第十三章 友人ペルセウス

  第十三章 友人ペルセウス


 人間界と聞いて、勝手に自分が暮らしていた場所を思い浮かべていた。高層こうそうビルに囲まれ、ごちゃごちゃと物と人であふれた都会。けれどパパに連れられて来たローゼンバーグという場所は山やがけに囲まれた中世の小さな町だった。確かにこの景色ならどこかにペルセウスのつるぎがあってもおかしくないかも。ペルセウスのつるぎは私を救ってくれる唯一の切りふだ。さあ、どこだ。ペルセウスのつるぎ


 日が暮れた頃にパパと町に入ってギラギラと目を光らせて立っていると、どうみてもあやしかったのだろう。町の男たちに囲まれて職質しょくしつされた。相手は男六人。手には弓、ノコギリ、おの、狩りの帰りか、木こり仕事の帰りか、武器になるものを手にしていた。パパと私は身構みがまえた。


 「もしかして、カイン?」

 弓を持った男が言った。私の名前を知っていた。

 「やっぱり!ちょっと感じが変わってて、分からなかったよ。久しぶりだな。」

 弓を持った精悍せいかんな若者はそう言ってさわやかな笑みを浮かべた。

 「あ、えっと、先日頭を打って記憶喪失きおくそうしつでして、あなたはどちら様でしたっけ?」

 私がそう言うと、男の顔から笑みが消えた。

 「俺のことが分からないのか?ペルセウスだよ。お前の大親友じゃないか。」

 ペルセウス・・・。もしかして、腰にけんを下げてたり・・・した!ペルセウスのつるぎってこれじゃないの!?


 「パパ、あのけんって・・・」

 私が小声で横にいるパパにささやいた。

 「カイン、あれだ!間違いない。ペルセウスのつるぎだ。だがお前の大親友と言っているあの青年は現役の勇者ゆうしゃペルセウスだ。私とお前の二人がかりでも、けんを奪うことはできない。そもそもお前は一体どうやって勇者なんかと知り合ったんだ?我らの天敵てんてきだというのに。」

 パパも小声で言った。私は本物のカインじゃないから分からない。


 「カイン、一緒にいるそちらの人は?何か吸血鬼みたいでいかにも怪しげなんだけど。」

 ペルセウスがパパをジロジロと見て言った。さすが勇者。ご明察めいさつ

 「やあ、ペルセウス君、私はカインの父でヴラドといいます。人間です。」

 身の危険を察知さっちしたパパはすぐにそう言って青白い顔に貼り付けたような笑顔を浮かべた。笑うと異常に長い八重歯やえばが目立つ。いろいろと無理があってどう見ても不気味ぶきみだ。

 「あ、お父さんでしたか。失礼しました。最近ここら辺でも吸血鬼が出るんで。カイン、お父さんと仲がいいんだな。二人で飲みに来たのか?」

 ペルセウスはパパの言葉を信じた。単純な奴だ。お仲間はまだ疑いの眼差まなざしを向けているけど。

 「うん、まあそんなところ。」

 私は適当てきとうに話を合わせた。

 「じゃあ、皆で一緒に飲もうぜ。お父さんも是非ぜひ!」

 ペルセウスは人懐ひとなつっこい笑顔で言った。

 「えっ、あ、どうも。」

 パパも私もうながされるまま酒場さかばまで歩き、気が付けば勇者だらけ店で屈強くっきょう猛者もさたちに囲まれていた。


 「カイン、周りが勇者だらけなんだが・・・ここは勇者の町か?人間たちの罠じゃないのか?本当にいつもこんなところで飲んでるのか?なぜここへ来ようと思ったんだ?死にに来たのか?」

 パパが周囲を見渡しながら怯えて言った。

 「記憶がないので、昔のことは分からないです。生きて帰って来ているんですから、死にに来た訳じゃないと思いますよ。」

 私はパパに小声で答えた。


 「なあなあ、カイン、仕事はどうしてるんだ?順調か?前に会った時は愚痴ぐちってただろ?」

 ペルセウスが陽気な笑顔で尋ねて来た。

 「家庭教師の仕事は順調かな。生徒に殺されかけたけど、生きているし。」

 「それ本当に大丈夫か?ずいぶん凶暴きょうぼうな生徒だな。俺が一回シメてやろうか?」

 「いえ、それは結構。」

 私はつつしんで辞退じたいした。勇者が出てきたら魔族まぞく対人間の大規模な戦争になりかねない。

 「そうか。何か困ったことがあれば俺に言えよ。」

 ペルセウスはもう酔っぱらっているのか、赤い顔で人の良さそうな笑みを浮かべた。ニコニコとよく笑う男だ。仕事でこういう先輩とか友達が欲しかったな。頼りになりそうだし、信頼もできる。言うだけ言ってみようか。


 「ねえ、ペルセウス、頼みがあるんだけど。」

 「何だ?」

 「そのけんを貸して欲しい。」

 私はペルセウスの顔を真正面ましょうめんから見て言った。イイ奴だから困らせたくない。一瞬でも嫌そうな顔をしたら、冗談だと言って誤魔化ごまかすつもりでいた。

 「いいけど。何に使うんだ?」

 ペルセウスはすんなり承諾しょうだくした。

 「え、いいの?」

 私は驚いて思わず聞き返した。

 「何だよ、貸して欲しいんだろ?でも使い道くらい教えといてくれよ。まさか人殺しに使うとか言わないよな?」

 ペルセウスは自分で言って、可笑おかしそうに笑った。

 「人殺しには使わない。決闘けっとうを申し込まれているんだ。」

 私がそう言うと、ペルセウスは急に真面目まじめな顔をした。

 「決闘けっとうって、どうしてそんなことになったんだ?やっぱり女絡おんながらみか?お前、綺麗きれいな顔してるもんな。その気がなくても女の方から寄って来るだろう。そりゃあ、男からうらみを買うよな。美男子びなんしつらいな。」

 ペルセウスの言うことはたらずしも、遠からずなのだろうか。


 「実は・・・カミラという女性を巡って決闘けっとうすることになった。相手は魔王の息子、悪魔シリウスなんだ。私は何としても勝たなければならない。だからそのけんを貸して欲しいんだ。」

 私は表向きの事情を話した。

 「魔王の息子だって?そんなのと決闘けっとうするのか?お前のその細腕じゃ無理だろう。俺が代理で決闘けっとうを受けてやるよ。魔王の息子と。」

 男気溢おとこぎあふれるペルセウスが言った。

 「いやいや、それはいい。私の決闘けっとうだし。」

 勇者と魔王の息子の決闘けっとうなんてシャレにならない。死闘しとう決決定だ。それに私は魔族まぞく側だ。ペルセウスに正体がバレたらシリウス共々剣けんのつゆになりかねない。

 「ペルセウス、けんだけでいい。本当にけんだけ貸してくれれば・・・。」

 「ぜんいそげだ!行こうぜ魔界まかいへ!」

 ペルセウスはそう言って豪快ごうかいにビールが入ったはいかかげた。聞く耳を持っていない。まずいことになった。

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