第122話

討伐隊とその標的である異形の魔物ハグレとの戦闘は刻一刻と苛烈さを増していく。ハグレの奴は通路の中央に陣取りながらその巨体を身の毛のよだつ速度でブン回し、鋭い多脚や巨大な鋏を叩き付けてくる。一方、相対する討伐隊は岩盤のような大盾を構え、更には巨躯をブ厚過ぎるフルプレートで身を包んだゴリラーズが其の攻撃を受け、往なし、或いは躱して隙を伺い、時として戦槌を振るうアタッカーの巨漢と共に反撃の一撃を叩き込む。


後衛の魔術師達は先程放った大魔法で相当に疲労してしまったのか、或いは戦術を変えたのか再び大魔法を仕込む動きは見せていない。但し、その引き換えに連中が何らかの仕草をする度にハグレが妙な挙動をするので、その動きの阻害でもしているのだろう。具体的に何をしているのか此処からでは良く分からんが。どうやら前衛の補助に徹しているようだ。


また、斥候らしき軽装の二人は前衛の援護をしたいようだ。だが、ド迫力な怪物とゴリラ達との嵐のような攻防に割って入る隙が無いのか、それとも下手に手を出すと却って邪魔になると判断したのか、所在無さげに右往左往したり周囲をチラチラ警戒して居たりする。つうか急にこっち見んな。バレるかと思ったやろ。


そして更に、最後方に陣取る薬師と思われる残りの2名は、背負った巨大な木箱を床に降ろして身構えている。不測の事態が起きれば直ぐさま動ける体勢だ。


そして一方俺の方はと言えば。討伐隊の斥候を警戒した為、後方の離れた場所から観戦と全力の応援モードだ。とは言ってもかつて故郷に居た頃に観戦した格闘技イベントのような何処か緩い雰囲気など微塵も無く、まるで喉に針が突き刺さるかの様な異常な緊張感だ。眼前で繰り広げられているのは試し合いなどでは無く、ゴリゴリの殺し合いなので当たり前なんだけどな。気分はまるで古代ローマのコロッセオと言いたいところだが、観戦を楽しむ気なんぞにはとてもなれん。もし討伐隊の連中が敗北すれば、次は俺の出番なのだ。


因みに今の俺は、念を入れて迷宮の天井付近の暗がりに身を潜めている。その為、ちょっと此方を見られた程度で簡単に発見されることは無い。更には持参したロープを壁に固定してしっかり身体を確保済なので、手足への負担も無い。なので安心して観戦できるのだ。




____迷宮の通路に耳を引き裂くような激しい闘争の噪音が響き渡る。

討伐隊とハグレの戦闘が始まってから幾ばくかの時が流れたが、俺の視線の先で戦闘を繰り広げる怪物どもの宴はまるで収束する気配を見せない。


その戦いは今の所、互いに一歩も引かず伯仲しているように見える。討伐隊の前衛を務めるゴリラーズの大盾からは削られた金属片が飛び散り、既に大きく変形している盾まである。一方のハグレの外殻にも幾つもの切創や打痕が刻み込まれている。だが、互いの相手を殺傷すべく繰り広げられる激しい攻防は衰える気配すら見せない。あいつら持久力も半端じゃないな。


ハグレと直接殴り合っているツーマンセルのゴリラーズは、良く観察すると単純に二人掛かりでハグレの攻撃を受け止める、というよりは一人が前に踏み込んでハグレの動きの枕を抑え、もう一人がそれにより失速した攻撃を受けるという形でハグレの猛攻を凌いでいる。だが無論、相手も案山子では無い。ハグレはあの巨体で相当なスピードで動き回っている為、その連携は口で言う程簡単な事ではない。文字通り血の滲むような鍛錬を積み重ねてきたのだろう。


そうして捻り出した隙にもう一方のツーマンセルゴリラやアタッカーの戦槌男が殴り掛かっているのだが、受け側のゴリラコンビがミスってフッ飛ばされた時にはすかさずフォローで受けに回ったり、半裸の戦槌男が狙われた時にはカバーに入るなど臨機応変に互いの役割を変えている。陣形や立ち位置も目まぐるしく入れ替わっているにも拘らず、討伐隊の連携が破綻する様子は今の所見受けられない。複数の戦士がまるで一個の生物であるかの如くハグレの猛威に相対している。


その力を目の当たりにした俺は思わず唸った。無論、理屈では分かってるんだけどな。個ではなくチームワークによって発揮される力。其れは人族の本来の力と言って良いのかも知れない。そもそも人間は集団で生きる動物なのだ。


無論、野生動物とて多くは身を守ったり繁殖する為に群れを形成する。だが、人間の集団が発揮する力はそこらの野生動物の群れなどとは一線を画す。俺の故郷においてもし人間が神より与えられた恩恵ギフトなんてモノがあるとすれば、それは間違い無く頭蓋骨の中身であろう。その人類の叡智こそが、集団の優位性を他の動物の追随を許さぬ程に押し上げる事が出来るのだ。尤も、この世界の魔物や動物の中には言語を操り、中には独自の文化すら形成する種族も居るらしい。・・・もしかしてこの異界の人族て結構ピンチなんじゃねえの。


それはさておき。

俺は既に遠い記憶で所属していた部活も個人競技だったし、この世界に飛ばされてからも基本独りで戦って生き延びてきた。ファン・ギザの町で従軍させられた時も結局戦だの連携だのロクに体験する間もなく魔物の横槍が入っちまったからな。あの討伐隊の実戦における集団戦は実に興味深いと同時に、その脅威が俺に向かってきた場合の対処も想定しておかねばなるまい。だが、今は其れよりも遥かに重要なのは・・・。


俺は暴れ回るハグレの様子をじっくりと観察する。奴の動きの癖や攻撃のバリエーション、間合い、腕の可動域、外殻の強度、死角等々。と、同時に俺があの場に居た場合のシミュレーションも行う。奴の動き自体は概ね想定した通りである。だが、俺の想定外だったのはあのデカさと・・。


バキバキバキッ バガアァン


至近の雷鳴のような凄まじい轟音が鳴り響いた。

閃光と共に迷宮の壁の一部が崩壊し、周囲に煙が立ち込める。


眩しすぎてどんなモノかまでは良く分からなかったが、魔術師達が再びハグレに対して何らかの強力な魔法を放ったようだ。だが、その直後。


ゴキィン


煙の前で身構えていたゴリラーズの一体がまるでトラックに撥ねられた小動物の様に吹き飛ばされ、物凄い勢いで壁に叩き付けられた。そして、白煙の中からまるで何事も無かったかのようにハグレの巨体がぬるりと姿を現した。


・・・奴の外殻の強度と、そのタフさは俺の想像を遥かに超えていたようだ。



____頭上から巨大な鋏を叩き込まれたゴリラの一体が、身を庇う大盾ごと吹き飛ばされて床に激突する。だが、其れだけではバカげた運動エネルギーを相殺する事は叶わず、何度もバウンドして床を転げる。腕があらぬ方向に折れ曲がり、倒れたままクタリと力の抜けたその巨躯に二人の薬師が慌てて駆け寄り、甲冑の隙間から謎の液体をぶっかけて手際よく処置を始める。同時に追撃を妨げるべく、全身を赤く染めた戦槌男が咆哮を上げてハグレの巨体に打ち掛かった。


俺の目の先で繰り広げられる死闘は、次第に凄惨な様相を呈してきた。


既にゴリラーズの甲冑は全身ベッコベコに凹みまくり、更には処々亀裂が走って今にも崩壊しそうな有様だ。更には隙間や亀裂から垂れ流された血液だか体液だかの様々な液体で再塗装され、既にその輝きは失われている。甲冑の中身がどんな状態かはちょっと想像したくない。4体共まだ戦っている、いや生きているのが可笑しい位だ。というより二人の薬師の献身的な活躍が無ければ、前衛は全員とっくにくたばっているだろう。


斥候の二人も前衛が倒れる度にハグレに斬り込んだり注意を引き付けたりしている。その表情は悲壮そのものだ。


後衛の魔法使い組は既に気息奄々であり、とても大魔法をぶっ放せるような状態では無さそうだ。其れでもあれから2発強烈な魔法をぶっ放したので大したものだと思う。薬師の二人も今や前衛の介護に奔走させられ、蹲ってゼーハーしてる他の後衛の面倒を見る余裕は全く無い様子だ。


「ふ~、こりゃ時間の問題かな。」

その様子を後方で観戦していた俺の口から、思わず母国語で重い呟きが漏れた。


暫しの間、討伐隊はハグレと正面から互角の戦いを続けていた。しかしながら、その勝敗の天秤は急速にハグレの方へと傾きつつある。その理由は幾らか考えられるが、最も目に付く要因は前衛の体力の消耗と蓄積された肉体へのダメージだろう。戦闘開始直後と比べると、その動きは明らかに精彩を欠く。対してハグレの方は、その動きがむしろ益々血気盛んになってきているように見える。まさに悪夢のような光景だ。


討伐隊が未だに辛うじて戦闘行動を維持出来ているのは、後衛の薬師達のお陰であろう。応急処置の手際の良さから見て二人共に技術が高いのもさることながら、本来月単位の治療を必要とするであろう骨折をあっという間に治癒している。その事から、噂に名高い超高級ポーションを湯水のように使用しているものと考えられる。


俺自身以前ポーションの原料であるポーション草の実を回復魔法で量産してギルドに収めて一儲けさせてもらった事もあり、ポーションについては並々ならぬ興味はある。今迄手にして来なかったのは単純に高価なのと、俺には回復魔法があるので特に必要として居なかった為だ。因みにこの世界ではその手の薬はポーションなどとは呼ばれてはいない。実際は薬効により其々に割と細かく名前が付いている。一々覚えるのが面倒だから俺が纏めてポーションと呼んでいるだけだ。


何れにせよ彼らの持つポーションとて遠からず底をつくだろう。そうなれば直後に悲惨な結末が待って居る事は想像に難くない。一体どうしてこうなった。


実の所討伐隊の戦い方は威風堂々。正面から受けて立つまさに強者の正攻法である。

実際あのゴリラーズの面々は俺なんかより遥かに実力は上だろう。確かにそれは格好良いし、外連味のない隙の無い戦い方の様に思える・・が、もし相手の地力が此方を上回っていた場合はどうなるか。その場合は当たり前に押し込まれてしまい、挽回するのが難しい戦い方とも言える。


まあもしそうなってしまった場合、其れを覆す為の切り札が魔術師とあの大魔法だったようなのだが。だがしかし、ハグレが単純に頑丈過ぎるのか或いは何らかの耐性があるのか知らんが、あの強烈な魔法攻撃は結局あっさり凌がれてしまった。そうなると地力で劣るのが明確になってきた今、この先はジリ貧になる展開しか見えない。


そうなると風前の灯火な彼等を助けるべきかと問われれば、俺にそんな気はサラサラ無い。俺は漫画や小説のような正義の味方でも何でもないし、討伐隊を命懸けで助けるような義理も無い。そもそも俺が颯爽と連中の前に現れて加勢なんぞ申し出たところで、全く役に立たないどころか下手すりゃ邪魔者扱いで味方から攻撃を受ける可能性すらある。共に何の訓練もしていない俺が唐突にあの中に加わったところで、今や綱渡りと化した連携を阻害する異物でしかないのだ。


ゴリラーズはあのフルプレートでは碌に逃げる事も叶うまい。既にその内の二人は武器が折れ曲がり、攻撃どころか両腕で盾を支えて受けに徹している状態だ。魔術師や斥候も最早疲労し切っているように見える。一つ気になるとすれば、他の顔ぶれと少々毛色の違う薬師の二人だ。何ぞ別の切り札でも持って居ないモノだろうか。


何れにせよ、もう長くは持つまい。

俺が観戦している前で、激闘の終局が着実に近付きつつあった。

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