第二十六章 謎めくアベル

  第二十六章 なぞめくアベル


 馬車ばしゃられて魔王城まおうじょう入りした。何度なんども川で水浴みずあびしろと言われたが、女だとバレるわけにはいかないので、一度も水浴みずあびしなかった。着くころにははなをつんざくほどくさくなっていた。

 「カイン、着きましたよ。早くりてください。」

 アベルが息を止めて言った。同じ馬車に同乗どうじょうしていたアベルはったように気持ち悪そうにしていた。この旅で少しせたように見える。ナイーブな男だ。

 「はいはい。ります。ります。」

 私はなわを引っ張られながら馬車を下り、そのまま魔王の待つ城の深部しんぶまで歩いた。


 「アベル、このままカインを魔王の御前ごぜんに出していいものか・・・」

 リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうが歩きながら言った。

 「本人が風呂ふろに入らないと言っているんです。仕方しかたないでしょう。」

 アベルが口とはなおおいながら言った。心なしかなわ距離きょりが長くなった。

 「カイン、もしかしたら・・・このまま最後を迎えるかもしれない。本当に身繕みづくろいしなくていいのだな?」

 リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょう異臭いしゅうはなつ私を魔王の前に出すことを気にしていたのではなく、なさけをかけてくれようとしていた。でもいい。身繕みづくろいより、女とバレないことの方が大事だいじだ。

 「結構けっこうです。」

 私がそう答えると、リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうはもう何も言わなかった。止まることなく、魔王の御前ごぜんに私をき出した。


 魔王まおうアルデバラン。シリウス第一王子とマリウス王子第二王子の父にして、この魔界をべる悪魔あくま。ドラキュラ公国こうこく忠誠ちゅうせいちかっている。うしつのを持ち、ゆたかなひげたくわえた大男おおおとこ。それが今、目の前にいる。やはり私は殺されるのか?どんな殺され方をするんだろう。


 「来たか。」

 魔王まおう玉座ぎょくざすわったまま言った。元気そうじゃないか。マリウス王子にどくられて危篤きとくだったのに。あ、マリウス王子はどうなったんだろう。もしかしてすでに殺されている?可愛かわいい子だったのに。ブラックなめんもあったけど。

 「何だ。あばれたのか?しばられて。」

 魔王まおうが私の姿を見て言った。

 「逃亡とうぼうおそれがありましたので、しばり上げました。」

 リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうが答えた。

 「いてやれ。」

 魔王が言った。やさしいじゃないか。もしかして殺されずに済みそう?マリウス王子も無事ぶじだったりする?そんなことを考えながら魔王をガン見していると、アベルがだまったまま静かになわをナイフで切った。私の手首てくびは真っ赤になっていた。

 「リゲル、ご苦労くろうだった。カインをいてがれ。」

 魔王がそう言うと、リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうは私に一瞥いちべつを送った。私をよわいと思ったのだろう。魔王まおう危害きがいくわえるおそれがないと分かると、アベルと一緒に玉座ぎょくざから出て行った。


 「ようやく、二人で話せるな。カイン。」

 「・・・そうですね。」

 ん?どういう関係だ?

 「記憶喪失きおくそうしつだと聞いたが、あの日のことも忘れているのか?」

 「あの日とは?」

 「決まっているだろう。わしが殺されそうになった日だ。」

 あ、おもいの来た。

 「おぼえておりません。」

 私はその時、まだ本物のカインとわっていないからね。

 「ではわしを殺そうとした犯人はんにんのことはおぼえていないか。」

 魔王まおう残念ざんねんそうに言った。

 「覚えておりません。」

 犯人はんにんからつみ告白こくはくけたけど・・・。どうやら魔王はマリウス王子が犯人だと知らないようだ。忘れてしまったのだろうか。こちらは本当に記憶喪失きおくそうしつ・・・? まあ、何でもいいか。自分の息子であるマリウス王子に殺されかけたなんて知らない方がいい。


 「あの日、お前はわしの執務室しつむしつにやって来てマリウスがわしの暗殺あんさつくわだてていると言った。」

 そうそう。マリウス王子がカインに魔王を殺すように頼んで、カインがそれをぐちしたんだった。その現場にマリウス王子がかくれていて、一部始終いちぶしじゅう見ていた。カインの裏切うらぎりを知った王子は怒って、魔王の口にどくみ、カインのことも陶器とうきさらなぐって川にてた。二件とも立派な殺人未遂さつじんみすいだ。ってか、マリウス王子が暗殺あんさつくわだてているって報告ほうこくしたの覚えてるんだ。


 「お前と話していたところに、隠れていたマリウスが出て来たのは覚えている。だがうしろからわしを羽交はがめにして、どくらわせたやつ正体しょうたいが分からない。うしろに回り込まれたから顔を見ていない。だがカイン、お前は犯人はんにんの顔を見たはずだ。先にお前が頭をなぐられ、ゆかたおれたが、まだ意識いしきはあった。本当に覚えていないのか?己の身に危険きけんおよぶと思って、記憶を失ったふりをしてだまっているのなら、もうその心配はない。わしはこうして回復かいふくした。犯人の名を言えば、即刻そっこく、首をねてやる。」

 え?それって犯人はマリウス王子ではないってこと?それならどうして、王子は自分がやったなんて言ったんだろう。

 「どうした、カイン?わしの質問しつもんに答えよ。」

 魔王まおうが言った。

 「本当に何も覚えておりません。ですが・・・犯人をめられるかもしれません。」

 何言ってるんだ私。言うんじゃなかったかも。

 「ほおう。目星めぼしがついていると思って良いのだな?」

 「はい。」

 ええい、もうかえせない。死ぬ覚悟かくごしてここへ連れてこられたんだ。なるようになれ。

 「この場で名を上げないところをみると、それなりの地位ちいにある者か。ならばかくたる証拠しょうこつかみ、犯人はんにんをわしの前に引っ立てよ。褒美ほうびは取らせる。」

 「承知いたしました。」

 私は深々ふかぶかとお辞儀じぎをして魔王からの任務にんむたまわった。


 「ところで、カイン。」

 「何でしょう?」

 「お前、ひどくにおうぞ。」

 「・・・すみません。」

 私はさすがにずかしくて顔が上げられなかった。


 魔王まおうに殺されるかもしれないと思っていたが、無事ぶじ解放かいほうされ、玉座ぎょくざを後にした私は自分の屋敷やしきに帰ることにした。ローズレッドとマーガレットは私を見たら何と言うだろうか。まさかまたドラキュラ公国こうこくに送り返したりしないよね。一抹いちまつ不安ふあんかかえながら屋敷やしきに入ると、ローズレッドとマーガレットが物顔ものがおでくつろいでいた。


 「ただいまもどりました。」

 私はリビングのソファーに座る二人にそう声をかけた。

 「カイン、なぜここにあなたがいるの?」

 ローズレッドがおどいた顔をして言った。

 「まさかドラキュラ公国こうこくからけ出して来たの?」

 マーガレットが言った。

 「違います。魔王まおうから戻ってくるようにとおたっしがあったんです。それで先ほど帰ってきました。魔王にはもう会ってきました。私もまたここに住もうと思うので、よろしくお願いします。」

 二人はあからさまにいやそうな顔をした。私も家族じゃないの?私だって実は女だし、気楽きらくな女三人暮らしだよ?心の中でそう言ったが、伝わるはずもない。二人はピリピリと神経質しんけいしつ視線しせんを私に向けた。

 「じゃあ、私、ちょっとお風呂ふろに入ってきます。またあとで。」

 手短てみじか挨拶あいさつして、私はげるように風呂場ふろばに行った。


 久しぶりのお風呂ふろ快適かいてきで、天国てんごくだった。あかがとれて、オイリーでガサガサだったはだがゆでたまごのようにツルツルになっていった。

 「あ~極楽ごくらく、極楽。魔界だけど、極楽、極楽。」

 湯船ゆぶねにつかりながらそんなひとごとを言っているのが少しさみしくなったのと、かかえている問題もんだい整理せいりするために私は『孤独こどくかがみ』に話しかけた。


 「ルルワ。」

 「何だ?カイン?」

 『孤独こどくかがみ』にうつった私が返事へんじをした。

 「相談そうだんしたいことがあって。」

 「犯人ならお前の思っている通りの人物だ。」

 ルルワが言った。

 『アベル。』

 私とルルワの声が重なった。

 「やっぱりかあ。」

 私はそう言って、湯船ゆぶねにブクブクと顔をしずめた。


 「マリウス王子の近くにいて、信頼しんらいていて、魔王まおう羽交はがめできる力のある人物。アベルしかいない。それにマリウス王子の挙動ぎょどうもおかしかった。カノープスへいからげてアベルと落ち合った時、マリウス王子はアベルと二人きりになりたがった。覚えているだろう?カインとアベルどちらと同室どうしつがいいか聞いたら、マリウス王子はアベルをえらんだ。」

 ルルワが言った。そうだ。思い出した。あの時、アベルに負けた気がしてくやしかったんだよな。

 「マリウス王子はカインが好きなんだ。おかしいだろう?」

 「確かに。マリウス王子の気持ちを知っている今なら、アベルと一緒がいいと言ったら何かあるってあやしんだな。」

 私は湯船ゆぶねから顔を出して言った。


 「アベルは王子の配下はいかだ。マリウス王子が魔王まおうを殺すようにアベルに命令めいれいしたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。マリウス王子は現場げんばにいながら暗殺あんさつを手伝っていない。部下ぶかのやったことは自分のやったことと、魔王もカインも自分がやったと言っているだけかもしれない。」

 ルルワが私の不安ふあん見透みすかして言った。

 「魔王はマリウス王子が自分の暗殺あんさつを企てていて、なおかつ現場にいたのに、なぜ何もしないのだと思いますか?息子だから?それとももう一人をつかまえるため?」

 私はルルワに尋ねた。

 「息子だからだろう。目をつぶりたいんだ。」

 ルルワは断言だんげんした。

 「アベルを犯人はんにんとして魔王にし出して、マリウス王子は無事ぶじで済むでしょうか?」

 「アベルの証言しょうげんで巻き込まれたら、誰であろうとも無事ぶじでは済まない。」

 ルルワはそう答えた。つまりはマリウス王子も無事では済まないということだ。

 「ルルワ、アベルはなぜ魔王まおう毒殺どうさつしようとしたんでしょう?分別ふんべつのあるように見えたのに。マリウス王子をたしなめるべきだったのに。」

 「誰であれ、旨味うまみがなければ動かない。動機どうき証拠しょうこもその旨味うまみにある。アベルを探れば何か出てくる。」

 ルルワが言った。




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