第二章 初仕事の日に謀反発生

  第二章 初仕事の日に謀反発生むほんはっせい


 「いいこと、カミラ?王子の家庭教師の仕事は休めない。なぜなら王子が城にあるあなたの執務室しつむしつですでにお待ちだから、行くしかないの。こんな状態のあなたを王子の前に出すのは不安だわ。もし万が一にも王子に女だってバレるようなことがあったら、王族をたばかった罪で一族皆殺し。だから捕まる前に逃げるのよ。執務室しつむしつには隠し扉があって、それを通れば城の外に出られるわ。バレたらそく逃げる!いいわね!?」

 絶世の美女の母が私の手を握りながらそう言い含めた。

 「分かりました。」


 だんだん状況がつかめて来た。どうやら私は魔界まかい吸血一族きゅうけつ貴公子きこうしりをした男装だんそう麗人れいじんの体に入ってしまったようだ。パパとママの話によると、男のりをするのに疲れたカミラは川に身を投げたらしい。そしてぼんやりとだが、私も酔ったいきおいでドブ川に身を投げた覚えがある。どういうわけか、二人の体が入れ替わったらしい。


 本物のカミラにとってどうだか分からないが、私にとっては幸運な入れ替わりだ。かねてから男として生きてみたいと思っていた。立身出世りっしんしゅっせ。それが私の人生の目標であり、命題。この体なら。それが叶う。男といつわって育ててくれてありがとう、パパ!

 「善は急げです。すぐに王子が待つ執務室しつむしつへ行きます。」

 私は意気揚々いきようようとして両親、いやパパとママ、そして姉のマーガレットに言った。


 輝かしい男人生の始まりだ。そう意気込んでいたものの、執務室しつむしつに入って王子の姿を見た途端とたん、心が折れた。十二、三歳くらいの少年の頭に牛のつのが生えていたからだ。そうだ。ここは魔界まかい。そして私も吸血鬼きゅうけつきだった。


 「あ、どうも。お待たせしてすみません。授業を始めまーす。」

 ここは魔王城まおうじょうにある私の執務室しつむしつ。当然ここにいる者は王子であれ、誰であれ、人間ではない。魔族まぞくだ。自分よ、動揺どうようするな無心むしんになれ。私は自分にそう言い聞かせた。


 「カインが遅刻するなんて珍しい。何かあった?」

 王子が私に尋ねて来た。

 「いえ、別に。ちょっと川に身を投げて記憶喪失きおくそうしつになっただけです。さあ、授業はどこからでしたっけ?」

 私は分厚ぶあつい教科書をペラペラとめくった。

 「え!?記憶喪失きおくそうしつ?大丈夫じゃないよね?医者呼ぶよ。っていうかそんな状態で、何で来たの?」

 王子が驚いて言った。医者を呼んでくれるなんて心優しいではないか。牛の角がついた魔王の息子なのに!


 「仕事が好きなんですよ。お医者さんにも治せませんから、授業やりましょう。歴史とかちょっと無理があるんで、数学にしましょう。」

 私は数学の教科書を手に取った。王子は呆気あっけにとられていた。


 「フィボナッチ数列ですね。一、一、二、三、五、八みたいに最初の二つ以外は直前の二つの和になっているものです。フィボナッチ・リトレースメントは投資でも使われる指標なので勉強しておいて損はないですよ。私も学生の頃、FXの指標の一つとして使っていました。結構荒稼ぎしましたね。」

 私がそう言うと、王子はキョトンとしていた。

 「FX?何か今日のカインはいつもと違う。」

 王子が怪訝けげんそうな顔をして言った。

 「そ、そうですか?」

 魔界にはFXはないらしい。


 ドンドン、と執務室の扉を強く叩く音がした。

 「王子はいらっしゃいますか!?」

 そう言って兵士が入って来た。兵士は毛むくじゃらで二本足で立つおおかみだった。

 「な、何ですか!?誰ですか!?」

 私は恐怖で引きつった顔でそう尋ねた。

 「大変です!魔王様が危篤きとくです。それに乗じて宰相さいしょうが・・・わあああ。」

 毛むくじゃらのおおかみが背後から来た別の兵士に刺された。

 「きゃあああああっ!」

 私は女に戻って叫び声を上げていた。

 「黙れ、優男やさおとこ。大人しく王子を渡せ。」

 そう言った兵士は半魚人はんぎょじんだった。魚の頭に人間の足の半魚人だった。王子はまるですべてをさとったように騒がず、立ち上がると自ら進んで兵士の前にその身を差し出した。


 「ついて来い。」

 半魚人はそう言って王子の腕をつかむと執務室しつむしつから出ようとした。

 事情はよく分からないが、王子を連れて行かせてはいけないと思った。私は調度品ちょうどひんの大きなつぼを持ち上げ、半魚人の頭の上に落とした。半魚人は床の上に崩れ落ちた。

 「どうして・・・」

 王子がそう何か言いかけたが、逃げるのが先だと思って話を聞かなかった。

 「こっち。」

 私は教えられていた隠し通路への扉をひらいた。けた瞬間、カビの臭いとかすかな鈴の音がした。

 「走って!城の外に出られるから!」

 私は王子にそう言った。王子は黙ってうなずいて素直すなおについてきた。

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