繋ぎたい 前編(柊パート・現在⑤)
調子に乗りすぎてしまったかもしれない。
美玖と真希のことで気持ちが沈んでいた私を、悠夏が励ましてくれた。悠夏の言葉であの二人が自分にとって大切な友達だということを再認識することができた。それと同時に、悠夏も私にとって大切で特別な存在だということを改めて実感した。他の友達とは違う、特別な友達。
悠夏は唯一、殻に閉じこもっていた頃の私を目の当たりにしている友達だ。それが理由なのかは定かではないが、悠夏と二人きりでいる時が最も自然体の自分になっている気がする。まるで全てを脱ぎ捨て、心を裸にしているかのように。それは私が無意識のうちにそうしているのか、悠夏がそうさせているのかは分からない。それでも、悠夏の存在が私の心に何らかの影響を及ぼしているのは間違いない。
そのことに気付かされた帰り道。悠夏とお互いに「特別な友達」だと確認できたことが嬉しくて、つい手を握ってしまった。悠夏は驚いていたけど、私は構わずに繋いだ手を離さなかった。
中学時代に、悠夏が友達の女の子と手を繋ぎながら廊下を歩いたりしているのを何度か見かけたことがあった。高校でも、女子生徒同士が手を繋いでいる場面をよく目撃した。心のどこかで、そんな関係に憧れていたのだと思う。気軽に手を繋げるような関係。繋がれた手で、心の繋がりを体現できるような関係に。
悠夏と別れてから冷静になり、反省した。動揺する悠夏の表情と声が何度も頭に浮かんで恥ずかしくなった。手を繋ぐことは受け入れてくれたけど、それから悠夏は黙ってしまった。少し焦りすぎたかもしれない。悠夏に気持ち悪がられないよう、気を付けなければ。
*********
「ネジが足りない!」
「美玖さん、後ろに転がってるよ」
隣の部屋から、悠夏と美玖の会話と物音が聞こえてくる。それを聞きながら、真希と二人でベッドの上に座って部屋を見渡していた。
夏休み前最後の日曜日、私と悠夏は二人の引っ越しを手伝いに来ている。初めてそのマンションを訪れると、想像以上に綺麗で広いマンションだった。六畳の洋室が二部屋の2LDKで、白が基調のデザインで清潔感がある。聞くと、まだ建ってから二年程しか経っていないらしい。それでいて家賃は二人で折半すると前のアパートよりも少し高くなった程度の額で、大学から遠いことを除けば良い物件を見つけたなと感心してしまった。
「良い家じゃん」
「うん。内見に来てみたら、ネットの写真で見るよりも綺麗でさ。すぐ決めたよ」
「大学生が住むには、ちょっと綺麗すぎるくらいだね」
「いいじゃん。大学を出た後はどうなってるか分からないし。今のうちにできる、思い出作りみたいなものだよ」
思い出作りか。確かに、大学に入学してから今まではあっという間だった。もうすぐ折り返しを迎える大学生活も、いつの間にか過ぎてしまうのだろう。こうやって四人で集まるのも、そのうち難しくなっていくのかな。それなら、残された大学生活を少しでも楽しまなければ。
「思い出作り、私も何かやっておきたいな」
私がそう言った瞬間、隣の部屋から二人の叫び声が聞こえた。ドタドタと足音が聞こえた直後、私たちがいる部屋のドアが勢いよく開いた。
「ごめん真希!ドライバーで床に傷つけた!」
「はあ?初日だよ?」
「ごめんって!」
真希は呆れながら、美玖の部屋に向かった。苦笑いしながら彼女を目で追っていると、その奥から入れ替わる形で悠夏が入ってきた。
「大丈夫かな、あの二人」
「まあ、いつもあんな調子だしね」
悠夏は私の隣に腰を下ろした。
「美玖さん、すごく楽しそうだった。ワクワクが隠せてないよ」
「真希はいつもと変わらないけど、きっと楽しみなんだと思うよ」
「そう。さっき聞いたら、引っ越そうって提案したのは真希さんなんだって」
「え、そうなの?てっきり美玖がわがままを言ったのかと思ってた」
「私もそう思ってたんだけど、さっき机を組み立てながら美玖さんが嬉しそうに言ってたの。『真希が二人で住もうって言ってくれたんだ』って」
真希の「思い出作りみたいなものだよ」という言葉を思い返す。この同居を真希から提案したと知ってから改めて振り返ると、この言葉を言った真希の表情は確かに嬉しそうだった気がしてくる。
「真希が言ってたよ。思い出作りなんだって。いつまでここに住めるかも分からないからって」
「......そうなんだ」
「ああ見えて、真希も美玖が大好きなんだろうなぁ。恥ずかしくて表には出さないんだろうけど」
「......ねえ、柊」
悠夏の声のトーンが少し変わった気がする。
「なに?」
「今日の夜、一緒にご飯食べない?」
なんだ、夕食の誘いか。
「いつもの場所?」
「でいいよね?」
「いいよ。七時頃でいい?」
「うん」
「オーケー。七時にファミレスね」
あのファミレスにも、なるべくたくさん行っておきたいな。思い出作りに。そう言おうとすると、また悠夏が口を開いた。
「柊」
「なに?」
「......手、繋ぎたい」
悠夏は自分の左手を右手で摩りながらモジモジしている。その姿に思わず顔が緩んでしまう。
心配する必要なかったな。手を繋ぎたいと思うのは、私だけじゃなかったんだ。でも、なんで今?
「はい。どうぞ」
生越不思議に思いつつ右手を差し出すと、悠夏はコクリと頷いて左手を重ねた。隣の部屋で作業をしていたからか、悠夏の手が少し汗ばんでいるように感じる。
隣の部屋から美玖と真希の会話がうっすら聞こえてくる中で、私たちは黙って手を繋いでいる。私がイメージしていた女子友達同士が手を繋ぐ場面というのは、楽しそうに遊んでいるときや、隣同士で並んで歩いているときだ。でも、今の私たちは部屋で二人で、何も言わずに手を握っている。
なんか、ちょっと違う気がするんだけど。
これじゃあ、まるで......
「ねえ!私たちコンビニ行くけど、お昼ご飯に何か買ってこようか?」
そう言いながら美玖がこちらへ近づいてくる足音が聞こえて、私たちは急いで握っていた手を離した。
「あ、えーっと......」
「わ、私も行く!美玖さん、一緒に行こう」
「いいよ。柊は?」
「わ、私は真希と残ってる」
「分かった。じゃあ悠夏、行こう」
「うん。しゅ、柊は何かいる?」
「じゃあ......おまかせで」
私がそう言うと悠夏は、まるでこの部屋から逃げるように急ぎ足で出て行った。その背中を見て、ついさっきの私たちを思い出す。
美玖の声が聞こえた途端に慌てて手を離して、どういう訳か互いに目を背けた。別に目撃されても何も問題はないはずなのだが、二人とも「見られたらマズイ」と直感したのだろう。
見られても問題はない......はず。でもきっと、これからもあの二人の前では手を繋ぐことはないような気がする。上手く表現できないけど、あの二人には見せたくない。
真希も家に残っていたことを思い出して隣の部屋に入ってみると、真希は組み立てたばかりの美玖のベッドの上で、両手を頭の後ろで組みながら横になっていた。
「真希さーん」
声をかけると、真希は少しびっくりして「いたの?」と笑った。
「うん。なに?疲れたの?」
「まあ、うん。疲れたの」
「大丈夫?これからずっと美玖と一緒なんだよ?」
「大丈夫じゃないかも」
笑顔でそう言った真希は、やっぱり嬉しそうだ。
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