第三十三章 悪魔の王

  第三十三章 悪魔の王


 魔王まおうの命令で、脇腹わきばらやりで刺され、打ちのめされたマリウス王子は兵士に引きずられながら医務室いむしつへ運ばれた。執務室しつむしつに残ったのは私と魔王といたたまれない顔をして立ち尽くしているペルセウスだった。


 「どうかペルセウスにご寛大かんだい処置しょちを。」

 私はペルセウスの命乞いのちごいをするためにその場にひざまづいて懇願こんがんした。

 「ペルセウスを罪に問うつもりはない。この一件の真相しんそうを知っているのは我々だけだ。マリウスの処分しょぶんも含めて内々ないないに済まそう。」

 魔王は事務的じむてきにそう言った。我が子が関わっているというのにずいぶんと冷たい対応たいおうではないかと思ったが、意見いけんできる立場ではない。

 「ありがとうございます。」

 私は深々ふかぶかと頭を下げた。ペルセウスは相変あいかわらずいたたまれない顔をしていた。


 「カイン、やはりお前はドラキュラ公国こうこく大公たいこうシュテファンの息子むすこだったな。」

 魔王が私を見て言った。

 「魔王はなぜそのことをご存じなのです?」

 クラウスすら最近になるまで知らなかった事実じじつなのに、なぜ魔王が知っているのか気になっていた。

 「ローズレッドから聞いた。シュテファン大公たいこうとヴラドきょうすえ息子むすこえて育てているとな。」

 魔王は私のことを息子むすこと言った。女だとは知らないようだ。ローズレッドめ。魔王に出生しゅっせい秘密ひみつをバラすなんて一体どういうつもりなんだ。


 「最初はまさかと思ったが、お前の面差おもざしがますますシュテファン大公たいこうて来るのを見て、もしや・・・と思うようになった。決め手になったのはその能力のうりょくだ。直系ちょっけい長子ちょうしにしかがれないドラキュラ始祖しそ能力のうりょく。ドラキュラは血を吸って仲間を増やすことができるが、血を吸った人間を意のままにあやつ能力のうりょく直系ちょっけい長子ちょうしにしかがれない。長子ちょうし死産しざんすれば能力のうりょく途絶とだえる。祖先そせんから脈々みゃくみゃくがれた奇跡きせき能力のうりょくだ。」

 魔王はペルセウスに目をうつして言った。そうかさっきけんおさめるように私がペルセウスに命令できたのはそのせいか。思えばシリウス王子との決闘けっとうの時もペルセウスの様子ようすがおかしかった。あの時も私が命令したからか。


 「私は人質ひとじちというわけですね?」

 魔王に言った。

 「否定ひていはせん。だがお前のことは高く買っている。おそらくローズレッドもそのつもりでわしにお前の正体しょうたいかしたのだろう。」

 「そのつもりとは?」

 「カイン、お前は努力どりょく次第しだいでこの魔界の中枢ちゅうすうに立てる。お前とて、いち地方ちほう貴族きぞくで終わりたくはないだろう?だから今回もどさくさにまぎれてカノープスを殺した。」

 「は?」

 魔王はとんでもない言いがかりをつけてきたので思わず、れいいたな聞き返し方をしてしまった。だが魔王は気にもめていなかった。


 「シリウスから報告ほうこくけている。カノープスが死にぎわにお前にそそのかされたとうったえていたと。殺される寸前すんぜんにマリウスの家庭教師かていきょうしにしかぎないお前の名前を出して、えにしようなどと誰が考えつく?いいや、誰もそんなこと考えつかん。残る答えはただ一つ。カノープスは真実しんじつかたっていた。お前がカノープスをそそのかし、謀反むほんこさせたのだ。」

 魔王は面白おもしろそうにみをかべて言った。

 「まさか!私がそんなこと・・・」

 カノープスをそそのかしたのだとしたら、本物のカインとわる前のことだから分からない。カインは本当にそんなことをしたのか?


 「だがマリウスに頭を殴打きょうだされて記憶きおくうしなったのは誤算ごさんだったようだな。まあ殺されかけて生きていたのだ。おのれ強運きょううん丈夫じょうぶに生んでくれた両親りょうしん感謝かんしゃしておけ。玉座ぎょくざねらう者は皆命懸いのちがけだ。失敗すれば死あるのみ。マリウスのうらみを買うとは距離きょりの取り方をあやまったな。」

 魔王はまだまだ私があおいとでも言いたげだった。


 「マリウス王子はどうなるのですか?」

 私はくのがこわくて後回あとまわしにしていた質問しつもんをした。

 「幽閉ゆうへいする。わしの在位中ざいいちゅうは生きていられるだろうが、シリウスが次の魔王まおうになれば殺されるだろう。」

 魔王はそう言った。その声色こわいろから後悔こうかいや悲しみは一切いっさい|感じられなかった。悪魔とはこんなにも冷たいものなのだろうか。


 「私は最初、魔王はマリウス王子を守りたいのかと思っていました。だから暗殺あんさつ未遂みすいの現場にマリウス王子がいたのにも関わらず不問ふもんにした。でも思い違いだったのですね。あなたはマリウス王子を完膚かんぷなきまで打ちのめした。」

 私は立場たちばもわきまえず魔王をめるように言った。

 「結果的にそうなっただけのこと。ここで終わるようならマリウスはそれまでの奴だったのだ。捨てておけ。それにわしはマリウスに二度もチャンスを与えた。わしを殺し、魔王の座にくチャンスも、引き返すチャンスも二回与えたのに、失敗してぼうった。しかも同じあやまちをおかして。」

 魔王はがっかりしたようにため息をつきながら執務室しつむしつ椅子いすに座った。

 「カイン、マリウスの敗因はいいんが分かるか?」

 「いいえ。」

 「お前を見くびっていたことだ。自分の家庭教師かていきょうし臣下しんか。そう見下みくだしていた。だから見抜みぬけなかったのだ。お前がすべてのたくらみを見破みやぶり、わしに報告すると。記憶きおくを失い、振出ふりだしに戻ろうとも、必ずその悪魔あくまはすべてを見抜みぬく。期待きたいどおりの働きだ。カイン。」

 魔王は会心かいしんみをかべてそう言った。私は知らぬに魔王のこまとなっていたことに気づいてショックを受けた。


 「魔王の目的は一体何だったのですか?マリウス王子が今回の事件を起こした動機どうきになったのは遺言ゆいごんで次の魔王に指名しめいされたからです。自分の後継者こうけいしゃにと考えていたのに、なぜ見捨みすてるのです!?ちゃんとめていればこんなことにはならなかったはず!それなのになぜ破滅はめつするよう仕向しむけたのですか!?」

 私はマリウス王子が不憫ふびんたまらなかった。魔王に怒りさえ覚えていた。

 「シリウスとマリウス。どちらが魔王に相応ふさわしいか?武芸ぶげい得意とくいとし、雄々おおしき悪魔シリウス。芸術げいじゅつ学問がくもん造詣ぞうけいが深く、権謀家けんぼうかの悪魔マリウス。どちらでも良かった。どちらから先に魔王の資質ししつためしても良かった。マリウスは城に住み、近くにいた。だから先にためした。それだけのことだ。」

 魔王はそう答えると、おもむろに引き出しから書状しょじょうを取り出し、やぶてた。遺言状ゆいごんじょうだった。すべては魔王になるための試験しけんだったということか?


 「これで次のターゲットはシリウスになった。シリウスも馬鹿ばかではない。おのれためされていることくらい分かっている。あいつは頭がりない分お前を自分のブレインにえようとさそいをかけるだろう。るもよし、らぬも良し。お前の好きにしろ。」

 「・・・・・・」

 「シリウスが次の魔王になればマリウスは殺される。妨害ぼうがいするのも自由だ。」

 魔王はそう付け加えた。

 「わしはまだ仕事がある。もうペルセウスを連れて出て行け。勇者ゆうしゃベテルギウスの件は明日あらためて聞く。答えを用意よういしておくんだな。」

 魔王は何もかもお見通みとおしのようだった。





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