高校一年、再会 後編(悠夏パート・過去②)
駅のホームで帰りの電車を待ちながら、向かいのホームに立っている朱里とスマホのメッセージでやり取りをする。いつの間にか、これが帰りの駅での決まりになっていた。
高校が始まったばかりの頃は、朝は途中まで湊美と同じ電車に乗って途中で別れて登校。帰りも時間を合わせて同じ電車にのっていたけど、すぐに湊美が部活でハンドボールを初めて朝に練習があるからと言って一緒に電車に乗れなくなった。中学の頃も湊美が昂と付き合っていた頃は一人で帰っていたこともあり、一人の登下校には慣れていたけど、寂しくなかったと言えば嘘になる。だからこそ、帰りに香月さんと会えた日は嬉しかった。
ホームにアナウンスが鳴り、私が乗る電車が先に姿を見せた。先頭に並んでいた私は、電車が停車するとすぐに中へ乗り込み、空いている席を見つけて座った。丁度、反対のホームに立っている朱里の姿が見える。
「じゃあね」
「じゃあね」
スマホで短いやり取りをして窓越しに朱里に手を振ったと同時に、電車が動き出した。電車の中を見ると、いつもより乗客が少ない気がした。私の隣も空いていた。私が乗った駅から二つ目が、香月さんが乗ってくる駅。その駅の名前がアナウンスされると、私はドキドキし始める。香月さんが乗ってくることを期待して。
電車が走るスピードが徐々にゆっくりになり、その駅に停まった。ドアが開き、香月さんと同じ制服を着た人たちが乗り込んでくる。香月さんの姿はなかった。今日はいないのか。隣も空いているのにな。残念に思っていると突然、視界の横から香月さんが現れた。「やっぱりいた」と言いながら、空いている私の隣に座る。
「今日、人少ないね」
「だよね。なんでだろう」
「隣が空いててラッキーだよ」
香月さんと一緒に帰ることが増えるうちに、一緒に話していても苦しくなることはなくなっていたけど、やっぱり少し緊張した。
「なんか不思議だね」
電車が動き出して少し落ち着いた頃、香月さんがそう呟いた。
「何が?」
「私たちがこうやって、一緒に喋りながら電車に乗ってること」
「ああ、そうだよね」
私がそう返事をすると、香月さんは少し真剣な表情になって話し始めた。
「こうやって黛さんと話せるようになって、いつか言いたいと思っていたことがあって」
「なに?」
「......あの日のこと」
「あの日」と言われただけで、何のことなのかはすぐに分かった。なんとなく話しづらくて避けていたこの話題に、香月さんの方が先に踏み込んだ。
「私、ずっと謝りたかったんだ。黛さんにひどい事を言っちゃったから」
「そんなことないよ。あの日に香月さんが言った通りだと思う。私がずっと一方的に話しかけてたもん。香月さんが邪魔に思うのも当然だよ」
私がそう言うと、香月さんは少し間を空けた後でまた話し出した。
「私ね、高校で初めて友達ができたんだ。一緒にお昼ご飯を食べたり、休み時間もずっと一緒に喋ったり。そんな今が本当に楽しくて。それで思ったんだ。あのとき黛さんは、こんな楽しい世界に私を連れ出そうとしてくれたのかなって。それなのに私は、それをあんなにひどい言葉で拒んでしまったのか。そう思うようになって、いつか謝りたかったんだ」
香月さんがそんなことを考えていたなんて。香月さんの言葉を聞いて、私もあの日からのことを話した。
「実は私も、あの日からずっと香月さんに謝りたかった。教室で香月さんのことを見ながら謝るタイミングを探していたんだけど、どうしても怖くなっちゃって。また香月さんに私から話しかけたら邪魔なんじゃないかなって。だから一度も話しかけられないまま三年生になって、そのまま卒業しちゃったから。だから今、こうやって香月さんと一緒に話すことができているのが嬉しいし、香月さんに高校で友達ができたのも嬉しいよ」
正直なところ、あの日の私は香月さんを自分たちの世界に招き入れたかった訳ではないと思う。単純に香月さんと仲良くお話したかっただけ。あの時は色々あってそれはできなかったけど、高校生になってこのように電車の中で話せているという事実だけで、私には十分すぎるほど嬉しかった。
「そうだったんだ。そうだよね。『放っといてよ』なんて言っちゃったもんね、私」
「怖かったよ、あの時の香月さん」
「ごめんね」
お互いにあの日の出来事からのことを打ち明け合うと、気づけばこんな会話を二人で笑ってできるようになっていた。
「だから今の香月さんに安心した。別人ってほどじゃないけど、やっぱり変わったね」
「自分でも変わったなと思う。黛さんはどうだろう。私からするとあんまり変わってないように感じるけど」
「自分でも分からないな。何も変わってないと思うよ」
「髪の色が明るくなった」
「うん。そうだね」
そんな話をしているうちに、私たちが降りる駅に電車が停まった。2人で立ち上がり、ホームから階段を上がって一緒に改札へ向かう。この改札を出て、私たちはいつも別れる。先に香月さんが改札を通り、私もその後を続いた。
「じゃあね、黛さん」
「あ、待って!」
そう言って私に背中を向けた香月さんを、私は咄嗟に呼び止めた。
「ん?どうしたの?」
「えっと、お礼を言ってなかったから」
「お礼って?」
「初めて電車で話しかけてくれたこと。今こうやって私たちが話せているのは、あの時に電車で香月さんが声をかけてくれたおかげでしょ?だから、ありがとう」
私がそう言うと、香月さんは少し照れたように笑った。
「そんな。私のおかげなんかじゃないって」
「私は香月さんのおかげだと思ってるよ」
「じゃあ、私も」
香月さんは少し私に近づいて、私の目をじっと見た。まっすぐと、正面からしっかり目線が合ったのは初めてだった。
「中学校であんなにひどいことを言った私を、こうやって受け入れてくれてありがとう」
そう言った香月さんはニコッと笑って、「じゃあね」と手を振りながら改札の前の階段を降りて行った。その背中が見えなくなった後で私もゆっくり歩き出した。
......ドキドキしていた。駅を出て歩いている間も、家に着いてからもドキドキしていた。香月さんの笑顔が頭にこびり付いていた。香月さんとお互いにあの日のことを打ち明け合い、やっと緊張も解れるかなと思っていたのに。あの放課後に感じた胸の苦しさとも違う、妙なドキドキ感だった。
その夜、ベッドの上で微睡みながら、まだ香月さんのことが頭に浮かんでいた。
「受け入れてくれてありがとう」
受け入れるに決まっている。ずっと友達になりたかったんだから。そう思ったとき、ふと疑問が生まれた。
私と香月さんは友達なのかな?
確かに一緒に帰る日もあって、楽しく話もできるようになったけど。まだそれだけで、連絡先も知らない。電車で会ったら話すだけの関係。これは友達と言えるのかな?
小学生の頃から高校まで「友達を作ろう」なんて意識したこともなければ、誰かに「友達になろう」と言ったこともなかった。なんとなく仲良くなって遊ぶようになり、いつの間にか仲良くなっている。その中でも特に仲の良い湊美と朱里だって、「この子と友達になろう」なんて決めたこともなかった。
それなのに中学校の頃から香月さんにだけは、何故か「友達になりたい」と感じて、友達になるために声をかけた。そしてまた出会えた今も、「友達なのかな」なんて考えている。なぜ香月さんにだけ、ここまで慎重になり、「友達」というものにこだわってしまうのか。自分でも不思議に思った。とりあえず、次に会ったときに連絡先を交換しようと決めて、部屋の灯りを消して眠りについた。
だけど、それから香月さんとは会えなくなった。私はそれまでと同じ時間の電車で登下校していたから、香月さんが帰る時間が変わったのかなと思った。香月さんが乗ってきていた駅に停まる時はいつもドキドキしたけど、香月さんが乗ってくることはなかった。何度か車両を移動して探してみたけど、香月さんと同じ制服の人はたくさんいても、その香月さん本人は見つからなかった。結局そのまま香月さんと連絡先を交換することはできず、そのまま高校生活で初めての冬休みへと突入していった。
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