第四章 カインとアベル

    第四章 カインとアベル


 私と王子は女装して宿屋クレイジー・キャットに入った。一階が食堂で、二階が宿になっているようだ。


 「例の助けてくれる人はいましたか?」

 私は食堂を見渡す王子に尋ねた。

 「いた!」

 王子は食堂の奥に座っているフードを被った男に目を止めるとそう言って、駆け寄った。

 「アベル!」

 王子がそう一言声を発すると、男も王子の正体に気付いた。

 「マリウス王子!?」

 「アベル!来てくれて良かった。本当にありがとう。」

 「王子、よくご無事で!」

 二人はめでたく感動の再会を果たした。


 「王子、そちらの方は?」

 アベルという男が尋ねた。

 「カインだよ。」

 「え!?あのカインですか?」

 アベルは私の顔をまじまじと見た。どうやら私たちは面識があるらしい。

 「うまく化けましたね。どこからどう見ても立派なレディーですよ。」

 アベルは感心して言った。

 「カインは頭を打って記憶を失っているんだ。たぶんアベルのことも覚えていないんじゃないかな。」

 王子はそう言って私の方を見た。

 「お察しの通りです。何も覚えておりません。」

 私がそう言うと、アベルが驚きを隠せずにいた。


 「では改めて自己紹介が必要ですね。」

 アベルはそう言ってフードを取った。ヤギの角が頭から生えていた。

 「私はアベル。近衛兵このえへいです。父は近衛兵隊長このえへいたいちょうのリゲル。ここへは父の命で来ました。王子をお守りするようにと。」

 アベルはそう言うと険しい表情をした。


 「城はどうなっているんだ?父上は?」

 王子がこらえ切れずに尋ねた。

 「魔王様はご無事ですが意識がありません。そのことに乗じて謀反むほんを起こしたのは宰相さいしょうのカノープスです。私兵しへいを使って城を占拠せんきょしています。」

 アベルが声を落として早口に言った。


 「レグルス将軍は何をしている!?カノープスに城を占拠されるなんて!」

 王子が興奮気味に言った。

 「レグルス将軍は形ばかりの抵抗を試みた後は静観せいかんしています。誰が政治の実権を握るのか見極めているのでしょう。」

 「諸侯しょこうたちはどうしている?」

 「カノープスと敵対している諸侯しょこう挙兵きょへいの動きがありますが、どこも規模が小さく、彼らをまとめて指揮できる者もいないので、カノープス軍を制圧するのは難しいでしょう。他の貴族たちはレグルス将軍と同様、静観せいかんしています。巻き込まれたくないのでしょう。ただ・・・」

 アベルはそう言ってチラリと私を見た。


 「ただ、ヴラドきょうの動きが妙なのです。」

 「ヴラドきょうが?」

 王子もそう言って私を見た。なぜだろう。


 「ヴラドきょう屋敷やしきがもぬけのからで、使用人すらいなかったそうです。あの方はご息女そくじょを各国の要人に嫁がせて姻戚関係いんせきかんけいを結んでいるので誰が政権を握っても安泰あんたいなはず。それなのにどうして・・・」

 なぜか二人共私の方を見た。


 「カインは何か聞いていないの?」

 王子が私に尋ね。

 「何かとは?」

 「ヴラドきょうはカインの父君だ。何か知っているんじゃないのか?」

 王子がそう言った。


 あのパパさんはヴラド卿というのか。

 「生憎あいにく記憶喪失きおくそうしつなもので。」

 私はいつもどおりにそう答えた。

 「はあ。そうだよね。」

 王子は深いため息をついた。


 「王子、カインの記憶喪失きおくそうしつというのは本当でしょうか?ヴラドきょうのこともありますし、信用して良いものか・・・」

 アベルが王子にそう小声で耳打ちしていたが、バッチリ聞こえていた。どうやらこの吸血鬼の耳はすこぶるいいらしい。

 「記憶喪失きおくそうしつというのは嘘じゃないと思う。城でカノープスの私兵しへいに捕まった時、カインが助けてくれたんだ。記憶喪失きおくそうしつじゃなかったら、そのまま見て見ぬふりをしてやり過ごしていたはずだ。」

 王子が言った。

 「確かに。」

 アベルが納得なっとくしたようにうなずいた。このアベルという男、何か気にいらない。

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