第21話 ウォード邸の虫干し②
バートを引き抜く条件だった「虫干し」だが、彼が居ることで作業は大幅に進んだ。力仕事という面でも勿論活躍したのだが、彼の書物に関する知識も大いに役立った。
毎年この作業をしているビビアンたちだったが、正直な所、本の内容に関しては詳しくない。バートは本の分類に関してビビアンにあれこれと指示していった。
「どうせ整理するなら種類別にきちんと分けましょう」
「内容まで確認してないんだもの……」
「それは整理と言わないのでは」
バートの的確な言葉にビビアンはそっぽを向く。
「毎年増えているんだもの。追いつかないわよ」
ビビアンの文句に、バートはむしろ嬉しそうな顔をした。ビビアンはそれをげんなりと見つめる。
「今年だってこんなに増えちゃって。やってらんないわ」
ビビアンは棚に差されていない本の山を指さす。この年ビビアンの父が買い漁った蒐集品の数々である。あまりにも膨大なので、「虫干し」の時にまとめて似たような題名で収納している。
「面白いと思うんですが……こんな本もありますよ」
本の山を眺めていたバートが一冊の本を手渡す。
ずっしりと重い、青い表紙の古書である。わざわざ取り上げるほどなのかと、デューイもビビアンの手元を覗き込んだ。適当な頁をめくる。
びっしりと書かれた文字を追い、二人は沈黙した。
「これは……魔術書、というのかしら」
「どちらかというと呪いの類かな。本当におじさんの趣味は幅広いな」
願いを成就させる方法、相手に好意を抱かせる方法、愛の秘薬などなど。項目だけ見ると乙女が興味を示しそうなものが並んでいる。
しかしその具体的な内容を見ると、魔法陣の描き方や必要な道具など、所謂魔術の指導書と呼べるものだった。
デューイが興味半分、面白半分で内容を指さす。
「見ろ、これなんて豚の血を用意するとか書いてあるぞ」
「やだもう! いじわるおっしゃらないで」
勢いよく顔を上げて目が合う。思ったよりも近くにあるお互いの顔に、半笑いのまま固まる。デューイが先に視線を外した。その横顔が染まっているのを見て、ビビアンは痺れた。
む、ムズムズするわー!
ビビアンは叫びだしそうだった。
デューイが明らかに自分を意識している、という事実に喜びでいっぱいになる。同じくらい照れくさくて仕方ない。デューイに気持ちの整理が必要なように、ビビアンもまた受け入れる覚悟が必要だった。
不意に視線を感じて振り返る。マリーがじっとこちらを見ていた。後ろめたいことは無いが慌ててしまう。
「さ、サボってる訳じゃないのよマリー、ちゃんと片付けるわよ」
何故か弁明めいた言葉になった。
「いえ、そういう訳では……」
「大丈夫よ! さっ、続きをしましょう!」
慌てて仕切り直す。ビビアンの声に各々作業に戻る。
開放した窓からから秋らしい風が吹き抜けた。
ジョン・ジョンソンがウォード邸を尋ねてきたのはそんな折だった。
◆
ウォード邸、応接室。ビビアンとジョンはローテーブルを挟んで向かい合っている。
ビビアンは3杯目になる紅茶に口を付けた。向かいに座るジョン・ジョンソンはひょろりと高い背を縮こめている。
「それで、ご用件は?」
ある日突然相談があるとビビアンを尋ねてきたジョンだが、一向に話し出そうとしない。言いたいことはあるが、どう切り出したものかと言いあぐねているようだ。
ビビアンはこっそりと溜息をつく。実のところビビアンは彼の相談に見当はついていた。
『前回』デューイと婚約を解消することになったきっかけの出来事である。
ジョンに金を無心され、彼に金銭を貸し与える代わりに、デューイの情報を提供させたのだ。それがデューイに露見し、積もりに積もっていたデューイの怒りは限界に達したのだ。
つまり今回の訪問の理由も、ビビアンに借金をしに来たと予想できた。
金銭に関わる内容で彼の名誉にも繋がる話である為、ビビアンはジョンと二人きりで話をしている。応接室の扉は半開きにしているが、今はマリーにも外してもらった。
しかし、『前回』はもう少し年を重ねてから、それこそ婚約解消をする直前くらいの出来事だと思っていたのだが。想定より早い出来事にビビアンは内心首を傾げる。
ジョンはやっと決心したのか、キッと顔を上げる。そして勢いよくテーブルに両手をついて頭を下げた。そして恥も外聞もなく叫んだ。
「ビビアン嬢! お金を、貸してください!!」
さて、どうしたものか。
彼のつむじを眺めながらビビアンは考える。
『前回』のビビアンは彼と手を組んだことでデューイに愛想をつかされた。今ここで彼に与すれば、ジョンと共倒れする未来は見えている。ジョンを見放してしまえばビビアンは安全なのだ。
もう二度とデューイを裏切りたくない。
だが──
奇跡が起きてビビアンが『戻って』これた為に、ビビアンは正しいと思える選択ができている。この世界ではまだ何の罪も犯していない、ただのデューイの友人であるジョンにだって、機会が与えられるべきではないだろうか?
「お顔を上げて、ジョン様」
ジョンは縋るような目でビビアンを見た。
ビビアンはゆっくりと口を開いた。『前回』はデューイ以外に関心を持てなかった為に、知ろうともしなかった、最も重要な質問をする。
「まずはそう、事情が知りたいわ。どうしてお金が必要なのか、お話になって?」
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