第22話 ジョン・ジョンソン①
賢明な読者にはもうお分かりだろうが、ジョンの借金の理由は端的に言うと女の為である。
ジョンソン男爵家の三男坊には、懸想している令嬢が居る。彼女を口説くためにこれまで様々な贈り物をしてきた。しかし思ったような手応えはなく、それならばとどんどん贈り物の質を上げていく。当然男爵家の三男に潤沢な軍資金がある筈もなく、家から与えられた小遣いはすぐに底を尽きた。
そこで彼は金策に走るのだが、その方法がカードゲームだった。
金銭の賭けを伴う遊戯で、彼は結構強かったのである。相手の表情を読む感性に長け、なんとなく相手を油断させるへらへらとした雰囲気。そして妙に勝っても恨まれないような人当たりの良さ。それらが絶妙に噛み合い、ジョンは今まで無事にやって来れていた。
だが、彼の親友が──デューイが、変わろうとしている。既に婚約者がいるのに、さらに恋愛面で自分より進もうとしている友人に、ジョンは触発された。ジョンも頑張ろうと思ったのである。
そうして力んでしまった結果、彼は大敗した。勝った時には金銭を受け取っているだけに、負けた時に払わないわけにはいかない。結果、そこそこの借金を背負ったのだった。
もちろんいずれは破綻する運命だったのだが、ジョンが力んでしまったことによって、その時期が『前回』より早まっていたのである。
「……という訳です」
ジョンは姿勢を正して何故か敬語で説明した。
「なるほど。それで借金返済の為にわたしから借金なさろうとしてるのね」
情けないし、自業自得であるし、見通しも甘い。だが恋の為という動機で、ビビアンは既にちょっとほだされていた。
「どうしてわたしに相談に来たのかしら。はっきり言ってわたしたち、そこまで仲良しではないでしょう? デューイ様にこの話は?」
「……してない」
ジョンはバツが悪そうに口を尖らせた。
「どうして?」
これは純粋な疑問だった。友人とその婚約者、お金を借りるならどちらが借りやすいか、明白である。ジョンは今度こそ言葉に迷っていた。だがその迷いを待ってやるほど彼に同情している訳ではない。
「わたしがわざわざ、婚約者以外の男性と会って差し上げてるのに、何を言い渋ってらっしゃるのかしら」
ビビアンの冷たい声にジョンは覚悟を決めて口を開いた。
「デューイよりビビアン嬢の方が金持ってるだろぉ……」
あんまりと言えばあんまりな理由だが、確かにそうである。それに、とジョンは言った。よほど恥ずかしいのか、頭を掻きむしって見悶えている。顔を伏せ、声を振り絞って懺悔した。
「カッコ悪くて言えねぇ」
「……もう手遅れではなくて?」
「ビビアン嬢~~」
ジョンが気の抜けた声で抗議する。ビビアンより大きな男性が情けない声を上げるので、ビビアンは思わず笑ってしまった。
ビビアンの態度が軟化したことに安堵したのか、ジョンはぽろぽろと言葉を零していく。
「デューイってさぁ、嫌いだろ、悪いこと。知られたくないんだよなぁ」
知られたくない、という言葉にビビアンは動きを止めた。
「デューイみたいなちゃんとした奴に相談して、軽蔑されたら本気で落ち込むじゃん」
ジョンは視線を落としてそう言った。
そんなジョンを見てビビアンも俯く。
沈んだ空気のビビアンに気付き、ジョンは慌てて明るい声を出した。
「なんてな! 重い話になっちゃったかなぁ~!」
「……分かります」
「はぇ?」
「すごく分かるわッ! デューイ様って、こっちがちょっと引け目を感じてしまうのよね!」
突然身を乗り出したビビアンにジョンは目を見開いた。そんなジョンに構わずビビアンは声を大きくする。
「清潔すぎるというか、潔癖すぎるというか! そこが大好きなんですけれど、ちょっと後ろめたいことがあると緊張しちゃうんですもの!」
ビビアンは拳を握って熱弁する。目を丸くしたジョンだったが、じわじわと口元を緩めた。
「わ、分かってくれるぅ~? 嬉し~~」
ビビアンとジョンは何故か手を固く取り合った。奇妙な親近感が湧いてくる。
デューイはいつも正しい。と言うよりも、デューイにとって正しいと思える道を選択し続けている。少し怠けたいから楽な方を取るとか、面倒だからやらないとかがないのである。ビビアンはその実直さを愛していたが、自身が潔白とは言い難いため、時々引け目を感じるのである。
そして今まさに未来から『戻って』きたという、口にできない秘密を抱えているビビアンにとって、ジョンの言葉は妙に共感できるものだった。
ジョンが期待を込めた瞳でビビアンを見つめる。
「えっ、じゃあ融資してくれるのぉ?」
「もちろん! と言いたいですけれど──……」
ビビアンは慌てて言葉を濁した。ジョンには共感できるが、このままでは『前回』と同じ轍を踏んでしまう。ビビアンは必死に言葉を探した。
「でもやっぱりデューイ様に相談されてからの方が」
「なんで! ビビアンちゃんのお金にデューイは関係ないじゃん!」
ジョンが叫んだ。その時、
コンコン。
半開きにされている応接室の扉がノックされた。マリーが半身を覗かせて告げる。
「お嬢様、デューイ様が、いらっしゃっています」
二人はおそるおそる入口へと顔を向ける。
扉の向こうには青筋を立てたデューイが立ち尽くしていた。
「ビビアン、──ジョン、何してるんだ?」
ビビアンは思い出した。デューイはこういうタイミングで来る男であることを。
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