第十七章 いとこのクララ?

第十七章 いとこのクララ?


 私のいないところで話が進んでいて、首都しゅとディアボロにある屋敷やしきにはローズレッドが住むことになった。時々マーガレットがとつぎ先から様子ようすを見に来るそうだ。パパとママは予定通りマーラへ移住いじゅうする。シリウス王子から拝領はいりょうしたのだからうつらないわけにはいかないのだ。

 私はと言うと、ペルセウスとシリウス王子の決闘けっとうがどうなったか分からないまま、飛べない吸血鬼きゅうけつきなので、はじしのんで馬車ばしゃでドラキュラ公国こうこくに向うことになった。あーなさけない。私はまるで荷物にもつのように馬車に乗せられて遠いドラキュラ公国へ行った。


 ドラキュラ公国は首都ディアボロの北に位置し、独立性が強く、魔王に忠誠を誓いながらも、自ら国としょうしていた。ドラキュラ公国大公の城に着くと、すぐに大公に挨拶あいつするよう屋敷からついてきた従者じゅうしゃうながされた。私は促されるまま、あれよあれよと大公たいこうの前に出された。


 大公はパパのお兄さんで、つまりは私の伯父にあたる人で、きっとパパみたいに、お茶目でいい人なのだろうと勝手に想像していたが、実際に会ってみるとずいぶん印象いんしょうが違った。

 大公の玉座はその姿が見えないようにレースのカーテンがかかっていた。それでもパパよりも大きな人影が透けて見え、背がすらりと高くて、威風堂々とした風格を備えていた姿がそこにあった。驚いたのはその声だった。パパみたいに渋い声ではなく、まるで青年のような伸びやかな声だった。


 「遠路はるばるよく帰って来た。カイン。疲れただろう。ゆっくり休むといい。」

 大公が言った。問題を起こして逃げて来た甥っ子に優しいこった。

 「ありがとうございます。伯父上。」

 私は深々とお辞儀をした。

 「・・・」

 大公はそれ以上何も言わなかった。私も何も言わなかった。いや、言えなかった。トラブルを起こして逃げて来たのだから、ペラペラ世間話したり、おべっかを使ったりできる雰囲気じゃなかった。謁見えっけんは以上もって終了した。


 あっさりしたものだ。魔王まおうへの謀反むほんを疑われて処刑しょけいされるかもしれないとおどされていたが、何のこともなかった。ローズレッドは大げさだったのだろう。私はホッとしてあてがわれた城の一室いっしつに引きこもった。

 快適な部屋だ。ワンルーム家具かぐそなえ付き。清潔せいけつで毎日メイドさんがお掃除そうじしてくれる。洗濯物せんたくものかごに入れておくだけ。最高!これまでずっと働きめで、有給は年に三日。そしてそれをゆうに上回る休日出勤。もちろん代休だいきゅうはなし。こっちに来てからは王子を連れて逃げ回って命からがらようやく帰って来たと思ったら、決闘けっとうを申し込まれて、わけが分からないままここへ送り飛ばされて来た。

 どうなることかと思ったが、これは神様のおみちびき!?ここは天国じゃないか!働かなくていい!目覚まし時計のアラームをかけて寝る必要もない!もう朝が来るのなんて怖くない!ああ、幸せ!私はふかふかのベッドの上でまくらを抱きしめながら眠りについた。


 翌日、のんびり起床きしょうすると午前十時を回っていた。このまま昼過ぎまで寝ていたいところだが、寝すぎてこしが痛かった。加齢現象かろうげんしょうか。十代の頃は何時間でも寝ていられたのに。

 私はツヤツヤの金髪をとかしながら、かがみの中の自分を見た。自分の顔をまともに見たのは何年ぶりだろう。仕事をしている時は目をつぶっていても化粧けしょうできた。こなはたいて、眉毛まゆげ描いて、会社行きたくないとため息をつく。そんな毎日で鏡を見る余裕すらなかった。

 「綺麗きれいな顔。」

 私はひとり言をつぶやいた。


 優雅ゆうがにブランチを頂こうと図々ずうずうしくもメイドさんに声をかけると、庭に用意よういすると言われた。天気がいいわけじゃないが、外の風に当たるだけでも気持ちいいだろう。

 私は着替きがえて庭に出た。庭には貴族きぞく庭園ていえんらしくそこら中にバラがえられ、咲き誇っていた。ブランチを頂く予定のテーブルの上にもかざられていた。

 すぐに席について食事を楽しみたいところだが、私は席につくのを躊躇ためらった。というのも席には先客せんきゃくがいたのだ。

 大きなつばの帽子ぼうしかぶった女優じょゆうみたいなご令嬢で、紅茶を片手に新聞を読んでいた。ご令嬢れいじょうは私が来たのに気が付くとにっこり微笑ほほえんだ。その顔がさっき見た鏡の中の自分とかさなった。輝く金髪に宝石のように美しい青い瞳。まるでうつしじゃないか。


 「おはよう。カイン。」

 ご令嬢が挨拶あいさつしてきた。知的で低い声だ。私の名前を知っているということは知り合いか?

 「おはようございます。」

 とりあえず挨拶しとこ。

 「座ったら?」

 ご令嬢が席をすすめた。気をつかうから一人で食べたいんだけな、と思ったが起きたばかりで頭が働かない。適当てきとうに断ってこの場から逃げる口実こうじつが思い浮かばなかった。

 「ありがとうございます。お言葉に甘えて失礼します。」

 私はご令嬢の向かいに座った。ご令嬢はじっと私の顔を見た。落ち着かない。

 「あの、私の顔に何かついてますか?」

 ベタだけどそう尋ねた。

 「私が誰だか分かる?」

 ご令嬢が小首こくびかしげて尋ねた。申し訳ないが、見当もつかない。

 「すみません。最近頭を打って記憶喪失きおくそうしつになりまして・・・」

 何度も言って来た台詞せりふだ。

 「その話、本当だったんだ。じゃあさ、勇者を吸血鬼きゅうけつきにしたってのも本当?」

 ご令嬢れいじょう興味津々きょうみしんしん様子ようすで尋ねた。

 「本当です。」

 「勇者の美味おいしかった?」

 「いえ、気持ち悪くて。まずかったです。」

 「そうなんだ。アハハ。」

 ご令嬢は顔に似合わない笑い声を上げた。氷のようにすました美人かと思ったが、かざり気がなくて、気さくで楽しそうな人のようだった。友達になれそう・・・なんて思った。


 「あの、私たち知り合いでしたよね?すべて忘れてしまったので、もう一度お名前を教えてもらえませんか?」

 私は初めて友達を作ろうとしている小学生の女の子のような気持ちで言った。

 「ああ、名前?クララだよ。」

 クララはそう言って笑った。真っ白な歯が見えた。吸血鬼らしいに大きくとがった八重歯やえばが顔をのぞかせた。

 「私たち、いとこなんだよ。」

 クララが言った。

 「そうだったんですか!?じゃあ、クララは公女こうじょなんですね。」

 どおりで顔が私と似てるわけだ。としも近そうだし、本当にいい友達になれそう。ようやく心をゆるせる人に出会であえたかも。

 「それが公女こうじょじゃあないんだな。」

 クララはそう言っておもむろに大きな帽子ぼうしを取り、いろっぽい真っ赤なリップをぬぐった。たったそれだけで面差おもざしが変わった。こいつは・・・


 「俺、男だよ。いとこのクラウス。君のいとこは俺だけだ。記憶喪失きおくそうしつって聞いてたけど、本当かなっと思ってためさせてもらったんだ。女装じょそうしてる俺を見ても何にも言わないってことは本当だったみたいだね。」

 クラウスは意地悪いじわるそうに笑った。前言撤回ぜんげんてっかい。この人とは友達にはなれない。危険きけんかおりがプンプンする。


 「ちなみに昨日、大公たいこうとして謁見えっけんしたのも俺。全然気付かなかったよね。」

 クラウスは可笑おかしそうに思い出し笑いした。こういう笑い方する男はヤバい。パッと見は優男やさおとこだが、中身はドSなのだ。昨日の大公たいこうはこいつだったのか。声が若いと思ったんだよな。


 「実はさあ、世代交代せだいこうたいしたんだ。」

 クラウスが笑いながら言った。何が可笑おかしい?笑い上戸じょごか?っていうか世代交代せだいこうたい⁉︎

 「祖母そぼのローズレッドがドラキュラ公国こうこくから出て行ったから、そのすきに父には引退いんたいしてもらって、俺が大公たいこうになった。君が魔王城まおうじょうで問題を起こしてくれたおかげだよ。」

 クラウスは機嫌きげん良さそうに言った。


 「ところでさ、カイン。君、このままここでタダ飯喰らいになるつもりじゃないよね?」

 クラウスが私にいやな視線を向けてでいやなことを言った。せっかく優雅ゆうがな休日を楽しもうとしていたのに、こいつのせいで台無だいなしだ。

 「俺は大公たいこうになった。記憶喪失きおくそうしつになる前のカインなら、言うことなし、俺の右腕みぎうでだ。だけど今の君は負け犬。腑抜ふぬけた男になって帰って来た。」

 クラウスは聞き捨てならないことを言った。負け犬だと?一体私が誰に負けた?腑抜ふぬけた男?もうずっと働いて来たんだ。休んだっていいだろう!?休んだら、グダグダになるものだろう。私はクラウスを思いっきりにらんだ。

 「何か言いたそうだな。」

 クラウスは私の顔を見て言った。


 「私は問題を起こしてここへ送られて来たのは事実ですが、負け犬と呼ばれる覚えはありません。」

 私は静かに、冷静れいせい口調くちょう抗議こうぎした。

 「分かってないなあ、カイン。教えてあげるよ。君がいつ、誰に負けたのか。」

 クラウスはそう言って、紅茶を一口飲んだ。こっちはまだ何も手を付けていないというのに。いいご身分だ。


 「カイン、君は大公たいこうおいで、今はいとこだ。おまけにその美貌びぼう。生まれながらの勝ち組で、誰もがうらや貴公子きこうしだ。その君が今回、魔王城まおうじょうで起きた謀反むほんを解決して何を得た?君の父上はマーラという領地りょうちを、ローズレッドはディアボロにある君がいずれ相続そうぞくするはずの屋敷やしきを、マーガレットは君のポジションを。彼女は今、マリウス王子の家庭教師かていきょうしをしている。」

 クラウスが言った。マーガレットの件は初耳はつみみだった。彼女が家庭教師かていきょうしをしているのか。うまくやっているだろうか。


 「くやしくないの?」

 クラウスが少し苛立いらだった声で言った。

 「くやしいって・・・」

 何を悔しがればいい?私は分からなかった。パパが領地をもらったのはドラキュラ公国から兵士をひきいて来たからだし、ローズレッドがディアボロの屋敷に住むことになったのは私が問題を起こしてドラキュラ公国へ送られることになって、屋敷を主不在あるじふざいにするわけにはいかないからだ。マーガレットだって仕方しかたなく引き受けたに違いない。


 「カイン、君は自分が得るはずだったものすべてをうばわれたんだよ。」

 私がだまっているとクラウスが言った。

 「命がけでマリウス王子を連れて逃げて、マーラ辺境伯へんきょうはくとしてほうぜられていたシリウス王子の一団いちだんと舞い戻って、魔王城まおうじょう制圧せいあつしたのは誰だ?君だよ、カイン。それなのに君は追い出された。」

 クラウスは怒っているようだった。


 「叔父上おじうえ政治せいじつかれていた。マーラに引っ込めばいい休暇きゅうかになるとでも思っているんだろう。ローズレッドは外交的がいこうてきで頭も切れる。一族いちぞくのブレインとして役にも立つが、つよくて何でも思い通りにしたがる性格からぎょするのがむずしい。主従しゅじゅうの関係を忘れて、俺たちに歯向はむかってくる。マーガレットなんてもっとタチが悪い。とつぎ先でうまくいかないから、しょっちゅう親元おやもとに帰って来ては政治せいじくびっ込んで、引っかき回す。ローズレッドとつるみ始めてからますます手にえなくなってきてる。」

 クラウスが言った。そんなふうに家族を思ったことはなかった。


 「カイン、君は家族に身ぐるみはがされたんだ。名誉めいよも家も仕事も、すべてうばわれたんだ。家族に。政治の世界は親も子もない。裏切うらぎり合い、だまし合い、相手あいていた方がのし上がっていく。」

 クラウスがこわい目をして言った。父を退しりぞけてみずからが大公たいこうとなった男の言葉はおもかった。

 「俺も奪おうと思えばカインの命を奪える。難癖なんくせつけて処刑しょけいするなんて簡単なことだ。でもそれをしないのは君が誠実せいじつな奴だと知っているからだ。うしなうにはしい俺の片腕かたうでだ。」

 言葉の端々はしばしやさしさがにじみ出ていた。カインと仲が良かったのかもしれない。男同士の友情ってやつか。

 「君が再び一人で飛べるようになるまで、俺がささえる。もう一度い上がれ。い上がって、奪われたものをすべて取り戻すんだ。」

 クラウスのこの言葉で私の休日は終わった。



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