第5話 そして、帰還

 周りにいるスライムの行動パターンは分かっている。いや、ミニスライムと呼ぼう。こいつらには囲まれさえしなければ問題ない。 

 問題は新種のボススライムだ。こいつの行動パターンを早く知ることが先決だ。 

 

 部屋で戦うことは得策ではない。誘い出すか。

 

 力の実を食べて、革の小手を両手に装着した。攻撃と防御のパラメータが上がっていることを確認した後、俺はぐいっと水を飲みほした。

 空になったペットボトル。

 一呼吸して・・・、

 ボススライムめがけて思いっきり投げつけた。


「キュキュシュアアアア」


 ボススライムの奇声が響き渡る。一斉にこちらに気づいたミニスライムが奇声をあげた。

 落ち着いてゆっくりと一歩下がった。気圧されたわけではない。落ち着いて決めた戦略上の一歩だ。当然、ミニスライム達が距離をつめてきた。

 振り返り、木刀を構える。更にミニスライムが距離をつめた。


”諸手突き” 


 強烈な両手突きで通路にいるミニスライム2匹を同時に仕留めた。lvが上がったおかげか、攻撃が外れる頻度が少なくなっていた。

 

 部屋側に視線を向ける。部屋の入口にはボススライムがいた。

 これで1対1の状況を作れたな、ボスさん。


「ギュウウウウウウウウ、ヴァ。」

 

 怪奇な声を発したボススライムは、急速にしぼみ、即座に膨張してミニスライムを生み出した。もう一度同様に繰り返して2体目を生み出した。

 

 2回行動。ボスのいかにもありそうな特性である。

 

 生み出されたミニスライムから体当たりを受けた。

 

 ごほっ。


 久しぶりの痛みだ。この階層では先制攻撃でスライムを一発で仕留めており、反撃を受けていなかった。革の小手を装備しているせいかHPの減りは鈍い。

 目の前には元通り2体のスライムがいる。なるほど。スライムを増殖させる行動か。1体ならともかく、2体はずるいじゃないか。構えたままである俺は、もう一度突きを放ち、スライム2体を蹴散らした。

 ボススライムは、即座にスライム2体を生み出した。

 生み出されたスライムの1体が体当りしてくる。

 

 まずい。この構図だとジリ貧だ。ダメージを受け続ける状況が続く。ボススライムを処理しないと・・・。

 だが、近づけないので攻撃ができない。

 ボススライムは見せつけるように大きく脈動している。よく見るととんでもない化け物だ。ミニスライムを4体生み出したにもかかわらず、体積が減っている様子がない。  

 増殖行動の限界を期待して倒し続けるのはリスキーだ。空腹のこともある。


 俺は一歩ひたりと下がった。ミニスライム2体がすかさず距離をつめる。部屋の方を見ると・・・、やっぱりそうか。ボススライムは巨大すぎて通路に侵入できない。

 

 引き続きミニスライム2体を引きつけて移動した。ボススライムが見えなくなるぐらいに移動したところでミニスライム2体を素早く倒した。


 部屋の方へ向かう。遠目で見たが、ボススライムの正面にはスライムが生み出されていない。倒したミニスライムが視界に入らなければミニスライム増殖を実施しないようだ。

 よし。これでボススライムに近づける。


 ボススライムと一歩距離を置いたところまでゆっくり近づいた。

 ボススライムの目のようなものが部屋の内部方向へ向いている。こちらには気づいていないようだ。

 俺はゆっくりと木刀を構えた。


「ギュギュ。」


 ボススライムは、目をこちらへ向けると体の一部を分離して大砲のように俺へ放出した。


 ずどっとした痛みが尾を引く。

 ミニスライムの一撃より、断然、効いた。

 HPを確認する。スライム大砲ってか。5回ぐらい耐えられそうか?


”諸手突き”


 ボススライムに届いた確かな感触がある。反撃を受けたことは予想外ではあるが、この構図であればボススライムにダメージを与え続けることができる。

 ボススライムは、予想通りミニスライムを生み出して目の前に吐き出した。

 ミニスライムを片付けると反射的に行動すると推測される。

 ミニスライムから体当たりを受ける。


 そして・・・、予想外にも。ボススライムは繰り返した。この増殖行動を。

 スライム大砲で反撃せずに。


”諸手突き”


 ミニスライムを片付けると同時にボススライムを攻撃。同じパターンが繰り返された。

 通路側には1体のミニスライム。

 

 もしかして、部屋側にミニスライムを吐き出しているのか? 


 図体のでかいボススライムが入り口を封鎖しているので部屋側の様子を確認できない。だが、増殖行動を2回している。部屋側にミニスライムが吐き出された可能性が高い。


 この位置取りであれば、ボススライムからは反撃を受けずにダメージを与え続けることができるかもしれない。

 ボススライムは、ミニスライムを倒せば、反撃よりも増殖行動を優先して行動するうように思える。この行動パターンが変わる条件は何だ?

 

 部屋のスペース?スペースがなくなれば吐き出せない。反撃に転じる可能性があるか?部屋がミニスライムで埋まりきるとまずいかもしれない。

 思い出せ。10匹ぐらいのスペースはあったか?2匹埋まったとすると後8匹ほどか。


ここは”勝負所”だ。


 攻撃のキノコを取り出し、食べた。食べると一時的に攻撃を5上げる。

 ムキムキと体中の筋肉が膨張するのを感じる。みなぎる。力がみなぎる。即効性の筋肉増力剤のようだ。服がはちきれんばかりに伸びる。ボディビルダーみたいだ。

 これはすごいな。まあ・・・、体へ悪影響がありそうだが。


 ミニスライムとボススライムから攻撃を受けた。

 お返しとばかりに突きを放つ。

 風切り音がすごい。とんでもないパワー、スピードの突きだ。エグルような大きな手応えを感じる。ミニスライムをすっ飛ばして消し去り、ボススライムへの両手突き。

 さっきとは違う明らかに大きな手応えだ。

 ボススライムは、ミニスライムを生み出す。ミニスライムは俺に体当たり。

 

 落ち着いて、落ち着いて突きを放つんだ。ボーナスタイムを逃すな。


 キノコの効果は5回の攻撃で効果がなくなった。

 俺の体がしぼむ。

 薬草でHPを回復しながら、引き続いて突きを続けた。


 攻撃を全て当てているのにボススライムは倒れない。

 この攻撃方法ではまさかダメージを与えれていない?いや、ダメージを与えた感触はある。


 程なくして、ボススライムはスライム大砲で反撃をするようになった。部屋が埋まったということだろう。

 もう・・・攻撃を続けるしかない。

 汗が滴り落ちる。

 ひたすら、突きを放った。


 そして、終わりは唐突に訪れた。


 ボススライムは静かに溶けて消えた。

 

 倒したのか?

 実感がわかない。が、lvも上がり、HP全回復だ。


 増殖したミニスライム達が俺の正面に移動してくる。落ち着いてミニスライムを処理し続けた。


 ふーっと息を吐き出す。

 ボススライムはとんでもない耐久力だった。ミニスライムの何倍だろう。

 クリアの道筋は数パターンもなかったのではなかろうか。とにかく、俺は倒した。倒しきった。俺は生き残ったんだ。

 

 ミニスライムを倒し切ると、意気揚々と部屋に入った。

 部屋に入って見渡す。コンクリートの壁に囲まれた部屋。ぼんやりと壁と地面が光っているが・・・。


 何もない。

 

 ここには何もない。


 どういうことなんだ。ここが到達点ではないのか。

 戸惑いながら俺はこの部屋の壁を調べてみることにした。隠し通路とか・・・。コンクリートの壁をすべて押したり叩いてみたりしたが変化はなかった。

 空腹度が進行している。非常にまずい。

 

 あせるな。深呼吸するんだ。

 あの声を思い出せ。


”自身の力を示すために地下3階を踏破しましょう”


”踏破”

 

 この言葉は到達の意味合い。だが、歩きぬくといった意味もある。

 マップを見る。

 部屋枠の中に白い部分がある。俺が歩いたところに間違いない。

 地下3階を歩きぬくことでこのマップを白く埋める必要があるのではないか。


 クリアのアナウンスがない以上、そうだとして動くしかない。

 

 俺はできる限り効率よくマップを白く埋めていったが、程なくして空腹度は0となってしまった。

 だろうな。こうなることがわかっていた。

 

 一歩、歩いてみる。同時にぴりっとした痛みを感じた。

 空腹状態だとHPが少しずつ減るようだ。

 そんな気がしていた。

 

 動くたびに少しずつHPが減っていった。


 そして、俺は動けなくなった。


 あと数歩。


 だが、足りない。動けばHPが0になってしまう。

   

 リュックの中にあるアイテム。


”毒草”・・・食べると攻撃が5減る。

 

 この効果であれば、死にはしない。


 若干の抵抗はあるが、俺は毒草を食べた。

 少し、空腹度が回復している。

 

 数歩歩き、俺は地下3階を歩き抜いた。


 途端に部屋が白く光り輝く。まぶしい。部屋が崩れていく。






 気づくと白い霧の中にいた。

 


 カツーン。



 カツーン。



 足音がする。

 

「へー。ここまでたどり着いたんだ。」


 白い霧の中から女性が現れた。

 ボディラインがくっきり出ている格好。赤いハイブーツと赤いロンググローブを着用している。

 なんという美しさだ。絶世の美女といっても過言ではない。


「地下3階に至った時点でクリア。あとはおまけ。そこまで意地悪じゃないわよ。」


 声も美しい。


「頑張って損した?でも、見合ったボーナスは期待していいわよ。」


 声が出せない。体も動かない。


「動けないでしょ。このロンググローブは特別でね。放たれる匂いに麻痺効果がある。まあ、”速度”が違いすぎるっていうこともあるけどね。」


 女性はロンググローブを着用した手をこすりあっていた。

 匂い?確かに甘い匂いがする。速度?

 女性は、ふーっと俺の顔に息を吹きかけた。


「いい子ね。私のところまでたどり着けるのはレアケースなのよ。10年ぶりかしら?」


 この女性からは人間とは思えない超越した雰囲気を感じる。


「思慮深き行動は評価に値するわ。また会いましょう。」



「・・・」




”地下3階踏破、おめでとうございます!

クリア特典は、固有スキル「〇〇持ち帰り」です。

スキルは自動的に付与されます。

ダンジョンであなたが観測した諸活動は元に戻ります。

持ち帰るものを選択して下さい。

はい。わかりました。

今回持ち帰るものはあなたの命です。

さあ、帰還しなさい。終わる世界へ。”




俺は目を薄っすらと開けた。


「先生。患者が意識を取り戻しました。」


看護師らしき女性が声をあげる。


そうだった。俺は事故で・・・。

ここは病院か。



俺は何も知らなかった。

これが奇妙な生活、そして、とんでもない人生の始まりだということを。


”〇〇持ち帰り”


この固有スキルが圧倒的なチートスキルだったということも。

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