第六章 パパは意外に野心家

  第六章 パパは意外に野心家


 負けた。アベルに負けた。自信があったのに王子はアベルを選んだ。何故だろう。私は男になったのに。男になっても負けたと言うことはやはり私がアベルにおとっているということか。私はそんなことを悶々もんもんと考えながら一人で宿屋やどやのベッドでうずくまっていた。


 「カミラ!カミラ!ここ開けて!」

 誰かが私の名前を呼んだ。でも部屋の扉の方じゃない。窓の方から声がした。

 顔を上げると、パパとママ、マーガレットが窓の外にいた。

 「何しているんですか!?」

 私はそう言って窓を開けた。


 「カミラ、無事で良かった。」

 パパがそう言って部屋の中に入って来た。後にママとマーガレットも続いた。

 「どうやってここが?」

 私は窓の外に目をやりながら言った。梯子はしごも何もなかった。

 「我々は吸血一族ではないか。あらゆるところに密偵みっていを放ち、情報網じょうほうもうを張り巡らせている。それを駆使くしして見つけ出した。」

 パパが言った。

 「すぐに私の嫁ぎ先へ逃げましょう!」

 姉のマーガレットが言った。

 「でも王子が・・・」

 私がそう言いかけると、三人の目の色が変わった。

 「王子も一緒なのか?」

 パパが尋ねた。

 「隣の部屋にいます。近衛兵このえへいのアベルも一緒です。」

 私がそう伝えると三人とも難しい顔をした。


 「私たちはあなたが執務室しつむしつの隠し扉を開けたのを知って、屋敷やしきを捨てて逃げ出したの。あなたが女だとバレたと思ったから。」

 ママが言った。

 「いいえ。女だとはバレていません。こんな格好かっこうをしていますが、女装じょそうということになっています。宰相さいしょう私兵しへいらわれそうになったので、隠し扉を使って城の外に逃げたんです。」

 私はそう言った。

 「そうか。それでは王子はお前が男だと信じでここまでついて来たのだな?」

 パパが確認した。

 「そうです。」

 私がそう答えるとパパの目が優しい父親から野心やしんに燃える男の目に変わった。

 「これは千載一遇せんざいいちぐうのチャンスかもしれない。」

 パパはそう言うとテキパキと指示を出した。


 「マーガレット、すぐにドラキュラ公国こうこくつかいとしてつんだ。マリウス王子が行くと伝えなさい。」

 「分かったわ。パパ。」

 マーガレットはそう言うやいなや、コウモリにけていていた窓から飛び去った。私にもできるんだろうか。

 驚いている間もなくパパは私にも指示を出した。

 「カミラ、お前は再びカインとしてマーラ辺境伯へんきょうはくのもとへ行き、シリウス王子に挙兵きょへいを願い出るんだ。」

 パパが格好良くそう言ったが、何を言っているんだかさっぱり分からなかった。

 「すみません。状況じょうきょうが飲み込めません。」

 私は正直に言った。

 「そうか。記憶喪失きおくそうしつだったんだ。」

 パパがハッとして言った。


 「ええとだな。カミラが一緒に逃げて来たマリウス王子は魔王の第二王子で、第一王子というのがマーラ辺境伯へんきょうはくに封じられているシリウス王子だ。そのシリウス王子にカノープス宰相さいしょう討伐とうばつのために挙兵きょへいして下さいとお願いしに行って欲しいんだ。」

 パパは丁寧ていねいに説明してくれた。これなら私にも分かった。

 「分かりました。行って来ます。」

 私はそう答えた。


 「さすがカイン。我が息子。だがその前に私を王子に引き合わせてくれ。ドラキュラ公国こうこくにおし下さるよう説得せっとくしなければ。」

 パパは真剣な目で言った。仕事ができる男という感じだ。

 「はい。隣の部屋です。行きましょう。」

 私がそう言って部屋の扉を開けようとしたところで、ママが私の手を握った。

 「カミラ、これは一族繁栄の千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだけど、あなたが女に戻る最後のチャンスでもあるのよ。いいの?一生カインとして、男として生きて行けるの?」

 ママが涙ぐみながら尋ねた。愚問ぐもんだ。私はずっと男になりたかった。男として成り上りたかった。

 「ママ、私は男です。一族の繁栄はんえいのために尽くします。」

 そう言うと、ママは手を放した。

 「行きましょう。」

 私は二人を伴って王子の部屋へ行った。

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