第三十二章 悪魔アインの正体

  第三十二章 悪魔アインの正体しょうたい


 偽物にせもののアベルは自分が勇者ゆうしゃベテルギウスだと名乗なのった。人間だろうなとは思ってたが、まさかペルセウスと同じ勇者だったとは。


 「ベテルギウス、本物のアベルはどこ?」

 私はたずねた。

 「心配しなくたって、生きてるよ。」

 ベテルギウスが言った。けれど居場所いばしょは言わなかった。

 「だからどこ!?」

 私はもう一度強い口調くちょうで尋ねた。

 「こっちは人質ひとじちが一人しかいない。そんでもってそれが俺の唯一ゆいいつの切り札だ。たとえカインが本当にアインだったとしても、易々やすやすと話すわけにはいかない。」

 ベテルギウスはそう言って目をらした。


 「はあ。もういい。分かりました。じゃあ、魔界まかいにいる仲間は何人?移動手段や場所を考えないといけないから、正確な数字で。」

 私はれて次の質問をした。

 「分からない。」

 ベテルギウスは下を向いてそう言った。

 「はあ!?」

 「分からないんだ。俺はアインの手引きで一人で魔界まかいに来た。だけど来てみたら魔界まかい潜伏せんぷくしている人間は俺一人じゃなくて、たくさんいた。ここの店主もそうだ。皆こっちに来てから知り合った。人間同士で魔界まかいの情報を共有したりしてるけど、今回の一件に関わっているのは俺一人だ。」

 ベテルギウスはそう言った。嘘をついているようには見えなかったが、たくさんの人間がひそかに魔界まかい潜伏せんぷくしているとは思いもしなかった。


 「それじゃあ、逃がすのはあなた一人ってことでいい?ベテルギウス?」

 「ああ。他の奴らは各々別の目的があってここへ来てる。自分たちの目的を果たすまでは帰らないさ。」

 ベテルギウスは後ろめたそうにそう言った。この男の目的は魔王まおう打倒だとうだったのだろうが、それが果たせないまま、他の人間仲間をおいて、おめおめと人間界に帰るのが引っかかっていたのだ。


 「ベテルギウス一人なら、とりあえず私の屋敷やしきに来るといい。夜のやみまぎれて空から人間界に送り届けよう。」

 私はデネブを頼るつもりでそう言った。私は特訓とっくんおこたっていることもあり、いまだだに飛べなかった。

 「分かった。人間界に着いたら、アベルの居場所いばしょを教える。」

 ベテルギウスはそう約束した。


 「ところで、カイン。この変身へんしん解除薬かいじょやくを持ってないか?」

 山羊やぎつのさわりながらベテルギウスが尋ねた

 「それなら持ってる。」

 私はマリウス王子からあずかっていた解除薬かいじょやくをポケットに入れていた。

 「良かった。アインから変身へんしん解除薬かいじょやくは人間界に帰る時に渡すって手紙に書いてあったんだ。やっぱり、カインがアインだったんだな。」

 「・・・・・・」

 自分の中で沸々ふつふついていた疑惑ぎわく確信かくしんへと変わった瞬間しゅんかんだった。


 「ベテルギウス、今はっきり分かった。私はアインじゃない。悪魔あくま権謀術けんぼうじゅつ見抜みぬけるくらいドロドロした世界から来ただけのただの人間だ。私の企画きかくはいつもぬすまれるか、退しりぞけられるかのどちらかだったけど、ここでなら思う存分力を発揮はっきできそうだ。」

 私がそう言うと、ベテルギウスは何を言っているのか分からないという顔で目をパチクリさせていた。それをよそに、私は頭の中で悪魔アインと対決するための戦略せんりゃくった。


 警戒けいかいしつつもベテルギウスは私の屋敷にやって来た。勇者で人間である上に、魔王まおう暗殺あんさつ未遂みすい実行犯じっこうはんともなれば命はない。露見ろけんする前に逃がしてやらねば。


 「デネブ、いますか?」

 「はい、カイン様。」

 声を聞きつけて二階から下りて来たデネブはアベルの姿をしたベテルギウスを見て、何も言わなかったが怪訝けげんそうな表情ひょじょうをした。先日、デネブは魔王城まおうじょう不法侵入ふほうしんにゅうしたところをアベルに追われたばかりだった。

 「大切な仕事を頼みたいんです。」

 「何なりとお申し付けください。」

 デネブはむねに手をてて目礼もくれいした。優雅ゆうがな立ち振る舞いは本当に白鳥はくちょうのようだ。


 「こちらはベテルギウス。実はアベルに化けた勇者ゆうしゃなんです。」

 「殺しますか?」

 デネブの目がするどく光った。

 「いやいや、そうじゃなくて、人間界に帰してあげたいんです。夜のやみまぎれて空から送り届ければ、人間に姿を見られることはない。デネブだったらできるでしょう?たのめないですか?」

 私がそう言うと、デネブはあっさり承諾しょうだくした。

 「おまかせください。」

 「危険きけんな仕事なのに、ありがとう。デネブ。人間界に着いたらベテルギウスから本物のアベルの居場所を聞き出してください。アベルを無理して連れ帰ることはありません。自分の身の安全を最優先さいゆうせんにしてください。」

 「承知しょうちしました。」

 デネブは勇者ゆうしゃ護送ごそうするというのに動揺どうようせず、顔色かおいろ一つ変えなかった。たよりになると思った。


 「じゃあ、ベテルギウスのことはデネブにまかせたんで、私は城に行って来ます。」

 「マリウス王子のところですか?」

 デネブが尋ねた。

 「まあ、そんなところ。」

 私は作り笑いを浮かべて曖昧あいまいな返事をした。デネブは何かをさっしてかじっと私の顔を見つめていた。

 「デネブ、もし万が一のことがあればこの屋敷にあるもの何でも持って行っていいので、生き延びてくださいね。」

 私はデネブの視線しせんけてそう言っておいた。私がしてやれるのはそれくらいだった。

 「カイン、死ぬかもしれないみたいなフラグ立ててるけど、大丈夫か?」

 ベテルギウスが心配して会話に入って来た。

 「うん。大丈夫。同じてつは二度まない。」

 私は自分に言い聞かせるようにそう言った。


 二人をおいて屋敷やしきを出ると、私は宣言せんげん通り城に向かった。アインと対決するためだ。もうアインの正体は分かっていた。最初は手紙を見て、まさかという疑惑ぎわくでしかなかったが、ベテルギウスの解除薬かいじょやくの話を聞いて確信かくしんに変わった。アインの正体しょうたいはあいつだ。


 アインは魔王まおうが死んだ時、誰がどんな行動をとるのか観察かんさつしていたのだ。その目的はただ一つ。自分が魔王になれるかはかるためだ。アインはできると判断はんだんしたはずだ。後ろだてを手に入れ、玉座ぎょくざに手が届く権力けんりょく中枢ちゅうすうに立ったのだから。あいつは玉座ぎょくざ奪取だっしゅする算段さんだんがついたら行動を起こす。そしてそのきっかけを作るのがこの私だ。


 「カインです。魔王まおうにお取次とりつぎを。」

 私は魔王まおう執務室しつむしつを守る兵士に言った。兵士はあらかじめ私の来訪らいほうを知っていたかのようにすんなりととびらを開けた。


 「魔王まおういそぎお伝えしたいことがあって参上さんじょういたしました。」

 私は姿勢を低くして、机上きじょう資料しりょうを広げている魔王まおうに話しかけた。

 「カインか。犯人はんにんが見つかったのか?」

 魔王まおう資料しりょうわきせてかたづけながら言った。魔王まおうとは玉座ぎょくざにでんとかまえてふんぞりかえっているものだと思っていたが、実際はずいぶんと堅実けんじつ地味じみ仕事しごとがあるようだ。


 「はい。見つかりました。」

 私がそう答えると、魔王まおうは私から出て来る次の言葉を楽しみにしているように口元くちもとみをかべた。

 「申してみよ。」

 「はい。魔王まおう羽交はがめにし、どくらわせた犯人はんにんはアベルです。」

 「ほおう。」

 犯人の名を告げられても魔王まおう口元くちもとから笑みは消えなかった。まだ何か期待しているようで、自分が聞きたいと思っている答えが早く返って来ないかと待っている様子ようすだった。

 「近衛兵このえへいのアベルは勇者ゆうしゃベテルギウスがけた偽物にせものでした。だからタウルスぞくにベゾアールという石が体内にそなわっていて、解毒げどくすることができることを知らなかったと思われます。本物ほんもののアベルであればカプリコナスぞくですから、自身の体内たいないにもベゾアールがそなわっていて、どくかないと知っていたでしょう。」

 「ほおう。」

 魔王は笑みを浮かべたまま相槌あいづちった。その目はギラギラと光り、期待きたいふくらんでいた。


 「勇者ゆうしゃベテルギウスはアインという者の手引てびきでアベルにけ、魔王城まおうじょうに入り込みました。魔王まおう毒殺どくさつ未遂みすい黒幕くろまくはアインです。」

 私がそう言いはなっても魔王まおう嬉々ききとしていていた。まるで物語のクライマックスを聞いているかのように。なぜ自分の毒殺どくさつ未遂みすい真相しんそうを聞いて嬉々ききとしていられるのか、私は分からなかった。


 「それでカイン、そのアインは一体何者なのだ?」

 魔王まおうが尋ねた。アインの正体しょうたいを知ってもこの魔王まおうみをかべていられるのだろうか。私は話始はなしはじめる前にゴクリと生唾なまつばを飲み込んだ。


 「牡牛座おうしざイプシロンせい別名ばつめいアイン。アラビア語でアインアサール。うしまなこという意味の言葉に由来ゆらいします。もともとは牡牛座おうしざアルファせい、つまりアルデバランをしていた言葉でしたが、時代とともに牡牛座おうしざイプシロンせいのことをすようになりました。アルデバランからアイン。まるで世代交代せだいこうたい暗示あんじさせるような名前ですよね。アインの正体しょうたいはマリウス王子です。」

 私はたどり着いた真実しんじつげた。魔王まおう会心かいしんみをかべた。


 その時だった。二人しかいないはずの執務室しつむしつ物音ものおとがした。

 「カイン!!裏切うらぎったな!また裏切うらぎったな!」

 暖炉だんろかくれていたマリウス王子がいかりにふるえてそうさけびながら出て来た。ペルセウスも一緒にいた。思った通りだ。私が魔王に真実を告げれば必ず動くと思っていた。


 「またやると思っていました。マリウス王子。今度は確実かくじつ魔王まおうを殺すつもりですね?」

 私がそう言うと、マリウス王子がいかりにまかせてかざられていた陶器とうきさらを持ち上げ、私目掛めがけてげつけて来た。同じてつは二度まない。私は陶器とうきさらけた。すると今度は短剣たんけんを取り出して、私に向かって来た。

 「衛兵えいへい衛兵えいへい!」

 私は部屋の中を逃げまどいながら扉に向かって叫ぶと、外で見張みはりに立っていた兵士へいし執務室しつむしつに飛び込んで来た。だがすぐには助けてはくれなかった。短剣たんけんを振り回し、私におそかるマリウス王子を見て、兵士たちはひるんだ。一介いっかい官吏かんりにしか過ぎない私の命とマリウス王子を制止せいししておのれりかかるかもしれない不利益ふりえきとをはかりにかけていたのだ。

 「カインを守れ!マリウス王子を取り押さえろ!」

 魔王まおうが兵士たちに命令めいれいした。兵士たちは躊躇ためらうことなく私とマリウス王子の間に立ちはだかった。


 「ペルセウス!魔王まおうを殺せ!魔王まおうさえ殺せば僕が次の魔王まおうだ。」

 マリウス王子が兵士たちと対峙たいじしながら血走ちばしった目でさけんだ。ペルセウスはけんさやからき、魔王まおうに近づいた。マリウス王子からペルセウスが近衛兵このえへいの手伝いをしていると聞いた時からみょうだと思っていた。ペルセウスは魔王を殺すために送り込まれ、その機会きかいうかがっていたのだ。恐らく私が女だとバラすとでも言われてマリウス王子におどされ、言うことを聞かされているのだろう。


 魔王まおうとペルセウスはつくえはさんでにらみ合った。元勇者もとゆうしゃ一太刀ひとたちでもびせられたら魔王まおうといえども無事ぶじでは済まないはずだ。

 「カイン、ペルセウスに命令めいれいしろ!」

 魔王まおうが私に言った。

 「へ?」

 「早く命令めいれいしろ!」

 魔王まおうが声をあらげて言った。

 「ペルセウス、けんおさめて!」

 私はマリウス王子から距離をとり、かべり付いてそう言った。

 「イエス、マイロード!」

 ペルセウスは何かに取りつかれたようにそう言うと、けんさやにしまった。一体どうしたというのだ。

 「これでわしの方は大丈夫だ。」

 魔王まおうれたように机に手をついて言った。確かにペルセウスはけんさやにしまった。動こうとする素振そぶりりも見せない。何がどうなっているのか分からないが、今はマリウス王子をどうにかせねば。謎解なぞときはその後だ。


 「マリウス王子、こんなこと止めてください!」

 私は壁際かべぎわから兵士たちと対峙たいじするマリウス王子に言った。

 「カイン、何でまた裏切うらぎるんだ!?僕が魔王まおうになればカインだって幸せになるのに!」

 マリウス王子は完全に冷静れいせいさを失っていた。短剣たんけんを振り回し、泣きそうな顔をしていた。もうマリウス王子の敗北はいぼくは決まったも同然どうぜんだ。一人の兵士がやりでマリウス王子の脇腹わきばらした。もう一人の兵士がやり背中せなか強打きょうだし、マリウス王子は床の上にたおれ、短剣たんけんが手から離れた。あわれにも高貴こうきな顔を床につけた状態じょうたいで兵士にやりで押さえつけらえたマリウス王子は苦痛くつうに顔をゆがめた。マリウス王子は終わった。その人生じんせい政治生命せいじせいめいも。


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