繋ぎたい 後編(柊パート・現在⑤)

ファミレスに入ると、既に悠夏は席に座って待っていた。


「お待たせ」

「私も今来たばっかりだよ」


いつもと同じように悠夏と向かい合って座る。一緒に歩くときも、学食でお昼ご飯を食べるときも、カフェでコーヒーを飲むときも、基本的に私たちは隣同士に並ぶ。このファミレスは、私と悠夏が向かい合って座る貴重な場所だ。


「たまには、いつもと違うメニューにしてみようかな」


何度かここに来ているが、いつも私はカルボナーラを食べる。「そんなにカルボナーラが好きなの?」と悠夏に笑われても、決まってカルボナーラ。そんな私が突然こんなことを言い出したので、悠夏が驚いているようだ。


「どうして?」

「ほら、今日の真希の話だよ。思い出作りっていうことを意識したら、ここだっていつ来れなくなるか分からないなと思って。チェーン店だし、どこのお店でも同じ味、同じ雰囲気だとは思うけど。やっぱりここは私にとって特別なんだよ。だから、色々食べておこうと思って」

「なるほど......じゃあ私も食べたことないものにしようかな。柊は何にするの?」

「悠夏と同じものにする」

「じゃあ......カルボナーラ」

「え、えぇ?」

「だって私は食べたことないもん」


目の前で悠夏が楽しそうに笑っている。


「仕方ないな。じゃあ、一緒にカルボナーラ食べよう」


私たちは二人分のドリンクバーとカルボナーラを注文した。


 美玖と真希のマンションについての感想を話しながらカルボナーラを食べていると、あっという間に二人とも食べ終わってしまった。それからもドリンクバーのおかわりを繰り返し、長い時間話し込んでしまっていた。


 「そろそろ出ようか」と言おうとした時、悠夏が「あ......」と何かを言いたそうにしていることに気付いた。


「どうしたの?」

「えっとね......訊きたいことがあって」

「うん。なに?」

「柊って、夏休みの予定って何かあったりする?」


なんだ、そんなことか。


「いや、特にはないよ。いつも通りバイトはあるけど。あとは、お盆に実家に帰るくらいかな」

「ああ、お盆ね......」

「うん。実家に帰って、それから妹を連れて帰ってくるの」

「妹?」

「そう。今ちょうど高三で受験生なの。東京の大学に入りたがってるから、うちの大学のオープンキャンパスに来たら?って誘ったんだ。お盆終わりに連れてきて、五日くらい家に泊まる予定」

「そうなんだ......」

「悠夏も地元に帰るでしょ?」


そう訊くと、悠夏は少し間を空けてから首を横に振った。


「帰らないの?」

「うん。今はまだいいかなと思って」

「実家に帰らなくていいの?」

「お母さんに帰らないって連絡したら寂しがってた。でも、なんとなくまだ帰りたくないんだ」


一緒に帰れると思い込んでいたので寂しいが、悠夏なりの考えもあるだろうから、それ以上は深く訊くことはしないことにする。


「そっか。それで、どうしたの?」

「え?」

「いや、夏休みの予定を訊かれたから」

「ああ、うん。これも今日の真希さんの話に通じるんだけど」

「うん」


悠夏は私の目をまっすぐ見たまま、こう言った。


「旅行とか、どうかなぁと思って......」

「旅行?」

「うん。柊は来年三年生だし、いろいろ忙しくなるだろうから。一緒に旅行に行くなら今年しかないと思って......」


旅行か。確かに、去年行った美玖と真希と三人での旅行で、私たちの距離は一気に近づいたような気がする。そこに悠夏も加われば、四人にとって最高の思い出ができるかもしれない。それに悠夏の言う通り、私たち三人の来年の夏休みは忙しくなるだろう。


「いいね!ぜんぜん思いつかなかった。行こうか」

「いいの?」

「もちろん。せっかくの夏休みだもんね」

「よかったぁ......」


よかった......って?


「なに?私が断ると思ったの?」

「少し不安だった......」

「そんな訳ないじゃん。私も行きたいよ。去年は美玖と真希と三人で行ったんだよ」


それを聞いた悠夏の表情がスッと変わった。そんなに驚くことだろうかと疑問に思いつつも、去年の旅行について話をした。


「え、そうなの?」

「うん。言ったことなかったっけ?三人で大阪に行ったんだよ」

「そ、そうだったんだ......」

「また大阪行きたいな。美玖と真希にも連絡してみようか?」


スマホを取り出して、二人に連絡を取ろうとメッセージアプリを開こうとした瞬間。


「待って!」


悠夏が身を乗り出して、スマホを持つ私の手を掴んだ。


「な、なに?」


ごめん、と呟いた夏は手を離して座席にもたれかかった。そして少し俯いたまま、小さな声で言った。


「二人で行きたい」

「え?」

「二人だけで行きたい。柊と私の二人だけで......」


ああ......なるほど......


「もちろん美玖さんと真希さんが嫌な訳じゃないよ。あの二人も一緒なら楽しいのは間違いないと思うし、思い出にもなると思う。でも......」


悠夏は私の反応を伺うように、上目遣いでこちらを見ている。その眼からは不安が溢れ出している。


不安そうな顔をして私を二人きりの旅行に誘ってくる悠夏が、いつもよりも小さく見えた。


そんなに、私と旅行に行きたいと思ってくれているのかな。


......可愛いな。


それを意識した途端、急に恥ずかしくなった。自分の顔がだんだん熱くなってくるのが分かる。残り少なくなっていたアイスコーヒーを飲み干して、返事をした。


「分かった。二人で行こう」


そう言うと、悠夏は顔を上げて一気に明るい表情になった。


「いいの?」

「もちろん。私も柊と二人で行きたい。美玖と真希は引っ越すことを私たちに黙ってたんだから、私たちだって黙って旅行しちゃおうよ。そうだ、悠夏の誕生日って夏休み中だよね?」

「う、うん」

「ちょうどいいね!悠夏の誕生日に行こうよ」

「ほんと?ありがとう!」


そう言った悠夏がニコリと笑った。


笑顔の悠夏と目が合った瞬間。



キュンとしてしまった。



そして、たまらなく悠夏の手を握りたくなった。


でも今は、テーブルを挟んで向かい合っている。


試しに、右手を差し出してみる。


「なに?」

「えっと......握手しよう。約束の握手」


苦し紛れの言い訳。それでも悠夏は「なにそれ?」と笑いながら、私の手を握ってくれた。


「はい。約束だよ」

「うん。約束」


昼間と同じように、また握った手が汗ばんでいる。


いや、今度は私の手かもしれない。


この胸の高鳴り。


悠夏の誕生日に、二人きりで旅行......


さっき飲み干した少しのアイスコーヒーくらいではどうにもならないほど、私の気持ちは高揚している。



*********



 実家に帰ってから二日が経った。昼過ぎに奈月から連絡があり、高校時代にバイトをしていたカフェに呼ばれた。入口から覗くと、奈月がただ一人でポツンと座っていた。


「今日、休みでしょ?なんで入れるの?」

「マスターから鍵を渡されてるの。もう長いからね」


私よりも前からここでバイトをしている奈月はマスターからも信頼されているらしく、たまに代理で店を仕切ることもあるという。それなりに広いお店の中で私と奈月は二人きり、久しぶりの再会を喜んだ。


 東京からのお土産を渡すと、奈月も「はい、お土産」と言ってお菓子とオシャレな小袋を渡してきた。


「ありが......ん?どこのお土産?」

「北海道」

「ああ、沙紀さんのところに行ったんだ」

「そう。夏休みに入ってすぐに。去年は沙紀がこっちに帰ってきたんだけど、今年は北海道に残るっていうから。私の方から向こうに行ったの」


奈月は笑顔で話していたけど、少し寂しそうに見える。きっと、恋人が地元に帰らないという選択をしたことが気がかりなのだろう。悠夏は恋人ではないが、私にもその気持ちは分かる。


「私もね、偶然同じ大学に入った中学校の頃の友達がいて、てっきり一緒に帰って来られると思ってたんだけど。まだ帰りたくないって言われちゃって」

「ふーん。あれ、中学の頃は友達いなかったんじゃないの?」

「ああ......まあ、中学の頃は友達じゃなかったかな。東京で会って、やっと友達になれた感じ」

「そんなこともあるんだね」

「うん。私もびっくりした」


奈月に悠夏のことを話したのは初めてかもしれない。そう思いながら奈月がくれた小袋を開けると、小さなチューブが入っていた。英語で何か書いてある。


「何これ?"LIP"って、リップクリーム?」

「みたいな感じ。唇につける美容液なんだって。北海道で作られてるの」

「へえ。なんか、私には勿体ない気がするな」

「そんなことないでしょ。どれだけ自己評価低いの」

「別に低くはないと思うけど。でも、ありがとう。大事に使います」


 それから奈月は、コーヒーを淹れてくれた。東京へ出てからは由香里さんのコーヒーばかり飲んでいた私には新鮮だった。


「他の人が淹れたコーヒーを飲むの久しぶり」

「来年は私が東京に行こうかな。柊がバイトしてるカフェにも行きたいし」

「そんな余裕あるの?就活の準備とか大丈夫?」

「大丈夫。私、就活しないから」

「ああ、そっか」


奈月は「自分のカフェを開く」という夢を持っている。ここでのバイトの経験と、喫茶店を営むご両親からのアドバイスを受けながら夢に向かって頑張っているようだ。


「私がバイトしてるカフェも女の人が一人でやってるから、もしかしたら参考になるかも」

「格好いいなぁ。まさに私が憧れるマスターだよ」

「全然、子供っぽい人だよ。それと、女の人でも『マスター』になるのかな」

「ああ、どうなんだろう。柊はどう呼んでるの?」

「普通に名前。由香里さんっていうんだけど」

「じゃあ、私もカフェ開いたら『奈月さん』って呼んでもらおう」


カフェを切り盛りする奈月がアルバイトの子から「奈月さん」と呼ばれている姿を想像する。結構似合うんじゃないかな。


「柊は、やりたい仕事とか見つかった?」

「うーん。さっぱり。そろそろ考えないといけないのは分かってるんだけど」

「学校の先生とかは?柊、勉強できるし」

「もう遅いよ。ちゃんと教職課程の授業を取らないと」

「そっか。まあ、柊ならどんな仕事でもできると思うよ」

「そうかなぁ。もし就職できなかったら、奈月のカフェで働かせてもらうね」

「ええ?そんな余裕ないと思うけど」

「いいじゃん。私も経験豊富ですよ?奈月さん」


「そうだろうけど」と笑った奈月は、飲み終わった私のコーヒーカップを持ってカウンターへ下げてくれた。カップを洗っている奈月を見て、自分の夢に一生懸命になれるっていいなと思った。奈月の夢を応援したいし、きっと奈月は自分の夢を叶えると信じている。それが楽しみな一方で、その時の私はどうなっているのか不安にもなる。考えるほど不安の渦にのめり込んでしまうから、とにかく今は楽しめることを楽しんでおこう。


 そう思ったら、ふと頭に過ぎった。


 ここに悠夏がいてくれたら、もっと楽しかっただろうな。


 今頃、何してるかな。


 そう思った瞬間、スマホの通知音が鳴った。開くと、タイミングよく悠夏から写真が送られてきていた。綺麗な海をバックに悠夏が笑顔で立っている写真だ。


 悠夏、海に行ってるんだ。美玖も真希もそれぞれ地元に帰っているから、東京で一人残った悠夏が少し心配だったけど、楽しそうでよかった。


 『綺麗な海だね!』と打ち込み、送信ボタンを押す寸前。私の指が止まった。


 この写真、誰が撮ったんだろう。

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