恋って、どんなもの?(悠夏パート・過去③)
「汚い部屋ですけど、どうぞ」
「いやいや、どこが汚いの。可愛い部屋だね」
クリスマス直前、初めて
昼間はどこかへ遊びに行こうかなんて話していたけど、生憎の雨ですっかり面倒になった私たちは、小学生の頃に流行ったゲームで遊んだり冬休みの課題を一緒にやったりと、朱里の家の中でダラダラ過ごした。朱里のご両親も優しい人で、初対面の私を温かく迎え入れてくれた。夕飯もご馳走になり、お風呂にも入った後。朱里は自分のベッドの上、私は床に敷いてくれた布団の上でゴロゴロしながらぼんやりと喋っていた。
「明日どうしようか?」
「明日も雨って言ってたね」
「何か映画のDVDでも借りてこようか?」
「ああ、お店あるの?」
「少し歩くけどね。今日はなんか面倒だったんだけど、明日も雨なら行っても良いかなと思って。家の中でできることは大体今日やっちゃったからね」
「じゃあ、そうしようか」
「そうしよう。じゃあ、電気消すよ」
朱里はそう言って、部屋を暗くした。
「おやすみ」
私がそう言って寝ようとすると、朱里は「ちょっと待って」と言いベッドから降りて来た。私の横に正座すると、「言っておきたいことがあるの」と切り出した。あの事だろうと思いながらも、分からないフリをした。
「ん?どうしたの?」
「昨日ね、湯本先輩に告白したの」
やっぱりね、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、驚いてあげた。
「おお、遂に告白?それでどうなったの?」
朱里が息を吸う音が聞こえた。暗い部屋だったけど、朱里の顔が赤くなっていることは簡単に想像できた。
「OKもらっちゃったの!」
「やったじゃん!おめでとう!」
「うん。イブにデートするんだ!」
「やるねぇ、朱里さん」
私たちは、部屋の外に漏れない限界の声量ではしゃいだ。
実際のところ、この時期にお泊りの誘いがあった時点で、朱里がクリスマスに合わせて何かしらの覚悟を決めているのかなと思っていた。無事付き合うことになればそのことを報告したかったのだろうし、もしフラれたら慰めてほしかったのだろうと。湊美の時もそうだったけど、なぜか私は家に呼ばれて告白の結果を報告される。せめて朱里からは別れたという報告は聞きたくないなと思いながら、今度こそ眠りについた。結局、朱里がその湯本先輩とはどうなったのかを知ることはないのだけれど。
翌日、結局DVDを借りに行くのも面倒になってしまい、朱里の家で契約している動画配信サービスを使わせてもらうことにした。朱里に選択を任せると、いかにも恋する乙女が、いや「恋している乙女」が好きそうな恋愛映画が選ばれた。高校生同士の恋を描いたその映画は、恋愛経験のない私にはあまり響かなかった。選んだ朱里はというと、映画の中でイケメンの高校生が何かをする度に「湯本先輩の方がかっこいいもん」と呟いたりと、なんだか変な楽しみ方をしていた。
映画も中盤に差し掛かった頃、初めてのキスシーンが訪れた。それを観る朱里は、クッションを前に抱いて顔を真っ赤にしていた。
「やばい。映画を観てるだけなのにドキドキしてきちゃった」
全くもって要らない申告をした朱里に、こう尋ねてみた。
「ねえ、恋のドキドキって普通のドキドキとは違うの?」
確かにキスシーンを観て少し気持ちはそわそわしていたけど、それは単純に恥ずかしいだけで、朱里の言う「ドキドキ」とは違う気がしていた。
「普通のドキドキってなに?」
「例えば......ホラー映画を観てるときのドキドキとか、テストが返却される前のドキドキとか。あの感じとは違うの?」
「ねえ、悠夏ってこれまで好きな人ができたこともないの?」
「ないの」
ええ?と若干引き気味の朱里は、うーんとしばらく考えた後で「上手く言えないけど、絶対違うと思うよ」と答えた。
「私は、心臓がドキドキするだけじゃなくて、胸の辺りが締め付けられる感じがするかな。よく漫画とかで目がハートになったキャラが『キューン』とか言うでしょ?本当にあんな感じ。胸がぎゅっと狭くなって、くすぐったい感じになる」
「胸の辺りが締め付けられるって、危ない病気か何かじゃないの?」
「違うんだって。とにかく、一緒にいるだけでドキドキしちゃうの。今、私と一緒に映画を観てるけどドキドキしてないでしょ?」
「うん。してない。楽しいけどね」
「それが、好きな人といるときはドキドキが止まらないの。目が合ったりしたら、もう大変だよ。私、何回も言ってるでしょ?先輩と目が合ったときにハートが撃ち抜かれたって。頭の中に何回もその人の顔が浮かんで、離れなくなる。この人を私だけのものにしたいって思うし、逆に私はこの人だけのものになりたいとも思う。私にとっては、それが恋だね。そうなったことないの?」
「うん。ない......かな」
「あれ、何?今の間は。やっぱりあるんじゃないの?」
「......ない。ないって。今の質問は忘れて。ほら、映画どんどん進んでるよ」
「ええ?」
ニヤニヤしながら朱里はテレビに向き直った。
一緒にいるだけでドキドキする?
頭の中にその人の顔が浮かんで、離れなくなる?
私の視線は映画に向いていたけど、その映像は全く脳内に記憶されていない。その時の私の頭の中にはどういう訳か、香月さんの笑顔が浮かんでいた。その途端に、私の胸は何かを思い出したようにドキドキし始めた。
そんなわけないよね。このドキドキは違うものだ。
これは連絡先を聞けるかどうか、香月さんと友達になれるかどうかに対する緊張だ。
香月さんとようやく友達になれるかもしれないことに対する期待だ。
だって、香月さんは女の子。そんなことはあり得ない。
だけど、そう思えば思う程に、私の中で色々と辻褄が合ってくる。
どうして香月さんにだけ「友達になりたい」という感情を抱き、連絡先を聞こうとするだけで緊張してしまうのか。どうして、今の関係が「友達」なのかどうかを知りたいのか。どうして香月さんの笑顔を見てから、ずっとドキドキが止まらなかったのか。
もし、これが「恋」だとしたら......
いや、違う。中学生の頃に色々あったから、香月さんが私にとって少し特別な存在だというだけだ。そう自分に言い聞かせた。
結局それから、映画の内容はひとつも入ってこなかった。覚えているのは、隣で朱里が「先輩にもあれやってもらおう」と呟いていたことだけ。何をしてもらいたかったのかは記憶にない。
*********
久しぶりに湊美から遊びの誘いを受けたのはクリスマスイヴだった。午後になって久しぶりに湊美の家のインターホンを押すと、扉越しに中からドタドタという大きな足音が聞こえた後、勢いよく玄関が開いた。
「久しぶり!うわぁ、髪染めたでしょ」
「うん。そっちは短くなってる」
「長いと邪魔なんだもん」
湊美が部活を始めた頃は、まだ中学時代までと変わらない印象だった。それが湊美の部活が忙しくなり、スマホのメッセージ以外では会えない日が続いている間に、湊美の活発さには拍車がかかっていた。耳が出るくらいのショートカットは、いかにも運動部員という感じがした。
「じゃあ、行こうか」
私たちは電車に乗り、街中へ向かった。それなりに混雑している車内は、明らかにクリスマスイヴの影響だった。その中で湊美と、お互いの高校生活のことを話した。スマホの文字だけでは伝えきれない熱量で、ほとんど休みなく話した。きっと周りの乗客には迷惑だったと思うけど、小学生の頃から通して湊美とこれだけ長い間を会わずに過ごしたことがなかったので仕方がない。部活の楽しさ、高校でできた友達、面白い先生の話。そして、クリスマスに合わせて野球部の男子に告白するも、あっけなくフラれたこと。どの話も湊美は楽しそうに話してくれた。
「だから、私を誘ったのか」
「そうだよ。悠夏ならイヴに何もないかなと思って」
朱里のときどき失礼な感じが懐かしくて、怒りは全く湧かなかった。むしろ、よく私のことを理解しているなと思い嬉しかったくらいだ。
「よかったね。私に何もなくて」
「いい加減、もう彼氏とかできてるかなと思ったけど、あの悠夏に彼氏なんて想像できないわと思って。でも悠夏の高校は私立で人数も多いし、流石に格好いいと思う男子いるでしょ?」
「うーん。格好いいなと思う人もいるけど。格好いいなあ、だけかな」
「なにそれ。まあ、『格好いい』と思うようになっただけでも、かなり成長したね」
「ありがとう」
私たちのそんな会話は、電車を降りてからもずっと続き、若者で溢れた駅前を二人で笑いながら歩いた。ゲームセンターでプリクラを撮り、そのゲームセンターの入口にあるクレープ屋でクレープを買い、湊美のスマホで大量に写真を撮った。プリクラを撮った直後にスマホでも写真を撮るの?と思いながらも、確かにそれは楽しかった。
すっかり陽が落ちた頃には、私たちが歩くアーケードは更に人で溢れていた。同じ方向に向かって歩く人の波に、私たちもついて行く。きっとこの人たちも私たちと目的は同じだろうと考えたからだった。
毎年冬の名物になっているイルミネーション。通りにずらっと並ぶケヤキ並木に大量の電飾が施されるこのイルミネーションを湊美は彼氏と見に来たかったらしいのだが、彼氏が出来なかったという訳だ。
点灯まであと数分となり、私は湊美に引っ張られながら騒がしい人込みの中をかき分けていった。なんとか見渡しの良い場所を確保したところで、点灯時刻になった。膨大な本数のケヤキが一斉に光り輝いた瞬間、周囲からは完成と拍手が起こった。初めて生で見るその美しさに、私はすっかり引き込まれていた。どれくらい見入っていたのか分からないが、隣から湊美がイルミネーションをスマホの連写機能で撮影する音が聞こえて現実に戻されたのは覚えている。
大量に写真を撮影した湊美は、「違う場所からも撮りたい」と言ってまた場所を移動した。逸れないように必死に湊美の後ろをついていくと、丁度ケヤキの真下まで行くことができた。目の前には車道が通っており、光のトンネルの中を車が走っていた。湊美は満面の笑みでスマホを取り出し、再び写真を撮り始めた。時には自分も写しながら、ひたすら写真を撮影している。私は何枚か適当に撮っただけで、あとはその光景を目に焼き付けようと決めた。
車の通りが少なくなった時にふと車道を挟んだ向かいの歩道に目をやると、そこに立っている人たちが揃って見上げてイルミネーションに感激してい様子が見えた。それがなんだかおかしくて観察していると、人と人の隙間に一瞬、見覚えのある顔が見えた気がした。かなり遠くて小さくしか見えなかったが、私はすぐに分かった。香月さんだ。
私は、撮影に夢中になっている湊美に「反対側からも撮ったら?」と提案し、その手を引っ張って横断歩道を渡った。私たちがいた場所の丁度向かい側を目指しながら歩いていると、すぐにその姿を見つけた。
香月さんも他の人たちと同様に光るケヤキを見上げていた。背後から湊美の「あんまり変わらないけどな」と言う声とシャッター音が聞こえてきた。その隙に香月さんに話しかけようと、「ここにいてね」と湊美に言って香月さんの所へ近づいた。
声をかけようとしたその瞬間、目に入ってしまった。
香月さんの隣に立つ、男の人が。
香月さんより背の高いその男の人は、イルミネーションではなく香月さんを見ていた。
視線を少し下に落とすと、二人が手を繋いでいるのが見えた。
意気揚々と近づいていたはずが、その光景を目撃した瞬間に私の足は勝手に止めた。そして、何故かは分からないけど「香月さんに見られてはいけない」と思い、咄嗟に背中を向けて逃げるようにその場から離れた。撮影に飽きてぼんやり立っていた湊美と目が合う。
「どうしたの?」
「......うん。なんでもない」
それからの事はあまり覚えていない。湊美の家の前で「また遊ぼうね」と言われた記憶から察するに二人で帰ったのだとは思うが、その道中に何を話したのかは全く記憶にない。きっと、激しく動揺していたせいだろう。
香月さんの横で手を繋いでいたあの男の人。恋愛に疎い私にだってすぐに理解できた。
香月さん、彼氏いたんだ。
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