四人で一人 後編(柊パート・現在⑩)
「先週も来たばっかりなんだけどね」
「そんなに美味しいの?」
「最高。柊もここのハンバーグ食べたら、学食のハンバーグなんて食べられなくなるよ」
「......美玖、しょっちゅう学食でハンバーグ食べてるじゃん」
「そうだっけ?」
あっけらかんとしている美玖は、メニューも見ずにハンバーグとガーリックライスのセットを二人前注文した。
*********
今日は十二月一日。映画の日でもある今日は、映画館では一本千円で映画を観ることができるという素晴らしい日だ。その事を思い出した私は今朝、悠夏に『バイトが終わったら、映画でも観に行かない?』と連絡をした。
特に観たい作品が公開中というわけでもなかった。
大学の食堂、由香里さんのカフェ、ファミレス。そんな馴染みの場所ではなく、どこか少しイベント感のある場所で悠夏と二人きりになりたかっただけ。
でも悠夏からの返事は、『ごめん。今日は真希さんと約束があるから行けない』というものだった。
また真希と二人で......
きっと『私も行きたい』と返信すれば、悠夏は『いいよ』と言ってくれると思う。
でも、こんな嫉妬心と自己嫌悪を抱えた状態で悠夏と真希が楽しそうにしている場面を目の当たりにしてしまったら、この負の感情をさらにかき乱されてしまうような気がして、私は『わかった』とスマホに打ち込んだ。
気分が晴れないままカフェに向かった私は、常連のお客さんにコーヒーを淹れている最中にふと思った。
美玖はどう思っているんだろう?
美玖は常に真希にべったりくっ付いていて、誰よりも真希を信頼している。自分が住んでいたアパートが雨漏りで大変な事になったときも、パニックに陥った美玖が彼氏の次に連絡したのが真希だった。それは私や悠夏よりも真希を信頼している何よりの証拠で、彼氏とも別れてしまった今、美玖にとって真希は最も信頼できる人間と言っても良い。
そんな真希が頻繁に悠夏と二人で食事へ行ったり出掛けたりしているという事に対して、美玖はどう思っているのだろうか。私のように嫉妬心を覚え、そんな自分が嫌になったりしているのだろうか。そんなことが気になった私は、気が付くと美玖に連絡を取ってしまっていた。お互いのバイトが終わってから合流した私たちは、美玖のおすすめだというハンバーグを食べにやって来たのだった。
*********
「誰と来るの?真希?それとも、バイト先の人?」
「うーん......真希も連れて来たことあるし、ジムの人とも一緒に来たことはあるけど。でも基本的には一人で来てるかな」
「美玖って、意外とそういうところあるよね」
「そういうところって?」
「真希とずっと一緒にいたり、大学でも周りの席の人にどんどん話しかけたりして、いかにも『かまってちゃん』っていう感じなのに、割と一人でも遊びに行ったりするでしょ?」
「うん。一人でも別に平気。結構一人で焼肉とかカラオケとか行くよ」
「知り合って一年以上経つけど、未だに美玖の性格がよく分からない」
でしょ?と笑う美玖は何故か嬉しそうにしていた。褒めているつもりは無いんだけど。
「柊と二人だけでご飯食べるなんて久しぶりだよね。急にどうしたの?」
ハンバーグを待ちきれないのか、テーブルに置いてあるナイフとフォークをガチャガチャと弄りながら美玖が尋ねてきた。
「その......ちょっと訊きたい事があるというか」
「訊きたい事?」
「うん。今日、悠夏と真希が......」
早速本題に入ろうとしたところで、ハンバーグとガーリックライスが運ばれてきた。鉄板の上でソースが弾ける音に引き寄せられるかのように、私に向けられていた美玖の視線が一瞬にして鉄板の上のハンバーグに横取りされてしまう。満面の笑みを浮かべた美玖は「鉄板の方が大変熱くなっておりますので......」という店員さんの声も耳に入っていない様子で、さっさと右手に持ったフォークをハンバーグに突き刺し、左手のナイフでそれを切り始めた。
とりあえず私も食べてみようと、ナイフとフォークを手に取る。左利きの美玖と向かい合っていると、左右のどちらでナイフを持つのか混乱してしまう。頭の中で冷静に思い浮かべてから、右手でナイフを握る。
ひと口大に切ったハンバーグを口に運ぶと、肉汁と旨味が口の中に広がった。とろけるような食感でありながら、しっかり肉を食べていると実感できる。正直、美玖の「美味しい」はあまり信用していなかったけど、これは確かに美味しい。「美味しいね」と言うと、美玖は口にハンバーグが入ったまま何かを言って、ニコリと笑った。おそらく「でしょ?」と言ったんだと思う。
「ごめん、忘れてた。訊きたい事ってなに?」
口の周りに茶色いソースを付けた美玖が、話題を戻してくれた。
「えっと......今日、悠夏が真希と約束があるって言ってたんだけどさ」
「ああ。なんか出かけるって言ってたね」
「うん。それで美玖は......その......」
ひょっとして私が訊こうとしている事はすごく恥ずかしいことなんじゃないか、と今更ながら冷静になってしまい、言葉に詰まる。そんな私に対して美玖は「私が、なに?」と首を捻っている。
もういい。言ってしまおう。
「......嫉妬したりしない?」
美玖が首を傾げたまま眼をぱちくりとさせている。そして首を真っすぐに戻したかと思えば、そのまま反対方向に傾けた。
「嫉妬って......やきもちみたいな?」
「そ、そうかな。真希が自分以外の人と楽しそうにしてたり、遊びに行ったりしてると......なんか、こうモヤモヤしたりしない?」
「うーん......」
美玖は腕を組んで、考え込むような表情を見せた。食い意地の塊のような美玖がナイフとフォークをわざわざ置いたということは、かなり真剣に考えてくれているんだと思う。そんな様子の美玖につられて、そっと私もナイフとフォークを置いた。
しばらくその状態で唸っていた美玖は、パッと顔を上げると「私はしないかな」と言ってから、ガーリックライスを食べ始めた。
やっぱり私が異常なのかな。
心のどこかで「美玖なら分かってくれるかもしれない」と思っていた私は、美玖が長考の末に出した結論に落ち込んでしまう。両手を膝の上に置いたまま黙り込んでしまっていると、美玖に「食べないの?」と声をかけられ、慌ててフォークを手に取る。そんな私に美玖が、「どうして急にそんなこと訊くの?」と尋ねてきた。わざわざ食事に誘っておいて、いきなり「嫉妬しないの?」なんて訊かれたのだから、そんな疑問を抱くのも当然だ。
「恥ずかしいんだけど......私は嫉妬しちゃうんだよね。もちろん、悠夏が二人と仲良くなってくれたのはすごく嬉しいんだよ?でも、悠夏が二人の家に泊まったことを聞いたりとか、今日みたいに悠夏と真希が二人で会ってたりすると......いても立ってもいられなくなるというか。だから、美玖も私と同じだったりしないかなと思ったんだけど......」
改めて自分で言葉にすると、ますます情けなくなってきた。恥ずかしくて美玖の方を見れず、ハンバーグの付け合わせのブロッコリーをフォークで転がしていると、美玖が「柊は私と逆だね」と言って笑った。
「どういう意味?」
「さっき柊が言ったでしょ?私はかまってちゃんに見えて、一人でも平気だよねって。それとは逆で、柊は一人でいるのが好きそうな雰囲気だけど、意外と寂しがり屋だねってこと」
確かにその通りだった。悠夏と再会するまで自分がこんな性格の持ち主だということを知らなかったから、こんな悩みを抱えている自分自身に驚くことがある。
「うん。由香里さんには、悠夏が困るからその性格は直した方がいいって言われて。自分でもよくないって思ってはいるんだけど......」
「なるほどね。私は基本的に『みんな仲良しならOK』っていう感じだから。別に真希が悠夏と一緒にご飯食べに行ってたって何も思わないよ。もっと言えば、そこに柊も入って三人で遊んでたとしても特に何も思わないかなぁ。あ、私の悪口を言われるのは嫌だけど。でも、三人はそんなことしないって分かってるし。まあ、もちろん私も誘ってくれるのがベストだけどね」
みんな仲良しならOK。
普段なら、美玖らしい呑気な言葉だなと受け止めていたかもしれない。だけど今の私には、その言葉がすごく大人で立派な考えに聞こえた。
友達同士が仲良くしていることに嫉妬する。そんな自分に嫌気が差してくる。そんな日々を過ごしている私はまだまだ子供で、人間として未熟なんだな。
そんなことを、今まで子供っぽいと思っていた美玖に気づかされたのは少し悔しい。
「やっぱり......この性格は良くないよね?」
「そうかなぁ。無理に直そうとしなくてもいいんじゃないかな。悠夏と真希に直接『やきもち焼いてる』って言ったりしてるわけじゃないんでしょ?自分の中で思ってるだけなら、問題ないんじゃない?」
「でも由香里さんには、『すぐ態度に出るから分かりやすい』って言われた。たぶん、悠夏も感じてると思う」
「本当?私は全然気づかなかったけど」
それは美玖が鈍感だからだよ、と喉元まで出かかった言葉を、フォークで転がしていたブロッコリーを口に入れて抑え込んだ。あまり味のしないそれを咀嚼していると、美玖が「よし、分かった」と言って、フォークの先を私に向けた。
「な、なに?」
「これからは、四人で過ごす時間を増やそうよ。去年までは私たち三人だけだったでしょ? でも今年から悠夏も一緒にいるようになって、いつの間にか『柊と悠夏』『私と真希』っていう区切りができちゃってたんだと思う」
「区切り?」
「うん。柊と悠夏は地元からの知り合いだし、私と真希は一緒に住んでるから。柊が嫉妬しちゃうっていうことは、心のどこかで『悠夏は私のもの』みたいな想いがあるんじゃないかな。それは、なんとなく私たち四人が二人ずつに区切られてるからだと思うんだ。もう半年以上そんな状態で過ごしてきた中で柊がちょっとだけ地元に戻ったタイミングで、その区切りが少し緩くなったのかも。柊は私たち三人よりもその変化に敏感なんだと思う。真希とか私が悠夏と仲良くしているのを見て、区切りが壊されたように感じてるんじゃないかな。だから、そんな区切りは無くそうよ。四人でいる時間をもっと増やすようにしてさ。そうすれば、柊のそんな気持ちも治まっていくんじゃないかな」
確かに私は、美玖と真希を「二人で一人」のような存在と考えているところがある。去年までは三人で過ごしていて「二人とも仲が良いな」と思うくらいだったけど、自分も悠夏とよく一緒にいるようになった私は心の何処かで、二人と同じように私も悠夏と「二人で一人」になれる事を期待していたのかもしれない。
美玖と真希が悠夏と仲良くしていると、私だけが取り残されるような気がして不安だったのかもしれない。
でも、美玖と真希だって大切な友達だ。美玖の言う通り、区切りなんて無い方がいい。「四人で一人」になればいいんだ。
「......美玖って、たまに良いこと言うよね」
「たまにって......ひどくない?」
「冗談だって。美玖に頼ってよかったかも。もし今日美玖と話してなかったら、このまま嫉妬し続ける自分を嫌いになってたと思う。でも、なんとなく自分の気持ちの落としどころが分かった気がする。ありがとう」
「いいえ。柊がご飯を奢ってくれるんだから、私も少しは役に立たないとね」
「......奢るなんて言ってないけど」
「そうだっけ?」
ニヤリと笑った美玖に、どこか安心している自分がいた。やっぱり美玖には真面目な雰囲気は似合わないな。私の方から相談しておきながらそんな事を思うのは、あまりにも自分勝手かもしれないけど。
「まあ、いいか。相談に乗ってもらったお礼。それに私、美玖に誕生日プレゼントあげてなかったから」
私がそう言うと、美玖は突然何かを思い出したようにバッグの中を探り、スマホを取り出した。
「なに?」
「悠夏が私にくれた誕生日プレゼント。写真見せてあげる」
ほら、と言って見せてくれたスマホの画面には、笑顔でピンクのパジャマを着た美玖が写っていた。
「これ?」
「そう。これモコモコしてて、温かくて気持ちいいの。しかも悠夏、真希にも同じやつをプレゼントしてくれたんだよ。お揃いで着てねって。でも真希は恥ずかしがって、なかなか着てくれないんだよ」
「へぇ......」
「あ、そうだ。もうすぐ柊も誕生日だよね。プレゼント、何が良い?」
「なんでもいいよ」
「それがいちばん困るんだけど」
「本当になんでもいいって。プレゼントを貰えるだけで嬉しいから」
あと二週間ほどで私の誕生日がくる。
悠夏が家に来てくれる日。
長い時間を二人きりで過ごすことができると思っていたけど。
美玖から言われた言葉をもう一度思い浮かべる。
「四人で過ごす時間を増やそうよ」か......
悠夏も、その方が楽しかったりするかもしれない。
「ねえ、美玖」
「なに?」
「今度、私の誕生日に悠夏が家に来るんだけどさ。美玖と真希も来ない?」
「え、いいの?」
「うん。四人で過ごす時間を増やしたいから」
「わかった!家に帰ったら真希に言ってみる!いよいよ、柊とお酒を飲める日がくるのかぁ」
「そう言う美玖だって、まだ二十歳になったばっかりでしょ」
そう指摘しても美玖は「私の方が大人だもん」なんて呟きながら、水の入ったコップを持ち上げて「かんぱーい」と言って笑っている。
これで良いんだ。
私もほとんど中身が残っているコップを持ち上げて、美玖が持つコップにコツンと当てた。ひと口水を飲んだ美玖に、今日の会話について念のため確認しておく。
「ねえ、美玖。私がこういう話をしたって、悠夏と真希には言わないでほしいんだけど」
「どうして?」
「どうしてって......恥ずかしいじゃん」
分かってるよ、と言った美玖がニヤケていたのは不安だけど、信じるしかない。
*********
アパートに帰った私は、部屋全体をぼんやりと眺めながら、この部屋に3人が来る日のことをイメージしていた。
ここに四人は少し狭いよね。
壁も薄いから、美玖が大騒ぎしないように注意しないと。
真希はその辺りの常識はありそうだから大丈夫か。
悠夏は......どうなんだろう。
本当は、悠夏が泊まってくれるはずだったんだけどな。
自分で決断したとはいえ、やっぱりまだ名残惜しい。
そこまで考えたところで、美玖と真希も来ることをまだ悠夏に連絡していないことに気がついた。
この未練を断ち切るためにも、すぐに連絡した方が良いだろうと思ってスマホを取り出すと、美玖からメッセージが届いていた。
『ごめん。真希に確認したら行っちゃダメって言われた』
『悠夏と二人で楽しんで』
私しかいない部屋の隅で、思わず「ええ?」と声が出た。
ようやく決心しようとしていたのに。
残念な気持ちと安堵感が私の中でぶつかり合い、何とも言えない感覚に襲われる。
『仕方ないね』と返信してからスマホの画面を消す。
そこに反射する私の口元は緩んでいた。
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