第二十八章 忠実な下僕

  第二十八章 忠実ちゅうじつ下僕しもべ


 「あ、返すの忘れた。」

 クラウスとローズレッドが屋敷を飛び去った後になってから、金のペンダントを返し忘れたことを思い出した。

 「ま、厄介払やっかいばらいできたからいいか。」

 私は心の声を口に出していた。屋敷やしきにはローズレッドもマーガレットもいなくなって誰かに気兼きがねする必要はなくなった。ただ厄介払やっかいばらいできたのと同時に、たよれる身内みうちがいなくなったわけで、これから一人で女だということかくしながら、仕事をしなければならない。

 目下もっか目標もくひょうはアベルの尻尾しっぽつかむこと。できればマリウス王子を巻き込まないかたちで。

 魔王まおうも自分の暗殺未遂あんさつみすいが起きた現場げんばにマリウス王子がいたことは承知しょうちしている。それでもマリウス王子をつみわないのは、王子が加担かたんしたことをなかったことにしたいからだ。その辺の意図いとんで仕事をするのができる男と言うものだ。


 これからどうやってアベルの尻尾しっぽつかもうかと、リビングのソファーでゴロゴロしながら作戦さくせんを考えていると、ドンドンとまどらんばかりにたたく音が聞こえた。上のかいからだった。何だろうと思って階段かいだんがると、音は私の部屋の方から聞こえて来た。

 「風じゃないし、鳥かな。」

 一人暮らしになると急にひとごとが増える。私はそう言いながら部屋の扉を開けて窓を見た。いた。鳥だ。でっかい鳥だ。白鳥はくちょうつばさ背中せなかやしたデネブがいた。

 「デネブ、こんなところで何してるの?」

 私は部屋の窓を開けながら言った。デネブはメイド服を着たままだったが、金髪きんぱつのカツラと目のコンタクトを外し、白髪はくはつに黒のメッシュ、みどりひとみといったスタイリッシュなもとの姿になっていた。

 「カイン様、追われています。かくまってください。」

 デネブが開口一番かいこういちばんにそう言った。

 「追われてるって誰にですか?」

 私がそう尋ねると、今度は下の階からりんが聞こえた。屋敷の玄関げんかんに誰か来たようだ。

 「ちょっと待っててね。」

 私は部屋に息を切らして、心配そうに見つめるデネブを置いて玄関に向かった。来訪者らいほうしゃ追手おってなのは分かっていた。


 「はいはい。どちら様ですか?」

 私は重い玄関の扉を開けた。そこに立っていたのは驚いたことにアベルだった。後ろに近衛兵このえへいと思われる兵士へいしが数人いた。私を護送ごそうしてまた仕事か。長旅ながたびで疲れているだろうに、タフな男だ。


 「カイン?」

 アベルも驚いているようだった。

 「お疲れ様です。何かご用ですか?」

 私はアベルに尋ねた。

 「まさかカインみずから出て来るとは思いませんでした。使用人は?」

 アベルは屋敷やしきの主である私自ら玄関げんかんに立ったのに驚いたようだ。

 「使用人は両親りょうしん祖母そぼが連れて行きました。」

 私はアベルを警戒しながらそう答えた。

 「一人ですか?城内じょうない不法侵入者ふほうしんにゅうしゃです。調べるので屋敷に入ります。」

 アベルがそう言って、我が家に足をみ入れようとした。

 「待ってください。私は許可きょかしていませんよ?」

 そう言って、アベルのむねさえてそともどした。

 「不法侵入者ふほうしんにゅうしゃはここにはいません。屋敷には私一人です。遠慮えんりょしてもらいましょうか。」

 私はきっぱりそう言った。

 「カイン、我々が屋敷内を調査するのが不愉快ふゆかいなのは分かりますが、こちらも仕事なんです。」

 やわらかい物腰ものごしだったが、本当はイラついてるのは分かっていた。

 「私も仕事ですよ。この屋敷の主として、この屋敷を守るのが。」

 もはや私はケンカごしだった。アベルも一緒にいた近衛兵このえへいたちも私に敵意てきいを向けて来た。


 「手間を取らせないでください。近衛兵このえへいである我々の邪魔じゃまをするということは魔王まおうに逆らうのと同じこと。殺されたいんですか?」

 アベルが低い声で言った。けのかわがれてきたな。だがこんなことでひるむ私ではない。耳元みみもとで『殺す』とか『死ね』とか言われたのは一度や二度じゃない。よく鍛錬たんれんされたはがねの心は動じない。


 「魔王はドラキュラ公国こうこく大公たいこうおいの首を持って来たあなたをどうするでしょうね?」

 どうだ?アベル?私は生まれも育ちも最高にいい!家良し、顔良し、頭良しのフルスペック貴公子きこうしだ!くやしいだろう?アベル君、君は私の家柄いえがらにはおよばない。ああ、大声で高笑たかわらいしたーい!


 「カイン、君が誰もいないと言うなら信じるよ。」

 アベルが言った。信じている目じゃない。私を殺したいとい言ってる目だった。

 「皆、次に行こう。」

 アベルは近衛兵このえへいたちを連れて立ち去った。もし私が女だと知っていれば引かなかっただろう。


 私は玄関げんかんの重い扉を閉じて、再び二階に上がった。

 「デネブ、もう大丈夫ですよ。」

 「カイン様、ありがとうございます。」

 白鳥はくちょうつばさをしまったデネブが言った。本当にどうしてここに来たんだか。


 「カイン様、クラウスは!?」」

 デネブが尋ねた。デネブは暗殺あんさつ対象たいしょうのクラウスを呼び捨てにする。

 「もう帰りましたけど?」

 クラウスを追って来たのか。何のために?暗殺あんさつ?このタイミングで?よく分からないわ。

 「帰った!?カイン様を置いてですか!?そんなはずは・・・」

 デネブは一人で何か言っていた。


 「デネブも帰ったらどうです?不法侵入者ふほうしんにゅうしゃとして追われているみたいだし・・・」

 私はそれとなく厄介やっかいばらいしようとした。飛ぶ特訓とっくんに付き合ってもらったりしたが、不法侵入者ふほうしんにゅうしゃとして追われている奴をかくまうのはリスクが高すぎる。

 「私はドラキュラ公国こうこく無断むだんで出ました。もはや戻ることはできません。」

 「何でそんなことしたんですか?」

 なぞだよ、デネブ。行動がなぞ過ぎる。


 「クラウスが翼手同盟よくしゅどうめい同盟国どうめいこくに連絡を取って一斉攻撃いっせいこうげき準備じゅんび指示しじしたのです。それで・・・」

 「待って、待って、待ってください。翼手同盟よくしゅどうめいって何ですか?」

 私はデネブの言葉をさえぎって尋ねた。


 「カイン様それもお忘れでしたか。クラウスが盟主めいしゅとなって、つばさを持つ魔族まぞくたちをまとめ上げた同盟どうめいです。我がキグヌスぞく同盟国どうめいこくの一つです。もともとつばさを持つ一族はプライドが高く、天空てんくうをも支配する自分たちこそ魔界まかいあるじ相応ふさわしいと考えています。だからタウルスぞく魔王まおう忠誠ちゅうせいちかうなど我慢がまんできないのです。」

 デネブが言った。もっと早くにその話をしてくれていたら。そう思わずにはいられなかった。カインはきっとこのデネブをいざという時のふだに使おうとしていた。翼手同盟よくしゅどうめい一斉攻撃いっせいこうげき仕掛しかけてくるその時に盟主めいしゅであるクラウスを暗殺あんさつし、指揮系統しきけいとうをつぶすつもりだったのだ。カインは魔王まおうと今の体制たいせい秩序ちつじょを守ろうとしていたんだ。

 それなのにデネブ・・・クラウスのそばからはなれたらダメじゃないか。もはや戻ることはきませんって、仕事のできない奴だな。


 「デネブ、クラウスは『今はまだ事を起こす時期じゃない』って言ってたから一斉攻撃いっせいこうげきはない。よってこちらもまだクラウス暗殺あんさつの時期じゃない。デネブはもう一度ドラキュラ公国こうこくに戻る方法を考えないと。」

 「それを聞いて安心しました。一斉攻撃いっせいこうげきとなれば、カイン様だけでも連れて逃げなければと思っていましたから。」

 デネブは私を心配してくれていたようだ。

 「デネブ、来てくれてありがとうございます。」

 「はい、カイン様。」

 忠実ちゅうじつ部下ぶかを一人手元てもとに置いてもいいかなと思った。


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