友達と友達(柊パート・現在③)

 そろそろ三限目の授業が終わる頃。四限目から授業がある人が学校にどんどん来て、外は混雑し始めている。そんな中で、私は一人で黛さんを待っている。美玖と真希には先に帰ってもらった。今日の黛さんを見て、少し反省したからだ。


 中学の頃から友達が多い黛さんのことだから、すぐに美玖と真希とは打ち解けられるのではないかと考えていた。あの二人と黛さんが仲良くなれば、四人で遊べるようになる。東京に来たばかりの黛さんに対しての、私なりの優しさだった。


 だけど食堂でご飯を食べている間の黛さんはずっと、私たち三人の話を聞いているだけだった。話しかけられたらそれに応えてはいたけど、あまり居心地が良さそうではなかった。そんな黛さんを見て気づいた。中学校で私が黛さんに言った言葉。


「自分勝手だよ。放っておいてよ」


それを今、私自身が黛さんに対してやってしまっている。少し焦りすぎているな。謝らなければと思い『外で待ってるね』とメッセージを送り、ここで黛さんを待っている。


 スマホが鳴り、画面を見ると黛さんから『いまいく』と返信が来ていた。それからすぐに、後ろから「お待たせー」という声が聞こえてきた。振り返ると、小走りで黛さんが近づいてくる。


「どうしたの?授業ないんじゃなかったっけ」

「うん。黛さんを待ってた」

「なんで?美玖さんと真希さんは?」

「帰ってもらった」

「え、なんで?よかったの?」

「ちょっと黛さんと二人きりで話したくて。駅まで歩こうよ」

「う、うん」


三限目を終えた学生たちの流れに乗って私たちも歩き出した。教室から急いで来てくれたのか、黛さんの顔が少し赤くなっている。


「わざわざ待っててくれるなんて、ごめんね」

「いいの。私が勝手に待ってただけだから。夕方のバイトまでやることないし。この後、予定とかなかった?」

「何にも。今日はバイトも入ってないから」

「そっか。良かった」


 学校の敷地から出て、駅の方向へ向かって歩き始めたところで本題を切り出す。


「実はね、黛さんに謝りたくて待ってたの」

「え?な、何?全く心当たりがないんだけど」


声の調子だけで、黛さんがあたふたしているのが伝わってくる。


「食堂に誘ったときに、美玖と真希もいることを言っておけばよかったなと思って」

「ああ......」

「黛さんなら、すぐにあの二人と仲良くなれるんじゃないかなと勝手に思っちゃったの。でも今日の黛さん、ずっと私たちの会話を聞いてるだけで、居づらそうだったから。悪いことしちゃったかなと思って。ごめんね」

「うん......」


そう言ったきり、しばらく黛さんは黙ってしまった。申し訳ないという気持ちがますます強くなる。


「中学校の時のあの日、私が黛さんに言ったことを自分がやっちゃったね。自分勝手なのは私な方だね」

「いや。そんなことない」


そう言ってくれた黛さんが話しだした。


「素直な気持ちを言えば、確かに私も香月さんと二人だけなのかなと思ってたから、美玖さんと真希さんが一緒にいるのを見たときにびっくりしちゃった。最初はすごく仲良さそうに話す三人を見て、どうしようかと思ったんだけど。でも、美玖さんと真希さんが話しかけてくれて、二人がすごく面白くていい人だなっていうのも分かったから。確かに私はあんまり話さなかったかもしれないけど、それは三人の話を楽しく聴いてたからだよ。だから大丈夫だよ。本当に楽しかったから。むしろ、私がお礼を言わなきゃ。誘ってくれてありがとう」


もう、黛さん。良い人すぎない?


「よかった。安心した。今度は黛さんに『放っといてよ』なんて言われたらどうしようかと思って......」

「そんな訳ない。美玖さんに『柊の友達は、私たちの友達だよ』って言われたしね。よかったら、これからも誘ってね」

「うん」


すると黛さんは少し真剣な表情になり、こう言った。


「私、香月さんの友達になれてるかな?」


「え?」

「ごめんね。おかしなことを訊いてるのは分かってるんだけど。どうしても知りたいの。香月さんは私のこと、友達だと思ってくれてる?」

「もちろん。友達だよ」


そう言うと、黛さんは笑顔になり「よかったぁ」と呟いた。それがなんだかおかしくて私も笑ってしまう。黛さんは、そんな『友達』という肩書を気にするようには見えなかったけど。意外と慎重なのかな。もし美玖と真希とも友達になりたいと思ってくれているのなら、私がサポートしてあげよう。


「美玖の言っていた通り、私の友達はあの二人の友達だからね。二人に黛さんの連絡先を教えても良いかな?」

「うん。お願い。真希さんに倫理学のことも聞きたいから。今日の授業もさっぱり分からなかったもん」

「そっか。分かった」


 やっぱり黛さんなら、あの二人とも仲良くなれると思う。焦らず見守ろう。



*********


「ありがとうございました」


 女性二人組のお客さんを見送ってから、壁にかかっている時計を見ると五時を回っていた。平日のバイトは大体午後から夜の間に入っていて、お客さんが少しずつ減り始める頃に私は店に入る。ほとんど役に立っていない自覚もあり、何度も由香里さんに「本当に私、このままバイト続けていいんですか」と訊ねたけど、由香里さんは決まって「いいの。お客さんがいないときの話し相手みたいなもんだから」と言う。しっかり時給も頂いていて、流石に申し訳なく思っていたが、バイトを始めて一年が経った今ではすっかりそんなことも気にならなくなっている。私の仕事は「由香里さんのアシスタント兼話し相手」だ。


「暇だねぇ」

「暇ですねぇ」


 いつもこの時間になるとお客さんは減ってくるけど、今日は特に少ない。5時を過ぎたところで、店の中は私と由香里さんだけになってしまった。


「よし、今日はおしまい!」


そう言って由香里さんは、私が初めて会った時と同じように閉店作業に取り掛かってしまった。


「いいんですか?」

「この調子じゃ、もうお客さん来ないでしょ。コーヒー飲んでまったりしよう」


私はカウンターの外へ回り、由香里さんの前に座った。コーヒーを淹れている由香里さんは、すごくかっこよく見える。普段は面倒臭がりで、私よりも子供なんじゃないかと思う事もあるけど、仕事をしている時の由香里さんはかなり大人に見える。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


由香里さんと私には、苦味の強いコーヒーが好きという共通点がある。だから由香里さんがブレンドしたこのコーヒーが私は大好きだ。


 そのコーヒーを飲みながら、前から気になっていた話題を切り出してみた。


「由香里さんって、カフェをやろうと思ったのはいつだったんですか?」

「急にどうしたの」

「私も二年生になりましたし、そろそろ進路のことも考えていかないといけないかなと思いまして。そういえば、由香里さんからこのカフェを始めた時の話を聞いたことなかったから」

「うーん。昔から憧れはあったかな。中学生の頃、通学路の途中に小さい喫茶店があったの。多分ここよりも小さい、本当にこじんまりとしたお店。帰りにドアから覗くと、綺麗な女の人がカウンターの中に立っているのが見えて、かっこいいなとは思ってた」

「その喫茶店に入ったことはないんですか?」

「一回だけ。高校を卒業したときに。コーヒーはまだそこまで好きじゃなかったんだけど、その女の人に子供に見られたくなくてブレンドを注文して。多分、全部お見通しだったと思うけど。そこで色々話したの。ずっとここに入ってみたかったことを話したら、『残念。もうすぐお店閉めちゃうのよ』って言われて。結婚するからって。大学生になったらここに通おうかななんて思ってたから、結構ショックでね。それから二回くらいしか行けないまま、私の大学生活が始まった頃にお店が無くなっちゃった。それを紛らわせるために、喫茶店とかカフェとか巡り始めたの。ショックを忘れることはなかったけど、そのうちカフェでコーヒーを飲むこと自体が好きになってた。だから最初に柊ちゃんがここに来てくれたときに、その頃のことを思い出してた。ああ、私がカウンターのこっち側に立つ日が来たんだなぁって」


由香里さんの過去の話を聞いたのは始めてだ。こういう話を聞くと、やっぱり由香里さんは大人なんだなと思う。いくら普段が子供っぽいとはいえ。


「それで、カフェをやろうと?」

「いや、まだかな。だって私、一回就職してるもん」

「え?本当ですか?そんなこと聞いたことないですよ!」

「だって言ってないもん」

「言ってくださいよ!」

「訊かれなかったんだもん」


うわ。確かにこれ言われると腹立つな。美玖と真希の気持ちが分かった。


「え、どんな仕事してたんですか?」

「普通に一般職よ。OL。事務的なことをやってたんだけど、まあ辛くてね。別にセクハラとかパワハラがあった訳じゃないけど、単純に私に合わなかったの。今考えてみれば、大学の課題で四苦八苦してた女が事務職なんて、そりゃ苦労するよね。結局、二年で辞めた」

「そうだったんですか」

「それでどうしようかなと思ってたんだけど、あるとき急に思い立ったの。カフェに入り浸るくらいなら、自分でやっちゃえばいいじゃんって。それですぐ食品衛生の資格とるために講習受けたり、お店出す場所探したりして。それから半年も経たない間にオープンよ」

「行動力が凄いですね」

「一回決めると、突っ走っちゃうから。東京の大学受けるのもギリギリで急に決めたし、会社辞めるのも勢いだったし。この性格が良いのか悪いのか分からないけど、今はまあ楽しくやれてるから良いかな」

「だから初対面の私をすぐバイトで雇っちゃったりするんですね」

「かもね」


 今まで知らなかった由香里さんを知れたのは嬉しい。ただ申し訳ないけど、私の進路を決める参考にはならないかなと思った。今日の由香里さんは調子よく喋ってくれるから、ついでにあの事も聞いてみる。


「由香里さん、結婚しないんですか?」

「何?今日は質問したい日なの?」

「かもしれません」

「なにそれ。うーん、結婚......」

「今は彼氏いないんですか?」

「彼氏は、いないかなぁ」

「かなぁってなんですか。今日は濁さないでください」

「なんか面倒なスイッチ入れちゃったな......もう何年もいないよ」

「結婚に興味は無いんですか?」

「前は興味はあったよ」

「もうないんですか?」

「最近気づいたんだけど、本当に結婚したかった訳じゃなくて、結婚した方がいいのかなって思ってたんだよね。世間体を考えたら、もう三十歳だし結婚しなきゃいけないよなって。それが『結婚したい』に繋がってた感じかな。結婚したらこのカフェも続けられるかも分からないし、最近はもう私は結婚しない方が幸せかもしれないと思い始めてる。それよりも今は、いつか東京から離れてみたいなとか、一人でどう人生を楽しんでいくかに興味があるね」


そうか。あの時の私と同じだな。


「分かる気がします。『結婚したいと思ってる自分』に安心してる感じですよね」

「そんな感じ。というか、なんで分かるのよ」

「前に私も同じように思ったことがあるので」


そう言うと、由香里さんは目を丸くして驚いている。


「ちょっと待って。あなた、まだ十代でしょ?結婚なんて考えてたの?早すぎない?」

「いやいや、結婚じゃないですけど」


由香里さんにこれだけ喋らせておいて、私だけ逃げるのはずるいよね。今まで冷やかされるのが嫌で話さなかったけど、今はそんな雰囲気でもないし。


「高校の頃に彼氏がいた時期があって。告白されて付き合ったんですけど、そこまでドキドキしなかったというか。それで悩んでいた時の私と、今の由香里さんの話が似てるなと思ったんです」


由香里さんの顔が驚いた表情から、一気にいやらしい笑顔に変わった。


「おお!遂に柊ちゃんから男の話題が!」

「......言わなきゃよかったです」

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