第123話
満身創痍の討伐隊は其れでも、足掻き続ける。
何度撥ね飛ばされても血反吐を撒き散らしながら尚踏み止まり、武器を失った者は大盾でもって殴り掛かる。その鎧の中は既に肉塊と成りかけているだろう。その意識は或いは既に失われかけているのかも知れない。だが其れでも尚、彼等は前だけを向いて武具を振るい続ける。
その不屈の精神、鋼の如き意思の力は見事の一言。だが、現実というものは苦く厳しい。どれだけ強靭な精神力を総動員しようが、中身が折れたり断裂した手足は動かないし、脳が破壊されればその精神も即座に無に帰すだけだ。
それに、彼らの粘りにどれ程目を見張るものがあろうが、やはり事前に退路を確保しなかったのは俺から見ればお粗末だし、後衛だけでも体力が充分な内に逃がすべきだったと思えてしまう。唯の結果論なのかもしれんが、死ねば全て其処で終わってしまう。命には替えが効かないのだ。討伐隊の連中はなまじ強かったばかりに逃げ腰な選択が出来なかったのだろうか。或いは主君から此の使命を受けた時から勝つか死ぬかの二択のみで、初めから彼らの中に逃げるという選択肢は無かったのかも知れん。
何れにせよ、戦いの趨勢はほぼ決した。あの様子だと薬師達にもこれといった攻撃の切り札が有るわけでも無さそうだし、残された道は最後まで無駄な足掻きを続けるか或いは一か八かの逃走かの二者択一て所だろう。
俺が苦い思いを噛み締めつつ、凄惨な戦いの様子を後方から観戦しながらそんな事を考えていると、前方の視界に突如不気味な影が現れた。うおっ何だ此奴は。滅茶苦茶ビビった。
目を凝らすとその姿は一見以前戦った魔物である黒蜘蛛に似ているが、その蜘蛛のような長い足にはまるで人間の手ような色と形をした不気味なモノが混ざっている。また、その足の生え際を良く見ると胸部だけではなく頭や胴からも足が生えており、見れば見る程滅茶苦茶気色悪い姿をしている。脚を除く体長は2m弱って所だろうか。今迄一度も見た覚えのない魔物。そして、その瞳の色は・・。
その瞳は不気味に青く輝いていた。まさか此奴もハグレか!?
一体何処から湧いて出やがった。俺は慌てて周囲を見回すと、前方の薄暗い天井付近に亀裂のような空洞があるのを見付けた。いや、亀裂というよりは人工的な穴か。まさか通路か?いや、サイズから見て風化した罠の跡か何かだろうか。いや、今はそんな事はどうでもいい。
最悪だ!
他にもまだハグレが居る可能性は、俺も考えないでは無かった。だが、よもや此のタイミングで現れるとは。正直全く想定して居なかった。こいつは不味い、というかマジで最悪だ。今迄ハグレを殺る為に色々と準備を重ねて来た俺ではあるが、流石に二体のハグレを同時に相手にするのは想定して居ない。緋色目だけでもギリギリの際だってのに更にあの青目が絡んでくるとなると・・・無理だ。絶対に殺られる。
くっそおおお悔しいっ。だが撤退・・しか無いか。勇気と無謀を履き違えては命がいくらあっても足りん。勝つ算段が無いとなれば、どれ程惜しかろうが即撤退するしかあるまい。だが、うぐぐぐムカつく。せめてハグレの奴等に何らかの嫌がらせくらいはして置きたいものだが。
俺が思い悩んでいると、青目のハグレは討伐隊に向かってヒタヒタと近づいてゆく。更に前方の様子を伺った俺は焦った。討伐隊は全員緋色目のハグレに掛かりきりで背後を見ようともしない。よもや彼奴等気付いていないのか。此奴は不味い。俺は慌てて懐から石礫を取り出そうとするが、如何せん討伐隊とはかなり距離がある。糞っ間に合わんっ。いっそ声でも掛けて・・。
「あ、あー。」
この遣り切れない気持ちを何と言ったら良いだろうか。俺は空しくも、合抜けな声を上げる事しか出来なかった。
青目のハグレによる背後からの強襲。枝を折る様な鈍い音が鳴り響き、魔術師2人と薬師の1名が一瞬で薙ぎ倒されたのだ。
討伐隊はまるで時が止まったかのように全員が一瞬動きを止めた。その直後、固まったゴリラーズの一体が緋色目の鋏に吹き飛ばされ、青目は蜘蛛か或いは蚕の糸のような白い物体を口から周囲にぶちまけ始めた。おいおいおいおいヤバイぞこいつは。
その後、フリーズが解けた戦槌男が取り囲まれた糸を排除しようとしたが、逆に身体を絡め取られてしまう。どうにか引き剥がそうと藻掻くが、その上半身が一瞬で緋色目に食い千切られた。
ぐわあぁ遂にやられたかっ。あの野郎、いつの間にか上半身のあのデカい口を開いてやがる。糞ぉ。これじゃまるで一次討伐隊の焼き直しじゃねえか。・・・いや、違うな。決してそうじゃない。討伐隊の連中は初めは一次討伐隊の悲劇を鑑みたのか、斥候を置いて周囲を警戒しまくっていたのだ。其のせいで俺も此れだけ討伐隊と距離を置くハメになったんだからな。だが、緋色目との戦闘が長引いて形勢が不利になるにつれて、最早周囲の警戒どころでは無くなっていたのだ。そしてその最悪のタイミングであの背後からの急襲だ。ハグレの奴等が狙ったのか本能なのか知らんが、あの隙に付け込まれると対処は困難だ。例え分かっていても如何にもならねえって奴だ。何てこった。
だが、更に次の瞬間思わぬ事態が起きた。緋色目と真正面で睨み合っていたゴリラの一体が突如踵を返すと、後方で斥候と揉み合う青目に殆ど捨て身で飛び掛かったのだ。
「うがおおぉぉ!」
野太過ぎる咆哮と共に、ゴリラが手にした巨剣を青目に叩き付けた。
ゴシャァ
青目の身体は文字通り左右に一刀両断に叩き斬られ、鳴き声を上げる事すら無く床に沈んだ。
「よっしゃあああ!」
観戦していた俺も思わずガッツポーズだ。良くやったぞゴリラアァ!
だが、背を向けられた緋色目がその隙を見逃すハズも無く。奴は総毛立つような速度と滑らかな動きでその巨体を天井近くまで伸び上げると、その巨体を背を向けるゴリラに向けて一気に叩き付けた。
ズドオオォン
その質量とパワーによる凄まじい轟音と、巻き起こる風や迷宮の床の破片が俺の隠れる場所まで襲い掛かってきた。
ヒリ付くような暫しの沈黙。其の後、ハグレが再びズルリと鎌首を持ち上げると、その下にはトラックに轢かれた蛙の如く、甲冑ごと無残にプレスされたゴリラの死体が。そして更に。
「うっげええ・・・。」
その余りに無残な光景を目の当たりにして、俺は声を上げずには居られなかった。
斥候のお姉さんは巻き込まれたのか、或いはゴリラを庇おうとしたのか。彼女はゴリラと同様に、煎餅のように無残にプレスされていた。流石の俺も鍛えたハズのグロ耐性の限界を一気にぶち抜かれてしまい、思わず目を逸らしてしまう。こんな時、自分の眼の良さを呪わずには居られない。一瞬しか見てないけど、中身ほぼ全部出ちゃってるし。
そして、そこから先は一方的な蹂躙であった。
気力体力の限界を迎えてしまったのだろうか。其れとも、共に戦って来た幾人かが無残に殺られてしまった事で何かの糸が切れてしまったのだろうか。先程迄の頑強な抵抗が嘘だったかのように、討伐隊の戦士達はあっと言う間にハグレに食い千切られ、叩き潰されていった。
そして先程迄の喧騒が嘘であったかのように、其処には悍ましいハグレの姿の他には静寂と、無残に磨り砕かれた討伐隊の残骸だけが転がっていた。
その最後の姿を目に焼き付けた俺は暫しの間、散っていった戦士達の魂に黙とうを捧げた。そして。
「選手交代、だな。」
死体の損壊が激しい為か、持ち帰る事無くその場で食事を始めようとしたハグレに対して、俺はまるで故郷の公園を散歩する学生のように敢えてゆっくり歩いてその場所に近付くと、悍ましい奴の姿を見上げた。周囲はむせ返る様な血と臓物の匂いが充満している。精神衛生上、なるべく下は見ないようにする。
「よう。」
奴と目が合う。ヌラヌラと光る黒目が異常にデカい。其の中でまるで黒い憎悪が燃え盛って渦を巻いているようだ。だが、俺が今更その程度でビビる訳も無い。
「手前のオイタは、此処までだ。これ以上は食わせねえよ。」
俺は日本語でハグレに語り掛けた。別に理解してもらおうって訳でもない。戦う前のある種の儀式みたいなモノであり、此奴をブッ殺す為の俺自身への決意表明みたいなもんだ。
「手前の飯も、ついでにその薄汚ねえ命もここらで終いだ。俺が全部、終わらせてやるからな。・・だから。」
俺はさっきお前が戦った討伐隊のようなエリートでも無いし、恵まれた体躯や才能なんて持ってねえ。親は公務員。先祖は農民。こんなワケ分かんねえ世界に飛ばされるまでは、極フツーに生きて来た。出生の秘密だの暗い過去だのそんな特別な何かなんて何もありゃしねえ。
そう。俺は何処にでも居る唯のパンピーだ。でもモブって訳じゃねえ。モブって言い方はあまり好きじゃねえんだ。例え生まれ持ったものが僅かしか無い俺だって、俺の人生の中じゃ俺だけが主人公なんだからな。
そして貴様はそんな俺の人生において、決して避けて通れない壁だ。貴様がこの世でのうのうと生きていることを、俺は決して許すことが出来ねえから。ならば生き残ってその先へ進めるのは貴様か俺か、どちらか一方でしかありえねえ。
だから俺は貴様に教えてやるぜ。地球人の恐ろしさを。
貴様にくれてやるぜ。絶望とその先の死を。
刮目しろ。持たざる者の、戦い方を。
「さあ、かかってこいよ。」
そして俺は手に持った石礫を、ハグレの顔面に向けて全力で叩き込んだ。
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