第110話

「かあぁっ!ちぇちいえぇぇい!」

ズドッ

パパパパパァン!

一足飛びで魔物の集団の中に踊り込んだ俺は、その勢いのままタックルで相手の体勢を崩すと、盾殴、フック、肘、膝、ミドルさらに肘とこの世界に来てから何度も反復練習した高速コンビネーションを矢継ぎ早に叩き込む。周囲の魔物どもの頭部が纏めて粉砕され、周囲に血飛沫と肉片が飛び散るが、直ぐに色を失って崩れ始める。


「はああっ!」

ポポンッ

凛と気迫の乗った鋭い一声と共に、まるで玩具のように2体の魔物の首が胴体を離れて中空に飛んだ。キラキラ光るプラチナブロンドの髪を靡かせるその姿は、割とマジで一枚の絵画やCGのようだ。


俺が討ち漏らした魔物の掃討は、俺と同行を申し出たアリシス王女の役目だ。

彼女は当初想定していたよりも遥かに腕が立つ。小さな構えと無駄の無い足捌きから、魔物をスパスパと大根の如く斬って捨てるのだ。故郷の剣道や剣術とは恐らく全く異なる技術体系。アレがこの世界の本物の剣技って奴なのか。一見地味だが、実に理に適った動きに見える。それに彼女が持つあの剣。何とも凄まじい斬れ味だ。


彼女に訊ねてみた所、何と剣身にエンチャント(地球風に言うと)が施してあるらしい。なんだとおおぉ。地球にだってそんな謎技術はねえぞ。そして其の効果は、刃の強度と斬れ味が増すという代物らしい。但し、其れがどのような仕組みかは不明だ。彼女によれば、その剣身は何処ぞの遺跡から発掘した代物だかららしい。ぬおお欲しい。土下座して頼んだら譲ってくれないだろうか。


此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下6層目。俺達は魔物に攫われた少年ルエンを救出すべく、迷宮の10層目に向けて絶賛下降中だ。4層目で出会った迷宮都市ベニスの第五王女アリシスを同行者に迎えた俺は、襲い掛かる魔物共を蹴散らしながらひたすら前へと進み続ける。



「なあ、カトゥー。お主の背中の槍は何の為にあるのじゃ?」

王女様が魔物の残骸から魔石を毟り取りながら俺に訊ねてきた。魔石の回収も彼女の役割だ。因みに俺の相棒は、現在背負い籠に固定されたままになっている。


「本来は 此れが俺の武器であり、相棒だ。浅層の雑魚が相手なら 素手の方が小回りが利いて回転が速いし、手足が使えるから手数が多くなる。なので効率が良いからそうしているだけだ。それに、殴っても手足を痛めるような 固い相手も居ないしな。」

連打の回転重視なので、中段や上段回し蹴りは使わない。隙が大きいし、あまり実戦向きではないのだ。それに、浅層には上段が当たる様な大型の魔物は居ない。


「大したものじゃな。遥か南方には己の身体のみを強靭な武器と化す部族が居ると噂に聞いたことはあるが。」


「武器が常に手元にあるとは限らんし、奪われたり 紛失したりする事もある。破損する可能性だってある。素手の戦闘技術は 身に付けておいた方が 良かろう。」


「成る程。お主の言うことも尤もじゃな。」

アリシス王女には常に護衛が付いているだろうから、習得するのに必要な時間と労力を考えると必要かどうか微妙だけどな。下手に頑張り過ぎて肉体がゴリラ化したら別の意味で大事だろうし。


因みに俺は再び、無知で馬鹿な田舎者ロールプレイを遂行している。王女様相手に作法だの言葉使いだの不敬だの常に考えていると、俺の平民マインドが負荷に耐え切れないからだ。もしヤバそうな場合は あ、スンマセン俺田舎者っすから で全部ゴリ押そうと考えている。だが、今の所数回しか怒られていないのでセーフだ。もし最悪の場合でも、多分俺の方が強いからどうにかゴリ押せるハズだ。此処は弱肉強食の迷宮の中。貴族王族がなんぼのもんじゃいだ。


「魔石は全部回収したか?」


「うむ。」


「よし、先を急ごう。」




____此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下8層目。相変わらず襲ってくる魔物の数が異常に多い。俺達は雑魚どもを蹴散らしながら、食事以外で殆ど休憩を挟むことも無く一気にこの階層迄降りて来た。


邪魔な魔物共は殆ど俺が撲殺したものの、王女様は相当にお疲れだ。気丈に振る舞って疲れを表に出さないようにしているつもりらしいが、動きを見ていればバレバレである。俺は道中、バレないように効果を抑えた偽装回復をこっそり王女様に掛けてみた。多少の遮蔽物越しでも回復魔法の効果が有ることは実験済だが、彼女が身に纏っている高級そうな鎧の上からでも効果が有るのかは定かではない。だが、弊害として王女様にセクハラ野郎と思われていないか心配だ。今の所文句は言われていないし、相当にお疲れのようだからそんな余裕は無いのかも知れんが。


そして、俺達は8層目の安全地帯の一つに辿り着いた。誠に幸運なことに、此処の扉はまだハグレに破壊されて居なかった。此処までかなりの強行軍で進んできており、俺は身体に軽度の倦怠感を感じている。こいつは恐らく魔力切れの兆候、非常に危険な状態だ。道中マメに疲労を飛ばしまくっていた上、途中から王女様にもコッソリ回復魔法を掛けていたからな。実は俺の回復魔法、バレない様に意識して効果を抑えると非常に集中力が必要な上、却って燃費が悪くなるのだ。


ルエンを助けに来たのに俺が死んでは元も子もない。一旦此処で休憩と睡眠を取ることにする。俺は横に立っている王女様に向かって声を掛けた。


「此処で一旦休憩にしよう。交代で睡眠も取るぞ。」


「カトゥー。良いのか?」


「ああ。アリシス様も疲れただろう。此のままこれ以上進むのは危険だ。」

王女様は明らかにホッとした様子だ。結構非常識な速度でこの階層迄降りてきた事は俺も自覚している。彼女から言い出した事とはいえ、無理矢理引っ張ってきたようで少々申し訳なく思う。まあ例え泣こうが喚こうが引き摺ってでも来ただろうけど。


重い鋼の扉を開けて安全地帯に入った俺は、以前町で購入した紙時計を取り出した。こいつは呪符魔術の一種で、一枚燃え尽きるのに一定時間が掛かる代物だ。便利な割には束を安価で購入できるので有難い。砂時計も存在するが、かなり値が張るのだ。


「カトゥー、良いか?」


「・・・ああ。」

王女様は恥ずかしそうにモジモジしている。こいつはお花摘みの合図だ。俺は始めその合図に全然気付かなかった為、滅茶苦茶怒られる事になった。いきなり言われてもそんなの知らんがな。などと思わんでも無かったが、女性のこの手のデリケートな部分は地球と余り変わらないらしい。


俺は侍女よろしく、王女様の甲冑の一部を手早く外してゆく。作りが堅牢な分、自分で付け外しするのは中々に大変なのだ。俺は既に何度かやったので手慣れたモノだ。

後で睡眠を取ることを考慮して、必要な部分を残して何時もより多めに外しておく。

その結果、ほぼ胸当て部分と手足だけを残した軽装となった。


鎧を外して改めて眺めると、この王女様とんでもないスタイルしとるな。正直、俺も首から下には相当な自信が有ったのだが、衝撃的な事実に気が付いてしまった。腰の高さが全然違うのだ。くっそおぉ足なっげええなこいつ。それに対して俺は典型的なモンゴロイド体型。骨格までは幾ら鍛えてもはどうにもならん。敗北感が半端無い。い、いや待て待て。良く考えてみろ俺。重心が低い方が戦闘では有利じゃあないか。そうだ。俺の勝ちだ。モンゴロイド舐めんなよ。


因みにおっぱいとか腰回りとかケツとかその他諸々はノーコメントだ。童貞の俺には余りに刺激が強すぎる。箱入りのせいなのか何故なのか知らんが王女様の奴妙に無防備だし。取り敢えず臭いを嗅いで漲るリビドーをクールダウンしておいた。


そしてその後、俺達は安全地帯を一旦離れ、目を付けておいた排泄ゾーンへ向かう。睡眠と排泄時は人間どうしても無防備になる為、リスクが非常に高い。故郷でかつて高名だった武田の忍び飛び加藤も、確か厠で斬り殺されたと聞くしな。その為、俺も見張りをする為彼女に付いて行く。見張りは近付き過ぎず、離れ過ぎずだ。此の塩梅がなかなか難しい。離れすぎると危険だし、近付き過ぎると怒られる。正直滅茶苦茶面倒臭い。


どうせもう臭えんだから今更恥ずかしいも糞もねえだろ・・とか口に出したらぶん殴られるんだろうな。因みに俺がぶっ放す時は、王女様が排泄ゾーンまで一緒に付いてくるとかホザいたので断固断った。超美人の王女様に見られながら脱糞とかどんな拷問プレイだよ。



「ほう。お主は故郷に帰りたいのか。」


「ああ。だが、此処からは相当に遠いようだし、帰り方が分からん。」


「お主の故郷の国は何と言うのじゃ?」


「む・・・・日本だ。」


「ニホン?う~む・・・。我が知っておる限りではそのような名の国は無いのう。」


「そうか。焦っても仕方ない。故郷への手掛かりは ゆっくり探すつもりだ。それに、今は魔法に 興味があるしな。出来れば習得してみたい。」


「カトゥーの故郷では習得できぬのか?」


「ああ。俺に故郷には 魔法を使える奴が居ないんだ。アリシス様は魔法を使えないのか?」


「うむ。我は・・」


俺は水を含んだ携帯食をもっちゃもっちゃと頬張りながら、王女様の雑談に適当に応じていた。今は二人で向かい合って携帯食を頬張っている。頬を膨らませて携帯食をモグモグしてる王女様は、悔しいが異常に可愛らしい。だがこの王女様、初めは静かでお淑やかだったような気がするが、階層を下りるにつれて次第に饒舌になってゆき、今では結構うるせえ。


「ん?」


食事の後、地図を確認していた俺は、ふと目線を感じた。

顔を上げるてみると、王女様が俺の顔をジッと凝視している。おお!?ま、ま、まさか俺に気があるとかじゃなかろうな。


「お主、よくよく見ると本当にブッサイクじゃのう。」


「やかましいわっ!」


しかしこの女、何だか急速に馴れ馴れしくなりつつあるような。俺は今は王族なんぞと深く関わりたくない上、何かの弾みでこの世界の人間じゃないとバレると非常に不味いと思い、ゴ○ゴ13のような孤高でストイックな狩人オーラを出しているつもりなんだが、俺のオーラがまるで効果を発揮出来ていないような気がする。しかし、何か聞かれた時など無視する訳にもいかんしな。相手が王女様なだけに。




「地図の確認は終わったから、いい加減もう寝ろ。さっきも話したが、見張りは交代で立てる。気を付けろ、緋色目のハグレは あの扉も破壊できるからな。時間が来たら 起こす。」

俺は粗末な布の寝具に身を包んで寝転がる王女様に一声かけると、手持ちの紙時計に着火した。疲れているだろうに、一向に話を止めようとしないからな。はよ寝ろ。


「分かった。カトゥー。」


「・・・おやすみ。」


「ああ、おやすみ。」


そういえば、この世界の「おやすみ」の言葉を聞くのはビタの集落を出て以来だな。

あれから色々とあったものだ。どの出来事も強烈過ぎて、どうやっても記憶から抹消できそうもないが。


その後、時間が来たので声を掛けたり揺すったりその他諸々試みたにも拘らず、一向に起床する様子の無い王女様に最後はエルボーをぶち込んで文字通り叩き起こすと、俺は再び紙時計に着火して寝転がった。俺は扉の外で見張りをしていたが、彼女には部屋の中で見張ってもらう。もし扉の外でハグレと遭遇した場合、彼女では対処できないからだ。



自分で思っていた以上に疲れていたのか、俺の意識は直ぐに闇に溶け込んだ。








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