第三十章 悪魔の黄金比

  第三十章 悪魔あくま黄金比おうごんひ


 私は毎朝まいあさ朝刊ちょうかんを読む。クラウスが朝食を食べながら読んでいるのを見て真似まねしたくなった。今日もトースト片手かたてに読んでいた。記事の内容は行方不明ゆくえふめいのスワン・プリンスについてだった。記事にはこう書かれていた。

 『キグヌス公国こうこくは第三王子が行方不明ゆくえふめいになっていることを公表こうひょうした。失踪しっそうから三年以上経過けいかし、王子の安否あんぴが心配される。』

 キグヌス公国こうこく翼手同盟よくしゅどうめいに名をつらねる一国。記事きじに目をめた理由はそれもあるが、写真に写っている王子がどうも私の知り合いにそっくりなのだ。


 「この写真、デネブに似てると思いません?」

 私は直接本人に話をった。デネブは記事と写真に目を落とすとこう言った。

 「あ、これ私です。」

 何ですと!?

 「カイン様、本当に何もかもお忘れなのですね。私はキグヌス公国こうこくの第三王子です。」

 デネブはさらりと言ったがこちらはさらりと納得なっとくいかない。だって王子って男ってことでしょう?そのメイド姿は何?ずっとだましてたの?

 「デネブの性別せいべつは?」

 「男です。」

 「・・・へえ。」

 「ガッカリさせてしまいましたか?」

 「いいえ。」

 何がガッカリだ。

 「カイン様、怒ってます?」

 「怒ってないです。私、そろそろマリウス王子の家庭教師かていきょうしの時間なので行ってきます。アベルの件もありますけど、これはこれで仕事なんで行かないと。」

 私はいささかぶっきらぼうに言ったかもしれない。

 「行ってらっしゃいませ。お気をつけて。」

 デネブはいつものように見送った。


 裏切られたような気持ちで一杯だった。こっちも男だってだましてるけど。女同士だと思って心をゆるしていたところもあったのに。くぅ~っ!思うところはいろいろあるが、とりあえずマリウス王子のもとに行こう。


 「ねえ、カイン。この写真、カインのところにいた使用人に似てない?」

 城にある自分の執務室しつむしつに行くとマリウス王子が同じ朝刊ちょうかんを持って待っていた。冷汗ひやあせが止まらない。

 「そうですか?デネブは金髪きんぱつだし、目の色も青ですよ。」

 私はつくろってみた。

 「顔が似てるんだよね。」

 マリウス王子がじっと新聞に目を落としながら言った。

 「そうですかね。他人の空似そらにですよ。」

 こんなことなら今日も家庭教師かていきょうしの仕事休めばよかった。

 「そういえば、先日の不法侵入者ふほうしんにゅうしゃはキグヌスぞくだったらしいね。」

 「へえ、そうなんですか。」

 「白鳥はくちょうつばさで飛んで来たから侵入しんにゅうを防げなかったんだって。城にいる翼手系よくしゅけい魔族まぞくはカインたちの一族くらいなんだよね。飛べない兵士だけじゃ城の防衛ぼうえいきびしいよね。」

 「そうですね。」


 「で、カインのところの使用人はどういう経緯けいいやとったの?身元みもと確認かくにんはした?」

 「ドラキュラ公国こうこくにいた者なので、身元みもとは確かですよ。」

 「あの女以外に使用人はいるの?」

 「いないです。」

 「ふーん。」

 納得なっとくしたのかどうかは分からなかったが、マリウス王子は新聞を閉じて机のわきに置いた。尋問じんもんは終わった。何とか乗り切れたようだ。


 「カイン、今日は何を教えてくれるの?」

 マリウス王子がようやく生徒らしいことを言った。

 「ええと、今日はフィボナッチ数列すうれつ・・・」

 「また?」

 「・・・の応用で、フィボナッチ・リトレースメントをやりましょう。」

 「続けて。」

 お、許可が出た。私は分かりやすいように図をきながら説明した。

 「フィボナッチ・リトレースメントは価格かかくの予想に使います。高値たかね安値やすねむすんで、一方をひゃくパーセント、もう一方をぜろパーセントとし、フィボナッチ比率ひりつ分割ぶんかつします。つまり、高値たかねひゃく安値やすねぜろとするなら、下からぜろ、二十三.六、三十八.二、六十一.八、ひゃくパーセントとなるわけです。こうすることによって、高値たかねから安値やすねまで下がった価格がどこまで反発はんぱつするのか予想するんです。」

 そう言って、書き終えた図を見た時にふとこれまでの出来事できごとが重なった。


 ひゃくパーセント=魔王健在まおうけんざい

 ぜろパーセント=魔王危篤まおうきとく=カノープスの謀反むほん

 二十三.六パーセント=シリウス王子帰還きかん

 三十八.二パーセント=マリウス王子帰還きかん

 六十一.八パーセント=ドラキュラ公国こうこく加勢かせい

 再び百パーセント=魔王復活まおうふっかつ


 何だかこれまでのことが壮大そうだい実験じっけんに思えて来た。


 「どうしたの、カイン?」

 「何でもありません。」

 こんなチャートありえない。一体何の価格だ。魔界まかいか?魔界まかい価格かかく魔界まかいを安く買って高く売る?そんなことができるものか。一体誰に売るんだ?人間にんげん?・・・人間。頭の中でごちゃごちゃ考えていたら答えが出てきちゃった。


 「カイン、さっきから様子がおかしいけど?どっか悪いの?頭が痛いとか?」

 マリウス王子が一人で百面相ひゃくめんそうをしている私を心配して声をかけてきた。

 「大丈夫です。ちょっと・・・魔界まかいを人間に売り飛ばす名案めいあんかんだだけです。」

 「え?」

 「ああ、何でもないです。さあ、王子も実際にいてみましょう。」

 私は雑念ざつねんて、授業じゅぎょうをこなした。


 「そういえばカイン、アベルの件はどうするの?いつやるの?」

 マリウス王子が授業じゅぎょうの終わりに尋ねて来た。

 「いてはこと仕損しそんじると言いますから、タイミングを見計みはからってやります。もちろんできる限りいそぎますけど。」

 私はそう答えた。

 「ペルセウスをしてもいいよ。あいつならうしなってもいたくなし。」

 マリウス王子はそう申し出た。ここに本人がいなくて良かった。

 「今日一度も姿を見かけませんが、ペルセウスはどこに?」

 「近衛兵このえへいの手伝いに行かせてる。ついでにアベルの見張みはりも言い渡してある。」

 マリウス王子はそう言った。

 「アベルの件は私に任せてくれたんじゃないんですか?信用ないですね。」

 私は少しかたを落として言った。

 「ねんにはねんをってこと。それにアベルを見張みはっていた方が僕の護衛ごえいにつかせるよりも効率こうりつがいいかもしれない。」

 マリウス王子はそう言ったが、私は賛成さんせいできなかった。

 「ペルセウスに仲間がいるかもしれません。用心ようじんしてください。」

 私は年上としうえぶってしかるように言った。

 「それなら、カインがそばにいてよ。」

 マリウス王子があまえて来た。

 「ペルセウスを見つけたら、マリウス王子のところに戻るよう伝えますね。」

 この子のあしらい方が分かってき始めていた。

 「カイン、冷たいよ。」

 マリウス王子があまえた声で言っても、相手あいてにしなかった。

 「授業じゅぎょうが終わったので、これで失礼します。お先に。」

 私はそう言って部屋へやを出た。

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