転生したら魔界の貴公子でした。

第三十一章 Aの計略

　　第三十一章　Aの計略（けいりゃく）

　執務室（しつむしつ）にマリウス王子を置いて、屋敷に戻ろうとした。この足で城のどこかにいるかもしれないアベルを探して、変身薬（へんしんやく）の解除薬（かいじょぐすり）を飲ませようとは思わなかった。

　アベルとやり合うことに臆（おく）するような私ではないが、事（こと）は慎重（しんちょう）に用心（ようじん）深（ぶか）く運ぶべきだ。そう考えていたのに、人間とはどうして目の前に獲物（えもの）が飛び出してくると追ってしまうのだろう。今はまだ時期（じき）じゃないと分かっているのに。

　城を出たところで、黒いマントを着て、頭に山羊（やぎ）の角（つの）を生（は）やした男が城下町（じょうかまち）に向かって行くのを見かけた。角（つの）の形（かたち）を見て、アベルだとピンと来た。止（よ）せばいいのに、私は後をつけた。

　アベルは大通（おおどお）りを早足（はやあし）で歩き、立ち並ぶ商店（しょうてんがい）には目もくれずに向かった先は町はずれにある袋小路（ふくろこうじ）だった。

　こんなところに何の用だろうと、物陰（ものかげ）から様子（ようす）を窺（うかが）っていると、アベルは何か探しているようだった。壁（かべ）のレンガは所々（ところどころ）壊（こわ）れていて、簡単（かんたん）に抜（ぬ）き出せるものがあった。どうやらその中の一つに何か大切なものが隠（かく）してあるようだった。

　だがアベルのお目当（めあ）ての物はなかったらしく、ガッカリとした様子で自分が持って来た手紙をレンガの穴に押し入れ、またレンガを突っ込んで蓋（ふた）をして隠（かく）した。

　アベルが城の方へ行ったのを確認して、私は隠（かく）された手紙（てがみ）を取り出した。宛名（あてな）は『親愛（しんあい）なるAへ』となっていた。封（ふう）を破って中を検（あらた）めようとした時、首筋（くびすじ）にヒヤリとした刃物（はもの）の感触（かんしょく）と背後（はいご）に男が立つ気配（けはい）を感じた。

　「カイン、つけてきたんですか？」

　アベルの声だった。私はピタリと動きを止（と）めた。

　「その容姿（ようし）ではどこへ行っても目立つ。プロに依頼（いらい）するべきでしたね。」

　アベルは私の首にナイフを突（つ）きつけてそう言った。

　「アベル？」

　背後（はいご）に立っていてその顔を確認できなかったが、私を殺そうと悪魔（あくま）の形相（ぎょうそう）をしているに違いない。私の目の前にあるのは広げたアベルからAに宛（あ）てた手紙だった。これが最後に見る景色（けしき）になるなんて。いや、まだ諦（あきら）めたらいけない。この手紙に私の命を救（すく）うヒントがあるかもしれない。最後の瞬間（しゅんかん）まで頭を使え。

　手紙の本文にはただ『至急（しきゅう）連絡（れんらく）されたし』とだけあった。お互（たが）い身元（みもと）がバレないように最小限の内容に留（とど）めていたらしい。だが、手紙の本文ではAではなくAINという女宛（あ）てになっている。アベルもAだから紛（まぎ）らわしくて名前を書いたのか。きっとこのAINは偽名（ぎめい）だ。AIN・・・もしかして・・・

　「アベル、アインと連絡（れんらく）が取れないの？」

　「だから？知っているとでも？」

　「もしからしたら、私じゃないかなって。」

　「はあ？」

　アベルは呆（あき）れ驚（おど）いたような声を上げた。

　「アインのスペルはAIN。私はカインだからCAIN。Cを取ったらAIN。アインになる。」

　「偶然（ぐうぜん）に過（す）ぎない。」

　アベルはそう言いながらも、まさかという考えを巡（めぐ）らせているのが分かった。アベルもアインの正体を知らないのだ。ここは畳（たた）みかけるしかない。

　「アインと連絡がつかなくなったのはいつ？私はアベルに殴（なぐ）られて、川に捨てられてから記憶喪失（きおくそうしつ）なんだ。」

　「ちょうどその頃からアインと連絡がつかない。」

　アベルが焦（あせ）っているように小さな声で言った。揺（ゆ）さぶられている証拠（しょうこ）だ。

　「私の話、聞いてみませんか？そっちはいつでも私を殺せるでしょう？」

　アベルは迷（まよ）った末に私の首からナイフをどけた。ひとまず助かった。

　「仲間のところに連れて行く。ついて来るんだ。」

　アベルはそう言って町の中心街（ちゅうしんがい）の方へ歩き出した。

　大通（おおどお）り沿（ぞ）いにある小綺麗（こぎれい）な雑貨屋（ざっかや）があった。アベルは私をそこへ連（つ）れて行った。

　「いらっしゃいませ。」

　気の良さそうな店主がそう言った。

　「私だ。」

　アベルがそう言うと店主の顔つきが変わった。

　「お連れさんは？」

　「奥へ連れて行く。」

　アベルがそう言うと店主は鋭（するど）い視線（しせん）を私に向けた。その視線を無視（むし）して店の奥に入ると、居住（きょじゅう）スペースになっていて、テーブルと椅子（いす）があった。

　「座（すわ）れ。」

　アベルが言った。私は命令されるまま座（すわ）った。

　「それで、お前の話とは何だ？カイン？ドラキュラ公国（こうこく）大公（たいこう）の甥（おい）にして、絶世（ぜっせい）の美男子（びなんし）。すべてを持っているお前が私に何を話してくれる？」

　アベルが挑発（ちょうはつ）するように言った。

　「魔王（まおう）は自分に毒を食らわせた犯人（はんにん）を探（さが）している。」

　「当然（とうぜん）だ。それが話したいことか？」

　アベルが不要（ふよう）な情報（じょうほう）だと言わんばかりに鼻で笑った。礼儀正（れいぎただ）しく好青年（こうせいねん）だったアベルの姿はない。

　「私は犯人（はんにん）がアベルだと知っている。」

　「記憶喪失（きおくそうしつ）じゃなかったのか？」

　「私が覚（おぼ）えていたんじゃない。」

　「マリウス王子か。やっぱりな。耐（た）えられなくなって喋（しゃべ）ると思った。それで？私はなぜ無事（ぶじ）なんだ？マリウス王子は魔王（まおう）にも話しただろう？なぜ魔王（まおう）は私を殺さない？」

　アベルは山羊（やぎ）の角（つの）がついた頭を掻（か）きながら言った。

　「魔王には話していない。私も王子も。」

　「どういうことだ？」

　「アベルを犯人だと突き出して、マリウス王子の手引（てび）きで城に入ったなんて言われると困（こま）るからだ。だって、アベルは人間でしょう？」

　私はアベルの正体（しょうたい）を見抜（みぬ）くためにその表情（ひょうじょう）を一瞬（いっしゅん）たりとも見逃（みのが）さなかった。

　「人間って・・・誰が？」

　アベルの目は泳（およ）いでいた。相手の言葉を繰（く）り返（かえ）すのも嘘をつこうとしている人間がよくとる行動だ。間違いない。アベルは人間だ。カプリコナス族（ぞく）のアベルに化（ば）けた人間だ。

　「アベル、本物のアベルはどこへやったんだ？」

　私はすべてお見通（みとお）しだと言うようにそう尋ねた。

　「知らない。俺がアベルだ！」

　「俺が？」

　「あっ！」

　興奮（こうふん）した偽（にせ）アベルは尻尾（しっぽ）を出した。

　「本物のアベルを差し出せば、私に考えがあるから助けてあげる。でも私を騙（だま）そうとしたり、罠（わな）にはめようとしたりしたら、死ぬことになる。どうする？」

　私は美しい吸血鬼（きゅうけつき）の瞳（ひとみ）で凄（すご）んだ。誰もこの瞳（ひとみ）に見つめられたら、逸（そ）らすことはできない。

　「・・・どうやって助けてくれるんだ？」

　アベルが話に乗って来た。

　「それは本物のアベルを差し出したら教える。まずは偽物君（にせものくん）の名前を教えてもらおうか？」

　「俺はベテルギウス。勇者（ゆうしゃ）だ。」