第三十四章 マリウス王子の死

  第三十四章 マリウス王子の死


 私はペルセウスを連れて魔王の執務室しつむしつを出た。ペルセウスは一言もしゃべらなかった。何を考えているのかは分かっている。自分をめているのだ。

 「ペルセウス、マリウス王子におどされて言うことを聞いていたんだろう?分かっているから心配しなくていい。それから私は吸血鬼きゅうけつき能力のうりょくを使ってペルセウスに命令めいれい何てしないから。もう二度と。さっきのは緊急事態きんきゅうじたいってことで許して。」

 私がそう言うと、ペルセウスは黙ってうなずいた。

 「マリウス王子は失脚しっきゃくして、もうペルセウスのことをかこえない。私が守るから、これからは私の屋敷やしきで一緒にらそう。」

 私はくらい顔をしているペルセウスにそうもうし出た。

 「ありがとう。カイン。マリウス王子を止めるべきだったのに、ごめん。」

 ペルセウスはやんでいた。何だかんだでペルセウスもマリウス王子を可愛かわいがっていたのだ。


 「私はマリウス王子の様子ようすを見に行ってくる。一緒に来る?」

 「ああ。行く。」

 私たちは薄暗うすぐらしろ廊下ろうかを歩いた。窓の外を見ると黒いくもが立ち込め、あめりだそうとしていた。不吉ふきつ予感よかんがした。


 脇腹わきばらやりされた王子は医務室いむしつでの治療ちりょうえ、城にある自室じしつ監禁かんきんされていた。とびらの前に立つ見張みはりの兵士へいしに中に入れてくれるようにたのんだが、ことわられた。仕方しかたなく身に着けていた服の装飾品そうしょくひんきちぎって兵士へいしわたすと、素直すなおとびらけた。


 「だれだ!?」

 かりのついていないくら部屋へやからマリウス王子の声が聞こえた。手負ておいのけもののように警戒けいかいしていた。

 「私です。マリウス王子。あとペルセウスも。」

 「入っていいのはカインだけだ!」

 うなるような王子の声が暗い部屋にひびいた。

 「ペルセウス、外で待ってて。」

 「大丈夫か?」

 「うん。」

 小声こごえでそうやり取りをして、私だけ部屋の中に入った。


 部屋にはベッドをかこんで簡易かんい格子こうしが取り付けられ、マリウス王子はおりの中にとじじ込められている状態じょうたいだった。

 「大丈夫ですか?」

 私は本当に心配して、暗いおりの中のベッドの上に横たわるマリウス王子に声をかけた。

 「大丈夫そうに見える?」

 ひたいあせにじませながらくるしそうに王子が答えた。

 「お医者いしゃ様呼びましょうか?」

 「いい。」

 マリウス王子は苛立いらだった声で言った。きずってくるしそうにしているのをたりにして、かける言葉をうしなってしまった。本当は何でこんなことをしたのか、何か私にしてあげられることはないか尋ねたかったのに、話をできる状態ではなかった。


 「どうしてここに来たの?」

 マリウス王子が尋ねた。

 「心配だったからです。」

 「僕をこんなわせた罪悪感ざいあくかんじゃなくて?」

 き上がることもできないくらいよわっているのに、相変あいかわらずのにくまれぐちたたいた。

 「自業自得じごうじとくですよ。これはあなたがまねいたことです。」

 私はそう言いながらも、マリウス王子の言う通り罪悪感ざいあくかんを感じていた。王子はきっと感じ取った。


 「カイン、あの小瓶こびんまだ持ってる?僕があずけた変身へんしん解除薬かいじょやく。」

 マリウス王子が尋ねた。私はこの小瓶こびんの中身が解除薬かいじょやくではないと予想よそうがついていた。

 「持ってます。」

 私はそう答えた。

 「その小瓶こびん、置いて行ってよ。」

 「・・・中身はどくですよね?ベテルギウスに変身へんしん解除薬かいじょやくだと言って飲ませて始末しまつするつもりでしたね?」

 私がそう言っても王子はどうじなかった。

 「そうだよ。何で分かったの?」

 マリウス王子は自分の悪事あくじがバレてもわるびれる様子ようすはなく、平然へいぜんとそう私に尋ねた。



 「ベテルギウスが解除薬かいじょやくを欲しいと言った時、私がそれを持って目の前にいました。その時に何もかも仕組しくまれているような気がしたんです。記憶きおくうしなって、何もおぼえていない私を誰かがあやつっている。そんな気がしたんです。だからこの小瓶こびんの中身を偽物にせものではないかとうたがいました。私をあやつることができたのはマリウス王子、あなただけです。」

 「そうかな。」

 マリウス王子はみをかべた。イタズラをしてバレた時の子供の顔だ。


 「あなたはもう一度魔王まおう暗殺あんさつこころみようとした。今度はペルセウスを使って。そのために近衛兵このえへい手伝てつだいに行かせた。」

 「さすがカイン、お見通みとおしだね。同じ勇者ゆうしゃでもベテルギウスよりペルセウスの方が使えそうだったからえたんだ。」

 マリウス王子はまた楽しそうに笑った。


 「アベルにけたベテルギウスがいらなくなったあなたは始末しまつしようとして、変身へんしん解除薬かいじょだといつわってどくを飲ませるつもりだった。でもそのどくを私があずかった。」

 「僕の考えでは、カインは何も気づかずにアベルにどくませて始末しまつしてくれるはずだったんだけど、上手うまくいかないもんだね。」

 マリウス王子はきずった脇腹わきばらさえてケラケラと笑った。

 「私はあなたの計画けいかくの一部にまれたことによって、あなたの計画を垣間見かいまみることになりました。だから分かったんです。あなたが黒幕くろまくだと。私はあなたのあやつ人形にんぎょうにはならなかった。糸を辿たどってあなたに辿たどりつきました。私を見くびりましたね。マリウス王子。」

 私は笑い続けるマリウス王子にそう言った。

 「かしこすぎる女ってどうかと思うよ。カイン。何も気づかないでいてくれたら、今度こそ僕のお妃様きさきさまになれたのに。幸せになれたのに。」

 マリウス王子はわざといやな言い方をした。

 「それは私の幸せではないんです。」

 私がそう言うとマリウス王子は顔をせた。次に顔を上げた時には表情ひょうじょうが消えていた。


 「ねえ、カイン。さっきも言ったけど、小瓶こびんを置いて行ってよ。」

 「中身はどくです。何に使うつもりですか?」

 「このままみじめに一生牢獄ろうごくつながれて閉じ込められて生きるのは嫌だ。それならいっそ・・・分かるだろう?カイン?」

 私には王子の気持ちが痛いほど分かった。っぱらっていたとはいえ、私も川に入って死のうとした。閉塞感へいそくかんを感じながら生きるのは辛い。なまじ頭が良くて能力があるならなおさらのこと。


 「タウルス族にはベゾアールという石が胃袋いぶくろにあるんですよね?どくを飲んだところでかないのでは?」

 私はマリウス王子にたずねた。

 「確かに僕にもベゾアールがそなわっているけど、まだ子供だから父上のように大きくはない。十分な解毒げどく作用さようはないんだ。だからそのどくで十分なんだ。」

 マリウス王子はそう言った。私はポケットに手を入れて小瓶こびんを取り出した。迷っている私の顔を王子はだまって見つめていた。

 「カイン。」

 マリウス王子は私の名を呼びながら体を起こし、ヨロヨロとベッドから下りており格子こうしに近づいて来た。

 「カイン、それ頂戴ちょうだい。」

 マリウス王子は格子こうしの間から手をばした。青白あおじろい顔。生意気なまいき溌溂はつらつとした王子の姿はなかった。私は中身が毒だと知っていながらマリウス王子に小瓶こびんを差し出した。

 すると次の瞬間しゅんかん、王子は片手で小瓶こびんつかみ、もう片方の手で私のえりつかんでった。私はおり格子こうしに顔を押し付けられた状態じょうたいで、くびまって動けなくなった。しまった!わなだったんだ!油断ゆだんした!マリウス王子のもう片方かたほうの手にある小瓶こびんどくられたら殺される。

 私が息苦いきぐるしそうにもがいている横で、マリウス王子が小瓶こびんふたけ、一気いっきに自分の口に流し込んだかと思うと、口移くちうつしで私の口にそそぎ込んだ。飲み込んではいけないと分かっていても、息ができなくて、反射的はんしゃてきに体が全部飲み込んでしまった。意識いしき朦朧もうろうとして、耳がよく聞こえなくなった。視界しかいせまくなって来た。全身の力がけ、立っていられなくなって床の上にこわれた人形にんぎょうのようにたおれた。


 「カイン、どくを半分分けてあげた。これでもし二人共生きていたらやっぱり僕たちは運命うんめいなんだ。その時はまた裏切うらぎったカインをゆるして、今度こそ玉座ぎょくざを手に入れてカインをお妃様きさきさまにしてあげる。」

 マリウス王子はむしいきの私を見下みおろしてそう言った。






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