第十二章 ペルセウスの剣

第十二章 ペルセウスのつるぎ


 ローズレッドは話し終わると私に城に戻るように言った。マリウス王子の顔色をうかがってのことだ。ローズレッドもマリウス王子に私が女だと言いふらされることを懸念けねんしていた。


 マリウス王子を探して城の中をウロウロしていると、玉座ぎょくざの前を通りかかった。さっき私がシリウス王子に殺されかけた場所だ。中をのぞいてみると、カノープスが三枚さんまいおろしになっていた。見るんじゃなかった。あれが宰相さいしょうのぼりつめた男の最後とは。まいにはなるなよ、自分。


 二人の王子とパパとママは魔王まおう寝所しんじょにいた。目覚めぬ魔王をかこんで火花ひばならしていた。

 「今すぐマーラへ戻ったらどうなんだ!」

 マリウス王子が怒鳴どなっていた。

 「お前に魔王の代理はつとまらない。」

 シリウス王子が冷静な口調くちょうで言った。

 「ヴラドきょう補佐ほさする。」

 マリウス王子がそう言うと、パパが気まずそうに会釈えしゃくした。

 「マリウス、そいつらを信用するな。ヴラド卿、ドラキュラ公国こうこくから率いて来た兵士を今すぐ引き上げろ。さもなければレグルスに追い払わせることになる。」

 シリウス王子が厳しい口調で言った。ドラキュラ公国こうこくの思惑などお見通しのようだ。


 「兵士はすぐに引き上げます。けれどマーラ辺境伯へんきょうはくの不在は問題です。あそこは要所ようしょですから。」

 パパは低姿勢で言った。

 「マーラは貴様にやろう、ヴラド卿。最初からそのつもりだったのだろう?大公たいこうから兵を借りて来た礼だ。受け取れ。」

 シリウス王子が下げ渡すように言った。

 「シリウス王子それはいけません。私には身にあまる・・・」

 「やめろ。時間の無駄むだだ。」

 シリウス王子は冷たく言い放った。パパは黙った。急展開だが私たちはお引越しするようだ。ここで宰相さいしょを目指すつもりだったが、そうはいかないようだ。地方から中央のトップを狙えるだろうか。

 「待って!カインもマーラに行くの?」

 マリウス王子が二人の会話に割って入った。

 「カインは・・・置いていきます。家庭教師としてマリウス王子のおそばに。」

 パパは声をかけることができなくて扉の陰に隠れていた私の方をチラリと見てから王子に言った。出世コースに私を残してくれた。パパの視線で私がいることに気づいたマリウス王子が嬉しそうな笑顔を見せて言った。

 「カイン、入って来ていいよ。」


 マリウス王子の許可を得た私は重鎮じゅうちんたちの視線を集めながら魔王を囲むに加わった。横たわる魔王のご尊顔そんがんのぞき込むと、豊かなひげと二人の王子と同じ牛のつのが目に入った。これが魔界の親玉おやだまだ。

 「ジロジロ見るな。」

 シリウス王子が低い声で言った。私はこれ以上しかられないように下を見た。

 「お前、本当にカインか?俺が城にいた頃とずいぶん変わったな。前はもっとはなのある男だった。」

 シリウス王子はどこか昔をなつかしみながら、がっかりしたように言った。シリウス王子側につきたいのに好印象を持ってもらえていない。これはまずい。はなのある男・・・一体どんな男だ?


 「カインは記憶喪失きおくそうしつなんだ。川に落ちて頭を打ったんだ。」

 マリウス王子が私を擁護ようごするように言った。

 優しい子だなんて思わない。私をなぐって川に捨てたのはこの王子だ。

 「記憶喪失きおくそうしつ・・・」

 シリウス王子が何か考えをめぐらせながらひとごとのようにつぶやいた。

 「カイン、カミラじょうめぐって俺と争っていたことは忘れていないだろうな?」

 シリウス王子がまさかという顔をしてたずねた。私もまさか・・・という顔をした。カミラって・・・やっぱり私だよね。

 「その顔は忘れているな。」

 「はい。」

 「次に会った時に決着をつける。そういう約束だった。」

 「・・・覚えておりません。」

 「それでも約束は約束だ。一週間待ってやる。勝負だ。」

 「・・・何の勝負でしょうか?」

 「けんに決まっているだろう。」

 シリウス王子が私のさっしの悪さにイラついて言った。

 剣なんて持ったこともない。カイン、なぜそんな無謀むぼうな勝負を・・・もしかして腕に覚えがあったとか?私にはない。何とかしないと。そんなことを考えてあわあわしていると、パパが何度も私に向かってウインクしてきた。何の合図あいずだろうか。私が真顔まがおでずっと見つめていると、馬鹿らしくなったのか、ウインクをやめた。

 「コホン、カイン、あとで話がある。」

 パパは普通にそう言った。

 「分かりました。」

 私も普通に答えた。

 

 「ではカイン、一週間後だ。場所は中庭。ギャラリーは多い方がいい。俺は今後のことを大臣たちを話し合うから、ヴラドきょう共々外してくれ。」

 シリウス王子が私たちを蚊帳かやの外に出した。一番の功労者だと言うのに。不当ふとうな扱いだとうは思うが今はそれどころではない。決闘が一週間後に迫っている。


 魔王の寝所しんじょを出ると、一緒に出たパパとママがすぐに口を開いた。

 「カイン、ママが言わずとも分かっているかもしれないけど、カミラはあなたのことよ。女の姿をしている時にシリウス王子に見初められてしまったの。その容姿だからすぐにうちの一族の出だと勘づいたみたいで、カインの時のあなたにカミラとの間を取り持つように頼んで来たの。当然あなたは拒否したわ。カミラは自分の恋人だと言ってね。そしたら、シリウス王子はカミラをかけて決闘けっとうを申し込んで来たのよ。」

 ママは早口にそう言った。

 「カイン、今すぐ人間界に行ってペルセウスのつるぎを取ってくるんだ。そうすれば確実に魔王の小倅こせがれに勝てる。」

 パパはシリウス王子のことを魔王の小倅こせがれと言った。本音が出た。

 「ペルセウスのつるぎ?」

 何だそのファンシーなアイテムは。

 「記憶喪失になる前にお前が言っていたんだ。人間界でペルセウスのつるぎを見つけた。あれは魔王討伐まおうとうばつのために作られた聖剣せいけんだから魔族には効果覿面こうかてきめんだと。つるぎはローゼンバーグにある。今すぐ取りに行くんだ。」

 パパがき立てるように言った。

 「どうやって行ったらいいですか?」

 「飛んで行くんだ!」

 「私は飛べません。」

 「そうだった!」

 この後私はいい歳をしてパパに抱っこしてもらって、人間界へと旅立った。

 

 



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