海の見える場所? 後編(悠夏パート・現在⑤)
カフェを出た由香里さんはすっかり昔を思い出したのか、「電車に乗らない?」と言い出した。
「電車ですか?」
「うん。近くの駅から二駅くらい乗ると、いい場所があるんだ」
「いいですよ。今日は由香里さんにとことん付き合います」
歩いて駅まで向かい、そこから電車で五分程度。駅を出ると、目の前には相変わらず砂浜が広がっていた。
「ここですか」
「そう。ここは海水浴場じゃないから、浜辺をのんびり散歩できるの」
そう言うと、由香里さんは嬉しそうに砂浜へ降りた。
確かにここは人が少なく、純粋に海の美しさが目に飛び込んでくる。海面に反射する陽射しがキラキラしている。
「綺麗ですね」
「でしょ?あ、写真撮ってあげる」
「い、いいですよ」
「遠慮しないで。ほら、スマホ貸して。柊ちゃんに送ってあげなさい」
「......じゃあ」
海を背にして、由香里さんが構える私のスマホに向かって立つ。「なんかポーズ取ってよ」と言われたけど、恥ずかしかったので手を後ろで組むだけにした。
こうして由香里さんに撮ってもらった写真をその場で柊に送ろうと思いついた。柊とのやり取りが並ぶメッセージアプリを開くと、由香里さんが画面をのぞき込んできた。
「写真だけにしておきなさい。言葉はなしで」
「どうしてですか?」
「柊ちゃん、嫉妬しそうだから。面白そうじゃない」
「え?嫉妬?」
「いいから。とりあえず、写真だけ」
その言葉に従い、写真だけを送った。
しばらく浜辺を歩いた後、電車で駐車場まで戻った。
「疲れたな。悠夏ちゃん、運転代わって」
「免許もってませんって」
「じゃあ、電車で帰る?」
「運転してくださいよ」
「はぁ、仕方ない」
由香里さんが渋々運転席に乗り込んだのを確認してから、助手席に座る。
「じゃ、行きますか」
「お願いします」
ゆっくり車が動き出した。時間を確認しようとスマホを見ると、柊から返信が届いていた。
『海に行ったの?』
『誰と?』
『一人で?』
『ねえ誰が撮ったの?』
『おーい』
私が気付かない間に、柊は何度もメッセージを送ってきていた。
「柊からすごい量の返信が来てます」
信号待ちの間に画面を見せた。それを見た由香里さんは「やっぱりね」と笑った。
「言ったでしょ?嫉妬するって。でも想像以上だったな。柊ちゃん、思ったより悠夏ちゃんに依存してるわね」
「い、依存?」
「柊ちゃんはあなたがいないときでも『今日、大学で悠夏が~』とか楽しそうに私に話してくるから。悠夏ちゃんが地元に帰省しないって知ったときもかなり落ち込んでたし」
「そ、そうですか......」
「私がこのことを話したって柊ちゃんに言わないでよ?私が怒られるから」
「分かりました」
「彼氏と来たって返信してみたら?ますます嫉妬すると思うよ」
「ぜ、絶対しません!」
私の反応にニヤニヤしている由香里さんの横顔をスマホのカメラで撮影する。
「ん?撮った?」
「撮りました。柊に『由香里さんに無理やり連れ出された』って送ります」
「ちょっと。私が怒られるじゃない」
「もう遅いですよ」
由香里さんの写真とメッセージを柊に送信した。するとその直後、今度は由香里さんの携帯が何度も鳴る。
「ああ。絶対に柊ちゃんだ。確認するの早すぎ」
「ですね」
「面倒だな」
「誰が始めたことですか」
由香里さんはスマホをマナーモードにして、後部座席に放り投げた。
私が海にいる写真を送っただけで、柊がこんなに反応してくるなんて。確かに少し過敏な気もするけど、それに対しては全く嫌な気はしない。むしろ、柊もそこまで私を気にしてくれているということが嬉しくなってしまう。
柊からの返信ラッシュも治まった頃、外は綺麗な夕焼けになっていた。
「綺麗な色ですね」
「ほんと。漫画みたいな色ね」
「今日、楽しかったです。ありがとうございました」
お礼を言うと、由香里さんは嬉しそうな表情を浮かべながら「いいえ」と軽く頭を下げた。
「悠夏ちゃん」
「なんですか?」
「人生の先輩としてアドバイスなんだけど」
「はい」
「せっかくできた大事な友達は、一生手放しちゃだめよ。少しでも距離を置いちゃうと、また前みたいに近づくのは難しいから」
その言葉が、グサリと私の心に突き刺さった。
私は、柊と一緒にいられるのは今のうちだけだと思っていた。いずれ柊は私より先に社会へ飛び立ち、どんどん大人になっていく。そしてすぐに彼氏ができて、いつかは結婚して子供が生まれたり。私は着実に人生を歩んでいく柊に、今と同じようについていける自身がなかった。
昔と何も変わっていないな。
中学時代、湊美たちがどんどん成長していくことに寂しさを覚えていた。高校でも、朱里たちが恋愛の話ばかりするのを避けていた。私は、友達が大人になっていくことを寂しく思うばかりで、自分は成長しようと思わなかった。結果的に友達を失い、孤独感に苛まれることになった。
そんな中、手を差し伸べてくれたのが柊だった。忘れようとしていた感情が再び大きくなり、柊のことで胸がいっぱいになった。そんな中で柊はずっと私と一緒にいてくれているし、柊も私を「特別な友達」だと言ってくれた。そんな柊と、私はこれからもずっと一緒にいたいと願っている。
それなのに私は、そんな柊が離れていく未来を想像して怖気づいている。自分の気持ちが届くことはない一方で柊がどんどん先の人生を歩んでいくことが怖くて、ずっと一緒にいたいという気持ちをまたいつか忘れようとしていた。
でも、由香里さんの言う通り。一度離れてしまえば、もう一度近づくことは難しい。柊と東京で再会してここまで近づくことができたのは、昔の私たちがそこまで深く知り合っていなかったからだ。ここから柊と距離を置くなんて、考えたくない。それが私の本心だ。
「分かりました。大切にしたいと思います」
「うん。私みたいに、後悔はしちゃダメよ」
由香里さんは真っすぐ前を見ながら笑顔を浮かべた。いつもの悪戯心満載の笑顔ではなく、優しさに包まれたような柔らかい笑顔だった。
由香里さんのカフェの前まで戻って来た頃には、すっかり陽が沈んでいた。
「家まで送らなくていいの?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「さて。これから柊ちゃんに言い訳しないと」
そう言い残して由香里さんは車で走り去っていった。車が見えなくなった後で、駅に向かって歩き出す。スマホを確認すると、柊から更にメッセージが届いていた。
『由香里さん電話に出ないんだけど』
『大丈夫?』
『返事してよ』
そんなに心配してくれているのか。少し柊に悪い気がしてきて、電話をかけてみる。
「もしも......」
『悠夏!大丈夫?由香里さんに変なことされてない?』
「へ、変なことってなに?」
『カフェで強制労働させられたりとか』
「そんな訳ないでしょ。カフェは休みだし。海に行って、ご飯食べて帰ってきただけ。楽しかったよ。由香里さんが電話に出れなかったのは運転してたから」
『まったく。あとで由香里さんにお説教だ』
「大袈裟だよ」
『大袈裟じゃない!私が悠夏と旅行に行くはずだったのに』
「いや、旅行は行くでしょ?」
『私が先に行きたかったの!』
「ご、ごめん」
『わかった。私たちも海に行こう。悠夏の誕生日に、海の見える場所に行こう』
声の調子が、美玖さんと真希さんの引っ越しを知ったときの声に似てきた。柊の嫉妬モードだ。今度はそれが私に向けられている。そう意識した途端、ドキドキしてしまう。
「う、海ね。分かったから」
『じゃあ、良い場所を探しておくから!明後日にはそっちに帰るから!』
「う、うん」
『じゃあね!』
そう言って電話は切れてしまった。
私の方から電話をかけたはずなのに、なんだか圧倒されてしまった。
柊と海が見える場所二人きり......
今年の誕生日は一生の思い出になりそうだな。
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