第十八章 お友達のマリーちゃん

  第十八章 お友達のマリーちゃん


 クラウスのはからいで、私は再び立派な貴公子きこうしなるべく、特訓とっくんを受けることになった。いわゆる再教育さいきょういくプログラムだ。私がそんなものを受けることになろうとは。これでも仕事ができる優秀な社員だったのに。


 「まずは吸血鬼きゅうけつきとして飛べないと話にならない。そのためには基礎体力きそたいりょく。はい、腕立うでたて百回!終わったら、手のはば変えてもう百回!手つく間隔かんかくせまい方がキッツイよ。」

 鬼コーチ・クラウスが言った。

 「はい、コーチ!」

 そう返事をしたものの、私は一回もできなかった。両腕りょううでで体を支えて、ひじげた瞬間、上半身が崩れ落ちる。何度やってもダメだった。

 「できないの?一回も?」

 クラウスがあきれて言った。私が悪いのか?それともカインの体が虚弱きょじゃくなのか?高校卒業以来、運動はろくにしてこなかったが、腕立うでたせができないほど体力がなかったっけ。

 「カイン、君はコーチがつくレベルじゃない。自主練じしゅれん!」

 クラウスはそう言ってさじを投げて立ち去った。まあ当然か。私は昔っから真面目まじめな性格。自主練じしゅれんはサボらずにやりますよ。私はそこから生まれたての小鹿こじかを何度もえんじた。


 何時間たったのか分からない。空はいつも天気が悪くて、体内時計は狂ってる。時計がないと時間なんて分からない。私を呼びに来たメイドさんがまだ生まれたての小鹿こじかえんじていたのを見て驚いていたから、相当そうとうな時間がっていたのだろう。


 「カイン様、お友達がいらしています。」

 メイドさんが言った。お友達なんていない。誰だろう。

 「人違ひとちがいじゃないかな。」

 私はそう言った。

 「マリー様とおっしゃって、ディアボロからいらしたと・・・。」

 メイドさんは少し困った顔をしてそう続けた。

 マリー様・・・少しだけ覚えがある。まさか・・・

 「とおしてもらえますか?一応会ってみます。」

 私がそう答えると、メイドさんはスカートをつまんで可愛らしくお辞儀じぎをし、道を開けるようにわきった。視線しせんの先にはいつかマリウス王子に着せたロリータドレス姿の女の子がいた。やっぱり、マリウス王子だよね。王子のとなりにはガタイの良い護衛ごえいがいた。ペルセウスだ!ペルセウスが生きていた!


 「ペルセウス!生きてたの!?良かった!!」

 私がそう言ってると、マリウス王子があいだって入った。

 「まずは僕に挨拶あいさつするべきだろう!?」

 王子は目をり上げて怒って言った。この子はいつも怒って機嫌きげんが悪いな。カルシウム不足ぶそくだよ。

 「これは失礼しました。遠いところ、よくぞおしくださいました。」

 私は片膝かたひざをついて丁寧ていねい挨拶あいさつした。

 「立つがいい。」

 マリウス王子が言った。いばりんぼう王子め。

 「長旅ながたびでおつかれでしょう?お茶を用意しますね。メイドさん、お願いしてもいいですか?」

 私がそう言うとメイドさんは小走こばしりで厨房ちゅうぼうに向かった。


 マリウス王子を庭にあるせき案内あんないすると、身分みぶん序列じょれつなど関係なく、私はマリウス王子のとなり、ペルセウスは私の真向まむかかいに座った。若干じゃっかん王子との距離きょりが近すぎる気がするが、まあいい。


 「ここまでどうやって来たんですか?」

 私はマリウス王子に尋ねた。

 「俺がんでれて来たんだよ。ほら。」

 王子の代わりにペルセウスが答えた。そして背中を私の方に向けると黒いコウモリのつばさを広げて見せた。

 「ペルセウス、飛べるの!?」

 衝撃しょうげきの事実だ。ペルセウスを吸血鬼きゅうけつきにした私が飛べないのに。

 「うん。マリウス王子にカインの居場所いばしょが分かったからドラキュラ公国こうこくに連れていけってせっつかれて、フンってりきんだら背中からつばさがバサっと出て来たんだ。何かうでが四本あるような感覚かんかくがするんだよな。」

 ペルセウスが自分のつばさを見ながら言った。

 「へえ、そうなんだ。」

 そう言った私の顔は引きつっていたかもしれない。さきされてくやしくないわけがない。

 「もしかして、カインは飛べないの?」

 マリウス王子が私に尋ねた。この子は私の微妙びみょう表情ひょうじょう声色こわいろで感情を見抜みぬいてくる。おそろしい子!

 「飛べたとしても、王子をかかえて飛ぶのは無理むりですかね。」

 私は米粒こめつぶのようなプライドから、『飛べない』という一言ひとことを言わなかった。


 「それにしてもペルセウス、生きていて本当に良かった。決闘けっとうがどうなったかも分からないまま、ドラキュラ公国こうこくに送られることになって・・・私がんだのに・・・本当に申し訳ない。」

 私はテーブルに両手をつき、こうべれて謝罪しゃざいした。今日会った時から始終しゅうしにこやかにしていたペルセウス。怒ったり、うらんだりしていないだろうが、けじめとして謝罪しゃざいしなければ。

 「おいおい、頭を上げてくれよ。俺なら大丈夫だって。決闘けっとうは俺の圧勝あっしょう。あのままシリウス王子を中庭なかにわすみまで追い込んで、一度の反撃はんげきゆるさないままけんさき喉元のどもとけてやった。自分から『降参こうさんだ』って言ったよ。」

 ペルセウスは武勇伝ぶゆうでんかたるように言った。ペルセウスは決闘けっとうに勝っていた。これでカミラの件は無事ぶじ片付かたづいた。私がカミラに戻ってシリウス王子の側女そばめになる必要はない。助かった。


 「決闘けっとうの後、カインの姿が見えなかったから二人で探したんだ。カインの屋敷やしきに行ったけど、何も教えてもらえなかった。そうこうしているうちに僕の家庭教師かていきょうしはカインじゃなくてマーガレットがやるっていうじゃないか。僕はカインじゃなきゃダメだって言ったのに、無理矢理むりやりねじ込んで来たんだ。抗議こうぎしようにも、カインはいないし、ヴラドきょうは逃げるようにマーラへ去った。カインの屋敷にはローズレッドが物顔ものがおで住んでる。不愉快ふゆかいきわまりないないよ。」

 マリウス王子が不満をぶちまけた。

 「それは、すみませんでした。」

 確かに何も言わずに消えたのはまずかった。手紙の一つでも残しておけば良かったのだろうか。


 「カイン、分かっていると思うけど、今すぐ一緒に帰るからね!」

 マリウス王子が命令口調めいれいくちょうで言った。

 「え、それはちょっと・・・」

 私はペルセウスを吸血鬼きゅうけつきにしたから謀反むほん意志いしありとみなされて殺されかねない。王子と一緒に首都しゅとディアボロに戻るのは得策とくさくではない。

 「ペルセウスを吸血鬼きゅうけつきにしたけんならびょう片付かたづく。この場でペルセウスを手打てうちにすればいいんだ!」

 マリウス王子はそう言ってペルセウスのこしに下げられていたけんき、ペルセウスの喉元のどもとき付けた。


 「ペルセウスさえいなくなればカインはうちに戻って来られる。誰も謀反むほん意志いしありなんて言わない!」

 マリウス王子が言った。目が本気だった。本気でペルセウスを殺すつもりだ。

 自分をディアボロからここまでかかえて飛んでくれた人にそんな仕打しうちがあるか!?やっぱり悪魔だ。可愛かわいい姿をしているが、やっぱり悪魔あくまだ。


 「タウルスぞくのおじょうさん、我が同胞どうほうにどのようながあってお手打うちちになさるのでしょうか?お聞かせ下さい。」

 ちょうどそこへクラウスがやって来た。お茶を運んできたメイドさんも一緒だった。メイドさんがマリウス王子の来訪らいほうを知らせたのだ。


 「カインをディアボロに戻すための犠牲ぎせいだ。目をつぶれ。」

 マリウス王子は女装じょそうしていることを忘れて、そう言った。

 「ここはドラキュラ公国。タウルス族のあなたが同胞どうほうに手をかけたらどうなるか分からないのですか?」

 クラウスは冷静れいせい口調くちょうで言った。この状況じょうきょうにおいてもまったどうじていなかった。


 「僕は王族おうぞくだ。僕に手出ししたらそっちがどうなるか分からないぞ!?」

 マリウス王子は言い返した。

 「手出ししたのがバレればね。」

 クラウスはそう言ってニヤリと笑った。とがった八重歯やえばが顔をのぞかせた。

 「ここはドラキュラ公国こうこく、そしてこの場にいるのはタウルス一匹いっぴきと四人の同胞どうほう口裏くちうらを合わせれば済むことですよ。」

 クラウスはそう言ってまたニヤリと笑った。さすがにマリウス王子もひるんだが、プライドの高い王子はもうくにけない。何とかしなくては。


 「マリー様、けんを下ろして下さい。ペルセウスは私の友人なんです。手打てうちになどできません。」

 私はそう言ってけんにぎるマリウス王子の手にれた。ゆっくりしたけんを下ろさせた。けんさき地面じめんについたところで王子の手からうばい取り、ペルセウスにかえした。マリウス王子はだまったままだった。小さなプライドをきずつけただろうか。


 「マリー様?」

 私がそう声をかけると、マリウス王子が首に手をからませてきついて来た。

 「早く僕のところに戻って来い。」

 マリウス王子は私の耳元みみもとでそうささやくと、パッと手をはなし、一人で城の出口の方へ歩き出した。って、格好かっこうつけて一人で帰るつもりか!?帰れるわけないだろう!?


 「ペルセウス、マリウス王子のこと、ごめん。でも本当はそんなに悪い子じゃないんだ。だから・・・」

 「分かってる。カインが姿を消したとき、マリウス王子が真っ先に俺を引き取るって言ったんだ。まあ何か魂胆こんたんがあってのことだとは思ったが、助かった。お前の言う通り、そんなに悪い子じゃない。だからまかせておけ。ちゃんとディアボロに連れ帰るから。」

 「うん。ありがとう。」

 ペルセウスがマリウス王子の後を追いかけた。


 「ずいぶんなつかれてるね。あれがマリウス王子か。可愛かわいらしい。」

 クラウスは二人の後姿うしろすがた見送みおくりながら言った。

 「気づいていたんですか?」

 完璧かんぺき見た目女の子のマリーちゃんなのに!?

 「勇者ゆうしゃペルセウスを連れていた時点じてんでバレバレでしょう?」

 「ああ。」

 そうだった。勇者ゆうしゃ吸血鬼きゅうけつきはあいつだけだった。

 「ディアボロを手中しゅちゅうおさめるなら、マリウス王子が使えそうだな。」

 クラウスが策略さくりゃくめぐらせるわるい顔をして言った。

 「子供ですよ?」

 私は何だかんだからんできて邪魔じゃまをするマリウス王子が可愛かわいくなっていた。家で仕事をしている時に書類の上で寝転ねころがる猫。そんな感じだった。当然、政治せいじこまにしたくはない。

 「じょううつった?」

 「まさか。まだまだお子様こさまで、言うこと聞かないから使えるとは思えなくて。」

 クラウスに本心ほんしんをさらしたくなかった。

 「すぐに大人の男になるよ。」

 クラウスはそう言ったニヤリと笑った。この吸血鬼きゅうけつきらしい笑い方が不気味ぶきみたまらなかった。

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