第127話
奴のブ厚い甲冑のような外殻をブチ抜けないのは、単純に俺の力が足りないせいだ。それは化け物槍なら串刺しに出来たことからも明白であろう。ならば今の俺に足りないものは何か。いや、正確に言えば何が上乗せできるか。
俺は戦闘開始直後を除き、今迄は奴にぶっ刺した化け物槍に仕込んだ拘束用の鎖によって、奴が動きを制限されるギリギリの間合いで戦闘を継続していた。俺は何度も奴にカウンターの一撃を叩き込んで来たものの、奴の身体は常時背後から牽引されている状態だった為、人間で言う所の奴の攻撃の際の踏み込み、カウンターの引き込みが中途半端なものとなっていたのだ。それは俺が常時拘束具による安全な位置取りを意識して戦闘していたせいでもある。
其れを解消するにはどうすればよいか。答えは単純。俺が更に前に出て戦えばよい。だが其れは同時に、俺自身が完全に奴の間合いの中に踏み込むことを意味する。奴の攻撃は一撃でもまともに貰えばアウトなのだ。念入りに準備した成果でもある安全圏を捨て、死中の中に自らを放り込まねばならん。其れは口で言う程容易な事ではない。
それに問題はもう一つある。カウンターの威力が増せば、当然俺の肉体に掛かる反動もそれに応じて増大すると言う事だ。既にガタの来ている俺の身体だ。果たして何時まで持つかどうか・・・。
既に腹を括り直した俺は、まるで公園を散歩する老人のような気安い挙動で、ぬるりと奴の間合いの奥へと侵入した。一瞬、虚を突かれた奴はその動きを止めた。だが、即座に上半身を揺らしながら俺に対する攻撃態勢を整え直す。其の挙動はまるで地球の蛇のようだ。サイズと外見はまるで別物だが。
来やがれ。
俺は静かに構えると、スタンスを広げつつ、重心を前がかりにして迎え撃つ体勢を取る。それとほぼ同時に、奴は再び俺に向かって飛び掛かってきた。
対する俺は体勢をあからさまに右に跳ぶ、と見せかけて重心は残したまま身を低くしてガツンと首を狩りに来た巨大鋏やり過ごし、正面から踏み込んだ。
ズギャアッ
「がああっ」
渾身の一撃。今迄に無い・・いや、最初の一撃のような凄まじい手応えと共に、奴の人面に再び深く切創が穿たれた。俺の身体は一瞬弾かれるも、充分に想定済みな衝撃である。体勢を崩すことなく跳び下がる。とはいえ。くうううっやはりキッツい。既に感覚が無いと思われた腕も滅茶糞痛えし、身体中がズギズギと悲鳴を上げている。
だが、先程まで見せた奴の猛烈な追撃は来ない。奴は俺を威嚇しながらも、僅かに戸惑った動きを見せた。
思った通りだな。俺は此処に来て戦闘の方式を対魔用から対人用に切り替えた。動きに虚と実を折り込み、フェイントを多用して的を絞らせない。奴が学習してまるで人間のように俺の動きを読んで来るのであれば、相対する俺は大味に殴り合う対魔方式よりも、心技体に拠り相撃つ対人方式で迎え撃つ方が優位に立てると考えたからだ。
それも何れかは対応されるのかも知れんが、俺は此の先悠長に戦い続けるつもりは無い。どの道身体が長くは持たないからな。
「ちぇりあああっ!」
バギイィ
フェイントを交えたトリッキーな動きで幻惑しながら、奴の鼻面に渾身のカウンターを叩き込む。目線、重心操作、筋ピクなどの高度なフェイントは此奴には却って通用しない。寧ろ分かり易いフェイントの方が有用な牽制になる。リズムは掴んだ。完全に俺のペースに引きずり込んだぜ。
続いて奴の連撃を華麗に躱しながら、矢継ぎ早に全力の一撃を叩き込む。だが、俺の肉体は痛みどころか、節々からビキビキと不気味な異音を発し始めている。此れが日本のスポーツや格闘技の試合なら、とうに担架に乗せられて病院行きだろう。だが、崖っ淵の俺にはそんな事はもう関係ねえ。
もう・・・手足なんぞぶっ壊れようが知った事か。
相手は4tトラックだぞ。棒切れ1本持っただけの人間が、マトモな神経で殴り合えるワケがねえ。まして勝てるワケなんてねえだろ!
後の事なんて何も考えるな。
そうだ。狂え、狂っちまえ。
頭のネジを
ブッ 飛ばせ
「キエエエエエッ!!」
狂った俺は奇声と共に、全体重とパワーを乗せた相棒を奴に叩き付けた。
其処から感じるのは、奴の外殻をブチ割る確かな手応え。
だが、同時に壊れかけた俺の両腕の骨が、腱が、筋肉が、砕けゆく手応えも同時に感じられた。だが、だがそれがどうしたよ。
「げはははっ。手前をギッタギタにぶちのめしてから、ゆっくり治療してやんよ。」
俺は狂ったバカ笑いをしながら、更なる一撃を奴に・・。
そしてその姿を見た俺は、間抜け面をポカンと晒した。
「あ?」
今まで確かに其処に在ったはずのモノが、何処にも無い。
俺の手に握られた相棒の穂先が、折れて綺麗に無くなっていた。
「あ・・・。」
半ばヤケクソ気味に高揚した気分に、一瞬で冷水が差された。張り詰めた気力が一気に萎み、脱力した俺の片膝が思わず崩れ落ちる。
嘘だろ、此処からって時に・・・相棒よ、お前の方が先に逝っちまうとは。こうなっちまったらもう、何も打つ手はないのか。どうしようも・・ないのか。
闘志が萎え、身体から、心から更に力が抜ける。
諦観に心を支配された俺は、目の前で何故か動きを止めた奴を無気力にノロノロと見上げた。そしてそんな俺の目に、二度と忘れ得ぬ光景が飛び込んで来た。奴の巨大な人面に刻まれた「ソレ」は・・・。
其れは悦に入った、余りにも厭らしく、余りにも邪悪な笑みだった。魔物らしく人間離れしたその笑みは、俺の神経をズリズリと逆撫でしまくってきた。
この野郎っ今、確かに笑いやがったな!ムッカー手前ェェ!
その時、儚く消えかけた俺の闘志に、再び炎がボーボーに燃え盛った。いや、豪快に爆発した。
糞がああっまだ終わっちゃいねえええっ
「うおおおおおおおっ!」
俺は天井に向けて、道具入れからぶっこ抜いた石礫を全力で連投する。と同時に奴を無視して体内に残留したグリコーゲンを振り絞り、石礫を投げた方向へと全力でつっ走った。
だが、程なくカクンと足を縺れさせた俺は盛大にコケて、うつ伏せの体勢でズサーっと床を滑る。チラリと背後に目を向けると、追走してきた奴が俺を巨体で文字通りプレスして煎餅にすべく、豪快に飛び掛かってきた。
阿呆がっ。
この場所は部屋の中央付近のとある場所。
派手にコケたのは貴様をその体勢で飛び掛からせるためのフリ。いきなり走り出したのも、貴様をこの場所へ誘導する為だ。
勝って生き残るのは断じて貴様じゃねえ。この俺だっ!!!
ズカッ
俺の眼と鼻の先に、漸く落ちて来たモノが突き刺さった。先刻干し草袋の代わりに天井に吊り下げておいた、俺の予備の槍だ。此奴もブレードに黒鉄が混ざったゴキゲンな一振りだ。
再び集中力が限界を超えた俺は、周囲の景色がスローに感じる。俺は予備の槍を全速でひっ掴むと、背後を振り向きながら立ち上がる。そんな俺の視界一杯に、奴の巨体が冗談のように広がってゆく。
そして俺は槍の柄頭を、床で唯一箇所、鋼色に輝く突起の窪みへと叩き込んだ。こいつは化け物槍を天井へ吊り上げる時にロープを固定した、床に唯一つ設置したアンカーだ。
鋭利な穂先で狙うは俺が攻撃を集中し、丁寧に叩き割った奴の人面部分。槍は狙いを定めるべく、そっと手を添えるだけ。手前自身のパワーと重量で、顔面ぶち抜かれて地獄に落ちやがれ!
加速し、音もない静寂の中。迫る奴の顔面が、怒りと焦燥に歪むのが確かに見えた。俺は再び、奴に向かって最高の笑顔をプレゼントした。そして、槍の穂先が奴に触れるまで、限界の際まで我慢した俺は、残り僅かなありったけの力を振り絞り、全力でその場を跳び離れた。
添えられた槍は弾かれることも折れることも無くあっという間に奴の身体に埋まってゆき。そしてハグレの巨体は轟音と共に、其のまま地面に激突した。
地面に激突したハグレは、その巨体を床に横たえたままピクリとも動かない。
俺は息も絶え絶えな状態で、うつ伏せの状態から辛うじて身を起こした。プルプルしながら立ち上がろうと試みるが、ペタンと尻餅を付いてしまう。身体中バキバキで、もうロクに動けやしねえ。憤怒と共に思い浮かんだ最後の賭け。これで今、俺に出来る事は全部やり尽くした。それでも駄目なら・・・精々笑って死んでやんよ・・。
ズリズリ・・・。
そう思ったのも束の間。決して聞きたく無かった音を、俺の聴覚が捉えてしまった。
奴が身じろぎをしたのだ。そして、其の様子を見た俺の全身の血の気が引いた。まさか、アレでも駄目だったのか・・!?だが、直ぐに力が抜けてしまった。ハ~。それならもう、仕方ねえな。俺にはもう、逃げる力も残ってねえよ。
だがその時、
横たわる奴の巨体が、その末端から静かに崩れ始めた。
今迄散々奴のしぶとさを見せ付けられた俺は暫くの間、何とも疑わしい気分でその様子を凝視していた。だが次第に、まるで巨大な火山のマグマのように、心の底からある感情が吹き上がってきた。
其処には観客も、応援も、祝福する者も誰も居ない。だが、そんな些事など如何程の
憂苦となろうか。身体の痛みは彼方へと吹っ飛び、脳汁がドバドバ溢れ、これまでの人生で一度も感じた事の無い程の圧倒的多好感が押し寄せる。
おおおおおおっ!
見てるかあ、ルエン!リザードマンズの皆!ポルコぉ!
俺は勝ったんだ! ・・この俺の、完全勝利だぁ!!!
俺は歓喜の雄叫びと共に、拳を厚い天井の彼方にある、天に向かって突き上げた。
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