第二十四章 狂気のコウモリ男

  第二十四章 狂気きょうきのコウモリ男


 「鏡さん、呼びにくいので何か他の名前で呼びたいんですけど、いいですか?」

 私は誰もいない朝の廊下を歩きながら、伯父のシュテファンから託された『孤独こどくかがみ』に話しかけた。

 「かまわない。」

 鏡に映った私が答えた。

 「ルルワはどうですか?」

 ルルワとは誰もが知ってる物語にカインの双子ふたごいもうととして登場する。

 「いい名前だ。」

 「気に入ってもらえて良かった。ところで、いつこの城から逃げ出せばいいと思いますか?」

 「首都しゅとディアボロに今すぐにでも飛んで行きたいところだが、まだ飛べない。飛べるようになったらすぐに出た方がいいだろう。」

 「馬で逃げるというのは?」

 「道は分からないし、日もかかる。つかまるか、野垂のたぬかする可能性の方が高い。」

 「ですよねー。」

 馬術ばじゅつには自信じしんがあるが、使えないか。


 「ルルワ、そろそろダイニングだからしまいますね。」

 私はダイニングの扉の前に立っていた。今日もクラウスと朝食をとることになっていたのだ。

 「カイン、くれぐれも気をつけるんだ。クラウスはお前の正体しょうたいを知っていて、知らないふりをしているだけかもしれない。」

 「分かってます。」

 私はそう言って、かがみをさらしにねじ込み、ダイニングの扉を開けた。


 ダイニングにクラウスの姿はまだなかった。私がせきにつくとデネブがやって来た。

 「紅茶こうちゃをご用意よういいたしますね。」

 「ありがとうございます。」

 デネブは私お気に入りの激熱げきあつミルクティーを作りに厨房ちゅうぼうへ行った。厨房ちゅうぼうといつも使っているこのダイニングはつながっていて、手がふさがっている給仕きゅうじたちはへだてる扉のないこの通用口つうようぐちを使っていた。


 本来ほんらいならば私の立場上たちばじょう、この城のあるじよりも先に朝食に手をつけるわけにはいかないのだが、クラウスがいつも先に食べてろというので、いつの間にか待たずに朝食にありついていた。

 今朝は目玉焼きにソーセージ。好きな組み合わせだ。デネブの紅茶を待たずにガツガツ食べ始め、オレンジジュースで流し込み、あっという間にたいらげると、背後はいごに誰かが立っている気配けはいを感じた。


 気配けはいぬしはサッと私のくびに何かをき付けた。くびめて殺されると思って、とっさに首に手をてたが、何のこともなかった。


 「おはよう。カイン。」

 うしろに立っていたのはクラウスだった。クラウスは朝から上機嫌じょうきげんだった。

 「おはようございます。びっくりしました。急にうしろに立ってるんですもん。」

 クラウスは給仕きゅうじたちが使う通用口つうようぐちを使ってダイニングに入って来たようだ。だから扉のく音が全くしなかったのだ。


 「おそろいのペンダント。」

 クラウスが襟元えりもとから自分の金色きんいろのペンダントを見せて言った。さっき私の首にかれたのはクラウスが持っているものと同じ金のペンダントだった。

 「そのペンダントの中には俺の写真しゃしんかみが入ってる。」

 クラウスはニコニコ笑ってそう言った。強烈きょうれつなカウンターをらった。ヤバい、朝めしきそう。

 「・・・クラウス、黒魔術くろまじゅつでも始めたんですか?」

 「違うよ。俺もこのペンダントの中にカインの写真しゃしんかみを入れてる。それから第二ボタンも。」

 クラウスがうっとりとした表情ひょうじょうで言った。私はいて、全身に鳥肌とりはだが立った。

 「ずっと好きだったんだ。カインのこと。でも男同士おとこどうしだし、ライバルだし、障害しょうがいが多いからあきらめてた。でもカイン・・・女だよね?」

 クラウスが危険きけんな目つきで言った。やはり気づいていた。はだかを見られていたんだ。手がふるえた。


 「これで障害しょうがいはすべてなくなった。俺は大公たいこうおびやかされることはないし、長年ながねんこい成就じょうじゅさせて未来みらい伴侶はんりょも見つかった。俺の人生、順風満帆じゅんぷうまんぱん。」

 「どういう意味ですか?」

 「俺とカインは結婚けっこんする。これ以上の縁談えんだんはない。俺は偽物にせもの大公たいこうかもしれないけど、俺とカインの子は本物だ。これで俺たちがやったことはチャラになる。一石二鳥いっせきにちょうだよね?」

 「私たちは親友じゃなかったんですか?」

 私はふるえる声でたずねた。

 「君は女だ。カイン。もう俺の恋人こいびとだよ。」

 クラウスはとろけそうな笑顔で言った。イカれてる。

 「私、気分が悪いので失礼します。」

 私はそう言って席を立った。クラウスは薄気味悪うすきみわるみをかべているだけで、めはしなかった。


 冗談じょうだんじゃない。一秒いちびょうだってこんなところにいられない。私は今すぐこの城から逃げ出すつもりで自分の部屋に戻った。部屋に戻って0.1秒で分かった。私がいない間に誰か部屋に入って、衣替ころもがえをした。部屋には大量のドレスがあった。いつも私が来ている男装用だんそうようの服がなくなっていた。

 「服がないっっ!何なんだこのドレスは!?」

 私はさけんだ。

 「あ、気に入ってくれた?」

 クラウスが私の後ろをついてきていた。このストーカーめ。

 「このドレスは何ですか!?」

 私は興奮こうふんして怒鳴どなっていた。

 「似合にあうと思って、用意させた。大公妃たいこうひになるんだ。これくらい持っていないと。ね?カイン。」

 クラウスが一際ひときわあざやかなドレスを手に取って私の体にあてて来た。

 殺す。クラウスへの明確めいかく殺意さつい芽生めばえた瞬間しゅんかんだった。クラウスはカラオケ店でセーラー服のコスプレをしろと強要きょうようして来る私のセクハラ上司じょうし彷彿ほうふつとさせた。誰が着るかこんなもの!


 「城にある父上の部屋へや、まだかたづけてなくて。全部処分しょぶんしたら二人でうつろう。寝室しんしつは一緒じゃないと。」

 クラウスは当たり前のように私のかたいた。私はその手を乱暴らんぼうはらった。

 「カイン、俺からは逃げられないよ。君の本当の父親を人質ひとじちにとってるんだから。」

 クラウスは低い声で言った。本性ほんしょうを見せたな。

 「伯父上おじうえはクラウスの育ての親でもあるでしょう?」

 「そうだね。ずっと俺をだましていた育ての親だ。ああ、君もだましてたね。俺を。」

 クラウスが狂気きょうき宿やどした目で言った。

 「ずっと君が本物の未来の大公たいこうで俺は偽物にせものだと思って苦しんで来た。でも君は女だった。女は家督かとくげない。もっと早くに知っていたら、父上を大公たいこうからきずりろして幽閉ゆうへいするなんてマネしなくてんだのに。君って残酷ざんこくだね。」

 クラウスは金色きんいろかみをなびかせて言った。残酷ざんこくなのは私じゃない。目の前にいるこのコウモリ男だ。全部この男がやったことだ。たくみな話術わじゅつに惑わされてはいけない。

 「でも俺は寛容かんような男だから、そんな君の仕打しうちちもゆるしてあげよう。さあ仲直なかなおりしよう。」

 クラウスはそう言って満面まんめん狂気きょうきみをかべて両腕りょううでひろげた。自分のむねんで来いと言わんばかりだ。どうしたらこの状況じょうきょうで私がお前のむねに飛び込んで行くと思うのか。思考回路しこうかいろなぞすぎる。


 「もう無理むりです・・・いろいろ無理むりです・・・クラウスとの友情は修復不可能しゅうふくふかのうです!」

 私はそう言ってクラウスにかけられた金色のペンダントをはずしてげつけた。

 「何するんだ、カイン!?」

 クラウスはおどいて、きずついたような顔をした。この被害者ひがいしゃヅラにほだされてはいけない。


 「おそろいのペンダントなんだよ?中には俺のかみ写真しゃしんも入ってる。ほら。」

 クラウスはそう言ってペンダントの中身を見せて来た。本当に決め顔のクラウスの写真しゃしん一筋ひとすじかみが入っていた。直視ちょくしすると目眩めまいがした。これを始終しじゅう首にぶらげてるとかありない。気持ち悪すぎる。

 「俺のにはカインのものが入ってる。」

 クラウスは自分のペンダントの中身を見せて来た。いつ撮ったのか分からない色褪いろあせた年季ねんきの入った私の写真しゃしんかみ、そしてボタンが入っていた。

 「そのボタン、昨日私の服から取りましたよね?」

 間違まちがいない。昨日クラウスに特訓とっくんに付き合ってもらったあとになくなったボタンだった。

 「カインなんて処刑台しょけいだいに送ってもいいのに、親切しんせつ世話せわしてあげたんだ。かみや第二ボダンをもらって何が悪い?」

 クラウスはひらなおって堂々どうどうとそう言った。

 「それに今着ている服も、ここにある服も俺が用意してあげたものだ。どうしようと、君はとやかく言える立場たちばじゃないよ。」

 クラウスはそう言ってまた金のペンダントを私のくびにかけようとした。

 「やめてください!」

 私はクラウスの手を振り払って、かべの方へ逃げた。

 「追いかけっこがしたいの?忙しいんだけどな。」

 クラウスがまたペンダントを持って近づいて来た。かべすみめられ、身動みうごきが取れなくなった。


 その時だった、ものすごいいきおいで廊下ろうかを走る足音あしおとが聞こえた。足音あしおとは部屋に飛び込んで来た。

 「大公たいこう、大変です!」

 クラウスの側近そっきんと思われる男が言った。ノックもせず、勝手に私の部屋へやに入って来たのだからクラウスが不愉快ふゆかいに思わないはずなかった。

 「ここがどこか分かっているのか?」

 クラウスがこおりのようにつめたい表情ひょうじょうすごんだ。

 「も、申し訳ございません。ですが、火急かきゅうの知らせでして・・・。」

 男はいきを切らしながらおびえた声で言った。

 「言ってみろ。」

 ひざまずく男を見下みおろしてクラウスが言った。

 「首都しゅとディアボロからの伝令でんれいです。魔王まおうアルデバランが意識いしきもどしました。」





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