。あんたを信用してないわけじゃないが…幾らなんでも心配だ」

 「では、その兵はうっかり捕まらないよう、ご自身の身に気を使うのにお使いください。」

館の裏口から戻ると、男はそのまま、少し休むと言って客間に姿を消してしまった。

 まったく、分からない人物だ。腕に自信はありそうだが、その自信が口だけなのか実力もあるのかの判断がつかない。しかも相手が十人以上いると聞いて一人で急襲しようというのだ。何か策でも仕込んでいるのか。

 不安と一抹の期待を抱きながら、ノエルのほうは、リュキアに、明日朝に先手を打って敵のアジトを襲撃するという作戦を報せに行った。

 どのみち、これで巧く行かなかったら、残された手段はそう多くはない。

 もっと大金を積んで沢山の傭兵を雇うのか――それとも、ファリダと相続金の額を交渉するほうがいいか、どちらが安くつくのか、だ。



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