第二十三章 孤独の鏡

  第二十三章 孤独こどくかがみ


 クラウスは心臓しんぞうえている。あるいは頭のネジが一本はずれている。いとこ同士どうしの私たちがえられたという事実じじつに向き合った直後ちょくごに、予定通よていどおり私たちの伯父おじであり、父であるシュテファンと昼食ちゅうしょくをとるというのだから。

 一体どのツラげて会えばいい?伯父おじおいとして?それともちち息子むすこ?いや、実は女ということは父親なんだから知っているだろうし、伯父おじめいちちむすめ?うーん。分からない。


 「本当に一緒におひる食べるんですか?」

 私はとびらける前にクラウスにたずねた。

 「どうした?具合ぐあいわるいの?」

 クラウスは平然へいぜんとしていた。さっきあんたも動揺どうようしてたじゃないか。はやすぎだよ。

 「そうじゃないんですけど・・・」

 「年寄としよりの楽しみをうばっちゃいけないよ。父上ちちうえはここから出られないし、誰にも会えないんだ。君が顔を出してやらないと不憫ふびんだよ。」

 クラウスが言った。幽閉ゆうへいしたのは誰だよ!?とみたくなる。

 「はあ。行きましょう。」

 私は観念かんねんしてクラウスのあとに続いてシュテファンの待つダイニングへ入った。


 「やあ、クラウス、カイン。よく来てくれたね。いそしいのにありがとう。」

 シュテファンは笑顔えがお出迎でむかえてくれた。

 「おまねきありがとうございます。」

 私はそう挨拶あいさつした。顔がかたかったというか、強張こわばっていたのだろう。シュテファンは何かあったとさっした。

 「カイン、どうしたんだい?今日は元気がないね。」

 シュテファンが目を細めて優しい笑みをたたえて言った。

 「いえ、別に・・・」

 「さっきここへ来る前に肖像画しょうぞうがの前で俺たちがえられたことを話した。」

 クラウスが何もかくさずにそう話した。

 「そうか。そうだったのか・・・」

 シュテファンはかなり動揺どうようしている様子ようすだった。むねさえて今にも心臓発作しんぞうほっさこしそうだった。


 「クラウス、たのむ。五分でいい。カインと二人きりで話をさせてくれ。たのむ。」

 シュテファンが懇願こんがんした。

 「大公たいこうである俺をそとめ出そうって言うの?」

 クラウスがつめたい口調くちょうで言った。本当の二人の力関係ちからかんけいが見えた気がした。普段ふだんは父上とんでクラウスはシュテファンを立てていたが、実際じっさいのところ権力けんりょくにぎり、相手あいて支配しはいしていのはクラウスだった。


 「たのむ。クラウス。」

 シュテファンは必死ひっしたのんだ。私は二人で話したいというシュテファンがあわれに見えたが、くちはさむことができなかった。クラウスがこわかったのだ。私がこまったようなおびえた目で様子ようすをうかがっていると、クラウスと目がった。

 「分かった。五分だけ。五分経ったら入って来るからね。」

 クラウスはそう言ってとびらの向こうへ出て行った。


 「カイン!」

 クラウスが出て行くと同時どうじにシュテファンがって来た。

 「カイン、すまなかった。私が悪かった。ゆるしてくれ。本当にすまなかった。すべては私の責任せきにんだ。さぞ、私をうらんでいるだろう。」

 シュテファンはとびらの向こうにいるクラウスにこえるくらいの大声で、私に謝罪しゃざいの言葉をならべ立てた。

 「伯父上おじうえ・・・そんな、私はうらんでなんか・・・」

 私がなだめようとシュテファンの背中せなかをさすりながらそう言うと、シュテファンはふところから手紙てがみ手鏡てかがみを取り出して私に押し付けて来た。そしてふくの中にかくせと身振みぶりで指示しじした。

 大きく見開みひらかれた目で、真剣しんけん眼差まなざしを向けて来たので、大げさにわめいているのが演技えんぎだと分かった。私は指示しじされた通り手紙てがみ手鏡てかがみふくの中にかくした。むねにはさらしがいてあってそこに無理矢理むりやりねじんでおいた。

 私が事情じじょうを聞きたそうな顔をしていたことに気づいていたが、シュテファンは何も話してはくれなかった。ただ私に謝罪しゃざいする演技えんぎを続けてわめいた。


 何なんだのこの手紙てがみ手鏡てかがみは。まずいことになりはしないだろうな?クラウスを裏切うらぎるようなことをすれば私もきっとただでは済まされない。自分のそだての父親だって幽閉ゆうへいするんだ。ただのいとこの私なんて処刑台しょけいだい送りだ。


 「五分経ったけど、話終わった?」

 クラウスがダイニングに入って来た。

 「ああ、終わったよ。ありがとう。クラウス。」

 シュテファンはなみだぬぐ演技えんぎをして、そう言うと、何事もなかったように席についた。すべては演技えんぎなのだ。この人のすべてが演技えんぎなのだ。おだやかで平穏へいおん日常にちじょうあまんじ、無抵抗むていこうりをしているが、本当は手紙と手鏡を使って何かをしようとしている。私もそれに巻き込まれようとしている。


 私たち三人は何もなかった振りをして昼食を食べた。あじなんて分からない。出されたものをめ込んだだけだ。きっとシュテファンも同じだ。クラウスはどうなのだろう。いつも通りの顔で父子ちちこ会話かいわを楽しんでいる。クラウスも演技えんぎしているんだろうか。こんな昼食会ちゅうしょくかい意味がない。


 昼食ちゅうしょくが終わると、幽霊屋敷ゆうれいやしきの前でデネブが待っていた。ふっと力がけたような安心感あんしんかんおぼえた。

 「デネブ!」

 私は名前を呼んで手を振った。するとデネブはにっこり笑って手を振り返して来た。

 「デネブと仲良なかよしなんだね。」

 となりにいたクラウスが言った。ふたた緊張きんちょうが走った。

 「・・・そうですね。身の回りの世話せわをしてもらってますし、特訓とっくんも見てもらっていますから。」

 私はクラウスの目が見られなかった。

 「特訓とっくんか、俺も手伝ってあげるよ。」

 クラウスが唐突とうとつに言った。

 「え?仕事は?」

 今はクラウスと一緒にいたくなかった。

 「いいよ。あとでやるから。にわに行くんでしょ?庭まで飛んで行こうよ。」

 クラウスがいつもの調子ちょうしで言った。

 「いやあ、まだ飛べなくて・・・つばさうごかせる程度ていどなんですよ。」

 「なら、俺がんでってあげるから、飛ぶ感覚かんかくつかんで。」

 クラウスはそう言って、私の手をつかみ、黒いコウモリのつばさを広げて飛び上がった。

 「ほら、カイン、翼を出して飛んで!」

 クラウスはぐんぐん高度こうどを上げた。私は仕方なく翼を出して、つたない動きで翼を上下じょうげさせた。

 「頑張がんばれ、頑張がんばれ!」

 クラウスは私の手を引っ張りながらたのに言った。クラウスの飛ぶスピードははやい。当然とうぜんついていけるはずもなく、すぐに私は空中くうちゅうで引きずられるだけになっていた。

 「クラウス、はやい!もうまって!」

 私はこわくなってさけんだ。クラウスは急ブレーキをかけるように止まって、急落下きゅうらっかした。空中くうちゅうで私をわきかかえて、地面じめんに下り立つ直前ちょくぜん一羽ひとはばたきして衝撃しょうげきやわらげた。

 「着いたよ。」

 クラウスが言った。私は無様ぶざま地上ちじょうに足をつけた。


 「カイン様!」

 デネブは走って追いかけて来た。クラウスがいるから白鳥はくちょうつばさを出すわけにはいかなかったのだ。

 「デネブ、カインをよろしく。俺は仕事に戻るから。」

 クラウスはそう言って、よろける私をデネブにあずけると、しろの方に飛んで行った。


 「カイン様、大丈夫ですか?」

 デネブが私の体をささえながら言った。

 「大丈夫です。デネブ、追いかけて来てくれて、ありがとうございます。」

 私は千鳥足ちどりあしになりながらも自力じりきで歩いた。

 「カイン様、一度、城へ戻りましょう。お洋服のボタンが・・・」

 デネブはそう言って、私のシャツをさした。第二だいにボタンがなくなっていた。

 「さっき飛んだ時か・・・」

 私はボタンが取れたシャツの隙間すきまからさらしが見えるのをふせぐために手でさえた。

 「今日はちょっと用もあるので、午後の特訓とっくんはいいです。デネブも仕事に戻って下さい。」

 私はデネブにそう言って、一人で城の自室じしつに戻った。


 部屋に戻って最初にしたことは、さらしにねじ込んだ手紙を読むことだった。

 何て書いてあるんだ!?私はシャツをぎ、いていたさらしをはずし、手紙と手鏡てかがみって、ベッドの上にすわった。

 気持ちがいていて、私は上半身裸じょうはんしんはだかのままろうふうされた手紙をひらいた。

 手紙にはこう書かれていた。


 『秘密ひみつ墓場はかばまで持っていく。あとのことはかがみたずねなさい。』


 手紙にはそれしか書いていなかった。クラウスに見つかった場合を考えてこれしか書けなかったのだろう。『秘密ひみつ墓場はかばまで持っていく』というのは私が女だということは決してバラさないと言っているのだろう。だが次の『かがみたずねなさい』は意味が分からない。この手鏡てかがみのことだろうか?一緒にわたされたんだからそうだろうな。私は手鏡てかがみをまじまじと見た。鏡面きょうめんにステンドグラスがはめ込まれたった作りの美しい手鏡てかがみだった。だがそれ以外何も特徴とくちょうもなかった。


 「かがみたずねなさいって・・・もしもし、かがみさーん。」

 私はさみしいひとごとをつぶやいた。こんなところ誰かに見られたら、気がくるっていると思われる。私だってかがみしゃべるとは思っていない。けれどたずねろって言うんだから、とりあえずやるでしょ。私は手鏡てかがみをしげしげとながめた。


 「こんにちは。カイン。」

 声がした。私と同じ声だった。ん?

 「私は『孤独こどくかがみ』。お前の記憶きおく経験けいけんから最良さいりょうの答えをみちびき出すかがみ。」

 かがみの中の私がしゃべった。もしかしたらとは思ったが、本当に鏡がしゃべるとは・・・やはり魔界まかい。ファンタジーにあふれている。

 「あなたはどういったかがみなんですか?」

 私は自分の顔をかがみうつして尋ねた。

 「王は一人で決断けつだんし、実行じっこうする。その手伝てつだいをするのが私。昔は『おうかがみ』と呼ばれていたけれど、いつの間にか『孤独こどくかがみ』と呼ばれるようになった。孤独こどくな王にって来たからだろうか。私は歴代れきだいの王にがれ、一番の相談相手そうだんあいてとなってきた。カイン、お前も私に何でも相談そうだんするといい。私がお前の記憶きおく経験けいけんから最良さいりょうの答えをみちびき出してやろう。」

 鏡の中の私がそう言った。


 「私は王ではないのですが・・・」

 私は『孤独こどくかがみ』に言った。

 「シュテファンが前の持ち主だった。次の王、すなわち次の持ち主は王が決めるもの。シュテファンがお前を指名しめいしたのだから、お前が私のあるじであり、次の王だ。」

 かがみはそう言った。

 きなくさいことになってきたぞ。シュテファンは一体どういうつもりでこれをわたして来たんだ。あ、そうだ!

 「かがみさん、シュテファンはなぜあなたを私にたくしたんでしょう?」

 「それはお前をクラウスから守るため。薄々うすうす気が付いているだろう?クラウスは危険きけんな男だ。」

 私の記憶きおく経験けいけんからみちびき出すと言っていただけある。目をそむけていた事実じじつきつけて来た。私はクラウスの親友しんゆうでいたいという気持ちが私の目をくもらせていた。確かにクラウスは危険きけんな男だ。


 「私はどうすればいい?かがみさん?」

 「首都しゅとディアボロに戻れ。」

 『孤独こどくかがみ』がそう言った時、部屋へやとびらひらく音が聞こえ、かがみにクラウスの姿がうつり込んだ。私は上半身裸じょうはんしんはだか。近くにあったまくらいてむねかくした。


 「カイン、いたんだ。」

 クラウスも私を見て驚いているようだった。

 「はい。ちょっと着替きがえようと思って・・・」

 私はまくらきかかえたまま答えた。

 「そうか。」

 「クラウスは?何かようですか?」

 「ああ、別に。お茶にしようと思うんだけど、一緒にどう?」

 「ありがとうございます。でもまた特訓とっくんに戻るので、お気持ちだけ。」

 「分かった。じゃあ。」

 クラウスはそう言って部屋へやから出て行った。心臓しんぞうが止まるかと思った。


 「かがみさん、クラウスに見られたと思う?」

 私はすぐに『孤独こどくかがみ』に尋ねた。

 「分からない。だが危険きけんんでおくにしたことはない。荷物にもつをまとめて城から逃げる準備じゅんびをするんだ。」

 『孤独こどくかがみ』はそう答えた。

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