私は、そうなの? 前編(悠夏パート・過去④)

「最近、元気ないね」


朱里あかりにそう指摘されたのは、高校の冬休みが明けてから二週間ほどが経過した頃だったと思う。


「そうか?いつも通りだろ」


そう言う秀太に海斗も頷く。私も「そんなことないよ」と二人に同調したが、実際のところは確かな心当たりがあった。


 クリスマスイヴの夜。煌びやかなイルミネーションの下で目撃した香月さんと、おそらく彼氏である人。あの場面が頭から離れず、何度消そうとしてもまたすぐ鮮明に浮かび上がってきてしまい、その度に私の心は暗く沈んだ。それまで通り高校で朱里たちと話していても、心から楽しむことはできていなかった。

 

 香月さんと電車で会わなくなったのは、香月さんが彼氏と一緒に帰るようになったからだろう。以前より香月さんと近づけた気はしていたけど、まだまだお互いの連絡先も知らないような関係で、彼氏ができれば当然私のことなんてすっかり忘れてしまうだろう。最後に会った日のあの会話で、私と同じように香月さんも会いたがってくれているのではないかと考えた私が子供だった。私たちはどこまでいっても、所詮は中学校の同級生というだけの関係なのだ。考えれば考えるほど、私の気持ちは落ち込んでいった。


「何か悩んでることとかないの?」

「ないって。大丈夫」


そう笑ってみても、朱里は心配そうに私を見ていた。


 それから間もなくして、私は高校近くのコンビニでアルバイトを始めた。別にお金を稼ぎたかったという訳ではない。バイトを始めたのは、帰りの電車を遅らせる理由が欲しかったからだ。


 部活も何もしていなかった私は、何か特別な理由がない限りは毎日同じ時間の電車に乗っていた。曜日によって香月さんと遭遇していたのもその時間だ。しばらく香月さんとは会えていなかったが、この時間に乗っていると香月さんと彼氏が二人で乗ってくる可能性もあるだろうと考えた。香月さんが彼氏といる場面をもう見たくない。その状態で香月さんと遭遇して彼氏を紹介されたりなどしたら、どのように振舞えばいいのかも分からない。あれだけ会いたがっていた香月さんを、私は意図して避けるようになっていた。


 朱里の家に泊まったときに、彼女が言っていたこと。


 恋をすると、一緒にいるだけでドキドキする。


 恋をすると、その人のことが頭から離れなくなる。


 香月さんと私は女の子同士で、そんなことはあり得ない。そう思っていたのだけど、香月さんに彼氏がいるということを知った途端に自分が落ち込んでいることを考えると、その可能性は高いかもしれないと感じ始めていた。


私は、香月さんに恋をしているの?



*********



「ねえ、今日はバイトないよね?」


学校から帰ろうとしていた時、朱里にそう訊かれた。


「うん。ないけど」

「ちょっと遊んでから帰らない?」

「うん。いいよ」


バイトのない平日は、それまでと同じ電車に乗らなければいけなかったから、むしろありがたい誘いだった。いつもとは逆方向の電車に乗り、朱里が行きたいと言うショッピングモールへ向かった。


 ショッピングモールの中は、私たちと同じように学校が終わってから遊びに来た高校生で溢れていた。私は特に行きたい店もなく、朱里にずっと付いて回っていた。楽器や雑貨、服など目的の店を巡ったが、朱里は何も買うことはなかった。散々歩き回った私たちは、モールの中に入っているファストフード店に入ってひと休みすることにした。朱里はオレンジジュースとポテト、私はバニラシェイクだけを注文して席に座った。


「ねえ、やっぱり元気ないよね?どうしたの?」


ひと息つくとすぐに、朱里がそう言った。


「だから大丈夫だって」

「じゃあ自分では気づいてないのかもしれない。悠夏、元気ないよ。今日も私が話しかけても、ただ苦笑いするだけで、特に自分が行きたいところとか何も言ってこないし」


朱里の表情は、本気で心配してくれているように見えた。ここは正直に相談した方がいいのかもしれない。そう感じた私は、細かい部分は伏せながらも、話してみる事にした。あわよくば、香月さんに対する私の気持ちが間違いだということをはっきりさせることができるかもしれないと思った。


「うん。ごめん、元気ないかも。最近、ちょっとだけ嫌なことがあって」

「そっか。どんなこと?言いたくなかったら無理しなくていいよ」

「......あのね。中学校の同級生と電車で偶然会ったことがあって。それからたまに、一緒に電車で喋りながら帰ってたんだ。中学校の頃から友達になりたいと思ってたんだけど、あまり上手くいってなかったの。それが高校に入った今、距離がぐっと縮まった気がして。連絡先を交換できるかなとか、一緒に遊びに行けたりするのかな、とか思ってたんだ。だけど、急に会えなくなっちゃって。いつかは会えるだろうとは思ってたんだけど、全然会えなくて」

「うん」

「そうしたら最近、その......その人に恋人がいることが分かったの」


ジュースのストローを口元まで近づけていた朱里の動きが止まった。


「その人がデートをしてる所に遭遇しちゃって。まあ、一方的に私が見かけただけなんだけど。それから、その光景が頭から離れなくて。考える度にどんどん落ち込んじゃうんだよね」

「うん......」

「前に朱里に訊いたことがあったでしょ?恋するとどうなるのって。そうしたら朱里は、『一緒にいるだけでドキドキする』とか、『その人のことが頭から離れない』って言ったよね」

「うん。言った」

「その時はまだはっきり気づかなかったんだけど、私がその人に対して持っている気持ちってそんな感じなの。電車の中で会えると嬉しくて、隣に座って喋っているだけでドキドキして。家に帰ってからも、会えなかった間もずっとその人のことが頭から離れなくて。これって......その人のことが好きなのかな?」


初めて、香月さんに対する気持ちを声に出した。私のその言葉を聞いた朱里は、どこか嬉しそうに、でも私に同情しているような悲しい顔にも見える、複雑な笑顔を浮かべてこう言った。


「そうだと思うよ」


やっぱりそうなんだ。朱里にそう言われた瞬間、私の心はにスッキリしていた。ずっと引っ掛かっていた物が取れたような感覚だった。


「そうなんだね。やっぱり、これがそうだったんだね。ということは私、失恋したってことかな」

「......そうだね」

「失恋した後に自分の片想いに気付いたんだね、私。変なの」

「大丈夫?」

「うん。大丈夫だと思う」

「そう。また何かあったら相談してくれていいからね」

「ありがとう」


自分の気持ちをはっきり理解することができた。これで、もう諦めがつくだろうと思っていた。香月さんのことは忘れて、また楽しく過ごしていけるだろうと。


その諦めた恋心によって、後々あんな事が起きるとは想像もしていなかった。



*********



 二年生でも朱里とは同じクラスになることができた。秀太と海斗は違うクラスになったが、それまでと変わらず学食で集合して、一緒に昼食を食べていた。十七歳という年頃のせいか、もしくは私が恋心というものを経験した直後だからかは分からないが、以前にも増して恋愛の話題が多く挙がるようになったように感じた。初めのうちは、私に気を遣ってか朱里はあまり彼氏の話をしなかったが、そのうち率先して彼氏の惚気話を聞かされるようになった。三人の恋愛話を聞く度に、脳裏に香月さんの顔が浮かんだ。どれだけ忘れようとしても、それは簡単なことではなかった。


 そして、もう一つ。私が自分と同じ女の子である香月さんのことを好きになったという事実が、改めて私を悩ませていた。


 世の中には同性を好きになる人も少なからず存在しているということは知っていた。ニュースなどでそのような話題を見かけても、特に何も思うことは無かった。自分の周りにそのような人はいなかったということもあり、私にとって身近な話題ではなかった。まさか自分の初恋がきっかけで、同性愛というものを意識するようになるとは思わなかった。



 私は、同性愛者なのだろうか。



 そもそも私は、初めて好きになった人が香月さんだというだけで、自分の恋愛対象が女の子なのかどうかは分からない。それまで誰かにドキドキしたこともなく、判断する材料がなかった。それでも、自分が女の子を好きなったのは紛れもない事実。


 それから、ネットなどで同性愛について調べたりもした。調べているうちに、同性愛というものがまだまだ世間ではアブノーマルな扱いを受けているということを知った。日本ではまだ同性カップルの結婚が認められていないなど、マイナスな話題だけが目についてしまった。それによって、私の中ではどんどん不安が募っていった。



もし、私が女の子しか好きになれなかったら?


そのことを誰かに打ち明けられるのかな?


もしこれから女の子の恋人にができたら?


その人と結婚したいと思ったら?


私の家族はどう思う?


これまで仲良くしてきた友達はどう思う?



どんどんネガティブな考えで頭の中が埋め尽くされていった。


 不安が募っていく感覚が嫌で、そこに繋がる話題を避けるようになっていった。次第に秀太と海斗が待つ学食にも行かなくなった。「今日はパンを買ってきたから」なんて適当な理由をつけて一人で昼食を食べるようになった私に、朱里は付き合ってくれた。深くは聞かれなかったけど、私が何か悩んでいることに気付いていたのだと思う。いつもは率先して話していた自分の彼氏の話も控えてくれた。それまで以上に朱里は傍にいてくれるようになった。特に私がナーバスになっているときには、あの日のようにどこかへ遊びに連れて行ってくれたりもした。そんな朱里の優しさに触れ、次第に朱里にならこの悩みを打ち明けられるかもしれないと思うようになっていった。

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