想定外(柊パート・過去③)
「俺と、付き合ってくれない?」
「......は?」
こんな事件が私の高校生活に待っているなんて思わなかった。
もうすぐ冬休みが始まるという頃、杉本将平という男子から告白された。
将平は同じクラスの男子で、確かに男子の中では接点が多い方ではあった。文化祭では模擬店での役割分担が一緒だったり、私が生徒会の選挙を手伝う係に選ばれてしまったときには、一年副会長に立候補していた将平と話す機会が多かった。その中では一緒に楽しく喋ってはいたけど、私にとってはあくまで「同じクラスにいる人」という感じで、友達という訳でもなかった。
そして、将平が女子からの人気が高いということも知っていた。確かに身長は高く、私から見てもルックスは悪くないと思う。さらに、学年でも一番の秀才として知られており、テストの成績は常にトップ。先生からの信頼も厚く、立候補していた生徒会選挙でも見事に当選を果たして副会長として活動していた。
「えっと、どうかな?」
驚きのあまり固まってしまっていた私に将平が声をかけた。
「これはもしかして、告白っていうやつ?」
「そのつもり」
「そうだよね。えっと、そう思ってくれているのは嬉しいんだけど......」
「ダメってこと?」
「ダメというか何というか、まだ状況が理解できないというか」
「......俺のこと嫌い?」
「いやいや、嫌いじゃないよ。だけど告白されるなんて予想外だったから」
「もう彼氏いたりする?気になってる男子とか」
「いない。いないけど......」
「じゃあ、ちょっと考えて欲しい。返事はすぐじゃなくてもいいから。もちろん、考えてくれた上で断られたら諦めるけど。どう?」
「うーん......」
「ごめん、しつこいよな。でも俺、香月が好きなんだ。考えてくれない?」
その真剣な表情に圧され、「分かった」と言ってしまった。
*********
「で、告白されたの?」
学校の外で待ってくれていた奈月が妙に楽しそうだった。
「うん」
「それで?」
「断ろうかと思ったんだけど、『返事はすぐじゃなくていいから、考えてみて』って言われちゃって。頷いちゃった」
「じゃあ、保留状態なの?」
「うん。だけど、断ろうと思ってる」
「なんで?勿体ないじゃん」
「だってよく知らないし。今まで杉本くんのことを意識したこともなかったし」
「そうなの?よく女子から話聞くじゃん。カッコイイだの付き合いたいだの。私はよく分からないけど」
「だからだよ。私たち、そういう話はしないから」
「そうだね」
それまで、奈月との会話にそのような色恋沙汰の話題が挙がることはなかった。奈月以外の女子から彼氏の話や気になる男子の話を聞かされることはあり、私も適当に対応してはいたが、そのような話題を私の方から切り出すことはなかった。奈月もそんな話を自分からしないため、自然とその話題について話すことはなかった。
「奈月がそういう話をするイメージが湧かないんだけど。好きな男子とかいるの?もしかして付き合ってる人いる?」
「うん。いるよ」
あまりにスムーズな返答だったため、一瞬理解ができなかった。
「......え?本当?」
「本当」
「うちの高校の人?」
「いや、中学校の同級生。違う高校だよ」
「それは気づかなかったなぁ。中学校の頃から付き合ってたんだ」
「卒業する直前かな」
奈月に彼氏がいるということに驚いたが、それなりに美人の女子高生だ。彼氏がいても何も不思議ではないなと思った。せっかくだからと、奈月がその彼氏と付き合い始めた時の話を聞くことにした。
「その彼氏さんとは、どうやって付き合い始めたの?」
「彼氏......とは、もともと友達で同級生の中でもかなり仲が良い親友だった。それが、受験勉強を一緒にしてる時に突然『好き』って言われた。そんな風に考えたこともなかったから当然断ったんだけど、親友関係は壊したくなかったから、それまでと同じように仲良くはしてた。そうしたら急に意識し始めちゃって。一緒にいるとドキドキするようになって、ああ、これは私も好きになっちゃったんだなと思った。それで、二人とも高校に合格したときに今度は私の方から告白したの。そこから」
まさか、そこまでしっかりと話してくれるとは思っていなかったから困惑した。なるほど......と言ったきり黙った私に、奈月は更に続けた。
「たしかに奈月と杉本は友達じゃないかもしれないけど、意識したことがなかった人から告白されたっていう部分は私の話と似てるね。もう少し考えてみて、杉本が嫌じゃなかったら付き合ってみるのもいいんじゃない?悪い奴じゃなさそうだし」
「.....一つ訊いていい?」
「うん」
「今、その人と付き合っていて楽しい?」
「うん。楽しいし、幸せかな」
奈月の方を見ると、少し照れたように笑みを浮かべて下を向いていた。
奈月でも、こんな顔するんだ。
彼氏がいるって、そんなにいいものなのかな。
恥ずかしさが限界を迎えたのか、奈月が「やっぱり話さなきゃよかった。すごい恥ずかしい」と笑った。私も笑いながら「参考になりました」と冗談っぽく頭を下げた。
*********
「ごめん、今日は先に帰ってて。ちょっと用事あるから」
そう言うと、奈月は「分かった。じゃあね」とだけ言い残してさっさと教室から出ていった。あの表情から考えると、私の「用事」が何なのかは気づいていたようだった。
友達と帰り支度をしていた将平の元へ行き、「このあと大丈夫?この間の話なんだけど」と話しかけた。「うん。大丈夫」と答えた直後、将平の友達数人がおおっと声を上げた。それを聞いた将平は、その友達を手で払うような動きで教室から追い出した。
しばらくして、教室からは誰もいなくなった。グラウンドの方からは、運動部が準備を始める声が微かに聞こえ始めていた。その中で将平と向かい合い、恥ずかしさをごまかすために教室の床を眺めながら言った。
「それで、あの事なんだけど」
「うん」
「えっと......いいよ。私でよければ」
「えっ!マジで?いいの?」
「うん」
顔を上げると、将平は声にならない声を漏らしながら、自分の胸の辺りを左手で摩っていた。
「よかったぁ。正直、諦めてたんだ。嬉しい。こんなに嬉しいことない。人生で1番だな」
「そ、そんなに?」
「そりゃあ、そうでしょ。香月と付き合えるんだから」
私にそんな価値ないと思うけど。そう言おうかと思ったけど、あまりに将平が喜んでくれていたのでやめた。
もちろん私にとって将平は初めての彼氏で、あとから聞くと将平にとっても私は初めての彼女だったようだ。お互いに恋人がいるという状況に不慣れながらも、なんとか恋人らしく振る舞えるように意識した。
付き合い始めてからすぐに冬休みが始まり、私たちは何度かデートを重ねた。クリスマスイブには二人ともバイトを休み、毎年名物になっている街中のイルミネーションを一緒に見に行った。何度か家族で見に行ったことがあったが、周囲がカップルで溢れている中に四人家族で突入するのが嫌で、あまりいい思い出ではなかった。それが、今度は自分が彼氏とここに来ているという事実に少しのむず痒さを覚えながらも、確かに将平と見るイルミネーションは綺麗で、楽しそうにしている将平を見ることができるのも嬉しかった。気が付くと、イルミネーションを見ながら私たちは手を繋いでいた。
ある程度イルミネーションを楽しんだ後、帰りの電車に乗るために駅まで二人で歩いて行った。駅の入口が見えてきた所で、将平が立ち止まった。何事かと思い、私も立ち止まって「どうしたの?」と将平の顔を見上げると、彼は少し屈んで私にキスをした。
驚きと恥ずかしさで頭が真っ白になった。冷静さを取り戻して、次に頭に浮かんだのは周囲の通行人の視線だった。しかし特に私たちに関心はないらしく、こちらを見ることなく通り過ぎていく。将平の顔を見ると、恥ずかしそうに俯いていた。私も何も言うことはできなかった。私たちはしばらく黙ったあと、再びどちらからともなく手を握り、そのまま駅に向かってまた歩き出した。歩きながら、自分の胸がドキドキしていることに気付いていた。混雑している帰りの電車に乗り、将平が先に降りるまで。ずっと手を繋いだままだった。
その後、将平とは年が明けてからもデートをした。その頃には、お互いを名前で呼び合うようになっていた。映画を観に行ったり、ショッピングモールで買い物をしたり。クリスマスイブよりも無邪気な雰囲気のデートで、特に緊張することもなく楽しんでいた。しかし帰りにはまた、将平からキスをされた。最初のキスと同じようにドキドキしながら、手を繋いで帰った。
確かに将平と喋ること、一緒に出かけることは楽しかった。その一方で、手を繋いだりキスをするなどの恋人らしい行動に移った途端に、急に妙な気まずさに襲われた。
確かに、キスをされる度にドキドキしていたが、このドキドキはどちらかと言えばキス自体にときめいた訳ではなく、周りに人がいる状況でキスをされたことに対する緊張と、無邪気にデートを楽しんでいる中で「キス」という行為によって自分たちが恋人同士であるという生々しい事実を突きつけられることに対する違和感から起きているものだった。
冬休みが明けると、私のバイトが無い日は将平と一緒に帰るようになった。途中まで一緒に電車に乗り、先に将平が降りる。そのため、何駅分かは一人で乗る時間があった。
ある日、将平が降りて一人になった後に電車の中を見渡すと、見覚えのある制服を着た女子高生が目に入った。きっと黛さんと同じ高校の女子生徒だろう。
彼女たちが楽しそうに喋っている光景を見て、しばらく黛さんと会えていないことを思い出した。せっかく友達になれて、一緒に喋りながら帰るのも楽しかったのに。
黛さんに会いたかったが、連絡先もまだ知らず、彼女に会うためにはあの時間の電車に乗るしかなかった。だが将平と一緒に帰るようになり、それ以外の日はバイトをしてから帰っていたため、その時間に合わせることは難しかった。まあ、同じ地域に住んでいるからいつかは会えるだろう。その時に連絡先を交換できればいい。そう思っていた。それでも黛さんと出会わない日々が続いていくうちに、いつの間にかそんな思いすらも私の頭からは抜け落ちていくことになる。
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