第23話 ジョン・ジョンソン②
デューイが応接室へ足を踏み入れる。
彼は固く繋がれた二人の手を見る。親友と婚約者は慌てて手を離した。
「デューイ様、どうしてこちらに……」
「時間ができて、バートが整理をしたいと言い出したんだ」
ビビアンは言葉を途切れさせた。デューイの新しい部下、バートは本当に本が好きらしい。ウォード邸の蔵書整理をデューイに要求するほどのようだ。
「まあ……そうですの……彼らしいというか……」
世間話でお茶を濁そうとしたビビアンだったが、無理だった。
冷え冷えとしたデューイの声に、応接室の空気が凍り付く。
「ビビアンがなんだって?」
ジョンが肩を大きく揺らす。デューイは慌てるビビアンとジョンの間に割り込むと、ジョンを睨みつけた。
「二人でコソコソと、俺に言えないことなのか?」
ビビアンはデューイの言葉に、はたと動きを止める。
確かに密室で男女が二人、普通に考えたら金銭の問題より不貞を疑うだろう。ビビアン自身も誤解を生まないように応接室の扉は開けていたのだが。
「も、もしかして嫉妬? 嫉妬なさってるの?」
そわそわとデューイの服を引っ張る。初めて向けられるデューイからの感情に、ビビアンは状況もわきまえずはしゃいだ。
「こらッ! 嬉しそうにするな!」
「だって嬉しいんですもの!」
ビビアンはデューイに引っ付いた。傍から見ると楽しそうな恋人同士に我慢がならなくなったのはジョンである。やけになって声を荒げる。
「うるせぇ~ッ! オレはなぁ! ビビアン嬢にお金を借りに来たんだよ!」
「……はぁ?! なにやってんだお前」
「デューイには関係ないだろぉ!」
ジョンが叫ぶ。いつにないジョンの語勢にデューイが怯む。
混沌とした室内、そこへさらに乱入者がやってきた。
「デューイ様、随分時間がかかっていますが、どうしたんですか?」
それはデューイに蔵書整理をせっついたバートである。
鍛えられた屈強な体躯、理知的な顔つきに眼鏡が光る。
ビビアンたちから見たら頼れる姿だが、彼を知らない人物から見るとあまりに威圧的だった。
「や、やくざ者じゃんッ!!!」
ジョンは悲鳴を上げた。そしてビビアンとデューイがギリギリ口に出さなかった印象をはっきりと声にした。
ジョンの中で何かが繋がったのか、青褪めた顔でデューイとバートを見比べる。
「デューイ、やくざ者を連れてきてるじゃん!? さ、さては借金取りの回し者だったのか?!」
「何を言ってるんだお前」
「デューイの馬鹿! 裏切り者ぉ!」
「何を言ってるんですか、この人は。おれは早く整理したいんですけど」
「整理されるっ……!?」
ドンッ、とジョンはデューイの胸を押しのける。そのままバートの横を抜けて走り去った。
「ええーっ!? なんで?!」
ビビアンは思わず声を上げる。
先程の言動を照らし合わせると……デューイが彼の借金取りを連れてきたように見えたのだろうか……? そんな馬鹿な。
しかし追いつめられた人間は何を考えるか分からないものである。
ビビアンは意味不明のジョンの言動に困惑する一同に意識を向けた。
外で控えているマリーは恐らく話を聞いていただろう。凡そのことは理解している筈だ。ビビアンは目の前で混乱しているデューイの袖を引っ張る。
「デューイ様! 多分ジョン様は誤解なさってるわ! デューイ様が借金取りを連れてきたと思っているわ!」
「おれはそんなにやくざ者に見えるんですかね……」
「ごめんなさいバートあなたを慰めるのは後でするわね!」
バートは不服そうだった。
そもそもジョンは側から見ると仕事しない貴族の放蕩息子である。バートが不機嫌になるのも致し方なかった。
「早く追いかけて誤解を解きましょう!」
「いや、そもそも借金ってなんだ? あいつ借金しているのか? ビビアンの所に来たのって……」
デューイが疑問を口にしていく。そのうち、だんだんとジョンが何をしにビビアンを訪ねたのか思い当たったようだ。驚愕で目を見開く。
「あいつ、ビビアンに金を集りにきたのか?!」
「えっと……はい……」
ビビアンは観念してジョンの事情を説明した。
初めは困惑、そして呆れて聞いていたデューイだったが、段々とその眦は鋭くなっていった。
ビビアンはジョンが彼に引け目を感じている所は何となく言えず、彼が借金する経緯だけを話した。
「デューイ様、ジョン様を追いかけましょう。誤解してらっしゃるわ!」
「………いやだ」
デューイはビビアンから顔を背ける。
「どうして俺が、婚約者に集りにきて勝手に誤解したやつに説明してやらなきゃならないんだ?」
ビビアンは目を丸くした。
「で、でもこのままだと誤解されたままではないですか。 ジョン様の中ではデューイ様が悪者みたいになってるでしょうし……」
「勝手に誤解したあいつが悪いだろ」
「でもでも、このままだと」
「知らない。あいつなんか……──絶交だ」
「えーーー?!」
絶交って!
「絶交って! 子供じゃないんですから!」
デューイはますます顔を背けた。17歳ってこんなに幼かっただろうか?
ビビアンは眩暈がした。思わず遠い未来であり過去の、22歳のデューイに思いを馳せてしまう。
いや! 現実逃避をしている場合ではない!
ビビアンは両足を踏ん張った。
顔を背けたデューイの前に回り込み、その頬を両手で挟む。そのままデューイの顔を引き寄せた。
「いいえ、絶対、追いかけてもらいます」
困惑に瞳が揺れるデューイに、ビビアンは渾身の脅し文句を告げる。
「でないと、でないと……──ここでキスしますからね!」
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