第十九章 幽霊屋敷で昼食を

  第十九章 幽霊屋敷ゆうれいやしき昼食ちゅうしょく


 マリーちゃん以来、私の元を訪れる者はなく、ひたすら特訓とっくんはげむ日々が続いた。ようやく五回腕立うでたせができるようになった。百回は遠い。


 「カイン様。」

 メイドさんが私を呼びに来た。そろそろお昼の時間かな。こんな生活だと食べること以外に楽しみがない。

 「今日のお昼は何ですか?」

 「チキンの香草焼こうそうやきです。カイン様、お好きでしょう?」

 メイドさんがにっこり笑って答えた。この人好きだな。主従しゅじゅうの一線は絶対に越えてこないが、時折したしげに話す時がある。それがうれしくさせるのだ。


 「今日は大公たいこうがご一緒に昼食ちゅうしょくをと。大公たいこうのお父上様にカイン様をお引き合わせしたいそうです。」

 歩きながらメイドさんが言った。

 「そうなんですか!?大公のお父様って伯父上おじうえですよね。初めて会います。」

 「そうですね。記憶きおくを失ってから初めてですよね。シュテファン様もお会いできるのを楽しみにしていましたよ。」

 シュテファン様とは伯父上おじうえのことだろうか。メイドさんは優しく微笑ほほえんだ。

 記憶を失ってから、というかこの魔界まかいに来てから伯父上には初めて会う。そりゃ当然のことだ。優しい人だといいけど。ああ、緊張きんちょうする。


 メイドさんに連れられて来たのはいかにも出そうなお屋敷やしきだった。なぜかその屋敷の周りだけきりが立ち込め、ひんやりした。


 「本当にここにいらっしゃるんですか?」

 私はメイドさんにたずねた。

 「はい。先代せんだいの大公はこの屋敷で隠居生活いんきょせいかつを送っておられます。」

 メイドさんは表情ひょうじょう一つ変えずに淡々たんたんと言った。この不気味ぶきみさが分からないのか?吸血鬼きゅうけつきだからむしろこの不気味さが心地ここちいいとか?わないわ。この人たちと感覚かんかく合わないわ。


 「カイン様、私は屋敷の中に入ることをゆるされておりませんので、これより先はカイン様お一人で。」

 メイドさんが幽霊屋敷ゆうれいやしき玄関げんかんとびらの前でそうげて来た。オーマイゴッド!

 「え、え、でも・・・」

 「中に屋敷付きの使用人がおりますので、その者が案内あんないします。」

 メイドさんはきっぱりそう言って、しまもなしという感じだ。

 「わ、分かりました。一人で行きます。あの、でも、メイドさん・・・」

 私はガタガタふるえた声で言った。

 「何でしょう?」

 「何かあったらさけぶんで、メイドさんのお名前教えていただけますでしょうか?」

 「デネブです。」

 メイドさんがくすりと笑って言った。

 「デネブさん。」

 「デネブとお呼びください。昼食ちゅうしょくが終わるころにおむかえに上がりますね。」

 デネブさんは優しい笑みを浮かべた。私と同じ青いひとみにまとめ上げた金髪きんぱつ。白いエプロンが似合にあう美しい人だった。


 私は意を決して幽霊屋敷ゆうれいやしきに足をみ入れた。思った通り中は薄暗うすぐらく、昼時ひるどきでもかべけてある蠟燭ろうそくかりなしでは何も見えなかった。


 「あのう・・・どなたか・・・」

 デネブの話ではこの幽霊屋敷の使用人しようにんがいるはずだが・・・早く来て!!

 私がガタガタふるえて玄関口げんかんぐちに立っているとそでを引っ張られている感じがした。おそおそる目をやると、白い影法師かげぼうしが私のそでをつまんでっていた。

 「ぎゃあああーっ」

 幽霊ゆうれいだ。やっぱりいた。いるのはこの世界の常識じょうしきなのか?分からない。もう無理むりだ。この幽霊屋敷から一旦いったん出よう。私は玄関の扉を開けて外に出ようとしたが、とびらがびくともしなかった。かない!

 「デネブ!!デネブ!!デネブ!!」

 玄関の扉をたたきまくりながら、デネブの名前を連呼れんこした。まだ近くにいるはずだ。助けて!

 『こっち、こっち。』

 白い影法師かげぼうししゃべった。あのいざなおうというのか?

 『こわがらないで、案内あんないするから。』

 白い影法師かげぼうしが言った。もしかしてこれがこの幽霊屋敷の使用人・・・?そうならそうと言ってくれよ。メチャクチャこわかったじゃーん!

 『こっち、こっち。』

 「はいはい。案内あんないお願いします。」

 私はかべにかかった蝋燭ろうそくを取り、そでる白い影法師かげぼうしについて幽霊屋敷ゆうれいやしきおくへと歩き出した。


 白い影法師かげぼうしが私をれて行ったのはクラウスと伯父上おじうえのところではなかった。くら廊下ろうかだった。うすぼんやりした蝋燭ろうそくかりではさきがよく見えない。

 『見て。』

 白い影法師が立て止まって言った。蝋燭の明かりでらすと、廊下の壁に肖像画しょうぞうがかざられていた。金髪きんぱつ、青いひとみ、美しい顔。絵のモデルは間違いなく吸血鬼きゅうけつきだ。

 『歴代れきだい大公たいこう。』

 「そうなんですか。」

 この幽霊屋敷のあるじではなく、大公の肖像画なのか。

 『こっちはシュテファン。』

 白い影法師が言った。先代せんだいの大公をてとはいい度胸どきょうしている。死んでいるからもう何も怖くないということか?

 『こっちは・・・』

 白い影法師がそう言いかけた。クラウスの肖像画があるのだろうと思って蝋燭ろうそくちかづけると、そこにはやぶれ、顔が黒くりつぶされた肖像画があった。ドキッとした。


 「これはクラウスの肖像画しょうぞうがだよね?ひどいことを。誰がこんなこと!」

 私が悪質あくしつないたずらにおこってブツブツ言っていると、白い影法師かげぼうしが私のそでから手をはなし、私をゆびさした。

 「え、私?私はこんなことしないですよ。」

 『お前だ。』

 「いやいや、本当に違いますから!」

 私は否定ひていしたが、白い影法師は私をめるようにゆびさしたままフッと白いけむりのようにえた。


 「ちょっと、どこに行ったんですか?ここに一人にしないで!」

 私は暗い廊下ろうかりにされてプチパニックになり、五分くらい一人であたふたしていたが、次第しだいに落ち着いて、もといた玄関口まで自力じりきもどった。


 「カイン、来たか?遅かったな。こっちだ。」

 玄関口げんかんぐちまで戻るとクラウスみずから私を出迎でむかえた。

 「クラウス!」

 私はクラウスの方へった。この不気味ぶきみ幽霊屋敷ゆうれいやしきでようやくまともな人間に出会であえた。って言っても吸血鬼きゅうけつきか。まあいい、良かった。良かった。


 「何だよ。みょうにすりって来るな。」

 クラウスが気持きもがって言った。

 「さあさあ、行きましょう!クラウス!お昼がめちゃいますよ。」

 「君がおくれて来たんだろう。」

 クラウスが怪訝けげんそうな顔で言ったが、かまわず伯父上おじうえの待つダイニングへてた。


 ダイニングは大きなまどがあって玄関げんかん廊下ろうかより明るかった。

 先代せんだいの大公である伯父上おじうえはダイニングテーブルのはいに座って私たちを待っていた。

 「伯父上、お久しぶりです。お待たせして申し訳ありません。」

 私は開口一番かいこういちばんにそう言った。自分より目上めうえ、しかも先代せんだいの大公を待たせてしまったのだから当然とうぜんだ。


 「いやいや、クラウスもさっき来たところだし、私は隠居中いんきょちゅうだからひまでね。」

 伯父上はそう言っておっとりとした優しい笑みを浮かべた。この人もパパのように優しい人だ。キビキビとしたクラウスとは性格が正反対せいはんたいのようだ。


 「さあ、座って。」

 伯父上が席に着くようすすめた。私とクラウスは伯父上をはさんで向かい合って座った。

 「こうして見ると、二人ともよく似ているね。兄弟みたいだ。」

 伯父上が私とクラウスの顔を見比みくらべて言った。

 「本当に俺たちよく似てるよね。」

 クラウスが快活かいかつな笑顔で言った。

 「顔は似てますね。」

 私は超絶ちょうぜつエリートのクラウスと顔は似ても、自分の中身なかみは比べ物にならないほどお粗末おそまつだと知っていた。『うん、似てる似てる』とは言えなかった。ほどをわきまえて答えた。

 前のカインならクラウスとかたならべて堂々どうどうと『似てる』と答えられただろうか。いやいや、もう考えるのをやめよう。みじめになる。せっかく男になったのに、クラウスにけずおとらずの超絶美男子ちょうぜつびなんしで、生まれも育ちもいいのに、そのスペックを生かしきれていない。どんどん卑屈ひくつになっていく。


 「そう言えば、このお屋敷には幽霊の使用人がいますよね?ちょっと誤解ごかいきたいんで後でお話させて頂きたいのですが。」

 私は話を変えた。

 「え?幽霊の使用人?」

 伯父上もクラウスもくびかしげていた。んっ?変なことを言っただろうか?

 「幽霊の使用人っていませんか?」

 ちょうど幽霊屋敷の使用人らしき人がダイニングに食事をはこんで来た。吸血鬼だ。幽霊じゃない。どこかにかくれているのか?あの幽霊は掃除係そうじがかりとか?


 「カイン、幽霊の使用人はここにはいないよ。」

 伯父上が答えた。その顔はこまったような顔をしていた。

 「大丈夫か?つかれているんじゃないのか?」

 クラウスも心配しんぱいそうな顔で言った。私は口をつぐむことにした。

 「そうですね。疲れているのかもしれません。」

 私は何も見なかったことにして、昼食を楽しんだ。チキンの香草焼こうそうやきは最高さいこう美味おいしかった。

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