第二十五章 魔王アルデバラン復活

  第二十五章 魔王まおうアルデバラン復活ふっかつ


 事態じたい急展開きゅうてんかいした。さっきまでクラウスにあいつのかみ写真しゃしんの入ったペンダントをくびにつけろとせまられていたが、それどころではなくなった。死にかけていたはずの魔王まおうアルデバランが意識ししきを取り戻したのだ。


 「予想よそうできなかったことではない。魔王まおうどくられていたと言うじゃないか。タウルスぞく胃袋いぶくろが四つあり、解毒作用げどくさようのあるベゾアールといういしはらたくわえていると聞く。時間はかかったが解毒げどくできたというわけだ。まあ、魔王まおう高齢こうれいなのは変わりない。いずれ代替だいがわりする。そのタイミングでこちらも仕掛しかければいい。計画けいかくが少し先になっただけのことだ。」

 クラウスは知らせを聞いても落ちついていた。計画けいかくって一体何のことだろう。


 「お、おそれながら大公たいこう・・・」

 側近そっきんの男は落ち着かない様子ようすでクラウスの顔色かおいろをチラチラうかがいいながら、報告ほうこくの続きを話すタイミングを見計みはからっていた。

 「何だ?」

 クラウスは男に目を落とした。

 「現在、このドラキュラ公国こうこく魔王まおう勅使ちょくしが向かっています。もう間もなくの到着かと・・・」

 男がそう言うと、クラウスは苦虫にがむしみつぶしたような顔をした。

 「俺が大公たいこうになったことを魔王城まおうじょう報告ほうこくしていない。勝手かって家督かとく継承けいしょうしていたことを知られるとマズイな。勅使ちょくしとなると、父上を出すしかないか。」

 不安になった時のくせなのか、クラウスは親指おやゆびつめんだ。

 「父上を屋敷やしきから連れて来い。」

 「承知いたしました。」

 「一体いったい勅使ちょくし用向ようむきは何なんだ?」

 「詳細しょうさいは分かりかねますが、リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうが向かっているとのことから、重要案件じゅうようあんけんかと。」

 「何だと!?」

 クラウスの表情ひょうじょう一変いっぺんした。

 「兵も集めろ。リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうに気づかれないように待機たいきさせておけ。」

 「承知いたしました。」

 「リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうはカプリコナスぞくだ。山羊やぎつのがあるだけで、俺たちのようにつばさはない。いざという時はそと誘導ゆうどうして空からあめびせ、かたをつける。行け。準備じゅんびかるな。」

 「はい、承知いたしました!」

 側近そっきんの男はそう言うと、立ち上がり、急いで城の奥へと走って行った。


 「カイン、君はここにいるんだ。部屋から一歩も外に出たらダメだ。ペルセウスの件があるからね。勅使ちょくしの目にれない方がいい。勇者ゆうしゃ吸血鬼きゅうけつきにしたからって謀反むほんうたがいありだなんて馬鹿ばかげているとは思うが、難癖なんくせ付けられるのも面倒めんどうだ。ここにいてくれ。」

 クラウスが私のかたに手を置いて言った。私は返事へんじをしなかった。

 「いいね?カイン?絶対に部屋から出ないでくれ。君のためだ。」

 クラウスがかたに置いた手に力を入れて言った。

 「分かりました。」

 私がしぶしぶそう答えると、大きなため息をつき、かたから手を離して、忙しそうに部屋から出て行った。

 「言うこと聞くわけないでしょ。」

 私は一人きりになった部屋でそうつぶやいた。


 ドラキュラ公国こうこくを出るならクラウスの目が離れた今がチャンスだ。『孤独こどくかがみ』に相談そうだんするまでもない。部屋にあるのはドレスばかり。服は持って行かない。この先長旅ながたびになって一度も着替きがえられなくったって、後悔こうかいしない。私は換金かんきんできそうな物を物色ぶっしょくして適当てきとう布袋ぬのぶくろめた。まるで泥棒どろぼうになった気分だ。

 クラウスが言っていた通り、ここにあるものはすべてクラウスがくれたもの。何の役にも立たない私を受け入れ、いや、問題を起こしたトラブルメーカーの私をかくまってくれたという方が正しいか。親切しんせつ世話せわをしてもらったのに、私は逃げ出そうとしている。はたから見たらとんだ恩知おんしらずにうつるんだろう。でも恩義おんぎにつけ込んで結婚けっこんせまってきたら、もう親切ではない。多少のうしろめたさ感じるが、この城から逃げ出すことにまよいはなかった。


 私は布袋ぬのぶくろを持って部屋を出た。城の外に出ようと、人目ひとめけて廊下ろうかを走っていると、飛び出そうとしていた目の前の廊下ろうか勅使ちょくし一行いっこうが通った。私はかべにへばりついてかくし、一行いっこうが通りぎるのを待った。

 「はあ。行ったか。」

 私は一行いっこうが通り過ぎて十分な距離きょりが取れたところで、目の前の廊下に出た。すると見知った男が私をせるように廊下のすみに立っていた。

 「カイン。」

 私の名前を呼んだ男はアベルだった。

 「アベル・・・」

 見つかったらマズイことは分かっていたが、驚いて足を止めてしまった。

 「カプリコナスぞくは目がいいんだ。」

 アベルが言った。私は言葉が出てこなかった。

 「マリウス王子からここにいると聞いていました。」

 「そうですか。」

 思わずあとずさりしてしまった。野生やせい山羊やぎ遭遇そうぐうした時、人はこうなるのだろうか。

 「近衛兵隊長このえへいたいちょうの父リゲルに同行どうこうして来ているんですが、魔王まおうからめいを受けているんです。」

 そう言ったアベルの目を見ていや予感よかんがした。

 「カインを魔王まおう御前ごぜんに連れてくるようにと。そういうわけで、カイン、引きずってでも連れて行きます。」

 アベルはそう言うと手にかくし持っていたなわで私の両手りょうてしばり上げた。抵抗ていこうするもなくつかまった私は江戸時代えどじだい罪人ざいにんのようになわを引かれ、トボトボとアベルのうしろを歩いた。部屋を出てびょうつかまるってどういうことよ?私ってうんわるすぎる。


 「アベル、どこに行くんですか?」

 私は尋ねた。

 「父と他の同行者どうこうしゃとはぐれたので合流ごうりゅうします。今頃大公たいこう勅令ちょくれいを伝えているでしょう。カインを魔王城まおうじょう連行れんこうするとね。」

 アベルが前を見たままそう言った。

 「・・・私は殺されるんですか?」

 「カインを連れて来いとしか言われていないので、その後どうなるかまでは・・・」

 アベルはそう言った。幸薄さちうすい。


 私たちは謁見えっけんに来ていた。私も最初に大公たいこう挨拶あいさつしに来たっけ。中に入ると、さっき見かけた勅使ちょくし一行いっこうがいた。皆んなアベルと同じ山羊やぎつのあたまからえていたが、その中でも一際ひときわ立派りっぱつのやしている男がいた。これがきっとリゲルだ。


 私が両手りょうでなわという状態じょうたいでクラウスと伯父おじのシュテファンの前に現れると、二人は何が起きたのか訳が分からないという顔で呆然ぼうぜんとしていた。さっきまで部屋にいたじゃないかと言うクラウスの心の声が聞こえた気がした。


 まあ、一応・・・あやまっておくか。現在進行形げんざいしんこうけい迷惑めいわくかけてるもんね。

 「ごめん、クラウス。」

 私がそう言うと、クラウスはようやく目の前の状況じょうきょうが飲み込めたようで、早口に抗議こうぎした。

 「リゲル殿、カインをしばり上げるなんて一体どういうことです!?カインはドラキュラ公国こうこく大公たいこうおいですよ!?即刻そっこくなわいて頂こう!!」

 大公たいこうとして玉座ぎょくざすわ伯父おじシュテファンのとなりで、補佐役ほさやくよそおっているクラウスが言った。


 「本題ほんだいをまだお伝えしていませんでしたね。先ほども申し上げた通り、我らの魔王まおうはお目覚めざめになられました。我々は魔王まおうから勅命ちょくめいを受けてここへ来ております。カインを連れて来いと。」

 リゲルの言葉を聞いて、クラウスはだまった。まさか魔王が私を呼び出しているとは思いもしなかったのだろう。

 「一体なぜカインを!?ペルセウスのけんでというなら、馬鹿ばかげている!」

 クラウスは再び猛抗議もうこうぎした。

 「理由りゆうは我々もぞんじ上げません。ただカインを連れて来いと。我らはみな魔王まおう臣下しんかで、ドラキュラ公国こうこく大公たいこうであろうともそれは同じこと。自治じちを認められた地方権力者ちほうけんりょくしゃぎません。」

 リゲルがそう言うと、国としょうするだけのことはあって、自分たちが地方権力者ちほうけんりょくしゃなどと言われて、プライドを傷つけられたのが許せなかったのだろう。クラウスの抗議こうぎはヒートアップした。


 一方いっぽう私はというと、あきらめの境地きょうちさとりをひらいていた。クラウス、もう大丈夫。どのツラ下げて助けてって私が頼めると思う?このまま私を見捨てていいよ。私は心の中でそうつぶやき、おだやかな目でクラウスを見たが、クラウスは早口にまだ何か言っていた。リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうもムキになって何か言い返していた。本当にもういいのに。


 「ドラキュラ大公たいこう、これは魔王まおう勅命ちょくめいです。カインの引き渡しを拒否きょひすることは魔王まおう命令めいれいそむくことです。これ以上の抵抗ていこうはおめください。お立場たちばあやうくします。」

 リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうとどめの一言をはなった。頭に血がのぼったクラウスはまだ何か言おうとしたが、伯父おじのシュテファンが制止せいしした。シュテファンは私を切る覚悟かくごを決めたのだ。

 「リゲル殿どの魔王まおうにカインをします。」

 シュテファンはそう言った。実の父のはずだが・・・。本物のカインでなくとも多少きずついた。本物のカインがここにいなくて良かった。

 「ご協力きょうりょく感謝かんしゃいたします。」

 リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうがそう言うと、アベルが私を連行れんこうしようとなわを引いた。


 「待って、カイン!」

 クラウスは大声おおごえで私の名を呼ぶとって、人目ひとめはばからずめた。これが今生こんじょうの別れと言わんばかりに。私は両手をしばられ、抵抗ていこうできなかった。

 「カイン、これを・・・」

 クラウスはそう言ってきんのペンダントをポケットから取り出した。この状況じょうきょうでまだその金のペンダントにこだわるんだ。変態へんたいめ。クラウスはペンダントを私の首にかけ、もう一度強く抱きめてから、勅使ちょくし一行いっこう身柄みがらを引き渡した。






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