第二十二章 Cの肖像画

  第二十二章 Cシー肖像画しょうぞうが


 ある朝、いつものようにクラウスと一緒に朝食を取っていた。そこへこまり顔のデネブやって来て、クラウスに話しかけた。

 「大公たいこう、あのう・・・」

 クラウスはデネブがたずえているお見合みあ写真しゃしんに目をとめると、ためいきをついた。

 「また父上ちちうえからか。」

 「はい。」

 デネブがうなずいた。

 「そこに置いといてくれる?」

 クラウスはダイニングテーブルを人差ひとさゆびでトントンとたたきながらそう言った。


 「クラウス、お見合い写真でしょう?私、見てもいいですか?」

 私は最近クラウスのもとに届くお見合い写真を見るのが朝の日課にっかになりつつあった。

 「どうぞご自由に。人の見合い写真を見て一体何が楽しいんだか。」

 クラウスがあきれたように言った。

 「楽しいですよ。ご令嬢れいじょうみなさん美人びじんだし、がきは勉強になります。家系図かけいずっていたり、職業しょくぎょう経歴けいれきっていたりしますから。吸血一族きゅうけついちぞくにもいろいろいるんだなって。」

 私はそう言いながらデネブからお見合みあ写真しゃしんを受け取ってひらいた。


 「何々・・・エーデルワイス・ダネシュティー。鉄鋼王てっこうおう名高なだか名門めいもんダネシュティー長女ちょうじょ趣味しゅみはピアノとヴァイオリン。コンクールで優勝経験ゆうしょうけいけんもあり。音楽家おんがくかとしての才能さいのうがおありなのですね。芸術的才能げいじゅつてきさいのう遺伝いでんによるところが大きいと聞きますから、この方いいんじゃないですか?すごく綺麗きれいですよ。やさしそうだし。」

 私はクラウスにがき写真しゃしんを見せた。

 「・・・見合みあいはしない。」

 クラウスは写真しゃしん一瞥いちべつしてそう言った。あっ、見るだけみるんだ。


 「もったいないですね。」

 私は写真しゃしんを閉じながら言った。

 この上品なレディーのどこか気に入らないんだか。クラウスの理想りそうは高いんだろうな。

 「俺、こう見えても一途いち硬派こうはなんだよ。」

 クラウスが紅茶こうちゃ一口ひとくちんでそう言った。

 「へえ、意外いがいでーす。」

 「信じてないね?」

 心のこもっていない私の応答おうとうを聞いてクラウスが言った。こんなに綺麗きれいな男が一途いちず硬派こうはでいられるわけがない。とっかえひっかえしてるに違いないんだから。


 「このペンダント、昔、誕生日プレゼントでもらったんだけど、これに俺の秘密ひみつ恋人こいびとが入ってる。」

 クラウスはそう言ってくびからぶら下げ、普段ふだんは服の下にかくしている金色きんいろのペンダントを見せて来た。

 「え、キモッ。」

 思わず本音ほんねれてしまった。

 「キモッて・・・ひどいな。」

 「お相手も同じことをしていたら完全バカップルだし、クラウスが片思かたいでヒッソリやっていたとしたら、げきキモで、ドンきです。悪いことは言いませんから、そのペンダントのことは私以外には話さない方がいいですよ。」

 私はクラウスのことを思って忠言ちゅうげんした。

 「分かったよ。誰にも話さない。」

 クラウスはきずついたようにそう言いながら、金のペンダントをまた服の下にしまった。


 「そうだ。今日の昼食ちゅうしょくなんだけど、また父上が一緒にって言ってるんだけど、どうかな?」

 クラウスは何事なにごともなかったように話題わだいを変えた。

 「はい。よろこんで。」

 私も何事もなかったかのようにそう返事へんじをした。これがやさしさというものだ。

 「じゃあ、そういうことで。また昼食時ちゅうしょくどきに。」

 クラウスはそう言ってダイニングを出て行った。仕事に行くのだ。私も仕事がしたい。クラウスをうらやましく思った。


 昼食まで私はいつものようにデネブと特訓とっくんした。コウモリのつばさが出るようになってからはずっとつばさを動かす練習れんしゅうに集中した。

 「あともう少しで飛べそうですね。」

 デネブが言った。私はつばさをゆっくり大きく動かせるようにはなっていた。

 「ちゃんと飛べるようになったら、私も仕事をさせてもらえるのかな。」

 私はそう言った。弱音よわねいたのだ。

 「あなたは仕事を作るがわかたですよ?始めようと思えばいつでも始められます。大公たいこう指示しじを待つ必要はありません。」

 デネブが言った。

 「仕事を作る・・・?」

 「カイン様は何がしたいのですか?」

 デネブがたずねた。

 「何って、仕事がしたいです。仕事して、認められて、出世しゅっせして、管理職かんりしょくになって、どこまでのぼめられるかためしたいです。」

 そう、それが私の人生だった。努力して田舎いなかから出てきて、いい学校を卒業そつぎょうして、大企業だいきぎょう就職しゅうしょくした。でもすぐにつまずいた。女の私に昇進しょうしんの道はなかった。ずっと男性社員のサポート役だった。経営企画部けいえいきかくぶで誰よりも結果を出せる自信があったのに。場数ばかずんで経験けいけん豊富ほうふだったのに。自分の力をためせずに、正当せいとう評価ひょうかを得られずに、自暴自棄じぼうじきになってっぱらって川に入った。馬鹿ばかなことしたな。


 「カイン様、あなたの願いはすべてかないます。あなたが動けばすべての歯車はぐるままわり出す。私はその瞬間しゅんかんを待っております。」

 デネブが意味深いみしんなことを言った。デネブは時々こうことを言う。まるで私の知らない私を知っているようなくちぶりで、これから何かが起こりそうな予感よかんをさせることを。


 「そろそろ昼食ちゅうしょくのお時間です。シュテファン様のお屋敷やしきまいりましょう。」

 デネブが懐中時計かいちゅうどけいを見て言った。

 「もうそんな時間ですか。」

 スケジュール管理かんりはすべてデネブにまかせっぱなしになっていた。彼女はまるで有能ゆうのう秘書ひしょだ。

 「お屋敷やしきの前までお送りいたします。中に入る許可きょかが出ていないので、そこまで。」

 伯父おじのシュテファンは城内じょうないにある別邸べってい幽霊屋敷ゆうれいやしき幽閉ゆうへいされていた。大公たいこうであるクラウスの給仕きゅうじつとめることもあるデネブでさえ中に入ることができなかった。なぜそこまで警戒けいかいする必要があるのか。


 私は前回同様ぜんかいどうよう幽霊屋敷ゆうれいやしき玄関前げんかんまえでデネブとわかれて一人で中に入った。やっぱり暗い。蝋燭ろうそくの明かりがないと前が見えない。

 「あのー、すみません。カインです。どなたかいらっしゃいませんかー?」

 私は屋敷やしきの奥に向かって呼びかけた。

 『また来たんだね。』

 声がした。聞き覚えがある声だった。あの白い影法師しろいかげぼうしだ。ひんやりとした冷気れいきを感じた足元あしもとをみると、白い影法師かげぼうしが私のふくそでつかんでいた。うわあ、逃げられない。


 『こっち、こっち。』

 白い影法師かげぼうしはまたいつかのように肖像画しょうぞうがかざられている廊下ろうかまで私をって行った。そしてやはりやぶられ、顔を黒くりつぶされたあの肖像画しょうぞうがの前で立ち止まるのだった。


 「この絵をこんなふうにしたのは私ではありませんよ。」

 私は白い影法師かげぼうしに言った。疑われているのは分かっている。

 『こっちはシュテファン。』

 前と同じように白い影法師かげぼうしが言った。

 『こっちは・・・』

 白い影法師かげぼうしが私のそでから手を放はなし、また私を指さした。

 「だから違うって言ってるじゃないですか。私はこんないたずらしません。」

 『シー。』

 「え?」

 私が聞き返すと、やぶれた肖像画しょうぞうがは何かにはじかれたように壁から落ち、白い影法師かげぼうしは姿を消した。

 「ひもゆるんでたのかな。」

 私は独り言を言いながら肖像画しょうぞうがひろった。絵の裏面うらめんに走り書きで『Cシー肖像画しょうぞうが』と書かれているのを見つけた。最初は気にもめず、ひもを直してまたかべにかけたが、すぐにあることに気づいた。

 

 「Cシー肖像画しょうぞうが・・・CシーってクラウスはKケーだよね。Cシーの人もいるけど、クラウスは・・・」

 「Kケーだ。」

 振り返るとクラウスがいた。後ろから肖像画しょうぞうがをじっとながめていた。

 「クラウス!?」

 私は驚いて声を上げた。

 「あ、あのクラウス、この肖像画しょうぞうがをこんなふうにしたのは私じゃないんです!」

 私は自分が疑われると思ってあわてて弁明べんめいした。


 「クラウスはCLAUSとも書くが、俺はKLAUS。Kケーだ。これは俺の肖像画しょうぞうがじゃない。」

 クラウスが言った。いつも通りの顔で。私の弁明べんめいは聞いていなかったらしい。


 「俺も最初は絵描きが間違えたのかと思ったけど、大公たいこう肖像画しょうぞうがだ。スペルを間違えるわけがない。Cシーが正しいんだ。」

 淡々たんたんと言葉を続けるクラウスがなぜか怖かった。本能的ほんのうてき危険きけんを感じた。

 「これはCシー肖像画しょうぞうがCシーとはCAIN。君のことだ。」

 クラウスが肖像画しょうぞうがから私に目をうつした。声が出なかった。


 「君はシュテファン大公たいこうの一人息子、カインだ。そして俺は大公の弟ヴラドきょうの息子クラウス。俺たちは生まれてすぐにえられたんだ。」

 「今何て?」

 「えられたんだ。でもそれを知らずに育って、最近までシュテファンを本当の自分の父だと思っていた。」

 クラウスがくやしそうな、おこったような顔をした。

 「なぜそんなこと・・・」

 そう口をついたところで思い出した。家督かとく相続そうぞくができるのは男子のみ。おそらく、シュテファンは男子だんしさずからなかった。けれどヴラドきょう、つまりパパさんには待望たいぼう男子だんしが生まれた。パパさんも家督かとくがせる男子だんしが欲しかったが、一貴族いちきぞく家督かとく大公たいこう家督かとくではそのおもみは比べ物にならない。ドラキュラ公国こうこく存続そんぞくのためにえたのだ。


 「俺はカインの影武者かげむしゃだったんだ。顔もそっくり。精巧せいこうにできたスペア。いずれ俺は持っているものすべてを取り上げられ、君が大公たいこうになる。それが分かった時、絶望ぜつぼうした。同時にある決意をした。本物になってやろうって。」

 クラウスの目に危険きけんな光が宿やどった。

 「クーデターを起こしてシュテファンを玉座ぎょくざから引きずり下ろした。素直すなおしたがってくれたから命は助けた。この屋敷やしきにいる間は命を保証ほしょうする。けれどもし一歩でも外に出たら殺す。本人ほんにんにもそう言ってある。」

 クラウスの顔がにくしみでみにくくゆがんだ。


 「クラウスはどうして入れ替えられたことが分かったんですか?」

 私は静かにたずねた。

 「きっかけはこの絵だった。以前は城に掛けられていて、修繕しゅうぜんのためにはずされた時、偶然ぐうぜんにもこの絵のうらを見てしまってね。『Cシー肖像画しょうぞうが』。おかしいと思ってローズレッドを問いただしたら白状はくじょうしたよ。」

 クラウスが悲しそうな顔で言った。ローズレッドの言葉は辛辣しんらつだ。きっと心無こころないことを言われてきずついたのだろう。影武者かげむしゃなんてこともローズレッドがんだに違いない。


 「ローズレッドは他に何か言ってませんでしたか?」

 「何かって?」

 「いや、それだけかなって・・・」

 ローズレッドは私が女だということは話さなかったのだろうか。


 「この話を君にするのは二度目になる。記憶きおくうしなう前にも話した。その時も君は同じことをたずねた。」

 クラウスが疑惑ぎわくの目を向けて言った。

 しまった墓穴ぼけつった。

 「別に意味はないですよ。大切な話なので、詳細しょうさいらしたくないと思っただけです。」

 私は言いつくろったが、誤魔化ごまかせただろうか。


 「前の君も今の君も腹の底で何を考えているのか全く分からない。あの時も君は俺を止めようとしなかった。君から大公たいこううばうと宣言せんげんしたのに何もしなかった。何を考えているんだ、カイン?返答次第へんとうしだいでは親友しんゆうにもてきもなりうる。君がこわいいよ。カイン。」

 それがまぎれもないクラウスの本心ほんしんだった。


 「私はクラウスのてきではありません。これからも親友しんゆうでいたいと思っています。クラウスもそう思ってくれるのなら・・・」

 精一杯せいいっぱい誠実せいじつな言葉だった。私が実は女で、大公たいこうは最初からクラウスのものだったと教えてあげれば少しは気がらくになるのかもしれないが、クーデターを起こす危険きけんな男に自分の最大の秘密ひみつかすのは躊躇ためらわれた。

 「親友だ。いつまでもずっと。」

 クラウスはそう言って私をめた。すがるようにからみつくうではツタのようにい、ころさんばかりのつよさだった。

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