第3話 はじめてのおつかい
「作りにいきましょうか」
はい?と紫苑は聞き返した。
「まだお店はやってるでしょう」
「え、でも」
「いきましょう、ついでにごはんも食べて。ちょっと待ってコートを取ってきます」
コートを着ると羽鳥さんももこもこになった。
タクシーに乗り込み、羽鳥さんは運転手に英語で話しかけている。きれいな発音だ。話慣れている感じ。
ついた百貨店はいかにも高級店だった。夜なので人はまばらだ。ここで服を買うのかと思うと正直びびった。クレジットカードは持っているが、それでもいったどれくらいかかるのかわからないから怖い。
「若いんですよね」
「はい?」
大きく聞き返すと羽鳥さんはすこしびっくりしていた。
「高校生でしょ」
「はい」
「制服があるのよね」
あーそうか、制服か、それがあったか。あまり学校に行ってないのでなじみがない。
「制服は最強よ」
「はい?」
だって、と羽鳥さんは言う。
「高校生の特権だもの」
はあ、そうすか。
そうですよ。
羽鳥さんは時々敬語を使う、というか主に敬語で話す。
笑顔の店員が羽鳥さんに話しかけた。なにかおさがしですか。紫苑は横を向いていた。こんな店には入ったことがない。どこを見てもピンとこないし、自分が着てに合うとも思えない。店員がいくつかのスーツを持ってきた。
「どういうのが好み?」と聞かれたが、紫苑は肩をすくめた。ぼそりと答える。
「よくわかんないっす」
日本語に店員はただ笑顔を貼りつけてうなずいている。
羽鳥さんはじゃあこれはどうとシンプルな感じのを取り、紫苑にあてて見せた。
試着室でそっと生地をなでてみると、それは驚くほどやわらかだった。
「楡君」とカーテン越しに声をかけられる。
「あ、はい!」
これもと白いシャツが差し出される。
すべてを着て、外に出る。
羽鳥さんは目を細め、うなずいた。あ、いいかも、と思う。
ごわごわした制服のジャケットよりコンパクトなのに、身体に沿って、心地よい。いつもぶかぶかした感じのスタイルが多いが、身体に合った服というものが格好良くみえるものだと知った。ひょいとネクタイを首元にあてられる。一緒に鏡をのぞいて見ている。
「どれが好き?」
「え?どれでも」
「ラッキーカラーとかない?」
ラッキーカラー?
サングラスのフレームはオレンジだ。
「オレンジ?」
オレンジ?という声が返ってくる。あれ、ネクタイにオレンジは変か?
と思っていると、小さなドットのネクタイを見つけてくれた。
「これはどう」
あ、いいっす。紫苑はうなずいた。羽鳥さんはどんどん選んで、その間に店員はあちこちつまんで針を指している。はい、脱いで。明日ホテルにお届けします。ホテルはどこ?ウェスティンです。お昼までにお届けします。羽鳥さんがカードを出したので、紫苑は慌てて財布を出した。
「あ、いいです。自分で」
すると羽鳥さんは小さな声で言った。
「これは会社のカードです」
え?と聞き返す。思わず顔が近寄っていた。鼻の横にそばかすが見えた。
「必要経費ですから」
もう顔は離れていて、羽鳥さんはてきぱきカードを切っていた。
翌日届いたスーツを紫苑は今も大事に着ている。これを着ていると背筋が伸びる。次に賞金が出たら、同じ店で買おう。案外すぐにそのチャンスはやってきて、紫苑は自分でスーツを選んだ。もうパーティーに行くのは怖くない。
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