第98話

スエン達スラム街のガキ共とひと時を過ごした翌日。

今日も狩人ギルドのカウンターで魔石を換金した俺は、早速此のズタボロの服を新調すべく、以前受付のおっさんが教えてくれた仕立て屋へと向かった。当たり前だが人間やはり身なりは大切である。気の良さそうな饅頭屋のおばちゃんですら、店に乗り込んだ俺の身なりを見るなり発狂して販売拒否してくるくらいだからな。


仕立て屋に向かって歩く俺の脳裏に、昨日の苦い思い出が浮かぶ。確かにこんな小汚い格好をした男に商品を売りたくないおばちゃんの気持ちは分からないでも無い。だが、幾ら何でも歩く汚物のような扱いをされたら腹も立つというもの。


「そんなに俺の格好が 気に食わないのか。」


「ならば脱ごう。」


再三の説明にまるで耳を貸そうとしないその態度に業を煮やした俺が、憤怒と共にズボンに手を掛けた所でおばちゃんは折れ・・てはくれず、愚息がボロンとなった処で漸く折れた。何故もうほんの少し早く折れてくれなかったのか。慙愧の念に堪えぬ。目の前で男子を脱がすその所業、其れはまるで痴女。俺はちゃんと見抜いて居たからな。大騒ぎするおばちゃんの目線が、俺の愚息にビタリと固定されていたことを。幾ら騒いだところで、俺の鍛え上げた動体視力は誤魔化せんぞ。


しかし冷静になって改めて思うと、俺は異界でのサバイバルにどっぷり浸かるうちに、故郷の常識を汲み取り便所の闇の奥にでも放り投げ過ぎたのかもしれない。地球に居た頃、幼馴染の女の子であった理沙が念仏みたいに俺に清潔感を強要してきたのを思い出した。幼馴染と言えば、俺はあっさりとフラれていなければ、彼女とは将来結婚しようなどと思っていた。だが、今の俺はもう彼女の顔すら良く思い出せない。薄情などとは言ってくれるな。この世界に飛ばされてからの幾多の体験が余りにも強烈過ぎたのだ。その証拠に、以前ファン・ギザの町で狩人の教育実習と称して俺をシバきまくった老人ゾルゲの忘れたいあのムカつく顔は、皺の1本に至る迄鮮明に思い出すことが出来る。何れにせよ、今の俺の清潔感レベルは、地球に居た頃と比べて著しく低下しているような気がする。もう野グソなんて鼻歌謡いながら其処らで余裕でぶっぱなせるしな。此れもある意味成長といって良いのだろうか。・・・いや、何とかせねばならんな。


それはそうと、俺は悪目立ちしないように少量ずつ魔石を現金に換金しているのだが、魔石の換金は思った通り、所属ギルド以外でも細工師ギルドや魔石の鑑定士の店舗などでも可能である。商人ギルドでも一応換金はしているようなのだが、基本個人相手の換金はおこなっておらず、紹介状が無ければ門前払いされてしまうらしい。


昨日スラムへ行くついでに幾らか換金所へ立ち寄ってみたものの、何処も判で押したように同じ交換レートだった。薄々分かっちゃ居たが、何処も裏でガッチリ繋がっているんだろう。もしかすると、地球で言う所の魔石カルテルなんかも形成されているのかも知れない。唯一の例外は路地裏の露店で魔石を売ってた怪しげなババアから、他の換金所の倍のレートを提示されて魔石を買ってやるよゲヘヘと誘われたが、贋金を掴まされそうなので当然断った。そんな訳で、面倒なのもあって今後あの大量の魔石の換金は基本狩人ギルドで行うつもりだ。


仕立て屋に辿り着いた俺は、早速恰幅の大変宜しい店員のおばちゃんに事情を話して身体の採寸をすることになった。俺は以前、ファン・ギザの町で服を仕立てたことがあり、この町では迷宮で防具や着衣が破損する事など日常茶飯事なので、店員側も慣れたものである。お陰で話は実にスムーズに進んだ。だが、昨日と違ってちゃんと上から服を脱いだ俺を見て店員は目を剥いていた。当然、気になった俺は自分の身体に目を落とすと、其処には脂肪がほぼ完全に削げ落ちた、細細マッチョとも言うべき恐るべき肉体が視界に飛び込んで来た。治療師は驚愕より興味津々なリアクションだったし、井戸の水浴びとかは薄暗い時間にしてたからあまり気にして無かったが、この身体はヤバイ。思いの外筋肉が落ちてないのは良かったが、コレ体脂肪率1%くらいしか無いんじゃないか。大会前のボディビルダーもぶったまげるような限界を超越した絞れ具合である。浮き出た筋繊維と血管が身体中を走りまくって、き、き、き、きんもーい。飯食いまくって早く健康的な肉体を取り戻したい。


そんな訳で。採寸を終えた俺は、今の身体より一回りゆったりした平服を2セット注文することにした。どの道食いまくってまともな人類並みに脂肪が付いたら、身体のボリュームは今より大きくなるだろうからな。今は寒いから本当は厚手の生地の服が欲しいが、其れだと夏に困る。寒さは上から愛用の毛皮を羽織ってカバーしよう。それか、安定収入の目途が立ったら半年ごとに服を使い捨てても良い。店員の話では、使い古しの服は其れなりの値段で売れるらしいからな。尤も、今着てる服はゴミ以下だそうだが。そして、お次はいよいよ武器屋へ直行だ。


この都市では武器屋と防具屋はそれぞれに存在する。小さい町だと大概武具屋として一つに纏められているらしいけどな。迷いながらも辿り着いた武器屋の外観は、壁は石造りだが木造の骨組みの様な物が伺える、円筒型で飾り気の無い無骨な建物である。しかも滅茶苦茶デカい。流石景気の良さそうな迷宮都市。武器屋も儲かってやがるようで何よりだ。


異界の街の雰囲気にもすっかり慣れた俺は、躊躇うこと無く頑丈そうな店の分厚い入口の扉を押し開けた。すると、目の前に広がる店内の様子は、かつて漫画やアニメで見たような客が俺独りなんてことは無く、何人もの客が商品を物色したり、恐らくは武器の品定めをしながら何やら話し合っていたり、店員らしき人と談笑したりと活気に溢れていた。


店内のカウンターや壁、棚にはズラリと物々しい武器が陳列されており、一種異様な雰囲気が醸し出されている。今更だが、何とも物騒な世界だと一瞬思う。だがよくよく考えてみれば、地球でもアメリカに行けば町に1軒や2軒は銃砲店があるし、下手すりゃ〇ォルマートにだって銃弾が普通に売っていた。故郷の日本が異様に平和過ぎるだけで、そっちの方が余程対人殺傷力が高いし物騒なんじゃなかろうか。


とりあえず店内をざっくりと観察して気付いたのだが、この店の店主と思われるのは、店内で一番デカいカウンターの後ろに立つ灰色の髪をした髭面のおっさんだろう。灰色の髪は地毛の色というよりは白髪交じりでそう見えるだけっぽいな。その身長は2m程はありそうな巨漢で、作業着の上から前掛けを着用したようなゆったりとした服を着ている。にも拘わらず、服の上からでもハッキリと分かるくらいブ厚い筋肉が盛り上がっている。そして一番の特徴は、戦傷らしき傷で片目が塞がっている事か。その立ち姿は引退した傭兵といった佇まいだ。


他には目に付くだけで3名の店員が店内で働いていた。此方はまだ若そうだが、3人共にムッキムキの厳つい体格をしており、其々が商品を手入れしたり、他の客と何やら談笑している。皆そこらの傭兵や狩人なんかより余程強そうだ。残りの一人は入口近くのカウンターに陣取って、何やら店内の様子に目を光らせている。商品の持ち逃げを監視でもしているのだろうか。


正直、此処からどうしたら良いか良く分からない。地球の店舗の常識なんて通用しそうにないし。だが、此のままボケッと突っ立っていても仕方ないので、俺は入り口近くのカウンターに座る店員に声を掛けてみた。


「俺は 武器を買いに来た。 この店には 初めて来たのだが どうすればいい。」


「・・・・・。」

まさかのノーリアクションかよ。お~い。何とか言ってくれ。


「俺は 武器を買いに来た。 こ「アジョカに聞け。」

陰気そうな店員は、声量を1.5倍くらいにして再び話し掛けた俺の話を遮るように言い放った。


「アジョカ?誰だ。」

すると、陰気店員は無言で商品の武器の手入れをしているらしい金髪の店員を指差した。なんだか随分と辛気臭い奴だな。こんな調子で客商売なんてやっていけんのか?ああん?などと内心思ったが、取り敢えず気持ちを切り替えてあの金パツに色々聞いてみよう。


「ありがとう。」


俺は陰気店員に礼を言って、店の奥に足を踏み入れた。

















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