第99話

「あんたが アジョカか。俺は武器を買いに来た。この店は 初めてなので 色々と教えてくれないだろうか。」

俺は手拭いのような物でロングソードっぽい剣を磨いていた金パツ店員に近付いて声を掛けてみた。


「おっよく来たね!・・君、何かボロボロだけど大丈夫なのかい?」

金パツ店員は手元に向けていた顔を上げると、何やら心配そうに俺に訊ねてきた。良かった。コッチの店員は普通そうだ。それに、


「迷宮でちょっと やられたんだ。それに、金なら・・・あるっ!」

恐らく、今の俺は最高のドヤ顔をしているのだろう。金なら・・・あるっ!!!


「へえっ!少年、なら君はどんな武器が欲しいの。俺が選んであげようか?ウチは品揃えいいよぉ!」

金パツ店員はガバリと立ち上がると、俺の肩をガッチリ掴んで話に食い付いて来た。入口の陰気店員と違って、こっちはやけにテンション高めだな。少々暑苦しいが、話し易いから俺としては此の方が好ましい。


「いや、俺は初めてなので、先ずは店内に置いてある武器を 自分で色々と見て回りたい。そこで、店内の商品の配置や売れ筋、購入する為のルールなどを 一通り聞いておきたい。」


「ほう。若いのに良い心がけだ。最近は俺達に無断で売り物を店の中で振り回す阿呆が増えてるからな。勿論そんな奴らには俺達がたっぷりと教育を施してやるけどな。ゲハハハッ!」

金パツ店員は良い笑顔で世紀末の悪党のような下品な笑い声をあげた。

成る程。店内を見渡すと、確かに素行の悪そうな輩がチラホラ見受けられる。店員が全員ムッキムキで強そうなのにもちゃんと理由が有るんだな。




店の事を色々と教えてもらった金パツ店員によれば、店に陳列してある武器は大雑把に対人用と対魔・対獣用に分けられているようだ。とはいっても対人用が魔物に、対魔用が対人に全く使えないかと言うと、そうでもない。あくまで大雑把な分類ということだ。階段を上った中二階のようなスペースには高級品が揃っている。此処から遠目に見える壁掛けの武器はいかにも高価そうだ。それに、中二階に向かう階段は施錠されており、店員の許可無しには上に行くことは出来ないようになっている。


この店では単に武器だけではなく籠手や手套や盾なんかも売っている。此れ等は武器と合わせて調整する事が多いからだそうだ。更には研ぎ石や錆止めの油や補修道具、矢や弦、更には用途不明の様々な道具や武器屋なのに何故か甲冑なんかも売られている。正直、素人の俺には何を買えばよいのかワケが分からない。日本で素人が予備知識無しで初めてキャンプ道具を買いに来て、呆然とするあの感じに似ている。


俺は店内の対魔・対獣武器用のスペースに足を運んでみた。俺は傭兵では無いので、此方に俺が求める得物があるだろう。多分。其処にはゴツい武器がずらりと陳列されており、特に鉄棒やハンマーやらメイスっぽい打撃武器がやたら充実しているのが目に付く。考えてみれば、鈍器の方が刃物なんかより取り扱い楽そうだもんな。俺も蜥蜴3号の鉄棒をぶん回してた時にはメンテナンスの事なんて一切考えてなかったし。皮膚や骨がアホ程固ったい魔物どもに斬りつけたり、ソレを日常的に続けることを考慮した場合、刃物系統の武器は直ぐに刃毀れしそうだし、耐久性も打撃武器と比べりゃ落ちそうだ。


試しに棚に掛けてある鞘入りの剣を手に取ってみる。ズッシリとかなり重い。鞘も合わせると下手すりゃ4、5kgくらいあるかもしれん。それに、薄っすらと油の匂いがするな。留め金を外して抜いてみようとするが、新品だけあって鯉口がかなり固い。かなりの力を籠めると、ジュラァと金属音が鳴って刀身が鞘から抜けた。うむ、此れは減点。抜くときに音が鳴るのは俺的にかなり宜しくない。だが、濃紺に鈍く光る刀身に思わず魅入られてしまう。材質は不明だが、余計な装飾は一切無い、敵を殺す為だけに造られた実用一辺倒な武器だ。此れが機能美という奴なのか。刀身は1m近くあり、かなりの肉厚である。コイツは例え刃が欠けたり潰れたとしても、金棒代わりに敵を叩き殺せる奴だ。


俺は此の世界で武器を手に取るのは初めてでは無いが、カニバル軍から強奪した槍は気付いたらボロボロに傷付いてひん曲がって居たし、蜥蜴3号の形見であった鉄棒は見た目只のゴツい棒だったからな。武器としての芸術性やら機能美は欠片も感じる事は無かった。なので、こうして実用的な拵えの剣を握って改めてギラリと輝く刀身を眺めると、心中熱くなるものがある。実用武器が遥か昔に銃火器に取って代わられた地球じゃ最早考えられない事だ。


テンションの上がった俺は、試しに指の腹で刃の部分をつついてみた。実戦用なので当然刃引きはしていないようだが、流石に日本刀のような鋭さには及ぶべくもない。日本刀と言えば、地球に居た頃、良く漫画や小説などで圧倒的な強度と斬れ味で魔物をスパスパと斬りまくる、なんて話を良く目にしたものだ。だが、そんなものは所詮只の幻想である。


日本刀は確かに斬れ味こそ物凄いが、固いモノを斬れば簡単に折れるし曲がるし欠ける。何故なら、日本刀の材質はあくまで鉄と鋼に過ぎないからだ。鋼は鉄と炭素の合金である。焼き入れの温度や炭素含有率によりその特性が変化するとはいえ、いかに優れた刀鍛冶が技術の粋を凝らして打とうとも、その材質の限界を超えることは出来ない。そもそも日本刀は人体を斬るための得物であって、鎧を斬るようには出来ていないからな。相手が武装していた場合は、鎧の隙間から刺すのが本来の使い方だ。


勿論故郷で日本刀を振り回すなどという犯罪行為に手を染めたことの無い俺ではあるが、この世界に来てからの体感だと、日本刀では猪は斬れるが、黒猪となると厳しそうだ。出来の良い刀でも下手すりゃ1体斬ったら刃がボロボロに毀れてしまうかもしれん。その位この世界の魔物の皮膚や筋肉、骨は滅茶苦茶固いのだ。


そしてこの世界。実は地球で御馴染みの鉄や銅といった金属以外にも、俺が聞いたことも無いような様々な金属が存在するらしい。因みにアルミやチタン、モリブデン、タングステンなどが存在するかどうかは知らん。この世界でのそれらの固有名詞も知らんし。更に言えば、魔物由来の途轍もない強度を有する武具の素材なんかもあるんだそうだ。この世界には遥か昔から鍛造加工の技術が存在する為、例を挙げると、この世界で黒鉱(多分こんな訳)などと呼ばれる鉱石を溶かして得られる黒鉄と、地球でもお馴染みの鉄との合金を鍛えると、剛性はほぼ同じで途轍もなく強度の高い加工品を造ることが出来るそうだ。但し、黒鉄はとんでもなく重い為、素材である合金の比率によってはマトモに振り回す事すら困難になるらしい。


先程迄金パツ店員の終わらぬウンチクをボケっと聞いていた俺だが、正直あまり難しい話は良く分からない。勿論知識的な面もあるが、専門用語を連発されると俺の言語能力ではまだよく理解できないのだ。だが、少なくともこの世界、武具の材質の種類が途方もない事は良く分かった。俺が持ってるこの剣もサイズに比べてやたら重いので、もしかしたら黒鉄が幾らか含まれているのかも知れんな。


その後、幾つかの剣を手に取って具合を確かめてみたが、購入を決意させる程の物は無かった。何となく格好良さげな剣に見入ってしまったが、そもそも俺は主武器として剣を使うつもりは無いのだ。


俺が今後、武器として使おうと考えているのは剣より槍だ。何故なら、剣は正直言って間合いが近すぎるのだ。今後も俺が実戦で戦う相手は、恐らく魔物や野生動物が主となると考えられる。例えば体長数メートル、或いは十メールを超えるような巨大生物と対峙した時、剣のような刀身3尺程度の棒切れじゃハッキリ言って素手で殴りかかるのと大して変わらん。幾ら踏み込みで距離を潰せるとは言っても、其処まで近付かないと斬り掛かれないような間合いの武器は余りに怖すぎる。俺は漫画に出てくるような超人でも小説の主人公のような都合の良いチート持ちでも無い。斬り掛かろうと近付いた瞬間、巨大生物に殴られたりかぶり付かれたりしたらどうすんだ。絶対に死ぬだろ。


本当なら柄の長さが4mを超えるような長槍が理想なのだが、其の場合は携行性能に難が有り過ぎる。だからと言って、折り畳めるようなギミックを付けたら強度がお話にならない。それに、狭い通路の迷宮の中では長物を振り回すことが困難だ。迷宮『古代人の魔窟』の通路はかなり広かったのでソコソコ行けそうな気はするけどな。


その為、俺の小柄な体格も相まって、柄の長さが2mから2m半くらい槍が具合が良さそうだ。人間相手の殺傷力なら十文字槍のような形状が良いが、魔物相手だと貫通力と強度に不安がある。枝の部分が直ぐにポキッと折れそう。それに、出来れば攻撃に槍の自重も乗せたいため、重心は前掛かりが良い。後はひたすら強度だ。多少重かろうと可能な限り頑丈で、錆びにくくメンテナンスが楽な得物が望ましい。ううむ、そんな都合の良い得物がこの店にあるだろうか。因みにこの都市には職人達が集まる職人街のような区画があり、高ランクの狩人や高名な騎士なんかの武具は、本人が其処に出向いて職人に直接オーダーメイドで発注するらしい。言うまでも無いが、俺のような底辺狩人には縁遠い話である。


俺は店内をひたすら物色しまくり、何本か眼鏡に叶った槍をピックアップすると、金パツ店員の許可を貰って店の裏庭にある鍛錬場で試してみることにした。因みに商品の試しは有料である。しかも、試し斬り等で商品が破損した場合は強制買取となる。


「シイッ!」

ピピピュン


誰が見てるかも知れない為、一応全力は出さない。7割程度の力で槍を振り回す。

それにしても、ぐへへ。此奴は楽しい。新品の槍って良いなあ。


ヒュボボッ

撓らせた状態から踏み込み、連続で突きを叩き込む。いいねえ。撓りも申し分無い。言いたかないが、以前使っていた安物臭い曲がった槍とはモノが違う。そして、


キミに決めたっ!


いくつか選んだ槍を入念に試した結果、俺はちょっと黒ずんだ地味な色の槍を選択した。柄の長さは2m超で、穂は50cmくらいで結構長いが、素槍のような実に地味な形状である。それに重量が結構ある。金パツ店員によれば、思った通り黒鉄が混ざっているとのこと。


そして結局、事故防止の為に穂先に巻く布とメンテナンス道具一式、予備の武器として短剣を1本購入した。最初、迂闊にもメンテナンス道具いらねえと口に出したら、金パツが鬼のような形相になったのでチビりそうになったわ。その後、俺は当然の如く限界まで値切ったのだが、結局締めて金貨2枚と銀貨20枚となった。この都市は以前滞在していたファン・ギザの町より少しだけ物価が高く、俺が持つ東方の大国通貨だと普通の朝飯で銅貨8枚くらいかかる。庶民の飯代を500円(=銅貨8枚)とテキトーに換算すると日本円で37.5万くらいか。まあガバガバ換算なので目安程度ではあるが、防具と比べると随分と安い。まあ武器と防具じゃ加工に掛かる手間が段違いだからな。致し方ない所ではあるんだろう。それに黒鉱は鉄鉱石と同様、この世界では珍しくも無い鉱石な上、加工も難しく無いので無暗に値が張ることも無い。


「ふへへへっ。新たな相棒よ。宜しくな。」

宿への帰り道、ニヤニヤが止まらない俺は、新たな相棒に頬ずりしながら日本語で話しかけていた。その外見を見ても傍から見たら完全に脳がイッちゃってる人だろう。自分でもヤバイと分かってはいるのだが、止められないやめられない。ああっ今すぐにでも相棒を振り回したい。衛兵にドナドナされると分かっていてもだ。


そういえば、明日はスエンと迷宮の地図翻訳の仕事の続きだったな。

あと何日かして仕事が完遂する頃には、治療師から貰った寄生虫の虫下しも全部飲み切る頃合いだろう。


地図翻訳の仕事が終わり次第、俺は一旦ベニスを出ようと考えている。

幸いこの都市の周辺は岩山ばかりなので、山籠もりをして衰弱した身体を鍛え直したいのだ。とはいえ、山に籠りっぱなしと言う訳では無い。食料問題が有るからだ。何処かの迷宮に籠ることも考えたが、俺は餓死寸前になるまで魔物との戦闘は継続していたので、戦闘の勘は左程鈍ってはいないと思われる。今必要なのは食いまくって、身体を虐めまくって、以前の壮健な肉体を取り戻すことだ。それに何より、山の中なら何も気にせず相棒を思う存分ブン回せるぜ。


高揚した気分で宿屋へ帰る俺の足は、とてもとても軽く感じられた。











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