またしても、想定外 後編(柊パート・過去④)

 夏休みが終わってからも、しばらく私は将平との関係を続けていた。奈月に言われた言葉で、将平と一緒に過ごす時間をもっと重ねていけば好きになっていけるのではないかと考え、自分でもそれを期待していた。それに将平と過ごすことが楽しいのは確かで、この関係を終わらせてしまうと将平とはもう仲良くできなくなってしまうことが嫌だというのもあった。しかし、関係を続けて一緒にいる時間が増えていくほど、自分の中で迷いは大きくなっていった。


 そんな中で、想定外の出来事が起こった。十月に入ってすぐに、告白された時と同じく放課後の教室で、将平の方から別れを切り出されたのだ。


「別れよう」

「......え?」

「ずっと考えてたんだ。でも、なかなか言えなくてさ」

「そっか......」

「ひとつ聞かせてほしいんだ」

「......うん」

「別れようって言われて、どう思った?」

「どうって......びっくりしたよ」

「それだけ?」


それだけ?とはどういう意味だろう。正直びっくり以外の何ものでもなく、将平が求めている答えが分からなかった。


「やっぱり、そうだよな」


苦笑いで将平が話し始めた。


「薄々は気づいてたんだ。柊が無理をして俺に付き合ってくれてるってこと」

「......そんなことないよ」

「いや、俺には分かる。気持ち悪いかもしれないけど、付き合い始めるずっと前から柊のことが好きだったから分かる。柊は俺と一緒にいるときより、友達と一緒に昼飯食べたり、休み時間に教室で喋ってるときの方が楽しそうなんだ。俺と一緒にいる時も楽しそうにはしてくれていたけど、どこか心ここに有らずというか、気を遣ってくれているように感じることがあるんだ。自分では気づいてなかった?」


将平にはすべてお見通しのようだった。私にも将平が何を考えているのかはなんとなく分かった。表情を見るに、かなりの決意を固めて話しているようだった。それまで、将平の気持ちに応えなければいけないと思いながら、なかなか上手くいかないままだった。そんな将平が意を決してこんな話をしてくれている。彼から出てくる言葉はすべて、私を想ってくれているということが痛いほど伝わるものだった。彼の気持ちに今、応えなければ。そう思い、私も素直な気持ちを話した。


「......将平と遊ぶときは楽しいよ。これは本当。将平とこれからもそうやって一緒にいたいとも思ってる。でも、迷いがあったのも本当。恋人としてどう振る舞えばいいのか分からなくて。一緒にいて、将平が私のことを大切に思ってくれているのが伝わってくるからこそ、それに私も応えなきゃいけないと思ってた。でも、そう思えば思うほど、どんどん分からなくなって......このまま恋人として一緒にいるのは難しいかもと思ってた」


将平は笑顔だった。寂しげには見えたが、笑顔を浮かべていた。


「柊の言葉でそれを聞けてよかった。本当はこんな話なんかしないで、柊の方から別れようって言われるまですがりつこうかとも思ってたんだ。でもこれから受験もあるし、このまま付き合い続けても絶対に良い方には転ばないって気づいてさ。柊が俺のせいで勉強に身が入らなくなるのは絶対嫌だし。柊を苦しめてまで付き合い続けたくないんだ」


私は将平に、そこまで思わせてしまっていた。私が自分勝手な考えで関係を続けたいと思っていたばかりに、将平を傷つけてしまっていたのかもしれない。それなのに、まだ将平は私を気遣うように話してくれている。その優しさに胸がいっぱいになった。


「ありがとう」


自然に、そう呟いていた。


「俺の方こそ、ありがとう。楽しかったよ」

「......自分勝手かもしれないけど、これからは友達として接してもいいかな?」

「柊がそうしたいと思ってくれてるなら、俺はもちろんいいよ」

「ありがとう。本当に、ありがとう」


こうして、一年経たずに私と将平の恋愛関係は終わった。結局最後まで、私は将平の優しさに甘え続けるばかりだった。最後まで私は恋愛とは何かを理解することはできなかった。


 ただ、将平との関係から一つ学んだことがあるとすれば、それは「恋愛は無理にするものじゃない」ということだ。


 将平が私を好きになってくれたように、私もいつか、自然に好きだと思えるような人と出逢う時がくるかもしれない。その時がくるまでは、無理に恋愛を意識する必要もないだろう。


 そう思えるようになっただけで、気持ちはかなり楽になっていた。



*********



「東京の大学?」

「そう。三者面談で言われたの」


二年の秋に行われた三者面談で、担任の先生から大学についての話が出た。漠然と「大学進学」しか考えていなかった私に先生は「東京の大学とか考えてないのか?」と言った。「いやいや東京なんて。ねぇ?」と母は笑っていたが、私は内心、それも選択しとしては良いかもしれないと思っていた。高校生活で自分が人間的に成長したと実感していた私は、東京に行くことで、単純に大学に通うこと以上に学べるものがあるのではないかと考えたのだ。もともと一人暮らしに憧れていたこともあり、上京という選択肢が私の中でどんどん現実味を帯びていった。そこで両親を説得し、東京の大学を目指す事を決めた。そのことを奈月に報告すると、流石に少し驚いていた。


「親は何て言ってたの?」

「お母さんは反対してた。『まだ将来やりたい仕事も決めてないのに、別にわざわざ東京に行く必要は無いんじゃないの?』って。でもお父さんが『だからこそ、東京に行って選択肢を広げるんじゃないのか?』って言ってくれて」

「お父さんは賛成だったんだ」

「喜んでっていう感じでもなかったけどね。『行きたいなら行けばいい』って」

「そっか。柊、東京行っちゃうのか」

「一応こっちの大学も受けるし、確定した訳じゃないけどね」

「もっと寂しくなるじゃん......」


奈月が俯いてしまった。「もっと寂しくなる」という言葉が引っ掛かり、指摘した。


「『もっと』って?」

「昨日、沙紀に言われたんだ。北海道の大学を受けるかもしれないって」


沙紀というのは奈月の彼女で、夏休みに奈月から話を聞いてから一度だけ会ったことがあった。沙紀さんは私が二人の関係を知っているとは知らず、「中学時代の友達」として挨拶をしてきた。私もそれに合わせて、気づいていないフリをしたまま少し話した。


 私が事実を知っているからそう見えたのかもしれないが、沙紀さんが奈月を見る目から、明らかに恋人に向けた熱い視線が送られていた。奈月も私の手前で恥ずかしそうにしながらも、沙紀さんに対する感情を抑えきれていなかった。三人で話したほんの少しの時間だけで、奈月は私の前ではしないような表情をいくつも見せた。どこからどう見ても二人は相思相愛、それもかなり深い愛情を持っているように見えた。


 そんな大切な彼女が地元を離れるかもしれないと知って落ち込んでいた奈月に、私がそうとも知らずに東京行きを宣言してしまったために、さらに追い打ちをかけてしまったのだった。


「沙紀も柊もいなくなっちゃうと、寂しくなるなぁ」

「私も寂しいけど、大丈夫だって。今はいつでも簡単に連絡取れるんだし、すぐ会って遊べるって。それに沙紀さんとだって、別れる訳じゃないんでしょ?」

「もちろん。たとえ沙紀が海外に引っ越したとしても別れるつもりはないよ」

「なら、大丈夫だよ」

「そうだよね。うん、大丈夫だ。私は二人が帰ってくる場所を守ってるよ」

「なにそれ」


やけに大げさな言い方に思わず笑ってしまったけど、確かに奈月までここを離れてしまったら、なかなか会うのは難しくなるだろうと思った。ここに帰ってくれば奈月は待ってくれている。それは心強かった。


「奈月は将来、何をやりたいとかあるの?」

「私は家の喫茶店を継ぎたいんだけど、親からは『そんなことしなくていい』って言われてるんだ。私は純粋に喫茶店とかカフェが好きで、だから今のカフェでもバイトをしてるし、これを仕事にできたらいいなと思って言ってるんだけど。親からすると、私が気を遣ってるように聞こえるみたい。だから最近は、いつか自分でカフェを開けたらいいなと思ってる」

「いいじゃん!めちゃくちゃ格好いい!」

「だから今日のバイト終わりにでも、マスターに話を聞いてみようかなって」

「応援するよ。お店出したら教えてね?」

「教えないよ。帰ってきたときにびっくりさせてあげる。自力で見つけて」

「なんでよ」


奈月と将来の話をしたのは初めてだった。私とは違い、奈月はもう将来の夢を持っている。それを知った途端、今まで以上に奈月が大きく見えた。


 それから私たちは自分の目標に向かって頑張った。三年生になってからも必死に勉強し、無事に私は大学に合格して東京行きを決めた。奈月は初めのうちは「カフェの専門学校に行く」と言っていたのだが、ご両親から「カフェをやる上での諸々は教えてあげるから、大学にはしっかり行っておきなさい」と言われたらしく、地元の大学を受験して合格した。そして沙紀さんも、北海道の大学に無事に合格したらしかった。そのことを奈月が報告してきた時は、笑顔の中にも寂しさが混ざっているように見えた。


 遂に迎えた卒業式では、恥ずかしながら少し泣いてしまった。自分が卒業式というイベントに寂しさを覚えるようになったことを客観的に驚きつつも、涙を堪えることができなかった。そんな私を見て奈月は大笑いしていた。


 いよいよ東京へ引っ越す当日、私の家族と奈月が一緒に駅まで見送りに来てくれた。


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「下見、よろしくね」

「はあ?」

「私も東京に行くから。偵察しておいて」


私の東京行きに感化されたのか、二歳下の妹も突然東京の大学を目指すと言い出し、両親を困らせていた。


「分かったから。まずあんたは勉強しなさい」

「はーい」


「柊、無事にアパートに着いたら連絡してね」

「分かってる」

「じゃ、気を付けてな」

「うん」


当日になっても、まだ母は心配そうな顔をしていた。父は普段と変わらない表情だったけど、珍しく母の肩を抱きながら話していたところを見ると、父なりに緊張はしていたのだろう。


「奈月、頑張ってね」

「柊こそ、達者でね」

「何?その言い方」

「別れるときってこんな風に言わない?」

「いつの時代の話よ。まあ、東京に着いたらすぐ写真送るけどね」

「待ってるよ」


私は最後に奈月と握手をして、改札を通った。振り返ると、私の家族と奈月が4人で手を振ってくれていた。


 新幹線に乗り込んだところで、スマホの通知音が鳴った。慌ててマナーモードにしてから画面を見ると、将平から短く『頑張れ』とだけメッセージが届いていた。私はそれに「ありがとう。そっちも頑張って」と返信し、自分の座席に座った。


 新幹線がゆっくりと動き出し、次第に速くなっていく。いよいよ始まる東京での一人暮らしに胸を躍らせながら、私は猛スピードで流れていく地元の景色を眺めていたのだった。

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